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勇者として召喚された



 目の前に広がる光景に、ふむ、と絆愛(きずな)は一度頷く。



「よくぞ召喚されてくれた!異世界からの勇者達よ!」



 目前に広がっているのは豪華絢爛、のように思えるが微妙にくすんでいるというか、絶妙に手入れが行き届いていないとわかる空間。

 何か言ってる男の格好を見るとめちゃくちゃ王様という感じで、周囲に居る数人もなんというか中世とかファンタジーという感じで、その辺りから考えると王城内とかその辺のようにも思えるが、どうにもゴージャスさというか煌びやかさが足りていないように思う。



「いや、これおかしくない?おかしいわよね?」



 そう言ったのは地狐(ちこ)だった。

 背の高い地狐は隣に居た天恵(あまえ)の肩に腕を置きながら、眉を顰めて周囲を見渡す。





 地狐は、確かに教室に居たはずなんだけど、と思った。

 教師である優信(ゆうしん)が仕事を終えるのを待っていて、優信が仕事を終えて呼びに来て、そうしてクラスメイト達が立ち上がって教室を出ようと、そうしたはずなのに。

 なのに気付けば見知らぬ中世西洋的な空間だ。


 ……普通に考えて、あり得ないわよね、コレ。


 どういうキチガイのおままごとに巻き込まれたのだろう。

 そう思い、地狐はポケットの中にいつも仕込んでいるボイスレコーダーのスイッチを入れた。





「僕達は普通に教室に居たはずなのだけど、どうしてこんな見知らぬ空間に居るのかしら」



 絆愛は地狐がそう言うのを見た。


 ……ああー……これは相当に警戒しているな。


 まあクラスメイトと教師が居るとはいえ、いきなり見知らぬ場所への転移となればそうなるのも仕方あるまい。



「それには俺も同意だな」



 衛琉(まもる)は自分よりも背が高い(たから)にもたれ掛かるようにしてそう言った。



「これ、誘拐とかそういう話か何かか?」


「身代金とか、そういう系であればこの人数をわざわざ連れて来るのはリスクが高過ぎると思うんですけど」



 衛琉の言葉に続いたのは、従人(しょうと)の腹に抱き着いている不崩(くずれず)だった。



「あとですね、私の家は確かに結構お金持ちではありますけど、私の存在じゃあんまりお金は出ないと思いますよ?価値的に。あ、これは命乞いとかじゃなくて純然足る事実です」


「不崩、あなたが家族と不和なのは僕もよく知っているけれど、今この状態でさらっとそういう事を言わなくても良いと思うわ」


「他にも言いたい事はあるぞ」



 飛天(ひてん)に腕を組まれながら、掃潔(そうけつ)が眼鏡のブリッジ部分を押し上げて言う。



「無駄に飾りが多く豪勢なわりに手入れが行き届いていないとわかる内装。汚れがところどころに見える衣装類。それだけで多少潔癖が入っている俺としては許しがたい状態であり」


「掃潔、今そこに言及するのはちょっとね。時間ある時にしよっか。今は必要事項だけ言った方が良いと思うから巻いて巻いて」


「む」



 肩に腕を置かれている天恵は、腕を置いている地狐に少し背を向けるように体勢を整えて掃潔にそう言った。

 苦笑する天恵に指摘された掃潔は納得したのか一度口を閉じ、頷きを一度してから再び口を開く。



「まず、俺達の疑問は複数ある。ここはどこか。どうして俺達がここに居るのか。お前達は誰だ。お前達は俺達に何をした。ひとまずはこの四つだな」


「僕もそれについて聞きたいね」



 指折り数えながら告げた掃潔に同意したのは、クラスで一番背の低い心声(こせい)を抱き締めている口舌(こうぜつ)だった。



「特に最後についてが聞きたい」



 口舌は目を、教室に居た時とは違っているその目をギラリと光らせて、それなりに年をくっている王らしき男を見た。



「僕達の目と髪さ、おかしいよね。ついさっき教室に居た時はこんな事になってなかったんだけど?」



 そう言う口舌が指で摘まんで示すのは、髪だ。

 短髪である口舌は腕に抱き締めていた心声の長い髪を一房摘まみ、それを見せる。

 その一房は本来の心声の髪色と違い、杏色に染まっていた。


 ……いや、一房だけじゃないな。


 他の生徒や自分の髪を見て、絆愛はそう思った。

 美容院で頼んだ覚えなど無いメッシュが、それぞれ違う色で入っているのだ。



「僕の場合はクラスメイトの目に反射する姿で自分の髪色も一部変化してる事に気付いたけどさあ……これっておかしくない?無断で僕達の髪に何かしたわけ?ねえ?」


「まさかとは思うけど、薬か何かで眠らせた上で髪の毛勝手に染めて「おお勇者よ!」とかやろうとしたんじゃないでしょうね?私普通にそういうのお断りなんだけど。ドッキリにしたって度が過ぎるわ。髪は女の命だって事知らないの?」



