当然ながら口説いているとも
さて、と誰ともなく視線を動かすのを絆愛は見た。
「まず誰が自己紹介をするのだ?」
「出席番号順で良いのではないでしょうか、体刀」
「憶水にさんせーい」
手を挙げて笑う飛天に、他のクラスメイト達もうんうんと頷いていた。
「つまり、俺からか」
眼鏡のブリッジ部分を押し上げ、掃潔が溜め息を吐く。
「……出席番号1番、亜過病掃潔だ。性別は男」
ショートヘアにオレンジのメッシュが入れられている掃潔は、簡潔にそう言った。
眼鏡の奥のその両の瞳、その瞳孔の中には病という字が浮かんでいる。
「出席番号2番、同じく男で、名前は追駆従人だよ」
二メートル越えという、クラスで一番の長身である従人は朗らかに笑って言う。
癖が強いからいっそ、という事で伸ばされている長髪には緑色のメッシュが入っており、彼は右目と左目で文字が違うタイプだった。
右目から左目に向かって読むと、追従という文字がその目に浮かんでいる。
「はいはーい、出席番号3番ね。翔食飛天。見ての通り女の子だけど、私結構食べるからその辺よろしくー」
長髪をツーサイドアップにした上で結んでいる部分を輪っか状にしている飛天の髪は、ピンク色に染められていた。これは元々染めていたものだ。
痩せの大食いであり、皆で集まってやるゲームの中にピンク色の大食いキャラクターが居た為、そのキャラを気に入って自分の髪をピンク色に染めるようになったのが飛天である。
綺麗に染められたその髪には朱色のメッシュが入り、目には飛翔の文字が浮かんでいた。
「出席番号4番、果山因獣生。普通に男な」
天然パーマ系なのかふんわりしたボブヘアな獣生だが、その髪にはやはりメッシュが入っており、彼の場合は紫色だった。
目には因果の文字が入っている彼は見た目中々に愛らしいが、これで山育ちなので結構野性的な部分も多かったりする。
「あ、俺か。5番で男。鬼腐武衛琉」
毛質が硬い髪を首まで伸ばしている衛琉の髪には、青緑色のメッシュが入っていた。
体格が良い衛琉の目には、腐という文字が浮かんでいる。
「出席番号6番、水見石宝だ。身長でわかるだろうが、私も男だぞ。遠目だと間違われるので一応な」
そう言う宝は長い髪を編み込みおさげにしている為、高身長でありながら性別を間違われるのも無理はない。
皆でプレイしているアプリゲームに同身長のキャラが居た為、クラスメイトによってそのキャラと同じ髪型にされているのだ。
……元々は面倒臭いからと後ろで適当に括っていただけだったが、今ではクラスメイトの誰かがあの髪型にするからな。
まあそう思う絆愛もやるのだが。
そんな宝の髪には水色のメッシュが入っており、目には見という文字が浮かんでいる。
「出席番号7番。女。優記憶水。以上です」
長い髪を高い位置で二つに結んでいる憶水の髪には、金色のメッシュが入っていた。
王達に対し、関わる気は無いと如実に表しているその目には水の文字が浮かんでいる。
「次は僕だね。出席番号8番、太刀木口舌だよ。背はあまり高い方じゃないけど、見ての通り男」
短髪に空色のメッシュが入れられている口舌は、怪し気なにこやかさでそう言った。
その目には、木刀という字が浮かんでいる。
「…………」
「えーと……犬穴?」
順番だというのにぼーっと遠くを見ていて何も言わない犬穴に、不崩が声を掛けた。
「犬穴の次は私なので、早く自己紹介してくれないかなーって思うんですけど」
「あ?何だ不崩。自己紹介?」
「……話聞いてました?」
「自己紹介すんのか?誰が?俺?」
「そうあなたが」
「めんっどくせぇー……」
うへぇ、と顔を顰めた犬穴はギザギザな歯からべぇっと赤い舌を出す。
「あーっと……9番。刺不良犬穴。男」
犬穴はギロリ、と鋭い目で睨みつける。
「魔法があろうが無かろうがステゴロ上等!俺の大事なクラスメイトに何か害を与えるようなら容赦なくぶっ飛ばすかんな!」
「犬穴、ハウス」
「おう」
地狐に言われた犬穴はあっさりと大人しく下がった。
まあ犬穴と地狐は中学時代からの付き合いで、中々に有名な不良コンビだったようなので息はピッタリ、とそういう事なのだろう。
……今はクラスメイトと一緒に居るから悪さもしなくなったが、昔は相当に荒れていたのか、今でも近所の不良に怯えられていたり喧嘩を売られていたりするからな。
