とっても害鳥なハルピュイア
午後、絆愛達は町の外に来ていた。
今日もまた午前中にこちらについての授業を受け、午後から魔物の確認と可能なら退治、という感じである。
ただしこの場には、居ないメンバーが居た。
「体刀と宝と再無と犬穴と口舌と時平と、あと騎士のイチョウだっけ?大丈夫かなー」
心声の言う通り、そのメンバーが居ない。
「まあ、それだけ居ればギルド内の冒険者を制圧出来るだろう、多分」
「掃潔さらっと言ってるけどそれ中々に凄いワードだよね」
正直飛天に同意だ。
……制圧、だからなあ……。
先日体刀が言っていた通り、一部メンバーは冒険者ギルドに乗り込んで叩きのめすつもりらしい。
早い内に人手を確保しておきたいというのもあるし、サザンカ達がこちらに味方すると知った他の冒険者達が警戒しない内に、というのもあるのだろう。
「しかし凄いメンバーだよね」
優信が笑う。
「宝と再無は回復要員だけれど、他は完全に戦うつもりのメンバーだし」
「仮に万が一があろうと時平が居ればどうにかなるよね感強いわー」
本当に天恵の言う通り。
時止めがあれば大体どうにかなるだろう。
「本当は俺も行きたかったんだけどな」
「獣生は俺達の衛生面確保の為に必須だから駄目だ」
「おう、そう言う掃潔も衛生面確保の為には必須だと思うぜ」
……確かに服に魔物の血液が付着するというのは避けたいし、病気持ちの肉は無理だからなあ……。
服は洗濯すれば良いが、制服であるが故にお揃い感強いし、という事で出来るだけこれを着る事になったのだ。
可能な限り持たせたい。
「しかし、騎士イチョウはそちらへの付き添いになったからな。忙しいだろうにこうして私達の付き添いをしてくれた事、感謝するぞ、セリ」
「これもまた仕事ですのでお気遣いなく。それに私の場合、イチョウのような戦闘能力はありませんので、あくまで付き添いと案内しか出来ません。その辺りご留意ください」
執事であるセリは、淡々とそう言った。
「いや、そこそこ」
「どうした心声、指を差すな」
「それはごめんだけど、いつの間に普通に顔見知りになったのかな?心声知らないよそれ」
「昨日心声が寝落ちた後に喉が渇いたから水を飲みに厨房に行き、改めて自己紹介をしたんだ。色々と真面目に考えてくれてとても頼りになる執事だぞ」
セリがくるーりと顔を逸らしたが、よく見る光景なのでスルーしておく。
……私が会話すると顔を逸らされる事が多いんだよな……。
照れによるものだとわかっているので気にはしないが。
「……そういえば絆愛、昨日やたら帰って来るの遅いなとは思ったけど、そんな事言ってたね」
「ああ、私は素敵な人達と出会う事が出来て、更に会話も出来て、様々な話をさせてもらった事をちゃんと告げたぞ。直後によしストレッチして寝ようほらこっちおいでとキャンセルされたが」
「言われてみれば、眠かったから即座にキャンセルしたんだった」
従人の言葉に頷けば、優信が苦笑を浮かべながらそう言った。
「ちなみにその時の会話で私は孤児院経営をする可能性が出た。まだ未確定だが」
「待ってください、それは物凄く重要な情報では」
「いや、憶水、私は元々どうすれば良いかと考えていて、そしたら孤児院がつい先日放火にあったらしく、建て直すにも経営者が居ないという事で、じゃあ私がやろうかと」
「じゃあ、で決められる事なのか?」
「群光、良い事を教えてやる」
「何だ」
「孤児院、敷地が広い」
「「「成る程」」」
集合場所にしたり寝泊まりが出来る場所、というのが伝わったのか、全員が頷いた。
「なら要るね」
「大事だわ」
「そうですねー」
従人、幽良、情陶がうんうんとそう言う。
「ただしその際、経営資金的な意味で不崩にも一緒に居てもらう事になるんだが」
そう告げると、不崩はきょとんとした顔をした。
「つまり、私は孤児院組になるという事ですか?」
「そうなる。すまん、勝手に決めた」
「そこは構いませんよ。クラスの皆の事は絶対に嫌な事をしないって信じてますし、色々と考えがあったんですよね?」
「考え、という程では無いが」
