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全力ウェルカム



 復活したストケシア曰く、孤児院出身だったから元がどういう作りだったかについて、そして良かった点や困っていた点についての助言が貰えるだろうから、という選抜チョイスだったらしい。

 そんなストケシアに案内をしてもらい、絆愛達はギルドへと到着した。



「……なあ、少し私の記憶違いかもしれないが、良いだろうか」


「僕も少し気になる点があるのだけど、きっと絆愛と同じ疑問だと思うわ」



 ギルドに入る前、入り口付近で地狐と共に体刀達の方を向いて言う。



「「扉は?」」



 何故かギルドの扉が無くなっていた。

 前にチラリと見た時は、日暮れ時だったのもあって正確な記憶とは言えないが、確かに扉があったはず。

 なのに現在は思いっきり開放感あふれる出入口にビフォーアフターしてしまっている。



「えーっと……あ、そうそう、こういう扉があったはずですよー」



 誰かに触れるのが好きな情陶は優信の腕に自分の両腕を絡めていたが、片手を挙げて空中にホログラムを表示した。

 それは前回見た時のギルドの画像であり、やはり扉があったらしい。


 ……中世ファンタジーでよく見る、いかにもな扉だな。


 酒場とかでよくあるイメージのやつ。



「…………脆かったのだ」



 体刀が顔を逸らしながらそう言った。



「つまり、壊したって事ね?」


「違うぞ天恵、壊したと壊れたは違う。私はそう思う」


「と、体刀は言っていますが、実際どうなんですか時平」


「道場破りのノリで体刀が能力使わず思いっきり蹴っ飛ばしたんだけど、金具が死にかけてたのか吹っ飛んだの」


「バキッとやるどころか金具が死んだかー」



 不崩の言葉に時平が答え、その内容に心声がけらけらと笑った。



「まあ大体ギルド内に居るみたいだから問題は無いだろう。どうせ風通しの良さは変わらんだろうしな」


「……宝、止めようとは思わなかったのか」


「?」


「その顔で大体理解しました」


「私は戦闘力が無い上にただのレントゲン要員でしかないぞ?の顔ね」



 掃潔の言葉に宝は首を傾げ、憶水が溜め息を吐き、幽良が眉を下げて苦笑する。



「じゃあ、そろそろ入ろうか」



 ギルド前でだらだらと話す皆に笑みを浮かべながら、まず優信がギルドへと足を踏み入れた。





 サザンカはギルドの中で煙管を咥えながら、勇者達が入って来たのを見た。



「お邪魔します」



 先頭に居る通信の勇者がそう言って笑う。


 ……なーんか外で話してたねえ。


 何を話していたかまでは知らないが、ギルド前であの人数が集まっていたら気配はする。隠すつもりがあるならばともかく、彼らは気配を隠そうともしないのだし。


 ……というかギルドでの戦闘時はチーム分けしてたけど、毎回この人数での移動ってどうなんだろ。


 大分面倒が多いと思うのだが。

 そう思っていると、愛の勇者が前に出た。



「やあ、サザンカ」


「……や、愛の勇者様」



 ……他の勇者は俺の名前を呼ぶ気、どころか覚える気すら無いってのに、愛の勇者様はさらりと呼ぶねぇ。


 それは良い事だが、邪気が一切無い笑みを向けられると反応に困るというか、少し照れる。

 なにせ魔王が居た時代に生まれ、魔王が居た時代やその後魔王の呪いが蔓延った時代を生き、現在進行形で生きている身。

 長い人生の中でここまでの純度を持つ好意を受けた事などなく、しかもそれがダイレクトで来るのだ。

 ただ笑顔で名を呼ばれただけだというのに、少し戸惑う。



「あなたは相変わらず素敵だな」



 とろけるような笑顔で言われた言葉に、ぐ、と煙を変な方へ吸い込みそうになった。



「煙管を咥える姿も絵になっている。それはあなたがそこまで歳を重ねたからこその重みと言えるだろう。心配なのは肺事情だが、こちらのタバコについては詳しくない私が何かを言う事でも無いだろう」


