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閑話 公爵家の災厄

メアリーアンヌは白い鳥のポポロと友達になったのは3歳。

ポポロは何でも食べるがグルメのため好みの物を見つけるのは難しくポポロの好物探しはメアリーアンヌの日課で遊びの一つだった。

庭に咲くマーガレットの花びらを一枚口に運ぶとさらに口を開けるので食べさせポポロの可愛さにニコニコと笑う。

ポポロの食事が終わると二人で遊ぶ時間の始まり。

兄のユリシーズは外が嫌いなのでメアリーアンヌの遊び相手はポポロだった。


メアリーアンヌは庭園で一番高い木に登り、木の天辺に立ち景色を夢中で見ていると風が吹き、足を滑らせる。落下し体が風を感じる感覚にニコリと笑い、地面が近づき木の枝を掴みくるりとまわろうとすると枝がポキリと折れ、まずい!!と受け身を取り地面に落ちる衝撃に備え目を瞑ると強い風に飛ばされ茂みの中に落ちた。ポポロは茂みに埋まっているメアリーアンヌに近付き、しばらくして顔を上げ泣きそうな顔で茂みから抜け出した服は破けボロボロの姿に笑う。


「メア、大丈夫か?」

「痛い」


茂みの枝に擦り皮膚が避け、メアリーアンヌの左腕から流れる血をポポロが舐めると痛みが和らぎ、潤んだ瞳を細めてニコニコと笑う。


「ありがとう。痛いの治った。ポポロは凄いね」


メアリーアンヌは明るい声でお礼を伝え、ポポロの体が大きくなっている様子には気づかずに傷口を見つめる。

ポポロに血を綺麗に舐めとられた綺麗な傷口を水筒の水で洗い、破けた袖を切りポポロに手伝ってもらいながら傷口に巻く。メアリーアンヌはポポロの漆黒の瞳を見てお礼を伝えると、視線が合っていることに気づき、目を輝かせる。

手のひらサイズのポポロが自分と同じ大きさになっていることに喜び勢いよく首にギュッと抱きつく。


「ポポロ、ふわふわ。気持ちいい!!同じくらいだからダンスできるね。メアが教えてあげる!!」


メアリーアンヌは歌を歌いながらポポロを抱きしめ、覚えたてのワルツのステップを踏む。ニコニコしながら一曲踊る。そしてポポロから手を放して庭をピョンピョンと跳び回り一人でくるくると踊り出す。大きくなったポポロとできることが増えた喜びを全身で表現していた。


「メア、乗せてやろうか?」

「本当!?ありがとう」


メアリーアンヌがポポロの首に腕を回し背中におぶさると、羽ばたかせ空高く飛び上がる。メアリーアンヌは空を飛ぶという夢が叶って感動する。ドキドキと胸が高鳴り風を体に受け、ニコニコと笑う。


「気持ちいい!!楽しい!!ポポロありがとう」

「いつでも飛んでやるよ」

「ありがとう。ポポロ大好き!!幸せ!!おじい様の言う通りね」


その夜メアリーアンヌは窓から抜け出し夜空の散歩を楽しんだ。満点に輝く星空に神々しいお月さま、足元に広がる景色も宝石よりも綺麗に見えた。この日から空の散歩がお気に入りになる。

常に笑顔のメアリーアンヌが空の散歩を思い出しうっとりしている姿に様子がおかしいと気づいたのは兄のユリシーズだけだった。


ユリシーズは朝食なのに起きてこない妹の部屋に入るとベッドで鳥を抱いて眠っていた。

ユリシーズはメアリーアンヌの飼っている小鳥が自分よりも大きくなっていることよりも美しい毛並みに目を奪われる。手入れしたらさらに美しくなりそうだと極上の笑みを浮かべうっとりと熱の帯びた瞳で見つめる。