が、
「何かをする為の元手として金は必要となる。そして経営も当然ながら金が必要。けれど公には出来ないからこそ、孤児院経営の方に居る事で追及を免れるのでは、と」
そう、
「魔物退治や土地の耕しなどが出来る組はともかく、私の愛の能力は扱いが難しい。不崩の金の能力なんて知らなかった事にした方が良いレベルの扱いだ。となると、こう言うのも何だが仕事からあぶれる」
「確かに持て余し組という自覚はあります」
不崩の同意に、他のメンバーはコメント出来ず苦笑していた。
事実だから、というのがあるのだろう。
「だからこそ、孤児院経営組に入った方が良いのでは、とな。何より集合場所となる拠点に居れば、不崩が体調を崩したとしても集合可能だ」
「あー、それ嬉しいです」
へにゃ、と不崩が笑う。
「体調を崩しちゃうと一人お留守番でめちゃくちゃ寂しくなる可能性ありますし、かといって拠点によっては来てもらっても狭苦しい可能性がありましたから、集合場所に在住っていうのは良いですね」
「良かった」
……私も一人だと心細いしな!
誰か一人は最初から一緒に居て欲しい。
まあクラスの皆と組み分けをする際、誰かが一人にならないように組み分けをされるだろうが。
単独にはしない方が良いのがこのクラスである。
「あ、それなら私も孤児院組に行こうかしら」
「天恵も孤児院組行くの?」
「だって私の能力、基本的に天候操作じゃない」
飛天の言葉に溜め息混じりで天恵がそう答えた。
「家事が得意だし、持て余し組に行った方が良い気がするのよね」
「私は?」
「飛天は引っ越し作業とかが良いと思うわよ?何なら廃材片付けたりも出来るでしょうし」
「んー、確かに冒険者っていう人手があったとしても、私がどうにか出来る部分はどうにかした方が諸々早いかー」
「つまり飛天は雑用組か」
「それ言ったら衛琉も雑用組だよね!?」
「堆肥の事は忘れさせろ」
「言ってない言ってない」
飛天と衛琉のやり取りに、思わず皆でクスクス笑った。
セリは尚も表情固定だが、少し目尻が緩んでいる辺り、微笑ましいと思っているんだろうか。
……あ、心声がこっち見て頷いたから多分そうだな。
心を読んでいるからか、セリの内心だけではなくこちらの想定も把握しているらしい。
・
セリは少しばかり考える。
……まだ午前に報告した程度で、孤児院がどうなるかについては保留なのですが……。
しかしブナ王は優しい。
働いてくれているストケシアの実家であるという部分からも、建て直しが出来るなら建て直そうと思うだろう。
……冒険者達が手伝ってくれるというのであれば、人手も確保出来ます。
ならば建て直し自体はそう問題でもない。
あとは経営が大丈夫かだが、国が、せめてこの町が落ち着いてある程度の余裕を抱く事が出来れば、孤児の数も減るはずだ。
やむにやまれぬ事情の孤児となればそう数が多くなる事も無いだろうから、無理をさせる事も無い。
……ストケシア曰く、院長はかなり大変だったそうですし。
本来経営資金はこちらから援助すべきだろうに、渡せる額が毎度大した額では無いのが心苦しかったものだ。
……今はもう、謝罪も出来ませんが。
ならば出来るのは、改善しかないだろう。
……具体案でも纏めておきましょうか。
ブナ王に話した時の反応から、恐らく孤児院については許可が出る。
あとはどうやって建て直すかについての順序や手続きなどについてを纏めておけばどうにかなる。
……勇者様方が乗り気で、既にその気である以上、やれる事はやらなくては。
今こうして魔物の説明と言いつつ魔物退治を頼んでいるのだから、とセリは思う。
自分達に出来ない、自分達では足りない部分を異世界の、つまり問題の外側の、無関係な子供達にさせているのだから、出来る事をしなくては。
……出来ない事を頼むのですから、出来る事を可能な限りこちらで全うするのは当然です。
そう思いつつ歩いていれば、前方にある木の上に、少々厄介な魔物が居るのを発見した。
・
「おや」
ピタリ、とセリが止まったのを絆愛は見た。
「あちらの木の上、ハルピュイアが居ます」
