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空駆ける少女に捕えられた王子3

冬将軍が王国を支配し真っ白い景色に覆われ、春の女神が目覚めるまで貴族達は領地に帰る社交のオフシーズンを迎えていた。雪道の移動は危険を伴い王子の婚約者達の妃教育が中断されていた。

シリウスは愛馬で雪道を駆け王都で一番の高台を目指していた。真っ白い世界が広がる王都を一望し、婚約者の住む領地の方角を眺める。

一月の外交を終え帰国しメアリーアンヌへの面会依頼の手紙は丁寧な言葉でお断りの返事を受け取っていた。

ユリシーズからの手紙で高熱で寝込んだと知り見舞いに訪問したいと手紙を送ると気遣いは不要と丁寧な言葉で綴られていたが体調については一言も触れられていない。公爵領と王都を繋ぐ橋が落ち、シリウスは公爵領を訪問できず、無事を確かめる方法は一つしか思いつかなかった。空には白い鳥の姿はなく今日もため息をついて、帰路につく。

その頃、メアリーアンヌは森の中を低空飛行し狩りを楽しんでいたため、シリウスの視界に映ることはなかった。そして伯父夫婦の下で過ごしていたためメアリーアンヌへの手紙をユリシーズが処理していた。ユリシーズは創作に夢中の時はメアリーアンヌが兄への手紙を全て処理する。メアリーアンヌの留守はユリシーズが。お互いの有意義な時間のために手を組む二人はユリシーズがメアリーアンヌの筆跡を真似た文字を常に使うためそっくりな二人の文字は公爵夫妻さえ見分けがつかない。



「兄上、橋の手配を僕がしてもいいですか?」

「雪解け後の工事手配と報告がきている。橋が掛かるまでは訪問は控えるようにとも公爵から言付かっている」

「メアリーは」

「雪が解ける頃には参内するだろう」

「ケイルには言い聞かせましたがどこまでわかっているか」

「凍った湖の上を歩くのは」

「殿下、国王陛下がお呼びです」


社交はオフシーズンでも多忙な王族には関係がない。春の女神が訪れ、橋の工事が終わりシリウスが公爵邸を訪問すると顔色の悪い使用人達に迎えられ嫌な予感に襲われた。シリウスは響いている声の部屋に案内させると予想通り真っ青な顔のメアリーアンヌが美しい眉を吊り上げた公爵夫人に叱られていた。


「メアリー!!風が冷たい中、殿下を外で遊ばせてはいけないと何度教えればわかるの!?言ってもわからないなら仕方ないわ」

「お母様、ごめんなさい。どうか、お許しください」

「空の散歩を禁止します。刺繍の課題を用意するので部屋で謹慎よ。自分が何をしたかわかるでしょう?」

「か、かしこまりました。殿下の体調不良に気付かず、申し訳ありませんでした」


メアリーアンヌは母からの罰にショックを受けてシリウスには気付かずに、虚ろな瞳でとぼとぼと自室に戻って行った。シリウスに気付いた公爵夫人は美しい笑みを浮かべて礼と謝罪をしてケイルアンのもとにシリウスを案内した。客室では微熱のあるケイルアンがぐっすりと眠っていた。

先触れのないケイルアンの訪問時はメアリーアンヌは狩りをしていた。ケイルアンはメアリーアンヌの帰りを外で待っている時に氷の湖に穴を開けて魚釣りをしている子供達を見て自分もやりたいと願いユリシーズが手配した。家臣に呼ばれて慌てて帰宅したメアリーアンヌがケイルアンの希望の魚釣りに付き合っていた。公爵夫人が帰宅すると顔の赤いケイルアンが釣りをしている姿を見て、すぐに公爵邸に連れ帰り医務官を手配して休ませた。

メアリーアンヌは興奮して顔が赤くなっていると思い込み気付かなかった。

シリウスはいつの間にか王宮を抜け出した弟の話を聞いて、公爵夫人に謝罪をしてメアリーアンヌ達を許してほしいと執り成した。ぐっすり眠っているケイルアンを護衛に馬車で送らせる手配を整えて本来の目的のメアリーアンヌの部屋を訪ねた。

シリウスは工事が終われば訪問したいと公爵に伝えていたため無断で訪問はしていない。


ノックの音に窓に座ってブラブラと足を揺らしながら外を眺めていたメアリーアンヌは侍女が母親から課題を預かって来たのかと思い振り向かずに「どうぞ」と声を掛ける。


シリウスは薄着で窓に座り、風に揺れる銀髪を指で弄ぶメアリーアンヌの背中を見て、花束を置いて上着を脱ぐ。花束を持ち、寒そうに見える華奢な肩にそっと上着をかける。メアリーアンヌはシリウスに気付かず、ぼんやりと空を見つめブラブラと足を揺らしている。メアリーアンヌは春の女神が訪れた芽吹きの季節の空の散歩もお気に入りだったため母親からの罰に落ち込んでいた。


