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戦闘特化冒険者、体刀

あけましておめでとうございます。



 どうしたものかな、と口舌は困っていた。

 絆愛に服の購入を頼んだは良いが、それまで自分達はこの大所帯で待機する事となる。

 わかりやすく見た目で我らは勇者でござい、と主張しているし、この大所帯で人通りが少ないとはいえ道を占拠するのは、と人気(ひとけ)が少ない方へと移動した。


「おうおうおう、勇者様かテメェらは、ァア?」


 ら、絡まれた。

 まあ目立つ勇者ご一行が人気(ひとけ)の無いところに移動したら、治安の悪い場所では絡んでくださいと言っているようなものだろうから、そこは不思議でもない。

 しかしいきなり絡んでくるにしては、六人というのは大分数が多くはないだろうか。

 いや、二十人にプラスして騎士が居るこちらが言う事では無い気もするが。


「確かに勇者だけど、何か用かい?」

「用、だあ?」


 優信が前に出ると、チンピラ連中の一番前に居た、最初に絡んで来た男が額に青筋を浮かばせる。


「ああ用はあるさ!テメェらよくまあ今更面ァ出せたな!ァア゛!?」

「それとも俺達掃きだめには興味が無いと、そういう事ですか!」

「……自分らがこうして腐ってる中、勇者様方は町を悠々と歩いておられるとは」


 最初の男に、敵意を見せる元気な男が続き、次に一番若いと見える、自分達と大して年齢も変わらないだろう少年がク、と嫌味ったらしく口角を上げた。


「流石は勇者様。随分と良い御身分であらせられる」

「いや、僕達昨日来たばかりだからそういういちゃもんをつけられても困るんだけど」


 従人の正論に己はあちゃー、と額に手を当てた。

 絆愛程では無いが従人は人を好きになりやすい。

 それがどういう事かと言えば、要するに素直な性格という事だ。

 そして従人は基本的に空気を読まずに発言する事が多い。


「ア?」


 実際相手を煽ったも同然なその言葉に、一番前に居る明らかに沸点低そうなチンピラが目を剥いて物凄いガンをつけてきた。

 勘弁してほしい。


 ……犬穴と地狐がさっきから凄いヤル気になっちゃってるから!


 元ヤンというか元でも無いヤンキー二人組がヤル気になるとヤバい。

 必要とあれば自分も当然木刀を出して応戦するなり、適当言って丸く纏めるなりするが、相手が聞く耳持たなそうな部分が厄介だ。


「…………ふぅん」


 チンピラ連中の中の一人、褐色肌でエキゾチックな雰囲気の女が紫煙をくゆらせながらこちらを見た。


「落ち着きな、ユーカリ」

「何言ってやがるアルストロメリア!」

「落ち着きな、って言ってんだよアタシは。そいつらは多分マジで昨日呼ばれたばっかの勇者様で、碌にこっちの事情もそうは知らないんだろうさ」


 一番血の気が多い男……チンピラ壱で良いか……チンピラ壱に対しエキゾチックチンピラは、ハ、と口から煙を吐いて笑う。


「こんだけ世が困窮して、腐り切った奴らで溢れ返って、そんでようやく勇者様の登場かい」


 その視線は、騎士イチョウに向いていた。


「押し付けたんさね、お前等は」

「私達ではもう手に負えないと判断した」

「そうかいそうかい。で?それまではどうだった?何故早くに手を打たなかった」

「王家もまた身を削ってくれているのは私達もそりゃ知ってますけどねー」


 エキゾチックチンピラとは違う、ボイン系女性が笑っていない目で騎士イチョウを見た。


「それにしたって、遅過ぎやしませんか。あなた方は頑張ったのかもしれませんが、それは手の届く範囲を現状維持しただけ。その他は下がっていく一方です。無駄に粘らなけらば、そうすれば私達がこうなる事も無かった」


 ボインチンピラは鋭い目で睨みつける。


「家族を失ったり、職を失ったり、村を失ったりする事は無かった!」

「…………どうせ、昔の事引きずってたんだろうけどねぇ」


 喉で笑いながらそう言ったのは、老人男性だ。


「……サザンカか」

「何だ、覚えてたんだ。かの有名な騎士であるイチョウ様に覚えられてたとは光栄だ、ってね」


 光栄とは思っていないだろう表情で老人チンピラは言う。


「……通販の勇者、彼は可哀想だった」


 老人チンピラは乾いた笑みと共に首を軽く傾げる。


「戦いたくない、帰りたい、もう嫌だ、どうして俺を巻き込むんだ……ってさ、あの子よく言ってたよね。ま、俺は冒険者として序盤にちょっとご一緒した程度だけどさ」


 ……冒険者?