「ハルピュイアって、確かハーピーとかそういう鳥系亜人……の……」
地狐の声が尻すぼみになっていったが、それも無理はない。
木の上に居たのは、確かに鳥系の亜人。
腕が翼で下半身が鳥だが、頭と胴体が人間だ。
けれど、
「…………人間の動きではありませんね」
憶水の言葉の通り、動きが完全に鳥だ。
首の動かし方からしても完全に鳥。
パッと数えたら八羽居たが、顔が何というか想像上の美しいハルピュイアというより、怖い系の銅像とかにありそうな顔をしている。
……柔らかそうな羽根や力強そうな足などかなり好ましく見えるが、人間部分は、こう、まるで疑似餌部分のように見えるというか……。
チョウチンアンコウの提灯部分みたいな、形だけのアレ。
「うわー……」
心声が凄く嫌そうに顔を顰めた。
「えっと、ニュアンス的な感じではあるけどハルピュイア?達の言葉を訳すと、「人間だ」「人間」「沢山居る」「掴んで飛んで落とすか」「重いのを持って他のにぶつけよう」「動けなくさせろ」「餌だ」「沢山だ」……みたいな?」
「確かにハルピュイアは鋭いくちばしなどを持たない為か、獲物を足で掴んで飛び、高い位置から落下させるという仕留め方を用います」
引き攣った顔で小首を傾げた心声の説明に、セリが表情を変えないまま頷いた。
「尚全て頭部と胴体が女性ですので誤解されがちですが、その部分は疑似餌です。故に見た目が女性に見えようと普通にオスという事もありますので、放っておくと繁殖して厄介です」
「あ、そんな気はしたがやっぱりアレ疑似餌なんだな」
「はい、愛の勇者様のお察し通りです」
セリは言う。
「ちなみにハルピュイアは鳥ですので何かを食べると飛びながら糞を撒き散らします。一羽一羽人間大ですのでサイズも大きく、尚且つ肥料にするには適さない糞なので処理が酷く面倒です」
「あー、ちょっと良いか?俺んトコ農家だったからちょっと嫌な予感がすんだけどよ」
獣生が顔を顰めながら挙手をした。
「……畑のモンとか食い荒らしたりするタイプか?」
「因果の勇者様の仰る通り、食い荒らします」
「ぐあークッソだろうなあやっぱかよ!鳥ってやつァこれだから!これだから!」
「どうどう」
「落ち着け落ち着け」
頭を抱えて叫ぶ獣生に、飛天と群光がよしよしとその頭を撫でる。
「そうだ、獣生、お前はまだマシだ。危険なのは糞を撒き散らすと聞いた俺のメンタルだぞ」
「うっわ掃潔顔真っ青じゃねえか大丈夫か?」
「お前が正常に戻ってなによりだが、わりと厳しい。今すぐにでも気絶したい」
「おんぶしようか?」
「従人……是非頼みたいが、意識が覚醒したら糞まみれになっている可能性があると思うと嫌だ……」
「じゃあフォローしやすい抱っこ体勢?」
「…………それで頼む」
掃潔はウェルカム体勢な従人に抱き上げられ、眠るようにスムーズに気絶した。
不潔を苦手とする掃潔からすると相当に地雷だったらしい。
「………………何と言いますか、いつもこういったテンポとノリで会話をされているのですね」
「ああ、仲良しだからな」
「仲良しを通り越している気がしますが、勇者様同士でピリピリして敵対するよりはそちらの方が良いと判断出来ます」
……仲が良い勇者達で良かった、という意味だろうな、これ。
淡々としているが、少しだけ表情が緩んでいるので多分そう。
「というか、ちょっと思った事を言わせてもらっても良いですかね?」
情陶が手を挙げる。
「食べたら出す、しかも肥料に適さない糞って事は、畑がめちゃくちゃ荒らされるっていう事では……」
「はい」
セリが頷いた。
「ハルピュイアによって幾つか潰れた農家があります」
「飛天!飛天!飛天!」
「いやいやいやいや怖い怖い獣生怖い肩掴んで顔近付けて圧掛けるの止めて欲しいかな!?そりゃ確かに私は飛べるけど!」
「そして繁殖し過ぎて災害となり、けれど大体はしばらくすれば食べ物が無いという事で共食いを始め、数が減ります」
「セリって言ったね」
「はい」
優信が言う。
「食べ物が無いって、ハルピュイアだけじゃなくて人間にも適用されるやつじゃないかな」