「う」


「あなたがそうやって煙管を咥えて煙を吐く姿はとても似合っていて、そしてとても美しいというのはただの事実なのだから」



 無理。



「ん?」



 己はもう何も言えず片手で顔を覆い、もう片方の手の平を愛の勇者へと向けた。



「絆愛、絆愛、そのくらいで」


「目的は交渉やスカウトよ」


「ダイレクトにヒットし過ぎててジジイの体に凄い負担って感じになってるよん」


「確かにお前が前に出た方が良いのは事実だけど、口説きは一旦ストップな」



 木刀の勇者が苦笑し、地面の勇者が呆れたように溜め息を吐き、意外と口が悪い心の勇者が笑い、腐の勇者が手をひらひらとさせてそう言う。

 しかしいまいち止めてはくれないらしい。



「……照れてるわね……」


「照れてるよな」


「照れてますね」



 ペンタス、レンギョウ、ヒペリカムがひそひそとうるさい。

 矛盾しているようだがマジでひそひそとうるさいのだ。

 しかし、ひそひそしていないうるさい声がガタンという椅子から立ち上がった音と共に響いた。



「サザンカさん、照れてるんですか!?」



 ……あの馬鹿……!


 心底驚いた!と言わんばかりの表情で大声で叫びやがったカキツバタに悪気はないとわかっているが、お前も食らえとはちょっと思う。

 そのくらい愛の勇者の威力は強い。



「こらこらこら」


「しーっですよカキツバタ!」


「ヒヒ、普段飄々としてるヤツが照れてるっつーのは良い酒の肴だよな」


「ノーコメント」



 ホオズキとタチアオイがカキツバタを座り直させ、シャクナゲがこちらを見てケラケラ笑い、その隣に座るクロッカスは端的に答えて酒を飲んでいた。

 おのれ他人事。

 しかし自分も他人事だったなら普通に楽しむだろう事はわかっているので何も言えない事実。



「…………ええと、何かすまない事をしたらしいな。すまん」


「や、うん、良いよ」



 自分の言動が原因だとは理解していないらしい愛の勇者が、困惑しながらも謝罪をしてくれた。

 それではもう許すしかない、と苦笑で許す。



「私はただサザンカに対して本心から思った事をただ伝えただけだったのだが」


「それ以上はごめん、却下、待って、耐えられない。俺本当もう結構な歳だから」


「そうか……」



 思わず愛の勇者の肩に手を置いてそう止めると、愛の勇者は本当に残念そうにそう呟いた。



「残念だが、仕方ないな。……ああ、けれど」


「?」



 俺はこのタイミングで愛の勇者の言葉を止めなかった事を後悔する。



「今、サザンカの方から私に触れてくれているという事実、これは嬉しい。武器を持つ事に馴染んでいる手だ。意外と体温が高いのだな。それにこの距離だとサザンカの瞳がよく見える。刻まれたシワの分だけ魅力的だが、恐らく若い頃と変わっていないのだろうそのピンクの瞳もまた美しい。陰っているようで、その実、瞳の奥にはキラリと光る芯がある……ように思えるのは、私の欲目なのだろうか。ふふ、そうかもしれないな」