「メアリー、寒くない?」

「え?殿下!?あ、う、上着!?」


メアリーアンヌはシリウスに驚き、振り向くと肩にかけられた上着がズリ落ち風に飛ばされたので慌てて手を伸ばして掴んだ。2階の窓から身を投げ出したメアリーアンヌをシリウスが手を伸ばし体を掴み、勢いよく引き寄せ、床に尻餅をつく。メアリーアンヌは2階から落ちても着地できるのをシリウスは知らなかった。メアリーアンヌは予想外の浮遊感に首を傾げると腰に回っている手をじっと見て、シリウスを下敷きにしていることに気付き目を見張る。メアリーアンヌの無事にほっと息をつくと、腕の中の柔らかい温もりに背中から抱き締めていることに気付き、全身の熱が上がり、赤面していたシリウスの上からバッと降りたメアリーアンヌはシリウスの全身をじっと観察し、座ったままのシリウスから漂う好きな花の香りに頬を緩ませる。


「殿下、お怪我はありませんか!?」

「だ、大丈夫だよ。メアリーは?」

「大丈夫です。申し訳ありません」

「驚かせた僕が悪いから。頭をあげて。体調は大丈夫?」

「はい。お気遣いありがとうございます」

「ケイルが迷惑をかけたね。公爵夫人は課題をこなせば空の散歩に行っていいって」


目をパッチリと開け凝視されさらに頬を染めて笑うシリウスの言葉にメアリーアンヌが瞳を輝かせ、口元が緩み慌てて無表情を取り繕う。


「え?まぁ!!あ、いえ、上着、ありがとうございました」

「体が冷えるからそのままで」

「いえ、大丈夫です。お気持ちだけで。ケイル様のお迎えですか?」

「お見舞いに」


シリウスは早朝に馬で駆けている時に見つけた黄色い花を摘み、花束を作らせた。白の世界を愛する冬将軍が愛でる唯一の花。

シリウスは青色のリボンで束ねた花束をそっと背中に隠した。メアリーアンヌを引き寄せた時に落として潰れた花は渡せず、懐のもう一つの贈り物に手を伸ばす。メアリーアンヌは漂う花の香りを背中に隠して曖昧に笑う赤面しているシリウスを無表情で見つめ背中を覗きこむ。


「ありがとうございます。殿下、贈り主がいらっしゃらないなら背中にあるお花を私にくださいませんか?」

「え?つ、潰れてるよ」

「可愛らしいお花、潰れてない子もいますよ。冬将軍の愛する幸せを招くお花は強いんですよ」

「きちんとしたものを」

「充分です。私は気に入りました。もしもお見舞いに用意してくださったならくださいませ」


シリウスは背中に隠した花束を渡すとメアリーアンヌは両手で受け取り甘い香りを堪能するため花束に顔を埋める。

無表情で花束を抱くメアリーアンヌを見ながらシリウスは懐から包みを出した。


「これもメアリーに。珍しい干し肉が手に入ったんだ」

「ありがとうございます」


花束から顔を上げたメアリーアンヌは贈り物に驚くのを我慢し無表情を取り繕う。

マーガレットは姉の部屋に入ると異臭に目を見張り、赤面したまま床に座っているセンスのない贈り主を睨みつける。


「お姉様、お母様が殿下を晩餐に招待してもよろしいかお聞きしなさいと。殿下、それは」

「マーガレットいらっしゃい。殿下、少々お待ちくださいませ」


メアリーアンヌは立ち上がりニコリと笑いマーガレットの手を引いて部屋を後にした。シリウスへの不敬を窘めるために。

シリウスはメアリーアンヌに初めて笑いかけられ、さらに赤面し緩んでいる口に手を当てた。

マーガレットにお説教していたメアリーアンヌが戻る頃には顔の赤みは引き、爽やかな王子の姿を取り戻していた。

ケイルアンは先に王宮に帰宅させ、公爵夫人の誘いに甘えて晩餐を共にして久しぶりにメアリーアンヌとの時間を満喫して帰った。メアリーアンヌが恐ろしい罰から助けてくれたシリウスに感動し憧れの視線を向けたのは気付かない。

メアリーアンヌはシリウスを見送り、自室でぼんやりしていた。部屋に飾った黄色い花と青いリボンを眺め初めてシリウスのことを考えた。

王都と公爵領の交通が再開した初日に手紙ではなく直接見舞いに来てくれた優しさと形式だけの婚約者(自分)を大事にしてくれる誠実さに初めて婚約者に選ばれて良かったと思った日だった。

そして無自覚だったメアリーアンヌが恋心を自覚し、新たに見つけた幸せにニッコリ笑う。公爵家の使用人達はマーガレットに冷たい顔で説教していたメアリーアンヌがニコニコと笑顔で押し花を作っている姿にほっと息を吐く。災厄の来襲後にメアリーアンヌに笑顔がないと地獄の始まりだった。

そしてユリシーズの嫌がらせがシリウスに幸せをもたらしたことは誰も気付かなかった。



春の女神の訪れとともに社交シーズンが始まった。

社交界では影の薄い無表情で淡々と話す幼い頃から愛らしさのかけらもないメアリーアンヌは公爵令嬢として評価が低い。お茶会も主催せず、交遊も広めず、公爵令嬢なのに取り巻きもいない。どんなにシリウスが気に入っていても爽やかな第二王子に相応しくないとメアリーアンヌに不満を持つ令嬢は多い。

メアリーアンヌは妃教育と淑女教育、武術の訓練、公爵家の仕事の手伝いと多忙と知っている王妃は教育に焦っていない。第一王子の婚約者のリリアンは非の打ち所がない美しい笑みを浮かべる令嬢だが憧れの視線を集めるが親しみは向けられない。