「ハルピュイアに潰された村は一定数あります」
「害鳥でしかないのだな、あれは……」
群光の言葉に全員が頷いた。
「とはいえ、どうしようかしら。あっちは空を飛べるわけだし」
「地狐、何でこっち見てるの?というかまだ肩掴まれてるんだよ私!助けてくれても良いと思うんだけど!ねえ!」
「お前が頼りなんだよ飛天!」
「そうね、獣生に同意見。空を飛べる飛天に頼もうかしら」
「いやいやいや!空飛べるだけで戦闘能力無いんだって!囲まれたら終わるじゃん!それだったら従人に鳥系の追従の獣出してもらうとか、翼が生えた群を群光に出してもらうとか、そういうのがあると思うの!」
ふむ、と地狐が首を傾げる。
「…………確かに、それもありね」
「よっしゃあ!」
「あ、出した方が良い感じ?出そうか?」
「んん……」
従人の言葉に、地狐が難しい顔をした。
「相手が人間大だと考えると、普通の鳥だと厳しいわ。平均より大きいサイズ、出せる?」
「これは勘だけど多分無理だね。使いこなせるようになれば頑張れるかもしれないけど、無理」
「魔物は」
「…………難しいかなあ」
「じゃあ群光に頼むわ。群光、空を飛べる群を出してちょうだい。攻撃も可能な群の兵を」
「わかった」
頷いた群光の近くに、群の兵が十体程出現した。
どれもこれもやはり服を着ていないが、翼は生えているしそれぞれ武器も持っているのでまあ良いだろう。
「あとはそうね……憶水には前と同じように僕達を守ってもらうとして、と」
と、と言った瞬間、地狐の足元に大砲が生まれた。
・
地狐は足元の地面を操り、大砲を作った。
大砲といっても地面をそういう形にしただけだが、土の塊を発射するだけでも充分だろう。
そして地にある石も含めて地面なので、石も普通に操作可能であり、つまり大砲として石を詰めまくった土団子をドーンする事も出来る。
……どこまで効果があるか、範囲の外に出たらただの土と石に戻ってさらさらと落ちちゃうかどうか、わかるわね。
というわけでまずはあの木から離れさせる事にする。
「じゃ、やるわ」
言ったのでやった。
・
憶水は地狐が言ったらその瞬間にやると言っているからやるんだろうな、と察していた。
経験上地狐ならやる。
なので攻撃が放たれたその瞬間、周辺に水を出して狙われても大丈夫なように水でバリアを作っておく。
水の塊を浮かせているだけだが、触れた瞬間に絡めとってへし折ったりが出来るので大丈夫だ。
……仮に糞が来ても、これで受け止めればどうにかなりますね。
ただまあ血抜きの際に水を使うので、ハルピュイアの肉が食べられるものかはわからないが、念の為にTPを温存しておきたい所存である。
・
セリは結構驚いた。
執事としてしっかりと仕事を、と思っているが、それにしたっていきなり過ぎる。
突拍子もない行動に見えるその動きに慣れていない為本当に驚いた。
……いや、しかし、やると言っていたのは事実ですね……。
心の勇者はニュアンスだと言っていた。
つまりハルピュイアはこちらの言葉を理解していない可能性が高く、基本的には別の言語を用いているのだろう。
その為こちらの会話が相手に聞かれても問題は無いだろうが、万が一を考えると、即座に攻勢に出るというのは間違いではない。
……とりあえず、動かないでおきましょう。
セリに戦闘能力が無いのは完全なる事実であり、チンピラの三人くらいであるならばともかく、魔物を相手に戦うというのは無理だ。
なので邪魔にならないよう大人しく待機して、守られる事にしようと思う。
・
地狐は放った大砲の玉である石詰め土団子がしっかりと形状を保ったまま一羽のハルピュイアの顔面にヒットしたのを見た。
……本当は木を揺らすつもりだったけど、まあ良いわよね。
一羽仕留められたのは大きい。
目を回しているだけでまだ意識はあるようだが、
「従人、とりあえず落ちたヤツを追従の獣でトドメを刺しておいてちょうだい。復帰されると厄介だわ」
「うん、僕達の命の為にも一羽ずつ確実に仕留めた方が良いよね。了解」