 めちゃくちゃ後悔した。





 レンギョウはサザンカが完全に倒されたのを見た。


 ……戦わなくても人って倒せるんだなー……。


 病とか策略とかそういう系なら知っているが、重過ぎる好意や毒に近い好意というのも知っているが、まさか純度が高い好意でも人が倒れるとは思わなかった。

 世界は広い。


 ……つか、うん、あんだけべた褒めされた上に目を細めて微笑まれたらノックアウトなのは当然か。


 うんうん、と己は頷く。

 あれは歴戦の兵士でも無理。

 歴戦は歴戦でもサザンカは歴戦の冒険者(ブランク有り)みたいな感じだが、それでも駄目なら大半はやられるだろう。

 戦闘とかじゃない部分での最強はあの勇者なんじゃないだろうか。



「も、あの、俺の事は良いから、本題……」


「? 何故そう顔を赤くするんだ? 私はただ事実を言っただけなのだが……まあ、しかし私相手に照れてくれているというのであれば、それは喜ば」


「絆愛、巻いて巻いて」


「ふむ」



 顔を真っ赤にして息も絶え絶えというサザンカに首を傾げて追い打ちを食らわせようとしていた愛の勇者だが、追従の勇者が腕を回しながら言った事で意識が逸れたらしい。



「では本題と行こう」



 ようやく自分宛ての好意から解放されたサザンカは安堵の息を密かにガッツリ吐いていた。

 矛盾するけどそんな感じ。



「まずこちらの事情なんだが、私は孤児院を建て直したいと思っている。あの焼け跡でしかない状態になっている孤児院だ。そこで孤児院を経営する」


「え、何でです?」


「私はこれといって誰かの役に立てる力じゃないからだ、タチアオイ」



 ギルドの冒険者全員が微妙な顔をしたし、愛の勇者の背後に居る勇者達とメイドも微妙な顔をした。

 サザンカを口説き落とす事で倒しておいて何を言っているんだろうあの勇者。


 ……基本的に飄々と大概の事を躱すサザンカにあんだけのクリティカルヒット出せる奴が役に立てないとか、普通にねーだろ……。


 自己肯定力が低いんだろうか、あの勇者。



「けれど私の愛の能力はダイレクトに感情を届けるもの。そして私は基本全てを愛している。ならまあ丁度良いか、とな。城とギルドの真ん中辺りの位置で立地も良いし、敷地も広いし、なにより広いスペースを確保出来るなら皆で集まる拠点にもなるし」


「後者が本音よねぇ……」


「全て本音だ。……ええと、すまない、私はキミの名を知らないのだが」


「ホオズキよ」


「そうか。よろしく頼む、ホオズキ」



 レンギョウはホオズキが顔を逸らしたのを見た。



「……成る程、これね、こういう感じ……これは負けるわ…………」



 小声の呟きが聞こえるが大丈夫なんだろうかアイツ。



「…………それに」



 愛の勇者は明らかに様子がおかしいだろうホオズキをスルーして、背後に居るメイドを見た。

 恐らく様子がおかしくなる人間を沢山見ていて慣れているのだろう。


 ……まあ様子がおかしい人間を大量生産してる張本人だしな。


 愛の勇者は言う。



「ストケシアの帰る場所にもなるだろう」


「へっ、えっ、私でありますか?」


「孤児院出身であり、無くなった孤児院。そうなるとストケシアが少し家に帰りたいと思った時、行く先が無い」



 ……帰る場所、なあ。


 この場に居るのはほぼそんな人間ばかりだが。

 そう思いながら視線を向ける先、愛の勇者はメイドに微笑む。



「そういう時に孤児院があれば、例え新しい場所で思い出とは違う場所だったとしても、少なくとも帰る場所にはなれるだろう」



 メイドはそれに顔を赤く染め、ふるふると身を震わせる。



「……わ、私の為っていうのが、あるんであります……?」


「ん? 私はストケシアが孤児院出身である事を聞いて、あの場所を孤児院のまま建て直そうと決めたのだが、言ってなかったか?」


「言ってないでありますよ!?」


「そうか、なら今言った通りだ。元々は適当に大きな家でも建ててもらって穀潰しになるしかないのではと思っていたが、総合して考えるとその方が良いと思ったからな。そういうわけで孤児院として建て直すと決めた」


「~~~~~~!」



 顔を真っ赤にしたメイドは顔を覆い、感情表現に困ったように身をぶんぶん振り、勇者達の背後、ギルドの入り口の壁側でしゃがみ込んだ。

 恐らく色々とキャパオーバー状態になったのだと思う。



「……私、今は口説いていなかったんだが……」



 ……マジかー……。


 愛の勇者の呟きにちょっと慄く。

 素でアレとか怖いくらいに好意に満ち溢れ過ぎじゃないだろうか。



「……まあ良いか」



 慣れなのか、愛の勇者はそう言ってこちらに向き直った。

 他の勇者達も微妙な顔をしていたりメイドに同情的な表情をしていたりするので、恐らくマジで日常なのだろう。



「さて、そういうわけで孤児院を建て直したいわけだが、大工が一人しか居ないそうでな。木材は調達したが、丸太をきちんとした木材にする作業だのその他諸々する必要があるんだ」


「……つまり、それに関しての手伝いが欲しいって話さね」


「その通りだ、アルストロメリア」



 愛の勇者が頷く。



「大工の手伝い、なあ」


「オダマキ?」



 髭を擦りながらにまにました笑みを浮かべて立ち上がったのは、オダマキだった。


 ……あ、スケベ親父出てんな。


 オダマキもまた先日のボコられでボコられた為今までの鬱憤を吐き出せてスッキリした勢だが、まず根底にエロ親父が居るのだ。

 そういう性格。


 ……まあ、だからペンタスが容赦なく殴るんだけど。


 ホオズキも前回のよくわからん瞬間移動からのクリーンヒットについて新しい性癖では疑惑を持っていた辺り、その性格はお察しだ。

 そんなオダマキが、愛の勇者の前に立つ。



「手伝いは良いんだけどさあ、勿論対価は出るんだよなあ?」


「ああ、砂金で良ければ払える」


「それも良いんだが……」



 オダマキはにまぁっと頬をだらしなく歪ませ、手をわきわきと動かす。



「お嬢ちゃんのそのおっぱい、揉ませてくれる?」



 ……あのエロ親父……!


