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一方その頃ギルドでは



 絆愛達が執事のセリと共に魔物退治へと向かっていた頃、体刀達はギルドに来ていた。


「焚きつけたのは俺だけどさあ……本当に行くの?」


 騎士イチョウだけではなく、一応の付き添いとして来た老年冒険者が眉を下げて笑いながらそう言った。

 他の味方冒険者達は診療所の点検やらで不在である。


「こういうのは早くにやった方が良いだろう、老年冒険者」

「サザンカね、サザンカ」

「私達は正直言って他人に興味が無い。そういうのは絆愛に期待しろ」


 ……一応口舌や、多分地狐辺りも把握しているだろうが……。


 口舌を見れば、目が合った瞬間ににこりとした笑みを浮かべられた。

 あれは恐らく、覚えてはいるが仲良くするつもりは特に無いからわざわざ名前を呼ぶ気は無いよ?の笑みだろう。


 ……私達、本当に他人に興味が無いからな……。


 交渉する優信や地狐や口舌辺りならばまだ把握しているが、交渉前提の、とりあえずの人付き合い用に覚えているだけ。

 好意的だからこそ覚えて居るのは、絆愛くらいなものだ。


 ……正直絆愛は博愛が過ぎると思うが。


 ストーカー男に無理矢理車に引きずり込まれて性的に襲われ掛けながらも笑顔で受け入れようとするのはどうかと思う。

 当然ながらその瞬間を目撃していた為、手を出される前にソッコで車を襲撃して男を叩きのめして絆愛を助けたが、


 ……何故抵抗しなかったと聞いても、素敵だったし特に断る理由が見つからなかったから、だからなぁ……。


 素敵な人との子が産めるなら嬉しいぞ?と素で言うタイプなので困る。

 こちらに来てから心声に一応確認したが、本当に心からそう思っているようだったし。


「さて、突撃するか」

「りょうかーい」

「ああ」

「ギャハハ!おう!」

「……………………」

「いざっていう時は任せてね」


 体刀の言葉に、クラスメイト達はそれぞれそう返答する。

 再無だけ返答していないが、頷いているので問題無し。


「たのもーーーーう!」


 まずはインパクトを重視した方が相手を動揺させられると思ってウエスタンドアを思いっきり蹴っ飛ばしたところ、金具が死んでいたのか思いっきり向こう側にぶっ飛んで大破してしまったのだが、これって私が悪いんだろうか。