逆にメアリーアンヌは憧れの視線は集められないが公爵領での領民からの人気が凄まじく、一部の気難しい令嬢達から熱狂的に好かれている。王妃とリリアンとメアリーアンヌで施策について話し合うとリリアンは貴族の視点で、メアリーアンヌは領民の視点で意見を出す。また情報収集と騎士の指揮が得意なメアリーアンヌは治安の悪い場所への視察は率先して引き受け、荒事を解決して帰ってくる。メアリーアンヌの護衛騎士は近衛ではなく公爵家の騎士が務めているためメアリーアンヌの物騒な解決方法を王妃達は知らない。

教えればスポンジのように吸収していくように見えるので、王妃もリリアンも本人に無理のないように教育しながら温かく成長を見守り何も問題を起こさないので評価が低くても気にしない。

評価よりも最も大切な王子に望まれ支えるという役割もきちんと果たしている。王族に望まれた妃の役割の一つは心を支えること。メアリーアンヌはシリウスの心を掴んでいる。その証拠に最近のシリウスは上機嫌で授業や公務に励みメアリーアンヌの傍で過ごしていた。

令嬢達に組紐が流行している頃、シリウスは王家のお抱え商人から、注文の品を受け取り満足した笑みを浮かべていた。第一王子は独占欲丸出しの品に苦笑する。


「相手にされないのに虚しくないか?」

「受け取ってもらえれば満足です。石の言い伝え通りになれば尚更」

「今回の主催はシリウスだ。私は顔を出さないからしっかりな」

「いつも通り適当にすませます」

「いいのか?母上が準備をメアリーに命じたよ」

「手伝ってきます。では兄上、僕はこれで」


シリウスは兄の言葉に喜びメアリーアンヌを探しに部屋を飛び出て行く。第一王子も婚約者への贈り物を商人から受け取りいくつか情報を交換し退室を許した。婚約してから夢中に追いかけているのに全く相手にされない不憫な弟。そしてメアリーアンヌの素っ気ない態度が令嬢達に期待を抱かせ、いっこうにシリウスを恋い慕う令嬢が減らない現状も何年経っても変わらなかった。




王家では定期的に貴族子女を集めて交流会を開く。今回の主催はシリウスのため会場準備はメアリーアンヌが任された。準備のために参内し指示を出すメアリーアンヌの隣にシリウスは笑顔で付き添っていた。


「メアリー、会場を青と緑で飾るのはどうかな?」

「爽やかな雰囲気になりますね。殿方は煌びやかな雰囲気よりも好ましいでしょう」


シリウスは淡々と話すメアリーアンヌと侍女達との打ち合わせに時々意見を出しながら、自分の好みを熟知しているメアリーアンヌに頬を緩ませる。用意する料理や飲み物にはシリウス好みに手配の指示を出すのでメアリーアンヌとマーガレットの好みのものも加えていく。シリウスはメアリーアンヌの可愛がっているマーガレットへの気遣いも忘れない。シリウスによる私情まみれの会場準備がされていた。王家の優秀な使用人達にかかれば王族の主催の会場に相応しく飾り付けられるため、第二王子の独占欲と私情に紛れた趣向に気付く者は少なかった。


打ち合わせが終わるとシリウスはメアリーアンヌを庭園に散歩に誘う。二人の最近の話題は末っ子王子のことばかり。メアリーアンヌが公爵領に頻繁に訪問するケイルアンをシリウスが心配し、様子を詳しく聞くために散歩に誘っていると思っていた。報告書の提出を命じず、直接話を聞きたいという弟想いの優しシリウスに自分が剣の指導をしていることだけは隠して淡々と話す。


「メアリー、ケイルをありがとう。これ、お礼に」


シリウスはオーダーメイドで作らせた髪飾りをメアリーアンヌの手に握らせる。


「つ、使わなくてもいいからもらってほしい」


メアリーアンヌはほのかに頬を染めて、歯切れの悪いシリウスに内心戸惑いながら何かを握らされ、両手で手を包まれている状況への胸の高鳴りと緩みそうな口元をキュッと唇を閉じて無表情を作る。


「兄上!!メアリー!!」


シリウスは弟の声に落胆し、メアリーアンヌから手を放す。笑顔で駆け寄りメアリーアンヌに抱きつこうとするケイルアンの肩を掴んで止める。メアリーアンヌはシリウスの手が解け、手の中にある美しい髪飾りに笑顔が零れそうになるのを必死でこらえ母親の顔を思い出し冷静さを取り戻す。


「ケイル、授業に戻りなよ」

「今日は終わりだよ。また明日」


「メアリー、まだ残っていたのね。お父様から預かっているものがあるの。公爵邸まで同乗してもいいかしら?あら、殿下、ごきげんよう」


ケイルアンの教師を務めているマレードは綺麗な笑みを浮かべてシリウスに礼をする。


「メアリー、殿下の邪魔になるから行きましょう。兄弟は水入らずが一番よ」

「そうだね。殿下、私はこれで失礼します。美しい髪飾りをありがとうございます」

「ケイル様、お兄様に今日のお勉強を披露してあげてくださいね。きっと喜ばれますよ」

「うん!!マレード、メアリーまたね!!兄上、僕ね」


シリウスは至福の時間の邪魔したケイルアンを押し付けてメアリーアンヌの手を引いて去っていくマレードの背中を睨んでいた。纏わりつくケイルアンに婚約者同士の逢瀬を邪魔しないように何度目かわからない話を聞かせた。