メアリーアンヌはポポロに名前を呼ばれて起きると気持ち悪い目でポポロを見る兄を見てポポロをギュっと抱きしめる。


「お兄様、ポポロに意地悪したら許さない」

「メアリー、意地悪なんてしない。美しくするだけ」

「駄目。ポポロはメアのお友達。お兄様は嫌だって言うから触らないで。ポポロは繊細なの。でりけーとって言うんだって」

「メアがやればいい。手入れ道具を」

「やだ。面倒だもん。ポポロは水浴びできるから一人で平気だよ」


ポポロは自分を気持ち悪い目で見る男を見て、羽を抜き、羽の上に血を一滴垂らし呪文を唱える。黒い靄が部屋を包みこみ、風が吹き靄が消えると羽が消え白い小鳥が眠っている。


「メア、それをやるよ。どうなるかは知らねえ」

「お兄様、ポポロがこの子をくれるって。だからポポロには触らないで」


ユリシーズは床で丸くなっている白い鳥の毛並みに極上の笑みを浮かべ、懐からハンカチを取り出し、壊れ物を扱うように優しくハンカチの上に乗せて部屋に戻って行った。メアリーアンヌがポポロに「お兄様がごめんね。おかしいの」とユリシーズの芸術狂いを話しているといつもは一番早く席に着くのに起きてこない孫の部屋に祖母が顔を出し、大きい白い鳥に驚く。


「メアリー、鳥はお外で飼いなさい」

「おばあ様、お外は寒いよ。ポポロは羽も落ちないしお部屋も汚さないよ」

「そうなの?ならいいわ。きちんとお世話するのよ。お母様達には自分でお話なさい」

「はい。おばあ様」


祖母は元気な返事をしたいつも笑顔のメアリーアンヌの手を繋ぎ、隣の部屋で夢中で小鳥の世話をしているユリシーズを無理矢理引き剥がし朝食の席についた。

鳥の話を楽しそうにする孫達を見ながら、王国で初めて鳥と絆を結んだ二人の将来を楽しみに夫と笑い合う。

教育に厳しい公爵夫人が留守なため、公爵家では穏やかな時間が流れ子供達は遊び放題だった。


***


メアリーアンヌの趣味は空の散歩になった。ポポロの背に乗り空を飛んでいる姿を帰宅した公爵夫妻が見つけ、公爵夫人が目を見開き真っ青な顔で悲鳴を上げる。


「メアリー!!」


公爵は娘が鳥に浚われたと短剣を懐から取り出し、狙いを定める。メアリーアンヌは母の声に気づきポポロを下降させ、ニコニコと手を降る。


「お父様、お母様、お帰りなさい!!」


公爵は短剣を懐に仕舞い、いつも笑顔の愛娘に笑みを浮かべる。


「ただいまメアリー、降りてこれるかい?」


メアリーアンヌはポポロの背中からピョンと降り、笑顔で大好きな父に抱きつく。


「お父様、3の型まで覚えたよ!!新しいの教えて」

「凄いな。明日の朝に稽古しようか。白い鳥は友達かい?」

「うん。ポポロ。お部屋を汚さないから一緒に寝てもいい?いい子だよ」

「大きいから、小屋を建てようか」

「それならロロの分も!!ロロはもっと大きいの」


公爵夫人は夫の腕から娘を取り上げ抱き締める。怪我もなく腕の中でニコニコしている娘に安堵し力が抜ける。

メアリーアンヌは母に抱き上げられニコニコ笑顔でポポロの凄さを自慢し、公爵夫妻はいつの間にか子供達が鳥を使役していることに驚き二人で顔を見合わせた。

そして子供達といくつか約束をした。

メアリーアンヌには空の散歩についての制約を。ユリシーズには手入れについての制約を。

ユリシーズは作品作りに集中すると湯浴みと睡眠しか取らない。ロロの手入れに夢中なユリシーズは祖父母に無理矢理部屋から連れ出され食事をさせられていた。食事を疎かにしないことを条件にユリシーズの望み通りの二匹の小屋が作られる。公爵は細かいユリシーズの設計計画を聞きながら、予算の中で好きにしなさいと丸投げする。ユリシーズによる何度も姿を変えるロロのための庭園と小屋の改装と建設が始まった日だった。メアリーアンヌがユリシーズに頼まれた材料を集め、ユリシーズの厳しい指示のもと家臣が動き小屋は一週間かけて建設された。