気絶している掃潔を抱き上げたまま従人は微笑み、その陰から狐を出した。
影であるからか色が完全に黒なので何キツネをモデルにしたかがサッパリだが、まあ良いだろう。
しっかりと喉を食い千切って仕留めていたし。
「じゃあ群光」
「ああ」
名を呼べば理解したらしい群光が、群の兵を飛び立たせた。
群の兵達はそれぞれ剣だの斧だのハンマーだのを持ち、飛んでいるハルピュイア相手に武器を振るう。
「…………完全に空中戦状態ね」
「っていうか群の兵結構負傷してるみたいなんだけど大丈夫なのかしら」
「俺の方は一切ダメージを受けていないから恐らく大丈夫だ、天恵」
「そう?なら良いけど」
群光と天恵の会話を聞き流しつつ、己は群の兵から離れてこちらに来ようとするハルピュイアに向けて大砲をぶっ放す。
時々こっちを潰せば良い事に気付く個体が居るが、そういう時はこれでどうにかなるものだ。
尚落ちたハルピュイアでまだ息がある者は追従の獣である狐に喉笛噛み千切られて絶命するので問題は無い。
……水の天幕に守られながら様子を見てれば良い、っていうのは僕としても気が楽だわ。
まあ気を抜いて万が一があっても困るので、気は抜けないが。
・
十分もしない内に、八羽のハルピュイアは全滅となった。
「では捌きましょうか。まず私が手本を見せますので」
「あ、セリがやるのか?」
「口で指示をしても構いませんが、やって見せた方が早いかと」
いやそうではなく、と絆愛は告げる。
「戦闘が出来ないと言っていたから」
「戦闘は出来ませんが、捌く事であれば可能です」
言いつつ、セリは既に捌き始めていた。
獣生が慌てて服に血が付着しないよう因果を歪めているのが見える。
「尚ハルピュイアの肉は臭みが強いので、香草などで入念な臭み消しが必要となる為、料理する際は結構手間です。羽根は捥いで集めておきます。羽根は布団などに使えますので」
「確かに羽根だし、ダウンもフェザーもあるし、サイズ的に使えそうではある……かなあ」
優信が微妙な顔でそう言った。
頭部が人間なせいかパッと見人間の死体にも見えて、何とも微妙な気分なのは事実だ。
……しかし、疑似餌部分なんだよな。
この部分はこの部分で愛おしさを感じるが、これはあまり感じない方が良いものだろう。
「ああ、それと」
セリが手をスムーズに動かしながら群光を見た。
「捌き終わったら先日同様、運搬を頼めますか」
「ああ。そうなると思った地狐の指示で群の兵を出したままにしてある。俺自身は昨日群の兵に運搬させた事をド忘れしていたが、新しい群の兵を出さずとも既に翼があるから丁度良いだろう」
「ありがとうございます」
それと、とセリが言う。
「重ね重ね申し訳ありませんが、その後少しあちらの森の方に行っても良いでしょうか」
指で示されたのは、少し歩けば行ける位置にある森だ。
今居るこの辺りは少し枯れている街道、みたいな位置。
「何か用があるのか?」
「ハルピュイアの肉用に香草を詰んでおこうかと。ついでに薬草も幾つか詰んで行こうと思います。再生の勇者様による能力があるとはいえ、多少の傷程度であれば薬草から作る塗り薬なりで対応出来ますから」
「成る程、確かに臨機応変に適材適所を目指した方が良いのは事実だな」
うんうん、と己は頷く。
……確かに、再無が他人にも処置可能な再生能力持ちとはいえ、頼りきりになってもまずい。
多少のかすり傷程度ならそういったもので回復させる方が良いだろう。
今は魔物が蔓延っているせいで薬草摘みすらも大変かもしれないが、自分達であれば魔物退治ついでに採取が可能な為、調合を教わるなり作ってくれる人が居るなりすれば傷薬を一定数安定して確保出来るかもしれないし。
よっぽどの怪我ならともかくある程度の怪我なら薬で治した方が良い、と帰ったら一応報告しておくとしようか。
……診療所組になるだろう掃潔が把握していれば良いが、まだ気絶しているからな。
相当にハルピュイアが苦手だったらしい。
まあ、城に運ぶ前に一旦起こして病の問題をどうにかしてもらうのだが。
……というか宝が居ないとわからなくないか?