「兄上とリリアンがいる!!」


ケイルアンは第一王子とリリアンを見つけて元気に手を振ると、手を繋いでいる二人が気付いて近づく。


「メアリーにフラれたか?」

「婚約者と二人っきりの時は近づかないっていい加減覚えてほしい。僕はこれで、ケイル行くよ。二人の邪魔になる」

「邪魔じゃないよ。リリアン、遊ぼう!!」

「今日はどんな遊びをしましょうか」


微笑みながらケイルアンの相手を始めたリリアンを見て、シリウスはため息を飲み込み立ち去る。兄は微笑ましそうに見守ているため弟が邪魔をしているように見えなかった。自分達と違って恋人同士のように仲睦まじい二人が羨ましく、今頃マレードに愛らしい笑みを向けている婚約者を想いながら足早に自室を目指した。

メアリーアンヌに贈った髪飾りはシリウスの瞳の色にそっくりな青い石と月の石、恋人同士の絆を高める、意中の相手に贈ると恋が芽生えるといわれている石が飾られている。外交先で月の石の存在を知り、王国に持ち帰り自分の色と組み合わせてオーダーメイドで髪飾りを作らせた。

シリウスの独占欲と欲望丸出しの髪飾りをメアリーアンヌにいつか身に付けて欲しい。自分に好意のないメアリーアンヌが部屋に帰り、片付ける時にシリウスを思い出してくれればいいと思いながら明日の自由な時間を作るために課題に取り組むことにした。

素っ気ないメアリーアンヌの態度に寂しさを覚えながらも慣れたシリウスは諦めの悪い独占欲丸出し王子に成長したことを知るのは一部の者だけである。



シリウス主催の交流会の日を迎えた。

シリウスは初めてのメアリーアンヌと共同で準備した会場の出来に満足していた。互いの瞳の色の青と緑のコーディネート。会場をにはメアリーアンヌの好きなマーガレットも飾らせた。

ケーキにお菓子、果物、軽食にお茶とジュースも用意されシリウスは挨拶を受けながらメアリーアンヌの到着を待っていた。



「さすが殿下が主催です」

「手配したのはメアリーだ。センスのいい婚約者を持てて僕は幸せだよ」

「まぁ、ですから華美さにかけるんですね」

「好みはそれぞれだよ。僕の好みを押さえてくれている。失礼するよ」


シリウスは数日前に贈った髪飾りを付けたメアリーアンヌを見つけて頬を緩め、目の前の令嬢達をあしらい爽やかな笑みを浮かべて近づき声を掛ける。

メアリーアンヌはシリウスに礼をして、お菓子に視線が夢中のマーガレットに挨拶するように名前を呼ぶ。


「お姉様、お菓子が、あ、ごきげんよう。殿下」

「礼はいらないよ。マーガレットは今日も元気だね。喜んでもらえるなら作り手も本望だから好きなだけ食べなよ。メアリー、銀髪に映えてよく似合っているよ」

「綺麗な装飾に負けてしまいますが、美しい髪飾りをありがとうございます」

「髪飾りの」


「殿下、ご挨拶をさせていただいても」


ほのかに頬を染め歯切れの悪いシリウスと淡々と話すメアリーアンヌの盛り上がっていないように見える光景に兄弟を紹介したい子息達が近づき声をかける。

シリウスは子息の一人がメアリーアンヌに見惚れているのに気付き、「すぐ戻るから」と爽やかな笑みをメアリーアンヌに浮かべ子息達を連れ挨拶を受けるという名目で引き離した。


「愛想笑いもできない妃なんて」

「優しい殿下とは正反対よ」


シリウスに声を掛けたのにサラリとあしらわれ相手にされなかった美しさに自信のある令嬢達が、メアリーアンヌに近づき高慢な口調でメアリーアンヌへの苦言を始める。シリウスの婚約者になってからは日常茶飯事の苦言の嵐を無表情で全て聞き流す。令嬢達の憧れのリリアンやマレードと比べて明らかに自分が劣っている事実もわかっており、令嬢達が満足し言葉が終われば感謝を告げて去るだけである。メアリーアンヌにとって怖いことは三つだけ。一番怖いのは痛いこと。次は母親のお説教。最後はシリウスに嫌われること。だから令嬢達に何を言われても気にならない。

そして令嬢達の言葉はメアリーアンヌにとっては事実なので否定もしない。メアリーアンヌはマレードのように表情筋を自由に動かせず、笑いたくないのに満面の笑顔を作れない。嘘の言葉に感情も乗せられない。常に淡々と感情が読まれないように無表情で同じトーンで話すのが限界である。そしてメアリーアンヌは必要ない(母に教わらない)ことと努力しても無駄なことはやらない主義である。

マーガレットは大好きな姉が品のない言葉を掛けられ、教わったばかりの言葉を思い出し、無邪気な笑みを浮かべて母の教え通り胸を張って堂々と口を開く。


「負け犬の遠吠え」


マーガレットのよく通った声が響き、メアリーアンヌは聞き間違えであって欲しいと隣に視線を向けると無邪気な笑顔を浮かべている。

気が強く口達者な令嬢を怒らせたマーガレットに周囲が息を飲み、視線が集中する。メアリーアンヌは、視線が突き刺さり、見たことがないほど眉を釣り上げた令嬢を見て、聞き間違いではないと慌てて口を開く。