小屋が完成し二週間経ち公爵夫妻の多忙な公務が落ち着き始めた。

公爵夫人の手が空いたためユリシーズとメアリーアンヌの自由気ままな日は終わりを告げる。

公爵夫人は遊んでばかりだった子供達を正座させ叱っていた。特に武術から逃げる嫡男を。


「ユリシーズには優秀な騎士達の血が流れてます。汚れは洗って落とせばいいのよ。逃げるならせめて本気になってから、嫌いと主張したいならきちんと向き合ってからにしなさい」


ユリシーズは母親に何度説教されても武術が好きになれない。父には「最低限の自衛は身に付けないといけないよ」と優しく窘められる。ユリシーズが剣を持つとようやく自覚がでたかと周りは期待し、熱心に指導する。剣の天才の祖父と父の子供が武術が嫌うわけはないという固定観念が大嫌いだった。

1歳年下の妹は明るく天真爛漫でじっと座っているのが苦手でもそれ以外ならどんなことも楽しそうに挑戦する。

ユリシーズがいつも同じ台詞の母親からの説教を聞き流していると隣に座っているメアリーアンヌは首を傾げてビシッと手を上げた。


「メアリーもわかるでしょ?」

「お母様、お兄様は武術が嫌いだよ。お父様も嗜み程度でいいって。どうして本気で頑張らないといけないの?おじい様は常に余力を残しなさいって言うよ」

「メアリー、ユリシーズは才能があるのよ。それに公爵家として」

「おばあ様は適材適所って言ってたよ。おじい様は武術が好きだけど、貴族としては駄目だって。だからやりたいことがあるなら、おばあ様みたいな素敵な伴侶を見つけなさいって。おばあ様の苦手はおじい様が引き受けるから丁度いいって教えてくれたよ。才能があっても嫌いなことをするのは大変だよ。メアは才能がないけど武術好き。でもお絵かきは嫌い。先生に才能あるって言われても嬉しくないもん。メアがお兄様の分も強くなって剣舞を受け継ぐよ。悪い人も捕まえる。成敗?するよ。お兄様はメアの代りに絵を描くの。名案でしょ?マントの刺繍はお兄様がしてくれる?」


ユリシーズは母をだまらせる偉業を成した妹の提案に笑顔で頷く。ユリシーズは妹が嫌がることは好きなことばかりだった。


「メアリー、名案だ。そうだよな。マントの刺繍は俺がしてあげるよ。誰よりも美しいものを」

「メアは美しいがよくわかんないからお兄様に任せるよ。これで解決!!」


笑顔の孫達と正反対に無表情で無言の義娘の肩をポンと手を置き前公爵夫人が微笑む。


「メアリーの勝ちね。家の治め方はそれぞれよ。次代には次代の治め方があってもいいでしょう?それにこの子達には文官一族の血も濃いのよ」

「わかりました。ただし、基礎の護身術と型だけは学びなさい。メアリーも自分の宿題は自分でなさい」


公爵夫人は義母が認め、本人達が望むならと折れた。公爵家では婿入りした前公爵よりも前公爵夫人の意向が優先された。

この日からユリシーズは地獄の訓練を勧める騎士達に追いかけられることはなくなる。メアリーアンヌが「お兄様は武術が嫌い。その分才能のないメアが頑張るから応援して!!」とニコニコと駆けまわった所為である。可愛らしいお嬢様に弱い騎士達はお嬢様の望み通り訓練に付き合う。