 体刀(たいとう)の肩と自分の肩をくっつけた状態で、幽良(ゆら)がそう言う。



「それやってたら普通に犯罪じゃないかなって思うよ、僕は」


「…………」



 苦笑したのは優信で、そんな彼の背に隠れようとして隠れられていないのは再無(さいむ)だった。

 再無は少し眉を顰めた状態で、こくこくと頷く。



「でもさ、それ言ったらこの目の説明がつかないよね。俺達のこの目」


「知らない内に文字を入れるなんて普通出来ないはずですしねぇ」



 時平(ときひら)の言葉に、彼に手を握られている情陶(じょうとう)が言葉を重ねた。



「カラコンだとか、そういう系でも無いみたいですし」


群光(むらみつ)は目の中、群って言葉が両目に入ってるね。絆愛は愛って文字が両目に入ってて、でも飛天は右目と左目で違う文字だ」


「え、そうなの!?私違うの!?」


「うん」



 飛天の言葉に、獣生(ししお)を抱き締めてその頭に顎を乗せていた従人(しょうと)は頷く。



「右目から繋げると、飛翔って文字になるよ。獣生も右から繋げると……因果、って文字かな?」


「俺が因果とかどういう事だよ」


「僕が知ると思うの?」


「あー、すまん、思わねぇわ」



 抱き締められたまま、獣生は半目でそう言った。



「つうかよぉ、勇者だとか言ってたけどまず何なんだテメェらは。敵か?敵だってんなら喧嘩は買うぞコラ!」


「どうどう、まずは落ち着いてください犬穴(けんけつ)。焦りはトラップ系の問題に引っかかる理由になりますよ」



 牙を剥いて獣のようにグルルと唸って睨みつける犬穴を、しかしその不良染みた姿にまったく怯えを見せていない憶水(おくみ)が止めた。


 ……まあ、今更クラスメイト相手に怯えたりはしないか。


 怯える理由も無いしな、と頷く。



「というか、絆愛」


「ん?」



 宝の伸ばした手に少し乱れていた前髪をされるがままに整えられながら、己は首を傾げた。



「絆愛は何も言わないのか?私達としては不満しかないと思うんだが」


「そうだな」



 うん、と笑う。



「王らしきそこの男は身嗜みにまで気が回っていないように見えて爪などきちんと手入れされており、最低限の身嗜みは整えられている。恐らくは身の回りの世話をする者の手が足りないのだろう。自分で出来る範囲はきちんとしているように見えるのでとても魅力的だ。そして隣の騎士のような恰好をしている男は実に男らしい見た目をしているな。厳めしいとされる顔なのだろうがそれは男らしさでもあり、ところどころに見える傷がまた素晴らしいと思い」


「絆愛、絆愛ストップ」


「わかったからもう良いよ」


「お前そういうヤツだよな」


「是非とも口説きたいと思うんだが、というかさっきからずっとそう思っていたんだが、流石にそういう空気でも無いかと思ってな!これでもちゃんと我慢していたんだ!ソッコで口説きに入る私にしては珍しく我慢していたんだぞ!でもそろそろ発言しても良さそうだから彼らを口説いても構わないだろう!?安心しろ、私が感じた魅力的な部分を語るだけだ!」


「だから駄目なんだよ!」


「良い子だから絆愛ー?絆愛一旦こっちねー?」



 ……まだ早かったか?