「申し訳ありません。まだ言葉の意味が」

「お姉様、昨日先生に教わりましたよ。意味は」

「社交に不慣れな妹が申しわけありません。後日正式に謝罪を。失礼します。マーガレット、あちらのお菓子を食べに行きましょう。貴方の好きなケーキがありますよ」

「はい。お姉様」


メアリーアンヌは礼をしてマーガレットの手を繋ぎ、令嬢が口を開く前に凄い速さで歩いていく。人混みに紛れ令嬢達が自分達を見失ったのを確認して、妹の耳に囁きかける。


「マーガレット、相手にしてはいけません」

「負けませんよ。それに本当のことだもの」


無邪気な笑みを浮かべるマーガレットを見て、習いたての言葉を使いたい気持ちはわかるのでメアリーアンヌは教師に人を蔑む言葉を教えないでほしいと頼もうと決める。社交デビューをしても、精神年齢が幼い妹に良識を求めても仕方がないかと妹にお菓子を食べさせる。婚姻するまでまだ時間があるので公爵家の社交は自分がすればいいかと思いながら妹が交友を広める邪魔をする。

メアリーアンヌはマーガレットの頬に付いたクリームをハンカチで拭き、物騒な言葉を呟きはじめると口にクッキーをいれて、汚れた指をハンカチで丁寧に拭う。

令嬢が転んだフリをしてジュースをかけようとするのを妹を抱きしめて華麗に避ける。転んだ令嬢には視線を向けず、妹が余計なことを言う前に手を繋いで違うお菓子に誘導して離れる。余裕がないためいつも同じ言葉を繰り返す令嬢達に近寄られないように移動を繰り返す。

いつも静かにたたずんでいるメアリーアンヌが動きまわる姿は目立っていた。存在感のない冷たい印象の無表情で物静かな伏し目がちな第二王子の婚約者が顔を上げて無邪気な笑みを浮かべる妹を優しく世話する意外な一面やパッチリと目が開き窓から差し込む光を受けた緑の瞳が輝き、メアリーアンヌの美しい顔立ちに気付き見惚れる者も多かった。

視線を集めていることに気付かずマーガレットの世話をやくメアリーアンヌにマレードが笑顔で近づき、肩を叩く。メアリーアンヌは頼もしい友人に無意識にニッコリ笑うとマレードは意図を理解し微笑み返す。メアリーアンヌに品のない言葉を掛ける令嬢達は公爵令嬢として評価の高い敵に容赦ないマレードが傍にいるときは絶対に近づかない。「私の大事な友人を貶めるなら貴方は素晴らしいのね。是非教えていただきたいわ」と人目のある場所で良く通る声で欠点を笑顔で述べられ再起不能にされた令嬢の仲間入りにならないように。そしてこの光景をメアリーアンヌは知らない。

メアリーアンヌはマレードが声をかける子女達の相手をしてくれるので、マーガレットの悪魔の呟きを止めるのに専念してお茶会の時間が過ぎるのを待っていた。

「お姉様も食べましょう?」と笑顔のマーガレットに悪魔の呟きをさせないように物語の話で注意を逸らして、クッキーを口に運ぶ。マレードも加わり、マーガレットが好きな物語の騎士の話に夢中になる光景にほっと息をつき、口の中に広がる甘みを堪能する。

シリウスがメアリーアンヌに見惚れた令息達に柔らかい言葉で婚約者に近づくなと脅しているのは気付かない。そしてメアリーアンヌが溢した笑みを羨ましそうに見ていたシリウスにマレードが自慢気に微笑んだことにも。


シリウスはメアリーアンヌをずっと見ている年上の子息を手合わせに誘う。言葉で言っても無駄なら体に覚えさせる主義だった。

子息も自分より小柄な王子に負けるとは思わず、挑発に乗りどんな結果でも咎めないと約束を取り付け了承する。シリウスは王国で2番の剣の使い手のメアリーアンヌの父親に剣を師事し始めたため格段に実力が上がり、同世代では負けなしだった。シリウスは公爵領で個人指導を受けているため、手合わせするのは王宮のみ。公爵はシリウスの心を砕かないため、自分以外との手合わせは禁じていた。王族の趣味の武術に強さを求めないのは公爵も同じだった。

令嬢達にとってシリウスの爽やかに戦う姿は胸が高鳴るほど魅力的である。シリウスのやりとりを眺めていた令嬢達が盛り上がり会場がざわめく。シリウスはマーガレットにケーキを食べさせているメアリーアンヌを見つめ、一番見て欲しい相手に気付かれない寂しさよりも害虫駆除優先かと思い直して庭園を片付けさせ場所を作る。令嬢達の声援を聞き流しなら、子息と剣を合わせた。



メアリーアンヌは鈍い剣の交わる音に驚き、視線を向けると手合わせをしているシリウス達に息を飲む。マーガレットが「弱い」と呟き慌てて口を塞ぐ。メアリーアンヌはマーガレットを小声で嗜めていると剣の交わる音がなくなり、シリウスを讃える声と盛大な拍手に結果を知る。メアリーアンヌはマーガレットをマレードに任せて、人混みの中に入り、称賛の嵐を受けているシリウスに負け地面に座る子息に近づく。