今更その事実に気付いたが、まあわからなくてもやるだけは出来るだろう。
駄目なら帰ってからやれば良い。
後回しにしたらアウト、という事も無いだろうし。
・
解体中に掃潔が起きたものの病持ちかの判別は出来ないという事で、その辺りの諸々は後回しという事となった。
群の兵によって城へ輸送される肉と一緒に、セリ直筆で「病持ちかどうかを後で確認する為手出し厳禁」というメモも添えられたので多分大丈夫。
……森だな。
絆愛達はセリについて行きながら、森の入り口辺りを歩く。
ロマンチックな森の香り、というよりも草木の青臭い香りがする。
……だが、この青臭さは森が生きている証拠でもある、か。
神から聞いた話では活性化し過ぎた森や枯れ果てた森が多いそうなので、こうして人里近くに平均的な森が残っている、というのは素晴らしい事だ。
近くの木に触れ、撫で、味方で居てくれてありがとうという念を送る。
「これが香草ですね」
感謝の念を送っていると、セリがしゃがみ込み、摘んだものを皆に見せた。
「可能なら町でも栽培したいところなのですが」
溜め息を漏らしながらそう言って香草を摘むセリに、天恵が首を傾げる。
「栽培すれば良いじゃないか。プランターとかで育てたり出来ないの?」
「まず、何かを世話するような精神的余裕がありません。明日を生きる為の食糧確保に必死な現状で香草などに気をつける程の余裕もありません。私達は城に居て、そしてスターチスが……」
一瞬、セリは口ごもった。
「……料理人が居るお陰で香草による臭み消しがされた料理を提供されますが、一般ではそういうわけにもいきませんから」
……確かに、料理に気を遣える程の余裕はないだろうな。
己は誰かと共に居なければ食べる気が無くなるタイプなので、気力が湧かないというのはわからんでもない。
そういうローテンションの時の食事は何を食べても栄養補給用の何かでしかない為、カロリーメイトとかそういう系になってしまう。
つまりは、料理に意識を割けるような余裕が無いという事だが。
……しかし途中でスターチスではなく料理人と言い直したのは、他の皆がスターチスの事を知らないからだろうか。
多分合ってる。
そしてその場合、色々と気遣いがありがたい。
すぐに誰を差しているのかが漠然と理解出来るし。
「香草を育てて売るにしろ、買う人間が居ません」
摘みながら、セリは続ける。
「私達も買うようなお金が無いので、普段は騎士であるイチョウの付き添いの下こうやって香草を摘みに来ます」
「わかるわ……その結果経済が回らなくてお店の商品が減って潰れる店が出て来るのね」
「まったくもってその通りです、耳の勇者様」
セリに肯定された幽良は、その呼び名の微妙さに物凄く微妙な顔をした。
食べれなくはないけど積極的に食べたいとは思わない食べ物を出された時みたいな微妙な顔だ。
「ですが先日の猛毒オオカミと本日のハルピュイアは幸いでした。たとえあまり美味しくはない、というよりも不味いに分類される肉ではありますが、それでも肉は人心を豊かにします」
語りながらも動きに一切迷いなく、セリは香草を摘む。
「幾つかは干し肉にして保存しますが、それ以外は炊き出しですね。本日肉体の勇者様方が冒険者ギルドを制圧出来るようであれば、そこで炊き出しをしても良いかと判断出来ます。冒険者達の態度改善や食事面で多少の余裕が出来たというアピールになりますので」