「少し良いかな?」


 手を挙げれば視線が集まった。

 しかしまあこのくらいの視線に動じるようなメンタルでも無いので、そのまま騎士イチョウへと問い掛ける。


「冒険者って?」

「……本来町の外に出るには、冒険者の付き添いあるいは冒険者としての登録が必須となる。戦う力を持っていて、外に出ても自己責任だとな」

「それとまあ、便利屋みたいなもんさ。依頼を受けて、依頼料で契約日数分お手伝いしますよ、ってな」


 騎士イチョウに続いた老人チンピラは、だが、と言う。


「今の時代、まともに動いてるギルドなんてもんは無い。通販の勇者が居た当時はまだ動いていたが、もうそんな時代でもねぇのさ。あとはもう困窮のまま悪循環に陥って、細く狭くなっていくように朽ちていくだけ」


 そう、と老人チンピラは言う。


「冒険者なんて、今やもう名ばかりのもの。言えば登録されるだけの掃きだめみたいな場所。家も行くところも無い、その日暮らしの、その日すらも暮らせるかわからねぇ連中が行き着くところ。ギルドなら壁も天井も床もあるからね」


 老人チンピラは笑う。


「適当に酒を飲んで時間を潰して、今日もまだ世界は滅んでねぇなあなんて言って眠る場所」


 笑う。


「俺らはもうさ、滅びを待つしかないんだよ。冒険者らしい働きなんて馬鹿らしい。何も出来る事なんて無いし、何かをしようとするヤツだって居ない」


 老人チンピラはこちらを見た。





 昔から、廃れたとしてもずっと冒険者を続けて来たサザンカは言う。


「お前さん達もさ、どうせ昔のあの子みたく強制的に連れてこられたんでしょ。それもそんな大人数で」


 身長的に埋もれているが、一人だけ大人だ。

 けれどそれ以外は子供だとわかる。

 これだけ年を食えば、そのくらいは見分けもつく。


「……お前さん達はこんな世界に何かをしてやる義理も無いんだから、帰る方法を探すのに集中しなよ」


 そう、


「どうせもうこの世界、終わりに向かってるわけだし」


 ……改善の為に色んな能力目当てでこの人数呼び出したのかもしれないけどさ。


 うん。


 ……今更改善して、こんなだるい世界を生きていくなんてさ、誰もそれに賛成しないよ。


「改善とかさ、そりゃ勇者様が居りゃ出来るとは思うよ?うん、思う。実際通販の勇者様も魔王退治をやり遂げてたわけだしね」


 だが、


「皆、もうそんな元気も無い。今日を生きるので精一杯だ。今更遅いんだよ。誰かに期待する程の元気も無い。誰かに当たらないと居られない」


 既に心が荒れ果ててしまって、希望なんて瑞々しさは存在しない。


「王家が頑張ってくれてるのも、勇者達にとっては無関係であるってわかってても、それでも今までの苦労しながら生きて来た期間を思うと、どうしてもっと早くに動いてくれなかったのかと思わずにはいられない」