「どこか痛むところはありますか?」


王子と刃の落としていない剣で手合わせしたことを責めたいがシリウスが許しているため口に出さない。負けた子息をあざ笑い惨めと囁く周囲にメアリーアンヌは嫌な気持ちを隠し、無表情を貫く。動かない子息の全身をじっくりと見て怪我がないか確認して、頬を染めて無言で固まる子息に手を差し出す。美しい顔立ちの年下の美少女に見つめられ、子息はメアリーアンヌから視線が逸らせない。メアリーアンヌは自分に見惚れているとは気づかず、負けたことへの羞恥で顔が赤くなり周囲の言葉に傷ついて落ち込みショックで固まっていると勘違いし口を開く。


「怪我がないなら立ってください。どんな結果でも挫けず諦めない立ち上がる姿は惨めと蔑む者はいません。生き残れればいいのです。負けは惨めなことではありません。悔し涙で枕を濡らすのは」

「メアリー!!」


シリウスは令嬢達に囲まれて称賛の嵐を受けていたが、メアリーアンヌが子息を見つめて手を伸ばしているので令嬢達を無視して人混みを抜けて慌てて近づいた。なんでそっち!?とショックを受けている場合ではなかった。メアリーアンヌはシリウスに気付いて、給仕のそばに足早に進みグラスを二つ手に持つ。シリウスに「お疲れ様です」と怪我がないかじっと見つめながらグラスを差し出す。シリウスが頬を染めグラスを受け取るとメアリーアンヌの確認は終わり怪我がないことにコクンと頷き、礼をしてすばやく離れる。地面に座る子息の隣に膝を付き手を重ねグラスを手に握らせ、腕を抱いて無理矢理立ち上がらせる。シリウスが自分達を見つめているのに気付き、メアリーアンヌにとってくだらないことで落ち込んでいる情けない騎士を目指す子息がシリウスの望み通り立ち直れるように、凛とした表情を浮かべ子息を見つめる。メアリーアンヌは優しいシリウスが情けない子息を心配していると勘違いし励ましの言葉を口にする。


「余興をありがとうございました。騎士への道を歩み始め、負けても立ち上がるお姿はたくさんの方の励みになるでしょう。私は胸に刻みました。共に王国の繁栄のためさらなる研鑽を歩めればと存じます。殿下、そろそろお開きの時間でしょう。一言いただけますか?」


王子が手合わせを望むなら期待をかけている騎士だとメアリーアンヌは思い込んでいた。そして自分の言葉が届かない子息に諦め、最大の切り札を優しい婚約者に願う。

メアリーアンヌの視線がようやくシリウスに戻り、二人の世界に眉間に皺を浮かべて子息を睨んでいたシリウスはじっと見上げられ固まる。メアリーアンヌの強い瞳に見つめられ「王国の未来を担う私達に殿下の言葉を聞かせていただけませんか?」と言われ、爽やかな笑みを浮かべて婚約者の期待に応えるために言葉を掛ける。

メアリーアンヌはシリウスが話し始めたのに、だらしなく立っている子息の耳に囁きかける。


「背筋を伸ばして立ってください。王族の前です。騎士を目指すなら守るべき方の前で無様な姿を見せないでください」


立ち上がれるのに立ち上がらないのは公爵家では許されない。そして王子が望むなら期待に応える義務がある。落ち込んでも表面上は気付かせずに立ち振舞うのが貴族とメアリーアンヌは思っている。王子に期待をかけられているのに無様な姿をさらしたのが自領の騎士なら厳しく諫めたが他家門の子息なのでメアリーアンヌは苦言を飲み込む。

子息はメアリーアンヌの行動に全身が火照っていたが囁かれた冷たい声に鳥肌を立て、姿勢を正す。いつの間にか騎士団の指導モードに切り替えた凛々しいメアリーアンヌにマーガレットとマレードが笑顔で近づく。メアリーアンヌは二人を見て、パチパチと瞬きをして凛とした真剣な顔から伏し目がちの感情の読めない無表情に変わる。メアリーアンヌの豹変を見て頬を染めている令嬢や子息がいるのには気付かない。


「メアリー!!」


シリウスが挨拶を終えて、令嬢達を引きはがしメアリーアンヌの肩に片手を置く。メアリーアンヌに見惚れている子息達の顔は覚えたので害虫駆除は後にして、空いている手を差し出す。シリウスに手合わせで負けた男がメアリーアンヌの隣にずっといるので、引き離したかった。


「公爵邸まで送らせてくれないか?」


マレードはこの後はメアリーアンヌと過ごす予定があったので、シリウスに「邪魔」と無言で見つめ訴える。シリウスはマレードの口角が上がっている顔に無視を決める。

メアリーアンヌはマレードとシリウスが見つめ合っているのに気付き、手をギュっと握る。


「お時間があればうちでお茶でもいかがですか?おじい様のお土産がありますの」

「喜んで伺うよ」


メアリーアンヌは嬉しそうに笑うシリウスの手にそっと手を重ねる。

マレードとのお茶に誘うと嬉しそうに笑ったシリウスや無言の見つめ合いにチクりと痛む胸と自分を襲う嫌な気持ちを見つからないように無表情を作る。好きでもない自分の手を繋いで優しくエスコートしてくれるシリウスの優しさと誠実さ、大事にしてもらえることの幸せに集中して嫌な気持ちは蓋をする。