 イチョウは、少女の蹴りでギルドの扉が思いっきりぶっ壊れたのを見た。


 ……こうして思うと、通販の勇者は普通だったんだな……。


 というよりも今回来た勇者達がちょっと意外性に満ち溢れ過ぎているだけな気もする。


「…………あァん?」


 ギロリ、と中の冒険者達の濁った、けれど鋭い視線が肉体の勇者に向けられたのを見た。

 このメンバー内で唯一の女でありながら、ピンと背筋を伸ばし、肉体の勇者は一番乗りでギルド内に踏み込んだ。


「私は保肉竹体刀!勇者だ!」


 酒瓶やタバコの煙、何なら酔い過ぎによる吐瀉物が床に落ちている内部にも一切引かず、肉体の勇者は持っている竹刀で床を叩く。

 物凄い良い音がした。


「私達はこれから諸々の改善をする為…………ええい口上が面倒臭い!」


 肉体の勇者は愛らしい童顔からは想像も出来ないような、腹から出したのだろう大きな声で、そんな身も蓋も無い事を言う。


「とにかく鬱憤があるなら掛かって来い叩きのめしてくれよう!その代わり、私達に負けた冒険者は建築だの畑だの雑用だの諸々を手伝うように!以上!」


 言い切った後、少しの無言。


「…………あー、これはキレるねぇ……」


 ぽつり、と己の背後に居るサザンカが呟く。


「ま、キレさせて鬱憤を発散させようとしてるのかもしれないけど、さ」


 そう言ったサザンカはギルド内にするりと入り込み、扉近くにあったベルを、懐から取り出した煙管の金具で鳴らす。

 錆びたそれはゴイン、という鈍い音を響かせたが、開戦には充分だった。


「っ、けんじゃねえぞ小娘ェ!」


 髭を蓄えた男がタバコを咥えながら立ち上がり、歯を剥いて叫ぶ。


「おうおうそうだやっちまえ!全員で掛かるぞ!」


 隣に座った酔っ払いの若い男が、近くにある弓矢を構えた。


「わざわざ乗り込んで、随分イキってるようだけど……叩きのめされるってのは考えなかったわけ?」


 他の机に居た若い女は拳にメリケンサックを装備し、拳を突き合わせる。


「そうねぇ……ちょっとくらい揉んでやっても良いかもねぇ」


 酒を飲んでいた中年女性は空になった酒瓶を持ち、笑みを浮かべながらふらりと立ち上がった。


「頑張ってくださーい」


 血気盛んな他の冒険者達と違い、酒を飲みながらあはあは笑っている少年は一部同様に観戦する気満々らしい。


「何言ってんだ、お前も俺達と一緒にヤんだよ。安心しろ、適当なもんぶん投げりゃあそれで良い」


 そんな少年の首根っこを引っ掴んで立たせるのは、露出の多い格好でタバコを咥え、濁りながらもギラギラした目でこちらを見る女。

 他にもぞろぞろと、ギルド内の冒険者達がそれぞれ武器を持って立ち上がった。


 ……大体四十人くらいか。


 行き場が無い人間が行き着く先、というような状態なので、妥当な人数だと思う。

 場所によってはもっと少なかったり、もっと多かったりするのだろう。


 ……これでも昔に比べて狭くはなったが、王の居る町だからな。


 人口の分、数が多くても無理はない。

 寧ろ人口を思えば、これでも少ない方だろう。


 ……まあ殆どが屋根や壁を求めて行き着くのだから、収容可能人数になるのは必然か。


 至らない部分についてを改めて考えさせられる。


「うらあ!」

「甘い」


 室内だというのに容赦なく放たれた矢を、肉体の勇者が素手で掴んだ。


「……肉体の勇者は、矢を掴めるのか……?」

「私達を何だと思っているんだ。そんな奇想天外摩訶不思議なビックリ人間みたいな事、出来るはずがないだろう」


 独り言のつもりだったが、見の勇者が呆れたようにそう返す。


「あれはただ、動体視力や反応速度を弄っているだけのもの。素であんな事が出来ると思うのか?」


 呆れた目の見の勇者に、己はガントレットに包まれた手でサザンカを指差した。


「ソイツは数十年前にやっていた」

「うっわ何で覚えてんの………………」


 こちらの世界でも普通に奇想天外な所業だったから覚えていただけなのだが、何故かサザンカに物凄くドン引きした目で見られた。





 体刀は掴んだ矢を構える。

 弓は無いが、右手に矢を持ち、左腕を直角に立て、左の前腕部を弓のようにしてしまえば良いだけの話。


 ……よし、問題無いな。


 弓のようになった前腕部の、弦のところを引いて射る。


「あっぶね!?」


 先程射って来た男は椅子から転げ落ちるように後転して躱し、矢は誰も居ない椅子に突き刺さった。


 ……弓道部の助っ人にも出ていた経験が活きた。


 体術系は大体衛琉が助っ人に呼ばれていたが、己は剣道や弓道など、そういう武器を用いる系統だ。

 故に弓も問題は無い。


「っラぁ!」


 横から髭の男が剣を横に振り抜き、その剣がこちらに迫る。

 けれど、体刀はそれに対し動かない。


「ギャハハ!甘ェっつうの!」

「うおっ!?」


 そう、だって、冒険者達が酔いどれ仲間達と共に攻撃してくるように、こちらにだって仲間が居るのだ。

 犬穴の出した穴に飛び込んでしまった髭の男は、強制的に移動する事となる。


「きゃあっ!?」


 それも、こちらに攻撃しに来ていたメリケンサック装備の女の前に、剣を振りぬいた状態で、だ。


「ぐべえっ!」


 結果的に髭の男はメリケンサック装備の女によって頬をぶん殴られすっ飛んだ。


「と、突然何してんのよオダマキ!」

「うっせェこっちのセリフだ!何で目の前に居やがんだペンタス!」

「はあ!?そっちが勝手に私の前に来たんでしょ!?」

「んなわけねぇだろどこ見てんだ!」

「話しているところ悪いが」

「えっ」


 頬を押さえている髭の男は距離がある為、体刀は隙を見せたメリケンサック装備の女に竹刀を振るう。

 女性が相手と思うと申し訳ない気もするが、基本的にクラスの皆以外は老若男女問わず他人だし、距離が近かったので仕方あるまい。


「安心しろ、殺しはしないし再無が治す」


 そう言って竹刀で背を思いっきりぶっ飛ばした。

 ゴルフのようによく飛んで、距離のある冒険者達を見事にストライク。


 ……ストライクだとゴルフというよりボウリングか。


 まあ良いや。





 オダマキはペンタスのメリケンサックで強化された拳で殴られた頬を摩りながら、チッと舌打つ。


 ……そういや昨日、サザンカ達が帰ってこねぇなとは思ったけどよ……!