 同じく冒険者である他の五人が頷いた。

 ああ、そうだろう。

 己は元々天涯孤独で、生きる糧の為に冒険者を始めた。

 けれど彼らは、魔王の呪いによる弊害で諸々を失った者達だ。

 病で親を無くしたり、困窮で職を失ったり、やっていけずに村の人間が散り散りになったりで、ここに辿り着いた者達。


 ……魔王の呪いが発生してから生まれた子達だから、恨みも一際大きいよね。


 元々魔王が存在していた頃から生きていた者達、自分達はもうとっくに諦めが入っているから大してダメージを受けもしない。

 けれど、呪いが発生してから生まれた子達は、そうは思えないだろう。

 生まれてから悪くなり続ける世界に、希望を見いだせやしないだろう。


 ……俺達は勇者って希望が魔王を打ち倒してくれたのを知ってるけど、その後にこれだからなあ。


 絶望というよりも諦めが来て、もしかしたらあの時期の方が平和だったんじゃないかと過去を笑える。

 けれどそんな過去も無い子達は、理由を見つけては当たる以外、感情の向ける先が無いのだろう。


「勇者が改善出来たって、ついて行くヤツなんて居ないよ。ついて行けるような根性も無い」

「……頑張ったって無駄なのは、既に何度も経験済みだ」


 一番の若人であるクロッカスがそう言った。

 彼の家には家業があったが、親の代でそれが廃業。当然ながら食うに困った為、クロッカスは今よりも若い時に食い扶持を減らす為にと自ら家を出た過去がある。

 ここに来るまでそれなりに旅をして、そして生き抜いただけの事はあり、色々と見たくない物を見てきているらしい。


 ……そういうのを見ないで済むようにするのが、俺達冒険者の仕事だったはずなんだけどねぇ。


 魔王の呪いにより悪循環が幅を利かせているのが困りものだ。





 騎士であるイチョウは、薄々こうなる事は察していた。

 普通の人間ならば勇者に対し期待する。ある程度余裕がある人間であれば勇者に対し普通に接する。

 けれど困窮している人間は、それも長い間困窮の中に居た人間は、こうして勇者に八つ当たりをする。


 ……私達が不甲斐無いせいだな。


 どうにかしようとしても、一か所をどうにか保つので精一杯。

 そうしてそこに集中していれば他が崩れ始め、他を支えればどうにか保たせていた場所は崩れる。

 それを繰り返していれば、気付けば殆どが手から零れ落ちていた。

 切り捨てられない結果の中途半端さが、こうしてしまった。


 ……もっと早くに勇者を呼ぶ覚悟が出来ていれば、もっと状況はマシだったはずだ。


 飢えずに済んだ子が居たかもしれない。

 彼らだって、遠隔的に救われたかもしれない。

 勇者が改善する箇所も少なく済んだかもしれない。

 どこかが向上すれば自力で復活出来るだけの蓄えをしてあったところもあったかもしれない。


 ……だが、もし呼び寄せた勇者があの時の通販の勇者のように嘆き悲しむ性格だった場合、この世に蔓延る魔王の呪いはより一層勢いを増していただろう。


 魔王の呪いとはそういうものだ。

 心を強く持たねば、つけ込まれる。

 もしも勇者がそういった負の感情に包まれれば、魔王の呪いは力を増すだろう。

 そして期待を向ける先である勇者がそういった態度であるのを見れば、人々はより一層気が滅入り、魔王の復活は止められなくなる。


 ……だからこそ、そうはならない者を、と願ったわけだが……。


 願った通りなのかどうなのかよくわからん集団が来て少し困惑。

 けれどまあ一緒にしておけばそれなりに話が出来るし、ある程度前向きにこちらで過ごそうとしてくれている辺り、ありがたい。

 神に願いが通じたのだろう。


 ……もっともここから先は神へ願うのでは無く、勇者に頼む事になるのが私達の不甲斐なさの表れだな。


 どちらにせよ他力本願が過ぎる。

 自分達ではもうどうにも出来ない位置にまで来てしまったとはいえ、頼るばかりで、出来る事しか協力出来ないのが歯痒いところだ。

 出来ないのは出来ないから仕方がないが、その為に誰かに頼りきるというのは、どうにも合わない。


 ……本来、私達がやるべき事だから、だろうか。


 だからこんなにも不甲斐無い気持ちとなり、サザンカ達の言葉に言い返す事も出来ないのだろうか。





 色々聞こえてしまう心声としては、どうしたもんかなあ、という感じだった。


 ……心声からすると気まずいだけなんだけどねん。


 物凄く空気も悪いし、どちらの言い分もわかるしで困ってしまう。

 普段なら知らんがなと告げるだけだが、内心が聞こえるとどちらの言い分も理解出来てしまうのが困りもの。

 大変だった側の声も、どうにかしようとした側の声も聞こえるから、どちらの事情もわかってしまう。

 そして自分達は無関係なんだけどなあと一歩引いてるクラスの皆の声も聞こえてとっても困る。


 ……こういう時に絆愛が居ると口説き始めて陰鬱な空気ぶっ飛ばしてくれるから良いんだけど、今居ないから駄目だね!


 スッゲー空気が重くてどうしたものか。

 絆愛に買い物を任せたのはこちらだが、出来れば一刻も早く帰って来て欲しい。


 ……ん?


 そう思っていると、竹刀を手に持った体刀が前に出た。


「ええいそこに直れェい!そのだらけきって腐り果てた根性叩っ直してくれるわ!」


 ……あっれー!?何でか体刀めちゃくちゃキレてるよ!?