 地狐と心声と掃潔のストップを聞かずに続けていたら、獣生と天恵によって口を手で塞がれてしまった。そのままずるずると後ろの方へ移動させられる。

 物理的に止められた絆愛は、しかしクラスメイトが止めるならそうしようと喋るのを止めた。



「それじゃ、僕が代表しようかな。先生だしね」



 担任である優信は、再無を背に隠せてないままにこやかにそう言う。



「キミが代表なのかな」


「なっ、いくら勇者と言えど王相手に!」


「構わんよ」



 優信の言葉に、先程までのクラスメイト達による怒涛の会話によって意識がついてきていなかったらしい騎士らしき男は噛み付くも、王らしき男の制止に止まる。



「儂はこの国の王であり、代表だ。貴殿らを召喚させた者でもある」



 その言葉にクラスメイト達は「コイツが主犯か……」という目で気配をピリつかせたが、説明を聞かなくては行動も出来ないと判断してか、クラスメイトで固まりながら無言を貫いていた。



「……ここはどこか、って聞いても良いのかな」


「ここは儂が治める国……であるのだが、現状まともに治められているとは言い難い」



 顔を顰め、苦々しい顔で国王はそう言った。



「それこそが、儂が貴殿らを召喚した理由であるのだが」


「ああ、ストーリーとか要らないよ。僕基本的に皆でゲームを楽しむ時とか以外、プレイ優先でストーリースキップする派だし」



 優信はとてもにこやかな笑みを浮かべたままそうキッパリと言い放った。

 相変わらず受け持っているクラス、つまりここに居るメンバー以外には塩対応な教師だ。


 ……まあ、わりとクラスメイト全員、そんな感じではあるが。


 クラスメイト達は仲が良すぎて、その他に少々冷たいところがある。

 その中に己もまた入っているのだが、己の場合は全人類が愛しいのでちょっと違うのだ。

 皆等しく愛おしいと思えてしまう為、拒絶する感覚がいまいちわからなくて困ってしまう。


 ……だからこうして口を押さえられたりして止められるんだろうな、私は。


 警戒心無く初対面の相手であろうとも好意的に接する自分は、クラスメイトからするとかなり危ないらしい。

 それは未だに理解出来ていないが、こうして止めてくれたり心配してくれたりするのは嬉しいので、まあ良いかな、と思ってしまうのが己の現状だ。

 つまり改善する気が無いとも言う。



「……そうだな、こちらの都合など、貴殿らには関係ない事。無関係な貴殿らを巻き込んだのは、あくまで儂だ」



 優信の言葉に、王は憂いを帯びた目で、静かにそう言った。



「詳しい説明はするつもりだが……まず端的に告げるとするのであれば、儂から言う事は一つ。勇者である貴殿らには、儂のこの国を救って欲しい!」


「何故だい?」



 優信はとってもにこやかな笑みのままで切れ味鋭くそう言った。



「僕らが協力する必要性を感じない。それはキミ達の問題であり、僕らには関係の無い事だ。違うかい?」


「その通りだが、儂らではどうにも出来んのだ。故に貴殿ら、異世界からの勇者の力が必要となる」


「ああ、そうそう、そこも気になっていたんだよ」



 首を傾げ、優信はにこやかな笑みのまま、笑っていない瞳で告げる。



「勇者って、何?」



 腕を組み、優信はその腕を指先でトントンと叩く。



「異世界とかに関しては、うん、納得するとしようかな。一先ずね。最近はそういう系の作品多いし、僕達一般人を巻き込んでここまで壮大なドッキリを仕掛けるとは思えない。まず元が取れないだろうから」


「私も同意するぞ」



 宝が手を挙げた。



「そこの窓から見える外の光景は、張りぼてなどではなく本当に世界が広がっていた。それも私達が知るものではない、それこそ想像しうるファンタジー世界そのもの、みたいな光景だ。服も町の様子も、な」



 だから異世界である事は理解した、と宝は言う。



「しかし勇者に関してはまったく知らん。異世界から来たら全部が勇者か?」


「二十一人だから勇者相当数だよね。数の分だけ手は増えて楽だろうし事も色々早く済むだろうけど、その分価値が下がらないかな、これ」


「従人、しーですよしー!こういうのは思ってても言っちゃ駄目なヤツですって!」



 言っている気がするなあ、と不崩を見た。


 ……まあ従人は私達クラスメイト以外には気を遣わないから、そう言葉にする事が大事なんだろう。


 うん、と己は自分で勝手に納得して頷いた。



「異世界から来た者は、皆何かしらの不思議な能力を有しているのだ」



 クラスメイト達のやり取りを完全スルーし、王はそう言う。



「儂らは度々、こちらの世界に異世界人を勇者として呼びこみ、助けてもらう。それこそ世に災厄を撒き散らす魔王を倒してもらったりなど、儂らでは出来ぬ事などを、だ」


「召喚出来ている辺り、こっちには召喚術とか、そういう魔法系の文化があるって事よね。なのに出来ないの?」


「魔王が居る世界では、人々は酷く心を荒ませてしまう。心を合わせ協力して助け合いながら戦えるならばともかく、そんな時代に人々が手を取り合うなど、革命を起こすか食べ物を取り合うかという時くらいしか無いのだよ」