犬穴は前髪をオールバックに纏め、菫色のメッシュが入った長い髪を後ろで括っている。
括られた長い髪は尻尾のようで、首につけているトゲのある首輪やらを思うととっても犬。チョーカーでは無く首輪、というデザインなので、本当に犬。
もっとも彼は中学時代「狂犬」と呼ばれていたようなので、それをイメージした上でのビジュアルなのかもしれないが。
そんな狂犬である彼の目には、穴という文字が浮かんでいた。
「やっと私ですね……出席番号10番です。鳴金不崩。見ての通りに女です。ただ私、ちょっと体があまり強くありませんので、遠距離移動系とか普通に役立たないと思いますよ。基本的に貧弱ですし」
癖っぽいウェーブが掛かったロングヘアを揺らし、不崩は笑顔でそう自虐した。
自虐というか、彼女からすれば事実なのだろうが。
……実際、不崩は体が強く無くて寝込みやすいし……カバー出来る部分はカバーした方が良いか。
彼女にもやはりメッシュが入っており、不崩の場合は青色のメッシュが入っていた。
その目には金の文字が浮かんでいる。
「出席番号11番、丹事家天恵ね。あ、性別は女」
左のサイド部分を三つ編みにしているボブヘアの天恵は、片手を挙げながらそう言った。
髪には白色のメッシュが入り、目に浮かんでいるのは天という文字。
「12番、男、二忘使群光。クラスメイト関係であるならばともかく、俺は酷く物覚えが悪いからそれに関しては期待するな。俺は家のカギすらも忘れる男だからな」
……胸を張って言う事じゃないと思うが、事実なんだよなあ……。
そんな群光のおかっぱ髪にも、メッシュが入っている。
彼は赤色のメッシュが入っており、群という字が目に浮かんでいた。
「…………」
「ん?」
再無が近付いてきたので、絆愛は首を傾げた。
「…………絆愛」
「どうした」
他人と喋りたがらない再無はこちらの肩を抱き、髪に顔を埋めるくらいの近距離で耳に囁く。
「……僕の代理、お願い出来るかな……」
「構わんぞ」
ふ、と思わず笑った。
再無は他人と喋りたがらないものの、クラスメイトとは結構喋る。
それらが合わさったのか、彼は喋る時は大体クラスメイトに代弁を頼むのだ。
相当に他人と喋るのが嫌なのだろうが、己は基本的に皆が好きなので構わない。
「他ならぬ、愛するクラスメイトからの頼みなんだ。代弁であろうとしっかりこなそう」
……頼まれたりするのも結構好きだからな!私!
「私からすれば、再無とここまで密着し、尚且つ耳元でその掠れながらも心地良い低さの声を聞く事が出来るという特権は喜ばしいものだしな!」
「…………そういうとこ……」
「ははは、基本的に愛がノンストップで口説かざるを得ないのがこの私だから、止めたところで止まるものじゃないぞ」
親がホストとキャバ嬢なので、多分そういう系統のサラブレッドなんだと思う。
「……出席番号、13」
「代理で失礼する。出席番号13」
「…………沼生口再無……男……」
「沼生口再無、男」
「………………えっと、僕は以上……かな……」
「以上だそうだ」
王と騎士、それと他の人達が何とも言えない表情になっているが、まあ良いだろう。
「……ありがとう、絆愛……」
「ああ、どういたしまして」
癖毛風にセットされた髪に灰色のメッシュが入っている再無は、再生の文字が浮かんでいる目を細め、にこりと微笑んだ。
「はいはい、人数多いから巻いて巻いて。次は幽良だね」
「ええ、了解」
手を叩く優信の言葉に、幽良がニッとした笑みでそう返す。
「私は出席番号14番で、女で、根耳霊幽良よ。一応言っておくけど私はクラスメイトと離れると情緒不安定になりがちだから、もし別行動させようとしたら敵と見做すわ」
ただしその笑みを見せるのは優信含めたクラスメイト用なのか、王達に対しては睨みを持ってそう告げた。
長いポニーテールにミントグリーンのメッシュが入っている幽良の目には、耳という文字が浮かんでいる。
「出席番号15番。女。野田面地狐。少しでも敵だと判断したらそう動くから、そのつもりで」
長い髪を腰下で結び姫カットな地狐は、黄緑色のメッシュが入った髪を揺らしてにっこりと微笑んだ。
犬穴と共に不良をしていて、戦闘担当の犬穴と違って頭脳担当でもあった地狐だと思うと、クラスメイトとしてとても頼もしい。