 さっきまで無音だったのに何故。

 いや、多分キレてたから無音だったのだと思う。

 具体的な言葉にはならんけど、ならんけどこう、感情が爆発するんだ系のアレ。





 体刀は剣道道場の娘である。

 とはいえ竹刀を振るうのは好きだが稽古はあんまり、というタイプでもあった。

 というか稽古よりも皆と居るのが好き、という感じ。

 一応趣味で毎日稽古はしている為、両親に何かを言われた事は無い。


 ……兄も居るしな。


 まあ上の兄は浪人生だし下の兄は留学中なのでアレだが、何も言われんなら問題はあるまい。

 さておきそういう家で生きて来た為、己は地味にそういうのが染みついていた。

 正々堂々掛かってこんかい系のアレ。

 戦り合えばわかりあえるという昔ながらの少年漫画系と思っても良い。

 その為、相手の言い分が不愉快だった。


「滅びるだの何だの言いおってからに!それならば何故(なにゆえ)八つ当たりをする!?どうしてその時に助けてくれなかったんだと言って足掻く!」


 竹刀を地面に向かって放てば良い音がした。


「それは今が嫌だと!今の状況が嫌だからと!やり方がわからんままに足掻いて必死に這い上がろうとしているというのと何が違う!」


 またもや良い音が響いた。


「わからんからと八つ当たりをするな頭を動かせ!何なら他の誰かに問いかけろ!心地良い生温さに身を委ねてそのままで良いと思い込む、それこそが怠惰であろうが!」


 己は部活に所属していない。

 それはクラスの皆と一緒に居たいという理由もあるが、それ以上に中学時代の事があるからだ。

 中学時代、一人真面目に頑張っていたら、己が居るからという理由で何故か皆がだらけ始め、真面目にやらなくなってしまった。

 真面目にやるよう強要すれば空気が悪くなるのは自明の理だった為無視していたが、真面目にやればやる程だらける者が増えた。


 ……何故かと問えば、自分がやらなくても勝ってくれるから、か。


 なので途中で辞めた。

 趣味で竹刀を振ったりという稽古を続行はするし、剣道以外の部活にも助っ人として呼ばれれば出るし、全力で挑む。

 けれど日常的に一緒に居るには少々真面目過ぎて、ついて行けないと思われ、だんだんと相手が自分自身のハードルを下げてしまう。


 ……ああ、だから今のクラスは居心地が良い。


 同じように竹刀を振るっているわけでもないからか、誰も特に何も言わないし、それぞれ好きな分野を好きなようにやっている。

 だらけたり力を抜いたりはしつつもやるべき部分はちゃんとやろうとする、その態度が好きなのだ。

 故にこそ、頑張ろうとせずに他人に押し付ける精神が気に食わない。


「足掻くのであれば!せめて這い上がろうとして足掻かんか!」

「うるっせェなテメェにわかんのかよ俺らの気持ちが!」


 チンピラ壱が吠える。


「足掻こうとしても足掻く手立てがありゃしねえ!何かをする地盤すらねぇ!酒に溺れて、逃げて、それで何が悪い!?」

「そうやって他人に聞くふりをして己が姿を見て見ぬふりをするところだ!」


 竹刀が良い音をまた響かせた。


「足掻く気はあるのだろう!手立てが無いから出来ないというところまでわかっているのだろう!地盤があれば出来ると思っているのだろう!」


 そうだ、


「酒に溺れる事は逃げる事だと、悪い事だと、そうわかっているからそういった言い方になっている!違うか!?」


 その言葉に、チンピラ連中は目を見開いて息を呑んだ。