 酒の飲み過ぎで時間の感覚が狂っただけかと思っていた。

 実際何度かあったので、今回もそうだと。


 ……だが、我関せずであっちに居るって事は……。


 向こうに協力する様子の無さから、こちらを裏切ったとは違うだろう。

 サザンカの性格からするに、一発思いっきり戦り合える相手と戦り合わせて鬱憤を晴らさせよう、とかそういう事のはずだ。


 ……それにしたって勇者かよ!


 目や髪から疑う余地も無く勇者だが、それにしたって容赦がない。

 複数というのもそうだが仲間割れを平気で起こさせようとする辺り、バトル面に対してシビアだ。


 ……おもっくそ殴られたし。


 まあ剣がペンタスを真っ二つにするよりは良いと思おう。

 吹っ飛ばされたペンタスは少し目を回しているようだが、外傷は少ないように見えるので多分大丈夫。


 ……昔読んだ物語の勇者ってのは、戦い方が甘っちょろいヤツが多いって聞いたんだけど、な!


 油断は出来ないと判断したオダマキは肉体の勇者へと再び飛び込み、


「うん、させないよ」

「どわっ!?」


 どこかから現れた木刀が行く手を遮った。

 邪魔臭いそれを剣で切り落とすも、浮いている複数のそれは切り落とす間もなく返してくる。


 ……だぁ、くっそ!


 一本であるなら余裕で叩き切れるが、複数なのが厄介だ。

 一本が隙を見せても他の木刀が攻撃を阻み、結果的に防戦一方となってしまう。


「レンギョウ!矢!次の射れ!」

「射ってるよさっきから!なのに毎回キャッチされて射られ返されてんの!ってあっぶねえ!」

「チィッ……!」


 太もも狙いの矢を、レンギョウは横に転がる事で避けていた。

 近付こうとすれば木刀に阻まれ、遠距離攻撃はやり返され、攻撃を入れようとすれば謎の瞬間移動をさせられる。


 ……背後の奴らを狙うか?


 サザンカの隣に居るのは騎士だろうが、完全に傍観の体勢で壁に背を預けている。

 他も背の高い勇者が二名程壁側に居て、その二人も参戦する気は無さそうだ。


 ……つまり狙うは……!


「そこ!」

「ギャハッ!」


 木刀を出して操るでも、やたら戦い慣れてそうな男でも無い勇者を狙ったが、阻むように戦い慣れてそうな穴の勇者が立ちはだかった。


「良いよなあ、戦いってのは……よ!」

「ぐぅっ!?」


 ガツン、という音と衝撃に視界がチカチカと定まらなくなり、脳がぐらりと揺れた気がした。


 ……んにゃろ……頭突きやがった!