彼女の目にもまた文字が浮かんでいて、地狐の場合は地面という文字だった。
「出席番号16。野良報情陶。女。……で、良いんですよね?」
肩から流した長い一つの三つ編みに薄紅色のメッシュが入っている情陶は、頬に人差し指を当てながらそう首を傾げる。
目に浮かんでいる文字は、情報だ。
「うぇー……心声今ちょっと色々情報あり過ぎて纏まらなくて困ってるんだけどー……」
「簡潔で良んじゃね」
「衛琉が言うならそれで良っかな」
顔を顰めていた心声は、衛琉の言葉にうんと頷く。
「17番、物真動心声だよん。胸がペッタンコだからって男扱いしたらマジ許さないかんね」
杏色のメッシュが入った長いさらさらのロングヘアと白赤のセーラーワンピースを揺らし、心声は圧のある笑みでそう言った。
……女子はセーラーワンピースで男子は学ランだから男女は一目でわかると思うが……。
しかし心声は胸が本当、絆愛を含めて胸が大きいクラスメイトが多い中驚きのぺったんこという感じなので、そういう圧を掛けてしまうのも仕方が無いのかもしれない。
そんな心声の目には、心という文字が浮かんでいる。
「出席番号18番、保肉竹体刀。女だ」
耳の上に頑固な外跳ねがある体刀のショートヘアには、藍色のメッシュが加わっていた。
童顔でありながら表情や口調が落ち着いている体刀の目に浮かんでいるのは、肉体という文字。
「出席番号19。瑠璃音時平。間違われる事も多いけど、俺は男だからね」
そう言って笑う時平は長い髪をお団子に纏めた上でのサイドテールなので、女に間違われるのも仕方がないと思う。
……時平の場合、私より背が低いから適当に近くの服を着た結果、私の服を着たりして女装状態になる事もあるからな。
しかもそのまま普通に外にも行く。
よくクラスメイトでお泊まりをしている為、服の取り違えなど今更、というのもあるのだろう。それを厭うような信頼関係でも無い。
さて時平だが、時平のメッシュは銀色だった。
目には時という文字が浮かんでいる。
「……ああ、次は私か」
ふむ、と己は顎に手を当てた。
・
絆愛が笑みを浮かべ、口を開くのを掃潔は見ていた。
「私は出席番号20番、悪砕絆愛と言う。女だ」
長い髪を三つ編みハーフアップにしている絆愛の髪には、黄色のメッシュが入っていた。
……憶水の金色とはまた違う色合いだな。
絆愛はその目に愛という文字を浮かばせ、にっこりと笑う。
「そしてキミ達がとても素敵に思えるので、是非とも仲良くしようじゃないか!沢山話をしよう!答えを提示出来るとは言わないが、相談だって幾らでも聞こう!もし話す事も相談内容も無いのだとしたら、けれど私と話しても良いと思ってくれているのであれば、私がキミ達に抱いた好印象を語るというだけでも」
「おうこら待て待て」
「はいはいはい、絆愛は一旦下がろうねー」
「絆愛は相変わらず警戒心が少なすぎるというか、この状況でよく言えますよねぇ」
「まだ言い足りないんだが……」
「「「「却下」」」」
衛琉、口舌、情陶に止められた絆愛が呟けば、全員でそれを却下した。
当然ながら己もその一人だ。
……まったく、やるとは思ったが本当にやるとは……。
どうして絆愛はこうも警戒心皆無で好意を抱く事が出来るんだろうか。
・
「じゃ、これで生徒達の自己紹介は終わったから、最後は僕かな」
皆に下がらされた絆愛は、優信がそう笑ったのを見た。
「僕は彼ら彼女らの担任……つまりは先生だよ。名前は通若優信。おわかりだろうけど、性別は男」
優信の跳ねが強い髪には、ピンクのメッシュが入っている。
教師である為必然的に最年長であり、尚且つ男でピンクはどうなのだろうと思わなくもないが、優信は見た目若々しいし可愛らしいものも結構好きだったりするので、特に違和感は無い。
微笑む優信の目には、通信の文字が浮かんでいた。
「で、僕達の自己紹介は完全に終わったわけだけど、そっちは?」
「……そっち、とは?」
「そこの騎士がイチョウって名前である事はさっき聞いた。でも僕達はまだ、キミの名前を聞いていないよ」
「…………ああ、成る程。そもそも異世界から召喚したのだから、儂の名を知らぬのも当然か。これは儂の考えが足らなかった」
ふむ、と頷いた王は言う。