 前に出た肉体の勇者に噛み付くように吠えていたユーカリは、見ないふりをしていた部分を突きつけられ、そしてそれに納得した事に思わず息を呑んでいた。





 心声は集まってきている野次馬の中に荷物を持った絆愛が居る事に気付いたので、優信に頼んでチャットを表示して貰った。





 絆愛は近付いて良いものだろうかと様子を窺っていたところ、チャットが目の前に表示された。


心 『お帰り~絆愛』

心 『着替えとか買えた?』

愛 『ああ、無事人数分購入出来たぞ』

地面『あら、それは良い事ね』

地面『でも店員とか大丈夫だった?ガラの悪さとか』

愛 『とても素敵な人で穏和だったから問題は無い』

愛 『見た目と喋り方と仕草が美女な男性だったぞ』

地面『待って。第一町民がチンピラだった僕達もアレだけど、第一町民がオネェってどういう事?』

地面『普通はもうちょっとまともかつノーマルな町民とのエンカウントじゃないのかしら』

愛 『いや、オネェでは無くただの女装だ』

愛 『見た目に合わせて女の振りをしているんだろうなという感じで、中身は普通に男っぽかったぞ』


 沢山の人を口説いている身だし、キャバ嬢の母とホストの父の繋がりで夜のお店の人達とそれなりに顔を合わせたりもしている為、そういうのはわかる。

 夜のお店の人達は性別的な人種が豊富で素晴らしい。

 基本的に皆優しくてこちらを愛玩動物扱いで可愛がってくれる辺りも素敵だ。

 口説かれ慣れているのだろうな、と毎回思う。


飛翔『絆愛、そんなのわかるの?』

愛 『時平もよく女装するだろう。でもあれはオネェでは無い。時平は口調はそのままだが、ケイトウは口調を変えて仕草に気をつけている女装だった』

群 『誰だケイトウ』

愛 『私が思うに、分類としては女形に近い気がする』

時 『確かに俺もスカートの気分の時に女装はするけど……』

因果『一歩引いて客観的に見てっと凄ぇ会話だよなコレ』

水 『いつもそんなものですよ』

愛 『それよりも私は今どういった状況なのかを聞きたいんだが』


 本当にそれに尽きる。

 まさかケイトウを口説いている間に言い争いが発生しているとは思わなかった。


通信『うーん、何と言うか、八つ当たり的にチンピラに絡まれた?という感じかな?』

地面『冒険者とか色々らしいけど、とりあえず今はそれはいいわ』

地面『要するに自分達が駄目なのは正しい事であり、それを正しいと言い張り続けたいから改善とかしなくて良いよ、みたいな事を言ったの』

地面『自分達は被害者だとか、そっちも被害者なんだから、みたいな態度も気に食わなかったんじゃないかしら』

地面『多分だけど』

愛 『成る程』

愛 『というかこのチャット、体刀のところには出ているのか?』

通信『今忙しいみたいだから出してないけど、出した方が良いかな?』


 その書き込みと同時に体刀のすぐそばにチャットが表示されたが、体刀がそれを見るより先に振り下ろされた竹刀が叩き割った。





 優信は硬い下敷きみたいなこのホログラムが割れる事を初めて知った。





 体刀は後ろでのやり取りに気付かず、竹刀を振り下ろしながら叫ぶ。


「自分達が前に出来なかったからきっと次も出来ないと、そんな幻想に甘えるな!期待して出来なかった時が辛いからと最初から諦めるな!やって出来ぬ事は無いし、出来ぬ部分は他がやる!」


 ああ、そうだ。


「貴様らは出来る箇所を出来る分だけやれば、それで良いだけの話だろうが!何故足掻く事は出来ている癖に、失敗した過去に浸り、後は向上するだけの未来から目を逸らす!?」