「戦いっつーか、俺がすんのは喧嘩だけどな!」

「ぐ」


 殴り慣れているとわかる拳が迫ってくるのを、脳がぐらつくままに身を後ろに転ばせる事で回避した。

 まだ視界がぐらついていて碌に立ち上がれないし、無理矢理後ろに転んだ事で頭のぐらつきも増す。


 ……こりゃ数分要るな。


「ホオズキ!」

「命令すんじゃないよ……!」


 空の酒瓶が穴の勇者に向かってぶん投げられる、が、


「……あ?」


 一瞬視界がぶれたと思った瞬間、正面から飛んでくる空の酒瓶が俺の脳天に直撃した。





 時平は酒瓶が投げられた瞬間、時を止めた。


 ……犬穴を一旦移動させて、と。


 背が高いわりに細身だから良いが、移動させるのも一苦労だ。

 そうしてどうにか引きずった後、髭の男をうんしょうんしょと引きずって移動させる。

 位置は酒瓶がヒットするだろう位置。


 ……声を出した瞬間時が動き出すから、これ中々に辛いかも……。


 どっこいしょとかうんせうんせとかも言えないのでめちゃくちゃ踏ん張らないといけない。

 しかしどうにか時が止まった中時間を掛けて移動を終えたので、安全地帯に戻り、


「あ」


 声を出すと同時、時が再び動き始めた。





 ホオズキは自分が確かに穴の勇者に対してぶん投げた酒瓶が、何故かオダマキの頭にヒットしたのを見た。


 ……死んだかもしれないわねぇ。


 酔って手元が狂ってやらかしたのだろうか。

 そう思うも、机の位置や勇者達の位置からして間違えてはいなかったはず。

 問題は、何故かオダマキが先程まで穴の勇者が居た位置に居るのか、だ。


 ……いや、穴の勇者が居た位置というより……酒瓶が丁度頭に当たる位置か。


 立っている穴の勇者と座り込んでいたオダマキでは、当たる位置が違う。

 そして自分は穴の勇者の頭を狙った。

 同じ位置であればオダマキの頭上を通過していくだろう酒瓶がヒットしたという事は、わざわざ当たる位置になっていたという事だ。


 ……だからって何もわからないけど。


 オダマキの気が狂って自分から当たりに来たんだろうか。

 さっきもペンタスに殴られていたので、新しい性癖に目覚めでもしたのかもしれない。





 非戦闘員であるヒペリカムは、未知の動きを見せる勇者に腰が引けていた。


「シャクナゲさぁん、僕はやっぱり無理ですってぇ……」

「良いから投げるだけぶん投げてな。俺は今火炎瓶作ってんだからよ」

「ひぃん」


 机に隠れるようにしながら細工をするシャクナゲの言葉に、ヒペリカムは泣きべそを掻きながらその辺にある酒瓶を投げるしかない。


 ……僕、こういうの苦手なんですけど……!


 誰かを傷付けるというのがどうにも苦手だ。

 かといって他に何か出来る事も無く、筋肉がつかない体質なのか力仕事も出来ず、出来損ないの役立たずとして捨てられた。


 ……炭鉱夫の家系で非力とか、無理ですもんね。


 思い出すと悲しくなってきた。

 それでも言われた通りしないと怖いので、言われた通りにする。

 ここは冒険者ギルドで、自分は冒険者で、周囲の人達は怖いし急にキレる事もあるが逆らわなければ大体どうにかなる。

 逆らうと怖いので逆らえない。


 ……それに、ここ以外行き場もありませんし。


 働く事も出来ないし家も無い。

 魔物に食われるか凍え死ぬのかと思っていた時、シャクナゲによって連れてこられ、気付けば酒に溺れていた。


 ……最初は体温を上げる為に飲んでたはずですけど、気付いたらお酒に溺れてここでだらだらするようになってましたよねー。


「よいしょー」

「ぎゃあ!」


 ……あっ。


 投げた酒瓶が木刀で打たれ、矢を射っていたレンギョウの方へとサーブされた。

 さっと避けている辺り、反射神経が良いんだろう。


 ……結局あの勇者様達は、何がしたいんでしょう。


 ペンタスが吹っ飛ばされた辺りから酒が抜けてしまったが、最初何か言っていたような気がする。

 しかしその時は酒が入っていたので記憶が曖昧だ。


 ……僕達を追い出したい、とかでしょうか。


 実際ギルドを不法占拠しているも同然の現状を思うと、不思議ではない。

 冒険者としてとりあえずの登録をする事で言い訳にしているだけで、仕事もせずに飲んだくれている辺り、叩きのめされて追い出されても仕方がないと言えるだろう。


 ……でも、ここを追い出されたら……。


 ここはどこにも行き先が無い者が集う場所。

 寒さに凍えないように集まった場所。

 死なない為に集った場所。


 ……僕は、死にたくないです……!