「…………成る程」



 流石の地狐も王の返答にそう頷いた。

 基本的に相手の失言を録音して優位に立とうとする地狐なので、これは中々に珍しい。

 もっとも、それ以上に、否、それ以前の問題が多いからかもしれないが。



「それで、力を持つ異世界人にどうにかしてもらおう、っていう他人任せのギャンブル感が強い文化が発達したわけね」


「異世界から来た勇者であり希望の星となれば、人もついてくるだろうしね。わかりやすい広告塔が居る事で人々の心が一つになって協力するとか、ありそうだ」


「まったくもってその通りで耳が痛いな」



 地狐と優信の言葉に、王は溜め息を吐きながらそう言った。



「とはいえ、この魔王については既に倒されている。数十年前にな」


「それはおかしいのではないか?」



 群光が眉を顰めて口を開く。



「ならば何故俺達をここに召喚した。不要だろう。しかも召喚となれば相当に何かしらの消耗があると思われるのに、そこに加えてこの人数だ。数が多い程不安定になると、おぼろげに覚えているファンタジー知識から俺はそう考えるぞ」


「魔王の死後が問題だったのだ」



 問われるとわかっていた問いだったのか、王は即答した。



「本来、魔王が死ねばそれで世界の拮抗は正常になり、飢えも争いも滅びも必要最低限しか存在しなくなる。暴徒が発生する事も無くなる。…………が」


「そうはならなかった、ってか」


「うむ」



 獣生の言葉に、王は肯定の頷きを返す。



「魔王は最期、遺したのだ。おぞましき呪いを遺し、世界中にその負の力を蔓延させた。作物は碌に育たず、人の心は荒れ果て、賊などが増える一方」


「魔王は倒されている、って言ったね」



 優信は、片方の眉を上げて問い掛けた。



「その時も、倒した勇者が居たんじゃないのかな」


「ああ、居た」


「ならどうしてその勇者が対応しないんだい」


「魔王が最期に放った呪いは、魔王が居た場所から噴出した。つまりは噴火に近い勢いだった為、耐えられなかったのだ。その勇者はその時亡くなり、そして世界に広がる呪いを止められる者は居なかった」