 叫びながら竹刀を振り下ろしたら何かを思いっきり割ってしまった気がするが気のせいだろうか。





 優信はちょっと驚きながらチャットに書き込む。


通信『僕のコレ、割れるんだね』

穴 『多分勢いがあったりすると割れるんだろうな』

地面『痛そうにしている様子は無いから大丈夫だとは思うけれど、体にダメージが入ってたりはしないわよね?』

通信『うん、大丈夫』

見 『私が見た限りでもダメージは入っていないぞ』

見 『ただ、チャットを出す時に使用するTPが無駄に減っただけだ』

通信『それがあるか……』

天 『まあ、使えば使う程TP増えたりもするみたいだし、使う機会があるのは良い事よね』

通信『それもそうだね』

通信『どうも頭に血が上っている様子だし、落ち着かせる意味も込めてもう一回表示しようかな』


 出したらまた砕かれた。





 何か砕いた気がするがまあ良いかと思いつつ、体刀は叫ぶ。


「貴様らは地盤が整えばやれると自覚している!向上する為に働けるとわかっている!なのにそれを、地盤が整う事を厭うのは、それで失敗したくないからだろう!」

「やれるのであれば俺達だって頑張ります!」


 そう言ったのは、元気なチンピラ弐だ。





 カキツバタは勇者に叫ぶ。


「でもわからないじゃないですか!やって成し遂げられるかわからないじゃないですか!俺達がやったって、誰もついて来ないかもしれないじゃないですか!」


 自分達は掃きだめに居た。

 諦めて、堕落して、酒に溺れて、全部を面倒がって、どうせ全て終わるからと全てから逃げて、刹那的に生きていた。

 余裕がある人間を見下した。

 必死に生きる人間を馬鹿にした。


 ……そうですよ。


 自分にだってわかっている。


 ……そうされたくないから、先にそうしたんです。


 馬鹿にされたくないなら、先に相手を馬鹿にして、あっちがおかしいのだと言い放つしか無かったのだ。


「いざ俺達が動いても誰も動かなくて、馬鹿げているって言われたら、頑張っても意味なんて無いんです!」

「そう思う時点で他人の価値観に流されようとしているだろうが!まず否定をするな!私は貴様のそういう態度を否定するぞ!」


 この人凄い矛盾した事を言ってるんですがどうしたら良いんでしょう。


「誰かがついてくるなど考えるな!馬鹿にされるかもなど考えるな!」


 そう思うのに、つい聞き入ってしまう。

 無理だと先に諦める事で、自分に蓋をしていた。

 そうすれば心が折れる事も無いのだと、自ら腐った。

 けれどその無理は、出来る事なのだと、やりたい事なのだと、その言葉が心の奥底に沈めていた本音を引き上げていく。


「やりたいと思う心があり、そして実際やるのであれば!貴様らは停滞しながら馬鹿にする奴らよりも遥かに上で、ずっと前に進んでいる!」


 肉体の勇者様が振り下ろした竹刀が何かをパリンと割ったのが見えたんですがこれって俺が悪いんですかね。





 体刀は二度目の何かを割った感触を感じたが、まあ良いかと流した。


「しかし、それでもまだ逃げ道を作ろうとするのであれば面倒だ」


 そう、こういう時は手っ取り早い方法がある。


「言い訳の分だけ貴様らの内面が見えるが、私はそこに興味があるわけでもない。故に私はこう言ってやろう」


 竹刀を肩に掛け、左手を上に向けて誘うように指を曲げる。


「文句があるというのならぐだぐだした言い訳を捻り出せぬ程ボコボコにし、勝ったのは私だから仕方がないという大義名分の下に働かせてやる。言い訳が欲しがる貴様らには丁度良い大義名分だろう」

「良い度胸さね」


 エキゾチックチンピラが流し目でこちらを見た。


「そう言うって事は、アンタがアタシらに負けた場合、アタシらはこのまま怠惰に身を任せても良いって事で良いのかい?」

「ああ」


 ……ふむ。


「私が勝つからそれで構わん」

「ハ、上等さ!」


 エキゾチックチンピラが叫んだ瞬間、己は左腕を頭上に掲げて指先から二の腕までを硬質化させる。

 途端、ガキリという硬質な音が響いた。


「何ッ……!?」

「そこの女に視線を向けている間に動いて不意打ちの襲撃のつもりだろうが、貴様らはまだ真っ当に生きる気があるからか随分と甘い」


 同年代くらいの若いチンピラ参が死角飛び掛かって来ていたのを、腕で防いだ。

 それだけの事だ。

 そのまま相手が対空状態で動けないところに、己の腕と相手の腹の間に竹刀を滑らせ、相手の腹を打って後方へとぶっ飛ばす。


「あぐっ!?」

「言っただろう、甘いと。喋っている間に攻撃するなり、」


 ボインチンピラが喋っている間に攻撃してきたので、手首のしなりを活かしつつその脇腹を打つ。


「喋る前に攻撃するなりすれば良いものを」

「つ、ぐっ……」


 打たれたボインチンピラは脇腹を抑え、地面に転がりながら睨み目でこちらを見た。


「……随分と、強いんですね」

「私は肉体の勇者なのでな。竹刀を振るう腕の筋力を一時的に増強したり、死角が目視出来るよう新しく目を生やしたりが出来ると、それだけの話だ」


 そう、だから今の己に死角は無い。

 首の後ろ、時計で示すなら四時の方向と八時の方向に目を生やしている為、大体は見える。

 後は増強した筋力で殴ればそれでどうにかなるものだ。


 ……感触からして骨はイッていないはずだが、もしやらかしていたら再無に頼むか。


 今はとりあえず、諦めが良い癖に諦めが悪い奴らを諦めさせるのが優先だろう。

 向上などしないと諦めているのに、やる前に諦めているというのに、いざやろうと言えばやらないと断ってくる。

 本当に諦めが良いなら、全てに対して諦めて、適当に従うだろうに。


 ……やりたくないという部分を強情なまでに諦めず、こうして立ち向かう辺り、それだけ期待を裏切られるのが怖いのだろうな。


 そして、それだけの期待を寄せているのだろう。


 ……ならば!


「期待に応えられるよう、まずは頑張って貴様らをボコボコにしてやろう!」


 だからさっさと諦めて、もう一度頑張ってみて欲しい。





 サザンカは年季の入った冒険者だ。

 かつては魔物を倒したりもしていたが、今は老体という事もあって碌に出来ない。


 ……いやまあ、頑張れば出来るだろうけどさぁ。


 これは強がりではなく本当に。

 ただ、面倒なのだ。

 一体を倒して何か世界が変わるわけではないのだから、ただ酒に溺れながら生きるというのを選んでも良いじゃないか。

 期待を抱いた分だけ悲しくなるのだから、期待を抱かないのも良いじゃないか。


 ……生きる希望も無い子には、怠惰が必要なんだよ……!