 ギルド内の女性陣が全員無言で近くの酒瓶やら隣のヤツの武器やらを手に持った。

 勇者達などその目から光を消してオダマキの事を鋭く睨んでいる。

 己はオダマキに対し、やりやがったと頭を抱えた。

 そんな中、愛の勇者はにっこりと屈託のない笑みを浮かべる。



「ああ、構わないぞ!」


「「「えっ」」」



 予想外の返事だった。



「マジで!?」



 言ったオダマキですらその反応だ。

 まあアイツは女冒険者にセクハラをしようとしてはセクハラする前にぶっ飛ばされるのが日常なので、そのノリでもあったのだろう。

 通販の勇者が広めたという異世界の本で、坊主が屏風とかいう紙に描かれた虎を実体化させろと無理難題をぶちかまして言い負かしたらしいが、オダマキからするとそれを言ったらマジで虎が出て来た級の驚きのはずだ。

 己は思わず勇者達を見る。



「ああもう絆愛の馬鹿! 馬鹿!」


「そういうところだよ絆愛!」


「貞操観念どこに捨てて来たんですかあなたは!」


「遺伝か!? 両親がキャバ嬢とホストだからじゃねえよな!?」


「酷い言われようをしているな」



 通信の勇者が叫び、飛翔の勇者が嘆き、水の勇者が呻き、穴の勇者が喚いた。

 対する愛の勇者はけろりとしていた。

 何で渦中の人物が一番けろっとしてんだよ。



「……良いか、絆愛」


「どうした、体刀」


「胸に触れるだとかは異性相手の場合、この人にならば構わないという前提があって初めて成立するものではないかと思うのだが、どうだ。違うか」


「いや、私はそれを大前提として許可したんだが……」



 いや嘘だろ。

 眉を下げてそう言う愛の勇者が信じられず、思わず口を開く。



「いやいやいや、愛の勇者様さ、ソイツと初対面じゃん。名前も知らねーよな」


「ああ、私はキミの名も、そこの彼の名も知らない。聞いても良いだろうか」



 コイツ情緒とかどうなってるんだろう。



「……俺はレンギョウ。ソイツはオダマキ」


「そうか。レンギョウ、感謝する。さて、オダマキ」


「エッ!?」



 オダマキに向き直った愛の勇者に話しかけられ、自分で言った癖にどうしたものかとおろおろしているスケベ親父は引っ繰り返った声で肩を跳ねさせる。

 普段なら笑うところだが、先程の態度はギルティだ。

 そういうのはこの町の北側にある風俗街でやるものであり、異世界から来た勇者に向けるものではない。

 そしてこのギルドに居る女は我の強い女が多い為、オダマキの命は現在カウントダウン中だ。

 血迷えば血が抜かれる事必至である。



「揉まないのか?」


「エッアッ良いんです?」



 こてりと首を傾げた愛の勇者の言葉にオダマキは動揺のまま本心をポロリし、頬を射られた。

 俺の隣に座っていたルピナスによる一撃だった。


 ……というかそれ俺の弓矢!



「文句があるのか」


「無いです」



 ……キレた女怖ぇー……。


 基本的にけらけら笑ってやたらと飯を食う男勝り、というイメージのルピナスだったが、キレる時はキレるらしい。超怖い。

 というかこちらが何か言う前に圧掛けるの止めて欲しい。



「……ええと、頬、大丈夫か?」


「大丈夫! というかそっちが大丈夫じゃ無くね!? 俺の手にそんなおっぱ、きょにゅ、おぱ、おっぱい触らせて良いわけ!?」



 何どもってんだアイツ。


 ……確実に下心と恐怖がせめぎ合った結果の、下心が単語に反応して前に出た状態って感じだよな……。


 今日が命日なんだろうか、オダマキ。



「私は構わんぞ」



 最早オダマキの明日を諦めた己の耳に、愛の勇者の声が聞こえる。



「その手、剣によるタコが出来て、潰れている。それだけ剣を握り、振るったという証拠だろう。男らしく、尚且つ努力が見える素敵な手だ。それにあなたは他にも魅力的なところに満ちている」