汚れるのが嫌いで実践したくないが、頭で理解しているユリシーズが気まぐれでメアリーアンヌにアドバイスを与えたおかげで武術の才能に目覚めたと騒がれる。

3兄妹の中で一番武術の才能があるのはユリシーズ。メアリーアンヌは運動神経と直感は冴えているため勘違いされているが天才ではなく努力の秀才である。

約束通りメアリーアンヌが領民の祭りで剣舞を披露するときに纏うマントに見事な刺繍をするのはユリシーズ。未来の芸術を愛する清涼感漂う好青年が潔癖で芸術狂いの自分勝手な男と知るのは妹達だけである。


末妹のマーガレットが生まれても公爵家の穏やかな時間の流れは変わらない。

メアリーアンヌは母親からの課題に困り、湯浴みをして体の汚れを落とし賢いユリシーズの部屋に駆けこんだ。兄の部屋に入る時は体を綺麗にするのはメアリーアンヌにとって常識である。


「お兄様、助けて!!無表情が難しい。楽しくても顔に出さないなんて」

「メアリー、簡単だよ。母上の説教する顔を思い浮かべればいい。そして母上の説教を聞き流す顔をしてみなよ。前に教えただろう?」


メアリーアンヌはパッチリと開けている大きい目を伏し目がちに、唇を軽く結ぶ。


「その表情で大丈夫。母上の説教ほど怖いものはないから」

「さすがお兄様。ありがとう!!」

「メアリー、これあげるよ」


メアリーアンヌはユリシーズから白いローブを渡される。


「ポポロの色と同じだ。これを着れば見つからない」

「ありがとう!!お使いは任せて!!」


ユリシーズが作ったローブを着て、ニッコリ笑ってメアリーアンヌが踊る。

ローブを着たメアリーアンヌはユリシーズと一緒にポポロの背中に隠れられるから誰にも見られないと母親を説得し念願の空の散歩の範囲が拡大する。しばらくして国外への空の散歩と買い物が許される。ユリシーズが買い物を頼むために協力してくれたと知っていてもメアリーアンヌには嬉しい結果なので感謝した。

メアリーアンヌが第二王子の婚約者に選ばれて教育が厳しくなっても公爵領の兄妹にとっての穏やかな時間は変わらなかった。嫌なことは押し付け合い、母親からの恐怖のお説教から逃げ互いの好きなことができるように協力するのが兄妹のあり方だった。

公爵家では本物の悪魔よりも厄介なものが現れるまでは穏やかな時間が流れていた。



3兄妹の休養日はユリシーズはロロの手入れをマーガレットは大好きな姉を1日独占できる至福の時間だった。空の散歩から帰ったメアリーアンヌはマーガレットの手を繋いで孤児院に向かっていた。マーガレットは孤児院で姉の膝の上にのり、お話を聞く時間もお気に入りである。

優しく格好いい姉が傍にいればマーガレットはご機嫌である。大好きな祖母が亡くなり、翌月に生まれた祖母の好きな花と同じ名前を持ち祖母の面影を持つマーガレットをメアリーアンヌは可愛がっていた。

祖父も冒険者となり旅立ったため、邸で祖父母と過ごしていた時間はマーガレットと過ごす時間に変わり多忙な公爵夫人に変わってマーガレットの面倒はメアリーアンヌが率先して見ていた。

マーガレットが初めて話した言葉はメアで、次がおじい様、おばあ様。

メアリーアンヌが優しい祖母に会えないマーガレットに祖父母の話をずっと聞かせていたからである。



「メアリー!!」


メアリーアンヌは聞き覚えのある声に足を止め、駆け寄ってくる金髪を凝視する。

腰に抱きつく温もりに見間違いではないと気付き、周囲を見ても第三王子のケイルアンは一人だった。


「殿下、護衛は?」

「怖いから逃げてきたの。適材適所でしょ?」


メアリーアンヌがケイルアンにしばらく前に教えた言葉を褒めて!!と笑顔で披露する王子に、使い方が違うと突っ込みをいれる余裕はなかった。マーガレットはいつも笑顔の姉から表情が抜け落ち困らせる存在をじっと睨む。