 希望を一度知って、その後叩き落されたとしても、その時見た希望は覚えて居る。

 己もそうだ。

 覚えて居るから、かつて高い位置で希望を抱いて笑っていた時を思い出し、あの時は良かったと言える。

 それは過去の滑稽な笑い話で、今は全然良い事なんて無いけれど、それでもかつてはあったのだ。


 ……今の子達には、それすらも無い。


 今が高いか低いかもわからない中、必死に生きている。

 必死に生きる事に疲れた子達は、希望を知らないままただひたすらに落ちていき、死を選んでしまって終わる。


 ……何度も見たよ、その終わり方。


 だから、良いんだよと言う。

 頑張らなくて良いんだと言う。

 休めば良い、だらければ良い、好きに生きれば良いと言う。

 考えるだけの上等な頭があるから悩み、苦しんでしまうのだから。

 ならば酒に溺れさせてしまえばそれで良い。


「……死ぬよりも生きる方が良いけれど、苦しんで生きるより、怠惰に生きる方が幸せってもんだろう……!?」


 駆けながらそう言えば、肉体の勇者の顔がこちらを向いた。

 その隙を狙ってユーカリが拳で殴り掛かるが、勇者は拳が当たる頬と、支えであるそちら側の首を硬質化する事でダメージを防いだ。


「い、づ、だぁっ、クソ!」


 硬い壁を殴ったに等しいダメージがユーカリの拳を襲っているのか、ユーカリは涙目で悪態をついた。

 ユーカリを一切見て居ない、否、死角に生やしたという目で見ているのだろう肉体の勇者は、こちらに顔を向けながら牙を剥くように叫ぶ。


「怠惰に生きるのは幸せでは無く、停滞であろうが!」

「死で終わらせようとするくらいなら、停滞で生きる方がまだマシってもんでしょ!」


 相手はこちらを見ている。

 ああ、わかっている。

 それでは攻撃を受けるし、こちらの攻撃を受け止められるだろう。

 実際既に竹刀を振りかぶっている。


 ……風を切る音がもう普通のソレじゃないよねぇ。


 だが、こちらも負けてはいられない。


「!」


 振り下ろされる寸前に一瞬動きを止め、軽くフェイント。

 目の前で空を切った竹刀を見届けてつつ前に出て、


「がっ!?」


 気付けば空が見えていた。

 既に夕焼けがどこかへ行った夜空だ。

 遅れて胸部に痛みが来たのを自覚し、肺から息が一気に吐き出された事も自覚した。

 骨が折れていない事を祈りつつ、どうにか空中で体勢を整えて着地する。


「…………今の、何?」

「関節の位置を変えれば振りぬいた位置からでも全力の攻撃を与えるくらいは出来る」

「戦闘特化勇者かぁ」


 かつての通販の勇者は戦闘経験ゼロ過ぎて、やかましいのに無駄に逃げるのだけは上手いネズミ、という感じだったが、この肉体の勇者は戦闘を得意としているらしい。

 今の世にはありがたい相手だが、それでも、ここで屈するのは今までの怠惰へ導く行いが間違いだと言われるようで、駄目だ。

 自分に出来る事をやった結果が間違いだったとは、言われたくない。


「行きます!」


 カキツバタが馬鹿正直に行った。


「何故その真っ直ぐさでありながら怠惰に向かったのか、よくわからんな」


 馬鹿正直過ぎてあっさり頭を打たれて気絶し、カキツバタは膝をつく。


「まあ、そう思う気持ちはわからんでもない、さ!」

「そうか」


 カキツバタの体を壁にして姿を隠しながら迫っていたアルストロメリアはナイフを逆手に持ち、もう片方の手で肉体の勇者の腹に押し込むようにする。

 押し込んだ。


「察するに、真っ直ぐ過ぎるが故に酒にでも溺れないとやっていけなかったか?何かをしなくてはと思うのに、何も出来ない現実だから」

「……何で刺さってるのに平気なんさ」


 平気そうな肉体の勇者の態度にアルストロメリアは一旦引こうとするも、ナイフを引き抜くのに失敗してたたらを踏んだ。


「な、んで」

「刺さる瞬間に腹部分に穴を開け、穴の表面部分を硬質化させた上で閉じた。ナイフが穴を開けたならともかく、開いた穴に入ったナイフを圧縮した場合、ナイフが固定されるのは道理だろう」