 愛の勇者は言う。



「男らしく、髭がよく似合う顔。骨ばっている部分を見ると胸がときめく。ほんのりと肌が浅黒いところも素敵だ。髪は乾かしていないのかバサついているし枝毛もあるのが窺えるが、フケなどが無い事からきちんと洗っていて、清潔にしている事がわかる」



 言う。



「そんな素敵で好ましいオダマキの手に触れられるんだ。その手が私に触れてくれるというのを喜びこそすれ、厭う事などあるはずがないだろう。私はキミが私に触れたいと思っている事が嬉しいし、触れてくれたらもっと嬉しいと思うのだろうな」



 愛の勇者は笑みを浮かべながら前を開けていた上着を軽くはだけさせ、胸元が少しきつそうなシャツをオダマキに見せる。



「さあ、好きにすると良い」


「ごめんなさい俺が汚れてました!」



 手の平を見せながらホールドアップしたオダマキがガチの声でそう懺悔した。





 オダマキとしてはただのセクハラから入るトークのつもりでしかなかった。

 セクハラ親父と罵られるのは慣れているし、実際事実なのでそれで良い。

 が、まさか受け入れられるとは思っていなかったのでそれはもうビビッたし焦った。

 とんでもない棚ぼたを是非とも、と思ったが頬を掠めた矢に股間の玉と胸のタマがヒュンッとなったので理性が主導権を握る事となった。

 肝も玉もめっちゃヒュンした。


 ……でもこうなるなんて思わねーじゃん!


 男としてはカモがネギ背負って来たどころじゃねえ美味そう案件だし、能力なのかそれをガチの好意でガチのまま言っている事を何となく確信してしまう。

 つまり男としてめっちゃぐらつく。

 ここまで据え膳な相手に手を出さない方が駄目なのでは?と思う程だ。

 シャクナゲがボソッと、「火力はどうするか……」と呟いていたので耐えられたが、それが無かったら耐えられなかったありがとう。でもアイツ誰に向けるつもりなんだろう。仲間相手でもわりと平気で攻撃してくる女なのでシャクナゲは油断ならん。


 ……まあ今それどころじゃ無いんだけど!


 とにかくどうにか回避しないといけない。

 本心としては是非とも、うっひょひょーい!とそのお胸に顔を埋めたりしたいところだが、それをやれば口ん中に火炎瓶をINされる危険性が普通にある。あの女なら多分やるしやれる。

 というわけで断らなくてはならないのだ。

 あと単純に子供が親に向けるような純粋な好意過ぎてこっちの汚さが浮き彫りになって物凄く良心が痛む、という理由もある。

 正直その理由が八割だ。



「もう! あの! 大丈夫ですんで! 自分の乳揉んで満足するんで前言撤回のチャンスを何卒! 何卒!」


「……お前、それ、ド変態の狂った発言でしかねぇぞ」


「うっせえよレンギョウ! 簡単に弓矢使われやがって!」


「俺だって文句言いたかったけどルピナスが怖ぇんだもん!」



 必死の叫びに茶々を入れやがるレンギョウに正論を叫べば、レンギョウがルピナスを指差してそう言った。

 思わずルピナスの方に視線を向けると、快活な彼女にしては珍しく静かな目と声で、言う。



「文句があるのか馬鹿野郎共」


「「無いですごめんなさい」」



 いつも結構ヤベェ寄りなシャクナゲがキレててもヤベェなとしか思わないが、いつも快活なルピナスがキレているとごめんなさいという言葉しか出ないのは何なんだろう。

 この現象って名称ついてるんだろうか。



「うん、んん……」



 愛の勇者が上着から手を放し、困ったように首を傾げる。



「よくわからないし、私としては協力してくれようとしているオダマキに、好意を抱くに値する行動をしてくれようとしているオダマキに触れて貰えるのであれば嬉しいくらいなのだが、本人がそう言うのなら前言撤回を受け入れよう」