メアリーアンヌは近くを歩いている騎士に手を振り呼び止める。マーガレットとケイルアンの護衛をして公爵邸に連れていくように頼むと休みの騎士は真顔のお嬢様に驚きながらも快く頷いた。


「マーガレット、すぐに帰ってくるから殿下のおもてなしをお願いね。難しかったらお兄様を呼んで。行ってくるね。公爵邸で待ち合わせよ」


メアリーアンヌはマーガレットの頭を撫でて、笑顔のケイルアンに「妹がおもてなしするので遊んでいてください」と伝え、返答を聞く前に駆け出しポポロに乗って飛び立った。

ケイルアンは初めてメアリーアンヌに放置されショックを受けていた。


「私とお姉様のお出かけを邪魔するなんて」


しょんぼりしているケイルアンはマーガレットの呟きを聞き、顔を上げた。


「邪魔?」

「邪魔ですよ。貴族は先触れをして訪問するものです」

「僕は王族だよ。メアリーはそんなこと言わないよ」

「お姉様は気を使ってるんです。そんなことも知らないんですか?」

「そんなことない」



メアリーアンヌに護衛を頼まれた騎士は喧嘩を始めた王子とマーガレットに頭を抱える。公爵邸に使いを出したくても人通りの少ない場所に適任者はいない。聞き分けのいいお嬢様達に慣れているためマーガレットの豹変に驚きながら護衛に専念する。

どちらがメアリーアンヌに好かれているか喧嘩を始めた子供でも高貴な二人を力づくで止めるわけにはいかず、ようやく知り合いを見つけて公爵邸に伝言を頼み、額に流れる汗を拭った。


その頃メアリーアンヌは剣を合せている王子達を見つけ、ポポロの背から飛び降りる。

王子達は強い風と音を聞き、視線を向けると真剣な顔のメアリーアンヌが跪いていた。不審者の訪問に剣を抜いて近付く近衛騎士をシリウスは視線で制す。

メアリーアンヌは動くのが遅いと近衛騎士への突っ込みは我慢した。


「ごきげんよう。殿下。先触れのない訪問への咎は後日受けます。第三王子殿下が我が領にお一人で」

「ケイルが!?」

「騎士に護衛を任せておりますので御身に危険はありません。いかがいたしますか?」

「メアリー、頭をあげて。保護してくれて感謝する。抜け出した報告はないが、迎えに行くよ」

「かしこまりました。お待ちしております。失礼します」


メアリーアンヌは立ち上がり、礼をしてポポロに乗り公爵邸に帰るとマーガレット達の姿がなかった。ポポロに乗って二人を探し、口論している二人に驚きポポロから飛び降りる。

騎士は友人に公爵邸に使いを頼んだが誰も迎えに来ず、困り果てていた所に頼もしいお嬢様の帰還にほっと息をつく。


「マーガレット、殿下に無礼です。言葉に気をつけなさい。殿下、マーガレットが申しわけありません。お菓子をご用意しますので、ご案内させてください」

「メアリー、抱っこ」


メアリーアンヌはケイルアンを抱き上げて、騎士に馬車の手配を命じる。

小柄なメアリーアンヌは片手でケイルアンを抱き上げられないので、マーガレットに傍を離れないように伝え、自分のスカートをギュっと握った妹の歩みに合せて馬車に向かう。

落ち込んでいる妹を慰めたくても、王子が優先だった。メアリーアンヌは離れないケイルアンを抱いたまま馬車に乗り公爵邸に向かった。

ユリシーズは騎士から報告を聞いたがポポロが見えたので迎えに行くのをやめて、ロロの手入れに戻っていた。


メアリーアンヌはケイルアンを客室の椅子に座らせて、ずっとしょんぼりとしているマーガレットの手を引いて侍女にお茶の用意を命じて部屋を出る。マーガレットを抱き上げて宥めているとケイルアンが部屋から出てきてメアリーアンヌの腰に抱きつく。