「チィッ!」


 即座にナイフを諦めたアルストロメリアは後方に跳ぶ事で距離を取ろうとするものの、それを察していたのだろう肉体の勇者が腕を回してアルストロメリアの背中側に竹刀を通しており、手首のスナップでそのまま上へと跳ね上げられた。


 ……後ろへ跳ぶ力を上に変化させたってところかね。


 予定外の方向へすっ飛んだアルストロメリアは着地に失敗して思いっきり落ちていたが、ふらつきながらもすぐに上半身を起こした辺り頑丈だ。





 衛琉は完全に観客気分になっていた。


腐 『俺は体術系ある程度出来るっちゃ出来るけどよ、体刀ヤバくね?』

腐 『普通あんな動き出来るか?』

全員『無理無理』

見 『多分あれ、脳を弄るか何かして反応速度上げてると思うぞ』

耳 『さらっと肉体変化使いこなしてるの凄いわよね』

耳 『結構な量の変化使ってない?』

耳 『TP大丈夫なのかしら』

見 『ステータス覗き見してたんだが、あれ、最初の腕の硬質化が一番大きかったな』

見 『あと腹の穴とか圧縮とか』

見 『恐らくガッツリ変化させるのがTP消費激しいんだと思う』

水 『つまり、腕の筋力を向上させたり、最低限の範囲を硬質化したりというのは低燃費だと?』

見 『ああ』


 ……初っ端から普通に能力使うなとは思ってたけど、めちゃくちゃ使いこなしてんなーアイツ。


 というか町の外に行って猛毒オオカミ倒したり捌いたりという色々があったのに随分と元気というか、疲労度とかを能力で変化させてでもいるんだろうか。

 反応速度を上げられるなら疲労を誤魔化す脳内物質を出すくらい出来そうだし。


再生『ところであれ、色々終わったら僕が治す事になるのかな?』

心 『体刀はそのつもりみたいだよん』

再生『うわー……』

情報『眠いです』

通信『もう日が暮れてるから情陶には厳しいか』

愛 『ところで私はいつ合流すれば良いんだろうか』

愛 『あと騎士イチョウがめちゃくちゃ困っているようなんだが』

心 『ああうん、勇者と冒険者のバトルだし野次馬集まってるしでどうしたものか、って感じみたい』

心 『万が一勇者側が負けるようなら今後の展開に大きく影響出るだろうし、というか勇者側あれだけ仲良かったのに多対一を何故許してるんだ、って』

因果『何故、つってもな』

穴 『個人が売った喧嘩に横入りしても足手纏いになるだけだからな!』

金 『犬穴が言うとシャレになりませんね……』

穴 『シャレじゃねーし』


 まあ確かにガチだろうなというのはわかる。





 サザンカは呼吸を整え、再び肉体の勇者へと飛び掛かった。


「キミにとって、停滞は悪なのかねぇ……!」

「頑張り過ぎれば壊れるもの。ならば、必要な休息という名の停滞は問題あるまい」


 思いもよらない言葉と共に、剣が硬質化された手によって受け止められる。

 ガチリ、と拘束されたのがわかった。


 ……あ、やべ。


 剣を捨てて逃げるという選択肢が間に合わない。


「だが、苦しんで生きるという考え方が気に食わん!」


 間に合わないながらに剣を手放した腕でガードすれば、ミシリと骨にヒビが入ったのがわかった。

 その痛みに、思わず顔を顰める。


「今のはすまんやり過ぎた!だがボコボコにすると言った手前貴様らが完全にボコボコになって立ち上がる気力を無くすまで続けはする!再無が居るからまあ問題はあるまい!が、すまん!」


 二度も謝りながら止めない宣言はどうなんだろう。


「そして、言わせてもらうがな!」


 肉体の勇者は言う。


「苦しんで足掻くのでも堕落して停滞するでも無く!楽しく向上して生きるという選択肢が何故浮かばん!」


 ……はは、言ってくれる。


「そんなもの、そんな希望が無いからに決まってんだろうがよ!出来ない事を夢見て生きれやしないんだ!この世界は!」

「夢を見るのは自由で、どれだけ沢山の夢を見るのも自由であろう」


 己の叫びは、静かな声に返された。


「安心しろ」


 にこり、と、


「今までが駄目なら、これからだ。私達が居る事に希望を抱いて、これからの未来に希望を見出して、諦めていた夢を見て」


 肉体の勇者が笑う。


「そう、これからは楽しく笑って先へと進めるようになる!その為にも色々と協力してもらうだろうから、そんな事でぐちぐち悩むような時間は無いぞ!老年冒険者!」


 酷い呼称と共に三度目の竹刀が目前に迫り、その強い衝撃で流石に意識がぶっ飛んだ。



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