メアリーアンヌはシリウスとマレードとマーガレットと一緒に馬車に乗り公爵邸に帰宅する。

馬車の中でシリウスとマレードの会話に耳を傾け、マーガレットには口を挟まないように囁く。

馬車を降りて、シリウス達の案内をマーガレットに任せ、一人だけ離れてメアリーアンヌは青空を見上げる。優しい風に空の散歩を思い浮かべ楽しい気持ちになりニッコリ笑う。明日の祖父と過ごす1日を思い出して、胸の痛みもなくなり、ニコニコと笑い侍女を呼んでお茶の用意を命じる。

庭園にお茶と祖父のお土産のお菓子の用意が終わりお茶会を始める。

シリウスはマレードがメアリーアンヌを独占しようとするのに悔しく思いながらも笑顔を浮かべお茶を飲む。メアリーアンヌに手合わせの感想を聞くと見ていなかったのでよくわかりませんと目を泳がせる姿を眺め、落胆しながらも邪魔者さえいなければ至福の時間なのにとため息を飲み込む。

メアリーアンヌは美味しいお菓子を味わいながら二人の話しに相槌をうっていると風が吹き、花びらが舞う綺麗な光景を眺める。メアリーアンヌの髪についた花びらをマレードが丁寧に取り除き、シリウスに笑いかける。出遅れたシリウスがマレードを睨む。

メアリーアンヌは庭から視線を戻すとマレードとシリウスが見つめ合い二人の世界にいるように見えた。

メアリーアンヌは無言で見つめ合う二人を邪魔している自覚があっても席を立たずに無表情でお菓子を口に入れ、広がる甘さを堪能した。

お茶会が終わり外が暗くなりシリウスはマレードを公爵邸まで送るため馬車に同乗した。


「邪魔しないでくれないか?」

「メアリーに言われたらやめます。私がいるほうが有り難いのでは?二人だと無言でしょう?」

「そんなことない。メアリーはなんであいつに手を差し伸べたんだ。僕の所に」

「あんなに令嬢に称賛の嵐を受けていたではありませんか。穏便にことを収めるためでしょう。まさか交流会で手合わせなんてバカなんですか?」

「僕はメアリーだけでいい」

「それは私には関係ありません。婚約者なんですから余裕を持っては?メアリーに相手にされなくても」



シリウスはメアリーアンヌとの時間を邪魔するなと何度言ってもマレードには通じない。

二人が不毛な会話を繰り返している時に、メアリーアンヌはシリウスとマレードの仲の良さに嫉妬して意地悪をした自分に反省していた。お詫びをこめて帰りは二人で帰れるように馬車を手配した。ただ謝れば余計なことを言いそうなので、別れの挨拶しかしなかった。二人の乗った馬車を見送り、空を見上げると重要なことを思い出し公爵邸に慌てて帰り、体を綺麗に洗い着替えてユリシーズの部屋に駆けこんだ。母親が帰宅する前に対策を練らないといけないことがあった。

ユリシーズは飛び込んできたメアリーアンヌの話を聞き、自由な末妹にため息をつく。授業態度だけはいいマーガレットに社交デビューはまだ早いと言っても母親に経験よと言われ逆らえない。ユリシーズは駆け引きが得意だが、正反対のメアリーアンヌは兄の助言通りに余計なことは話さず全てを受け流す。いざとなれば兄に丸投げ精神の持ち主である。


「お兄様、マーガレットの様子がおかしいの。誰に似たの?どうして怒らせる言葉ばかりを呟くの?」

「母上だろう」

「教師に手配したら大丈夫かな?マーガレットは可愛いもの。すぐに変な噂はなくなるわ。噂にならないといいけど」


メアリーアンヌはマーガレットはマレードの好戦的な性格の影響を受けていることに気付かない。ただ常にメアリーアンヌが隣でフォローするため咎められことはなく母親には令嬢としてはきちんとしているように見えてしまいマーガレットは自己評価が高い令嬢に成長する。

ユリシーズはメアリーアンヌと対策を話し合いながら、母親の逆鱗に触れそうな末の妹をメアリーアンヌに任せて留学に行く準備を急いだ。ユリシーズの教育は全て終わったので、メアリーアンヌが婚姻するまでは公爵領の仕事を任せ、学びの都と別名を持つ魔法が盛んな国に留学する許可をもらっていた。

翌月、ユリシーズはロロと一緒に馬車に乗り旅立つ。メアリーアンヌはいざとなれば公爵領の仕事を持って訪ねていいと言われているので快く送り出した。馬車で一週間かかる国もメアリーアンヌにとってはゆっくり飛んで往復一時間。


ユリシーズが留学し、一週間後に窓がコンコンと叩かれる。

窓を開けると、ポポロに乗った顔色の悪いメアリーアンヌに窓を開ける。


「お兄様!!マーガレットが」


「ユリシーズ、見ろよ!!誰だ?」

「妹。汚れてるから部屋に入れない」

「可哀想に。妹よ。目を瞑ってろよ」


メアリーアンヌは突然兄の部屋に現れた黒髪の美少年に言われた通り目を瞑ると温かい空気で包まれ、体の汚れが落とされる。そして初めての感覚に目を輝かせニッコリ笑う。


「魔法使いさん、素敵な魔法をありがとう」

「入ってこいよ。お菓子をわけてやろう。俺の部屋でもいいけど」

「素敵なお誘いだけど殿方のお部屋にあがるのは行けないことなの。婚約者がいるから失礼はできないの」

「メアリー、体が綺麗になったなら入っていいよ」

「失礼します」


メアリーアンヌはユリシーズのベッドの上に座り、母親がマーガレットに交友関係を広めようとしていることを話す。メアリーアンヌは妃教育と公務があり常にマーガレットに付き添えないため困っていた。