 チラリ、と王は隣に立つ騎士を見る。



「彼がその時、勇者と共に旅をしていた騎士である」


「イチョウ、と申します」



 良く言えば男らしい強さがある見た目の、悪く言えば男臭い厳つさがある見た目の老年騎士が頭を下げた。

 先程は優信の態度に怒っていたが、王が許可を出したからか、今はその様子が無い。



「当時私も、その呪いを身に受け死亡しました。走馬灯が流れ、目の前の動きがゆっくりになり、僅差で目の前に居たかの勇者が消滅したのをこの目でしかと見ています」


「いや、思いっきり生きてんじゃねーかよ。足もあるし」



 犬穴はだるそうにしながらスパッとそう言った。



「蘇生用のアイテムが、あったのです」


「あー、おっけおっけ。つまり生き返ったって事ね」


「ならば何故勇者の方を生き返らせなかった?」


「魂が無くては蘇生出来ないからだ」



 納得した飛天に続くようにして掃潔が問えば、王はそう返す。



「その魂があって、初めて生前の肉体を作り直し、蘇生する事が出来る。ただしそれは一つしかなく、また一度しか使用できないものだった。当然ながら儂らは……いや」



 す、と一瞬王は遠くを見るように目を伏せた。



「……儂の先代である、今は亡き父上。彼らは勇者を蘇生しようとするも、その勇者の魂がその場に無かった為、イチョウを蘇生する事に決めたのだ」


「周辺はきちんと捜したのですか」


「捜した。しかし、専門家を呼んでも不可能だった。どうにかわかったのは、既にこの世界にその魂は無く、どこか違う世界へと移動しているという事だけだった」



 憶水の問いに対する答えに、思わずクラスメイトで顔を見合わす。



「つまり元の世界に帰ったって事か?」


「死んだら元の世界にーって?」


「でもそれだと死んだ状態で戻る事になるんじゃないのかしら。私は嫌よ幽霊姿で戻るなんて」


「幽良は霊感があるから尚更拒絶が強いだろうな。当然私も嫌だ」


「というか、他にも歴代勇者みたいなのは居るんだよね?そっちを呼ぶんじゃ駄目だったのかな?」


「先代勇者が異世界に魂ポーンしちゃった辺りを考えると、勇者は死後確定で異世界ポーンしちゃうから魂の残存が無かったとかじゃないですか?」



 獣生、飛天、幽良、体刀、口舌、不崩の順でそう話していると、



「否」



 聞いていたらしい王が否定した。



「勇者が全て、死後元の世界に戻るとは限らない。戻る者も居れば、こちらに残る者も居る。こちらのあの世へと逝く者も居る」


「死後については個人差があります、って感じかしらねー」



 溜め息混じりに天恵がそう言った。



「……とにかくまあ、事情はわかった」



 優信は口を開く。



「魔王が最期に遺したその呪いで酷い事になっているから、どうにかして欲しいという事で僕らを呼んだわけだね」


「うむ」


「魔王が最期に呪いを遺すって、何だかイタチの最後っ屁感あるよね」


「従人、私こういう時は黙ってた方が良いと思うので黙っておきましょう」



 従人の言葉に、情陶が苦笑して言う。



「こういう歴史に残りそうなのは綺麗な言葉でコーティングしておいた方が色々体裁的に良いんですよ。厄介さや数十年経とうともしつこく呪いが蔓延してるっぽい辺り、イタチ系が放つ厄介な悪臭感が強い気はしますが」


「情陶が一番酷い事言ってないかな」



 時平の言葉に同意見だったので、絆愛は頷きを返しておいた。

 クラスメイト達も頷いていたので心は一つという事だろう。



「でもさあ」



 クラスメイト達のやり取りに一瞬はにかみながらも、すぐにその笑みを消し、睨みつけるような顔で優信は口を開く。



「この場合、僕達の身の安全とか住居とか、そういう色々って用意されるものなのかな」


「それは勿論、」


「こちらの世界の常識も、現状も、しっかりと教えてくれるんだよね。まさか監視をつけて首輪を付けようだなんて、そんな事は、ねえ?思っていないよね?帰る方法すら提示せずに誘拐するだけして能力あるんだから働けって、そう強制してるくらいなんだから。そのくらいは用意してくれるもの、だと僕は信じているよ」


「うわえっぐー……」



 普段は子供っぽくはしゃぐ事も多いというのに、珍しくあまり喋っていない心声が、とても良い笑顔を浮かべている優信を見て思わずといったようにそう呟いていた。

 どちらの気持ちもわからんでもない。



「…………ああ、勿論だとも」



 対する王は、酷く深刻そうな顔でそう頷いた。



「数十年前、儂らは儂らの為、世界の為に勇者一人に全ての責任を押し付けた。この世を救う為の情報だけを渡し、都合の良いように情報を操り、勇者の人権も人格も全て無視していた」


「王、あの時のあなたはまだ発言権も無い王子だったのですから」


「いいや」



 騎士の言葉に、王は首を振る。



「それでも、出来る事はあったはずなのだ。それを無視し、保身に走ったのが儂だった。かの勇者の魂が残っていなかったのは、きっとこの世界を嫌悪し、この世界を立ち去りたかったからなのだろうと……そう思わざるを得ない程の事を、儂らはかつての勇者に強要したのだ」



 後悔している、と王は拳を握っていた。





 憶水はクラスメイト以外の他人に対して特に興味が無い為、面倒臭い上に私達にはそこまでの内容語る必要無い気がしますしそもそもそこまで語れとは言っていないはずなんですが、とめちゃくちゃソルトな思考をしていた。