「儂の名は、ブナと言う。ただし現状既に王としての立場は……否、そもそも王制自体もかなり危ういのでな。呼ぶ時は、せめて王はつけていただきたい。さもなくば、完全に民の心が離れてしまいかねん」
「ああ、呼び捨てにすると民がキミを「呼び捨てにされているのだから王では無い」って認識をしちゃうわけだ。うん、了解。誘拐されたとはいえ世話になる身だし」
優信は、にっこり、という圧のある笑みを浮かべた。
「レースに出された上でレースの賭けまで参加させられてるような気はするけど、うん、ちゃんとした対応さえしてもらえれば、僕達としては構わないよ」
「圧があるね」
「ま、私達の身の安全が掛かってるってなるとそのくらいは必要だと思うわ」
「生徒を守る立場の先生である以上に、とても大事な仲間ですから」
「普段の朗らかな笑みも良いが、ああして圧のある笑みも普段は見れないからこその良さがあるな。具体的には優しい印象の顔だというのに圧があるという中々のギャップが」
「お前は本当に普段通りだな」
時平、幽良、情陶の会話に己が続いたところ、何故か群光に溜め息を吐かれた。
しかしまあ呆れた溜め息というよりも、仕方がないなと苦笑するような溜め息だったので良いだろう。
……私が誰かに対して思った素敵な部分を語り出すのはいつもの事だしな。
彼ら彼女らも慣れている。
「当然、かつての反省を活かしちゃんとした対応を心がけよう。ただ、まずは聞いておいても良いだろうか」
「何を?」
「能力について、である」
ブナ王は言う。
「異世界人の目に浮かんでいる文字こそが、神に授けられた能力だという事は知っている。ただし読めはすれど、その能力には個人差がある為詳細はわからない。故にどこまでの、どういった能力を使えるのかを聞いておきたいのだが……」
「ちょっと待ってくれるかな」
ピ、と優信が立てた手を前に出した。
「僕達、特に能力とか知らないんだけど」
「何?」
マジで聞いていませんよとばかりに眉間にシワを寄せている優信を見て、マジで?とばかりにブナ王も眉間にシワを寄せる。
「召喚される際にまず神の下へ行き、そこで能力の説明をされるはずなのだが……」
「そもそも神の心当たりが…………あ」
顎に手を当てて考えていた優信は、心当たりがあったとばかりにぽんと手を打った。
「ちょっと皆、ここに来る前、そういえば真っ白い空間で自称神の少年……というかキミ達くらいの年代に見える誰か居なかったっけ。あれは僕の気のせいだったりするのかな」
「あー、何かあったな」
「あった気がしますね」
「クラスメイト居ないし突然見知らぬ空間だしで思わず掴みかかった事だけなら覚えてます」
「不崩にしてはアグレッシブな……まあ私も同じ事をしたんだが」
「クラスメイトが居るか居ないかは重大だよな」
「さっさとクラスメイトのところに戻せよって言った覚えはあるけど、話を聞く気が一切無かったから説明受けてなくない?僕達」
「うわあー……」
優信に続き、犬穴、憶水、不崩、宝、獣生、従人、時平の順でそう語る。
「……これは、詰んだか?」
「情報一切ねーしな」
「流石に説明無しで謎能力使えるように、とか無理よ?」
「目の文字が能力だって言っても、どうするんだって話だもんね」
「群光なんか群よ群。どういう能力があればそんな文字になるのかまったく想像出来ないんだけど」
掃潔、衛琉、天恵、口舌、幽良がそう言った。
「…………でもこれさあ」
「どうかしましたか?心声」
「うん、えっと、情陶さ、思わない?」
「何をですかね」
「見知らぬ誰かが居るとして、絆愛が口説かないと思う?例えクラスメイトがその場に居なかったとしても、さ」
「「「「あ」」」」
全員の声が重なり、視線がこちらへと向けられる。
ようやくの視線に、己はにっこりとした笑みを返した。
「当然ながら、私は口説いたぞ。そしてがっつり会話もした。皆の分の説明から神を名乗る彼の過去まで、しっかりとな」
「よくやったわ絆愛!」
「お前がMVPだ!」
「絆愛に口説き癖があって良かったー!」
絆愛は地狐、群光、飛天に抱き締められたり頭を撫でられたりとうりうりされた。
他の皆も飛びついて来たりと結構容赦がないが、己としては大好きな皆とのスキンシップはとても嬉しいので良い事だ。