 そう思いながらヒペリカムが酒瓶を投げていると、シャクナゲが笑った。


「ヒヒ、よーしよーし良い時間稼ぎだったぜヒペリカム!この火炎瓶を投げてやりゃあただでは済まねぇぞ勇者!」


 シャクナゲが立ち上がり、タバコを咥えながら言う。


「今出てくってんなら見逃してやるぜ?勇者様よ」


 まだ火を点けていない火炎瓶を見せるシャクナゲに、肉体の勇者が微妙な顔で答えた。


「……貴様、それをやるとモノによってはこのギルドが大変な事になると思うのだが」

「既に勇者様が乗り込んできてる以上、大変な事になってんだろ。追い出されるくらいなら、放っといた方がまだ良かったってレベルにしてやるよ!」


 タバコの火で火炎瓶に火を点けたシャクナゲは、それを勇者達の方へとぶん投げた。


「アルコール度数強めだぜ」


 迫る火炎瓶に、肉体の勇者が叫ぶ。


「…………犬穴!」

「任せとけ!」


 ギザギザしている牙のような歯を見せて笑った穴の勇者は、空間に穴を発生させた。

 火炎瓶は、その中に吸い込まれるようにして姿を消す。


「出口を作りゃあワープホールになるが、出口を作らなけりゃあよお……それは空間に空いた穴でしかなくて、ここじゃねえ空間になるよな!」


 直後、壁を隔てたどこかで、何かが爆発したような音がした。





 見ていた宝は、うわあ、と口の端を引きつらせた。


「つまりは空間にポケットを作ったようなもんだよなあ、あれ……」

「………………そう、なの……?」

「ああ」


 耳元で囁く再無に頷きを返す。


「その中で爆発したから外に漏れてないんだ。外国の昔のアニメとかでも床下に爆弾仕込んでドン、とかあるだろ?あれ」


 ああ、という顔で再無は頷いた。


「…………出入口部分はあるから……音が出た……感じ……?」

「だろうな。しかし犬穴のヤツ、あれ考えてやってるのか?考えてやってるなら相当だと思うんだが」

「………………多分……考えてない……」

「だよなあ」


 耳元の声に対し、溜め息を吐く。

 犬穴は指示やらの頭脳面を地狐に完全お任せ状態な為、そういうのを考えようとする前提が無い。

 けれど獣染みた部分があるからか本能的な部分は優れており、要するに勘でどうにかする事も多いのだ。


 ……犬穴は選択問題系のテスト、勘で大体当てるからなあ……。


 まあ流石に勘はちょっと、という事で勉強会の際はしっかりと教えているし、クラスの皆が教えているというのもあって犬穴も真面目に受けているが、改善はいまいちされていない気がする。

 やる気があるのと、やるのと、それで出来るようになるかは別物なのだ。

 歌うのが好きだしちゃんと教わっているけど改善されない音痴、みたいなアレだと思えば多分合ってる。


「ところで投げられる瓶を口舌が打ち返したり、体刀が射返したり時々攻撃に移ったり、犬穴がひゃっほうと前に出たり、稀に時平が時止めで何か上手い事同士討ちさせたりしてるけど、あれって私達の仕事増えるよな」

「………………僕、全員治せるか……わからないよ……」

「TP的にもなあ……」


 四十人くらい居るので多分全員は無理だ。

 分担して倒すならともかく、一人で回復させるとなると負担が酷い。


 ……まあ昨日の能力使用でまたTP増えてたし、使えば使う程能力使用の際の効率が良くなるみたいだしな。


 ゲームで言うなら使用MPが半減するという嬉しい仕様みたいなアレ。

 流石にまだそのレベルには至っていないが、この数を回復させれば多分どうにかなるだろう。


「……とりあえず、重傷患者をメインに回復だろうな」

「………………骨折とか……?」

「ああ。かすり傷は後回しにさせてもらえば良い」


 ……ん。


「…………かすり傷か……」


 声は出ていないが、口がそう動いたのが見えた。


 ……名前はイチョウ、だったよな?


「騎士イチョウ、かすり傷なら回復させられるとか、そういうのがあるのか?」

「……今は無い」

「今は無いだけで存在はしているんだな」

「薬草を調合して作るものだが、森に生えている為誰も採りにいけないんだ。昔は当たり前に売っていたが、今は店にも置いていない」

「採りに行けば魔物に襲われる危険性が高いし、本来なら採りに行ってくれるはずの冒険者も酔いどれだからねぇ」

「……………………」


 老年冒険者の言葉に、お前が言うのか?という視線を騎士イチョウが向けていたが、老年冒険者はそれに気づきながら笑みでそれを受け流していた。


「…………宝」

「どうした?再無」

「………………暇だね……」

「ああ、うん、そうだな……」


 立っているのもだるいので今は壁を背もたれにしてしゃがみ込んでいるが、この体勢逆に足が痺れるのでどうしたものか。

 かといって完全に座り込むのは危険だし、けれどまだ立ち上がる冒険者が多数なので終わるのはもう少し先となるだろう。


「……頑丈というか、不屈というか……」

「………………不屈で諦められないから……お酒に逃げた……のかな……?」

「かもしれんな」


 諦めきれず、折れる事も出来ないから現実逃避、というのはあり得そうだ。

 でもそれはそれとして待機しているだけというのも面倒かつ退屈なので、早めにボコられ終わってくれないだろうか。



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