「そうして魔物についての説明をしつつ、周辺の魔物を倒して貰って肉を確保して、農業出来るだけの地盤を整えつつ皆の気力を回復させ、人々が働けるだけの状態にしよう……って感じかな?」
「そうです、心の勇者様。地盤の整えは勇者様方に頼む事となりますが、農業系は経営者と、そして食べ物などの現物支給目当ての働き手が居ればどうにかなります」
持参してきたらしい袋に摘んだ香草を詰め込み、セリは立ち上がった。
「そのまま定着する者、その日だけ来る者、特定の季節だけ来る者など働き手は様々ですが……余裕があるとわかっていれば、盗みなどの即物的な行動に移る者は減るでしょう」
「そうね」
地狐が頷く。
「現物であっても報酬は報酬。そして大量に育てるだけの余裕があれば収穫も大量になって、提供出来る現物の数は増えるわ。その状態であれば万が一が無いよう見張りを雇うだけの余裕もあるでしょうから、手癖の悪さが治らないようなのが相手でも、ある程度は回せるはずよ」
「その為にも皆様には周辺の魔物を大量に仕留めていただく必要があるのですが、よろしく頼めますか」
「らしいけど」
「えっ僕達に聞いてる?」
「俺達はお前の指示に従っているだけだから突然話を振られても反応に困るぞ」
地狐に視線を向けられた従人と群光が困った顔でそれぞれ苦笑したり、頭を掻く。
「まあ、僕としても能力についてを色々調べたいから、必然的に魔物退治はする事になるかな。群光は?」
「よくわからんが必要なら協力するぞ。正直俺は町の色々を手伝った方が良い気もするから、荒事組だろうメンバーに頼む方が良い気がするがな」
「……荒事組って、体刀達の事ですかね?」
「他に居ると思うのか?不崩」
「思いませんね」
そこでにっこり笑顔で肯定する辺り、不崩だなあという感じ。
「よろしく頼めるというのであればこちらとしてはありがたい事であり、助かります」
どうぞよろしく、とセリは頭を下げる。
「冒険者達が仮に勇者様方の支配下に置かれたとしても、対人間であればともかく、対魔物となると戦えるのはそうそう居ないでしょうから、戦力としてはいまいち期待しきれません。倒せるにしろ数に限界もあるだろうと思うと、複数の魔物を相手にしても倒せる勇者様方の存在は大変ありがたいです」
「…………あー!」
何やら限界が来たらしい衛琉が突然そう叫んだ。
・
衛琉は思う。
……そりゃ俺はクラスメイトに感謝される事とか、柔道とかの体術系部活に助っ人頼まれたりで参加して感謝される事はあっけどさあ!
頼られているのはわかる。
同時にただの、神から能力受け取ったとはいえ結局はただの高校生でしかないという自覚もある為、どうにもむずむずしてしまう。
……いやもう、あれだな!助っ人要請の時くらいしかまともに他のヤツと喋んなくて、殆どクラスの皆とばっか喋ってた弊害!
だからもう何か恥ずかしい。
一応他にも喋るタイミングはあるのだが、色々ハイスペックだったりで変なのをホイホイしがちなクラスメイトを守る事が多い為、敵意無しで喋るというのがむず痒い。
……変態が相手ならぶん投げりゃあそれで話は終わんだけどなー……!