「なあ! 俺本当にクズになってね!?」


「いつだってお前はクズだろうが」



 思わず叫んでしまったところ、クロッカスから冷ややかな視線と共にクールなコメントがブッ刺さった。

 いや俺がクズならお前等だって同類だかんな。

 しかし、我ながら厳しい。



「クッソどうしよう! ここまで純粋に褒められたり好意を向けられたりした事ねえのに自分で台無しにした気がする!」



 己はこの時代にまだ残っている裕福な家庭の生まれである。

 しかしまあそれ故に家の為に生きろと子供には無理であり無茶過ぎる色々を課せられた為、嫌気が差して金目の物を持って家を出た。

 持てるだけの金目の物は持ったが、ありったけというわけでは無いから多分大丈夫だろう。


 ……実家が潰れたっつー噂も聞かねーし。


 が、まあそういう幼少期だったので好意を向けられた事も褒められた事も無かった。

 努力は当然のものであり、出来て当然のものという扱いだった為、出来ない事を責められこそすれど褒められた事は無い。

 だというのにここで突然の純度高い褒め言葉。

 金目の物のお陰で金に困らず、今でもちょいちょい風俗街に行けるくらいの余裕があるが、それでも店の女は結局金目当てな部分があるので本気の好意を向けられたわけではない。

 ギルドの冒険者達は同じギルド内で生活しているという事もあって仲が良かったりもするが、好意とかよりも悪友としてつるんでる、という感じなのだ。

 要するにオダマキは、好意だとかそういうものに耐性が無かった。



「……自業自得でしょ」


「うっせえ! お前にゃ俺の気持ちはわかんねーよペンタス!」



 呆れたように溜め息を吐くペンタスにそう叫んだところ、物凄い勢いで立ち上がったペンタスが容赦なくメリケンサック付きの拳でぶん殴って来たのだが、俺はそこまでの暴言を吐いたのだろうか。





 ペンタスとしては、呆れた、という意見に満ちていた。

 伸びているオダマキを見てもそういう感想しか出てこない。


 ……ま、自業自得よね。


 愛の勇者相手にセクハラかました時点でギルティだ。

 というか女にそういうセクハラをかました時点で女の敵でしかないので、苛立ちが募ってつい拳が出てしまった。


 ……そう思うと、愛の勇者の精神が心配になるけど……。


 自分の体で商売をしている女ならばそういったエロ親父には笑みを浮かべながらも狡猾に対価を寄越せと求めるものだが、彼女の場合はその気配すら無い。

 というかガチでオダマキに触れられても良いという感じだったので、心配になる。

 あと個人的にはもう一つ、疑問と言えるものがあった。



「ええと、あの、オダマキは大丈夫なのか?」


「大丈夫よ、頑丈だから。ああ、安心して。一回手伝うって言った以上、オダマキは手伝い組確定だから。本人もそのつもりだろうし」


「ん、んん、そうか。それで良いのかはわからないが、あなたの笑顔が素敵だったから、そういう事で納得しよう。私があなたの笑顔に満たされたのは事実だしな」



 ……あー、うん、うん、これかあー……。


 柔らかく微笑みながらの好意はキく。

 セクハラ親父なオダマキが自分の汚らわしさに嘆くのもさもありなん。


 ……というかつまり、私の笑顔があったから誤魔化されてくれたっていう……。


 これは深く考えてはいけないやつだ。

 うっかり深く考えたらその好意に溺れて恋に落ちてしまう気がする。

 全方位に好意を囁くような相手にガチで惚れたら確実に修羅場案件でしかないので、止めた方が良いだろう。



「ところで、あなたの名前は?」


「ペンタスよ」


「そうか、綺麗な名だな」


「…………あり、がとう」



 ギリギリ耐えた。

 ここで追撃をかまされたら手の平を向けて待ったと伝える事になっただろうが、ギリギリセーフ。

 同性相手でも容赦がない。


 ……というか同性、よね?胸もあるし。


 が、格好がおかしい。

 先日冒険者をボコしに来た時のメンバーであり、よくわからない瞬間移動を使う時の勇者の格好もおかしい。



「……あの、ところで聞きたいんだけど」


「ああ、何でも聞いてくれ。私に答えられる事であれば何でも答えよう。ペンタスの役に立てるなら、私はとても嬉しくなれる」



 ……これ罪深い!この勇者罪深い!


 心の勇者ではなく愛の勇者なはずなのに、心を奪われそうという不思議な状態。

 それでもどうにか今までの荒んだ生活を思い出す事で耐えて、問い掛ける。



「…………愛の勇者様は、どうして男物の服を着ているのかしら」


「あ、あと時の勇者様も先日は他の男性陣と同じ服だったのに、今日は女性服ですよね? 何かあったんです?」



 純粋な疑問として己の言葉にヒペリカムの言葉が続く。



「「?」」



 二人の勇者はそれに対し、よくわからないとばかりに首を傾げた。



「「いや、ただ服を交換しただけ」」



 それは何となく察していたが、何故交換しているかについてを聞きたいのだ。



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