 絆愛は、優信が深い溜め息を吐いたのを見た。



「…………ま、すぐさま帰れはしなさそうだし、今のところ帰してくれそうにもないから、仕方ないって事で一時滞在となるかもしれないね」


「俺は見知らぬ場所で清潔じゃない部屋とか普通にキツイんだが。家族が居なくてクラスメイトが居るからマシになっているだけで、微妙に潔癖入ってるんだぞ」


「掃潔、眉間のシワが凄いぞ。普通に大部屋を用意してもらって全員で同室にしてもらえば良い話だろ」


「…………」



 宝の言葉に、再無は賛成だと頷く。



「こうして思うと、僕の家にお泊まりする日だったのは良かったかな」



 優信はそう呟いた。

 そう、今日は担任である優信の家にクラスメイトでお泊まりをする日だったのだ。

 絆愛達は他からちょっと引かれるくらいには仲が良い為、よく集まる。

 そして基本的には優信の家に集まる事が多い。


 ……一人暮らしで家が広い、というのは大きいな。


 ご家族への迷惑やらを考えなくて良いから気楽だ。


 ……私は皆のご家族も大好きだから全然交流したい派だが、他の皆はクラスの皆以外との交流を好まないから、皆の気持ちや相手側の迷惑を思うと優信の家に行くのが一番良い、というのも事実だ。


 勿論お泊まりは勉強会という事になっているので勉強もするが、勉強が終われば皆とゲームしたり話したりという時間なので、勉強一色というわけでもない。

 そしてそれぞれに得意分野がある為、勉強は勉強で楽しいのだ。

 お陰でこのクラスは結構良い成績を収めている。



「幸いにも帰る直前だったから、皆それぞれ持ち物あるし。お泊まり用の着替えとかパジャマとかあるのは良いよね。僕の家に置いておかなくて正解」


「持ち運び面倒臭いしカバン嵩張るしって事でそろそろ着替え置きたかったんだけど、まさか異世界来るとか思わねーよな。しかもリアル」



 衛琉の隣で、犬穴が首を傾げた。



「つまり何だ?結局どうなった?」


「聞いていなかったのか?」


「そう言う群光は聞いてたのかよ」


「正直まったくだな。俺は物覚えが基本的に悪い。体刀、お前は把握出来たか?」


「要するにここで世話になると、そういう事だ」


「「成る程」」



 体刀の簡潔な説明に、犬穴と群光は成る程と頷いた。



「でもまあ、バラバラにならなかったのは良かったわよね」


「バラバラ、ですか?それは召喚の際のミスとかで物理的に?」


「不崩ちょいちょい想像がハードだと思うわ。そうじゃなくて、距離的によ。一人だけが召喚だったり、もしくは一人だけ残されたり。そうじゃなくとも、何人であったとしても、欠けちゃったらもうそれは私達じゃない。違う?」


「ああ……確かにそうですね。幽良の言う通りです。私達、基本的にいつでも一緒ですから。誰かが欠けるとか、想像も出来ません」



 幽良と不崩の会話に、従人が腕を組んでうんうんと頷く。



「ここでバラバラにされてた場合、もっと全力で抵抗したりで交渉の余地なく荒れてただろうから、そう思うとまだ一緒にトリップで良かったよね」


「そもそもトリップしねぇのが一番な気がするんだけどよ、それって俺の勘違いか?」


「いやー、私も同意見だから勘違いじゃないと思うわよー?」



 獣生の言葉を天恵が苦笑しながら肯定した。



「うんうん、方針が決まった事と皆居る事で色々安心してお話するのは良いんだけど、ちょっとこっち注目ー」



 優信がパンパンと手を叩いてそう言えば、絆愛も含めたクラスメイト全員が優信に視線を向けた。



「とりあえずお世話になるわけだし、自己紹介、しておこうか。仲良くする気とは別に、お世話になるからっていう礼儀としてね」


「そもそも誘拐されてるって前提に礼儀も何も無いんじゃないかな」


「従人、従人、それは僕も思ったけれど言っちゃ駄目な部分だと思うわ」



 優信の言葉に従人が本音を漏らし、地狐がそれを制止した。

 制止出来ていない気もするし異世界に来ても通常通り過ぎる気はするが、まあこのメンバーならそういうものだろう。


 ……私もそうだしな。


 大好きなクラスメイト達と一緒に居るという事は、他の何にも比べられない程の精神的安定をくれるものだ。お陰で平静を保てていると言える。多分だが。

 口を開くと相手を口説き始めるからとまだお喋り禁止状態でお喋りの許可が出ない絆愛は、愛しい皆を見ながらそう思った。



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