多分これは、世話になっている身だからだろう。
部活で助っ人を頼まれて感謝される程度では特に何とも思わないが、言ってしまえば誘拐された身とはいえ寝泊まりする場所や食事などを提供されている身でもある。
つまり、恩があるとも言えるのだ。
……だから一方的に礼言われんのがむずむずすんのかもしれねぇ。
体刀とか従人とか群光とかがめちゃくちゃ役立っているので礼を言われるのは当然だし、クラスの誰かが褒められたら自分の事のように嬉しいのは当然だが、自分達は能力の把握の為という研究、尚且つ魔物を知るという授業的な気持ちでもあるのだ。
命を奪うという事実は胸にあるが、それはそれ。
授業を受けてたら教師役にめちゃくちゃ感謝される、というのは、こう、当然の事しかしていない為、違和感にこうしてむずむずするのも仕方あるまい。
・
絆愛は、衛琉が叫ぶのを見た。
「そう何度も礼言われっとむずむずする!良いよ!こっちでやれる事はやっから気にすんなって!というかお前の方が頼るならもうちょい頼れ!?」
衛琉は言う。
「俺ら香草とか薬草とかわかんねーけど!そういうの能力で記録出来る情陶居るし!そりゃ宝が居りゃもっと良かったかもしんねーけど、俺らだって協力出来ねーわけじゃねーんだよ!ある程度の特徴教えろ!手伝う!」
「…………ふむ」
衛琉の言葉に、セリは気持ちきょとんとした表情で首を傾げた。
「でしたら、薬草摘みにご協力をいただいても構わないでしょうか。香草は既に充分採取出来ました。けれど薬草に関しては多くて困る事はありませんので、協力いただけると助かります」
「アイヨー!」
心声が笑顔でぴょんぴょん跳ねながらそう返す。
「……うん、そうだね。僕達は案内の彼にとても世話になっている身で、その他でもわからないところで気遣わせないよう気遣われながらお世話になっているんだろう。そもそも香草などは僕達の為でもあるんだから、そのくらい手伝うのは当然かな」
「優信って結構理由探しがちだけど、普通に手伝うってだけで良いんじゃないかな?」
「そういうものかい?」
「そうそう、私達が仲良くなったのも具体的な理由は無いんだし、そういうもんだって」
「成る程」
笑顔の飛天に背を叩かれた優信は、楽しそうに笑っていた。
良い事だ。
「まあこっちの人達と仲良くなる気はあんま無いけど、恩は返さないとだからね。トイチだったら怖いし」
「飛天、今言った言葉の価値を自分自身で大暴落させた自覚はあるかい?」
本当に大暴落だな。
そんなところも飛天らしくて愛おしいが。
「セリ」
「何でしょう」
近くの、先程とは違う、恐らく薬草なのだろう草を摘んでいるセリに、己は笑みを浮かべて言う。
「本当にあなたは素敵な人だな」
あまりにも素敵過ぎて、抑えられない。
「クールで人付き合いなどしないように見えるが、実際はこうして私達の為、そして私達の為を思って臭みを消した料理を作るだろうスターチスの為に香草を摘んでいる」
そう、
「その上、色々と説明もしてくれた。魔物退治について頼ってくれたのも私は嬉しい。全身でもたれ掛かられると共倒れになりかねないが、キミ達がとても気を遣ってくれているのはわかっているから、そんなキミが、セリが頼ってくれたのがとても嬉しい」
……私に出来る事は少ないが、だからこそ好意を伝えよう。
「まずは見本を見せようとしてくれたり、魔物やその被害についての説明をしてくれたり、戦闘能力の有る無しを正直に言ってくれたりと、その言動や行動には私達への気遣いがある」
万が一が無いようにという気遣いだと、わかる。
本当、言っても言っても言い足りないくらい、素敵な人だ。
「私はともかくとして、他の皆は警戒心が強いところもあるから、適切な距離を保ちながらもそうやって接してくれるというのはとても喜ばしく、けれど同時に負担をかけているのではと心配になり、しかしそんな様子を見せない凛々しさがまた素晴らしい」
それは執事としての矜持もあるのだろう。
「本当に色々、忙しいだろうにこうして私達の案内をしてくれて、尚且つ私達の為に考えて行動してくれた事に、感謝する。ありがとう、セリ」
「待ってください」
手の平を向けられて顔を逸らされてしまった。
ここから口説きに入ろうと思ったのに、まさかスタート前でストップをかけられるとは。