ユリシーズは手紙を書いてマーガレットに渡すように託しマレードを頼れと助言するとニッコリ笑って窓から飛び降り消えていく。


メアリーアンヌはその翌週も訪問する。マーガレットとケイルアンとの喧嘩についての相談を終えたメアリーアンヌをユリシーズの友人が誘う。


「メア、遊んでやろうか?」

「本当!?嬉しい!!お兄様またね!!」


ユリシーズの寮の部屋にポポロに乗ったメアリーアンヌが会いにくるので、ため息をつきながら助言をするのはよくある光景だった。手におえなくなり自分が呼び戻されないようにきちんとメアリーアンヌに指示を出し、生徒ではないのに学園の庭で遊んでも咎められない妹を友人に任せて趣味の世界に没頭した。

メアリーアンヌは庭で魔法を見せてくれる顔が綺麗だが所作が荒い兄の友人の一人が王族とは気づいていない。

庭にごろんと寝転がり、空の上で魔法を披露する魔導士の学生達を眺める。

ニコニコと空を眺めるメアリーアンヌの隣に王子がごろんと寝転がる。


「メア、幸せか?」

「幸せだよ」

「跡取りでもない兄を支える王子の妃は窮屈だろう?後宮はドロドロした怨念の塊だぜ」

「ラトは物語の読みすぎだよ。そんなにドロドロしてないよ。それにドロドロするのは一番を目指すからでしょ?心をもらえず、一番になれなくても優しい殿下の婚約者になれて幸せだよ。望みすぎたらいけないの。それにどんな場所でも幸せは隠れてる。ラトの魔法は人を幸せにするから隠れてないね」


ラドルフは真っ青な顔で訪問し相談が終わればニッコリ笑うメアリーアンヌを気に入っている。空を見上げてニコニコと話すメアリーアンヌに後宮は似合わず求婚を本気で悩む。


「メアは婚約者が臣下に下りるならどう思う?」

「お父様の命に従うよ。公爵令嬢の務めだから」

「妃になりたいか?」

「よくわからない。国のために必要な婚姻でしょ?陛下に選んでいただいたなら優しい殿下のお役に立てるように頑張るよ」

「メア、辛くなったら逃げてこいよ。助けてやるよ」

「ありがとう!!お兄様を怒らせたら助けてね。お兄様は怒ると怖いの。約束の時間だからもう帰るね。また遊んでね」

「いくらでも。一生遊んでやろうか?」

「嬉しい!!ありがとう。また来るね。ポポロ、帰ろう!!」


メアリーアンヌはニコニコと手を振りポポロに跳び乗り空に飛び立つ。自分を見送るラドルフの求婚には気づかない。

ラドルフの国にはたくさんの王子がいる。身分の低い母を持ち後見のないラドルフは継承権はなく臣下に下りることが決まっている。

辺境の領地をもらって静かに暮らし、どんな些細ことでもニコニコと笑顔で喜ぶメアリーアンヌとの囁かな生活を思い浮かべて笑う。

後宮に閉じ込められ愛されない妃の惨めな一生を知っているラドルフはお気に入りの友人の妹のために思考を巡らす。

第三王子とマーガレットが婚約をして、イケメン好きの自分の妹を第二王子の婚約者に、メアリーアンヌを自分が迎え入れれば国益も損なわず穏便に済ませられると頷き、兄に手紙を書いて魔法で転移させた。

メアリーアンヌが公爵邸に帰宅するとケイルアンがお忍びで訪問しマーガレットと喧嘩をしていた。マーガレットにユリシーズからの手紙を渡しケイルアンを宥めて、母親が帰宅するまでに事を収めほっと息をつく。最近のメアリーアンヌの悩みはマーガレットのことばかりである。気分の切り替えの早いメアリーアンヌも公爵家のために必要なことを放棄するほどお気楽な思考の持ち主ではなかった。

ユリシーズの手紙を読んだマーガレットがケイルアンのお忍びを控えさせる策を授けられ、実は苦労性のメアリーアンヌの悩みが一つ解決された。



公爵領と王都を繋ぐ橋が落ちる時は非常事態である。

領民達は不審者を取り逃がした時は王都へつながる橋を落とすように命じられている。橋の落ちた知らせに侵入者や間者の報告はなく、公爵は調査が終わるまで王子達に公爵領への訪問を断る。

公爵とメアリーアンヌは公爵領で騎士を指揮して捜索に当たっても不審者は見つからなかった。一月ほどして事故と処理され再び橋が掛けられた。マーガレットが犯人と疑う者は誰一人いなかった。橋の工事はユリシーズが担当し、設計していたため特殊な落とし方を知るのはマーガレットとユリシーズだけである。そして新たな橋の工事はマーガレットが立候補して任された。あまりに頻繁に橋が落ちるためメアリーアンヌが設計書を抱えてユリシーズのもとに飛び込んできたのはその3か月後だった。

メアリーアンヌが困った時に頼るのはユリシーズ。

聡明と評価される婚約者に頼る選択肢はなかった。

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