「メアリー、遊んで!!」

「マーガレット、今日は眠るまで傍にいるから今は我慢して。お願い」

「わかりました。お姉様、邪魔なので騎士に送らせてはいかがでしょうか」


メアリーアンヌは様子のおかしい妹にユリシーズを呼ぼうとすると冷たい顔の母親と目が合った。


「メアリー、説明を?」

「お母様、殿下の前です。お、お説教はあとに。マーガレット、お兄様のところに行きなさい。お、お母様、落ち着いてくださいませ」


シリウスが公爵邸を訪問すると気まずい顔をしている使用人に出迎えられた。この空気の時は公爵夫人が荒れているのを知っていたので使用人に気遣いはいらないと伝え案内させると、メアリーアンヌが真っ青な顔で震えていた。


「公爵夫人、弟が申しわけありません。どうかここまでにしていただけませんか」

「で、殿下、お迎えが来ましたよ」


公爵夫人はシリウスを見て口を閉じ、メアリーアンヌはケイルアンを抱き上げてシリウスに渡す。二人の王子を送り出し、騎士から報告を受けた公爵夫人によりロロの手入れに夢中でケイルアン達の面倒を見なかったユリシーズとマーガレットにおもてなしを任せたメアリーアンヌは恐ろしい説教を受けた。

幼いマーガレットだけはメアリーアンヌの執り成しでお説教を免れたのは不幸中の幸いである。

お説教は夕方に帰宅した公爵が止めるまで続いていた。

遅い晩餐の席でメアリーアンヌは王子を見失った役立たずの近衛について報告し公爵は苦笑し王子の我儘に振り回された子供達を労わった。公爵は責められるのは子供達ではなく近衛騎士という判断で、妻が禁止した二人の趣味を解禁した。

ユリシーズとメアリーアンヌは母親のお説教を逃れるために協力し全力を尽くしている。二人がいつも一緒に怒られるのはケイルアンに関することばかりだった。



ケイルアンがお忍びで護衛を撒いて公爵領を訪問する2度目の事態に公爵は国王に忍びで精鋭の護衛騎士をつけさせてほしいと進言した。国王は快諾し、近衛とは別に公爵家の騎士を護衛に迎え入れた。騎士が役立たずの近衛に王子が逃げると教えるのでケイルアンが近衛を置いて出かけることはなくなった。ただ護衛をつけても度重なる公爵領へのお忍びはメアリーアンヌ以外にとっては実は迷惑だった。


ケイルアンが訪問するのは遊んでくれるメアリーアンヌに会うため。

メアリーアンヌが留守のためユリシーズが相手をすると「メアリーがいい。連れてきて!!」と命令し、マーガレットに会うと喧嘩をする。

行動範囲の広いメアリーアンヌを連れ戻すためユリシーズはロロで飛ばされ、マーガレットは姉との時間を邪魔され不機嫌になる。

穏やかな空気の流れる公爵邸に公爵夫人のお説教以外で緊張が走る時だった。

メアリーアンヌがケイルアンの相手をして機嫌を取り、文句を言わないためケイルアンは迷惑をかけている自覚がない。



メアリーアンヌは騎士を指揮して賊の討伐をしていた。

頬を返り血で汚し騎士の尋問を眺めていると、風の気配に空を見上げるとありえない人物に目を丸くする。


「お兄様、どうされました?」

「第三王子殿下がお見えだ」

「まぁ。どうしましょう。お兄様、嫌でしょう?」

「代わる。母上の相手の方が厄介。メアリー、返り血落とせよ。汚い。行け」


メアリーアンヌは口調が荒くなっている不機嫌なユリシーズと役割を交代して、泉に飛び込み返り血を落としてケイルアンを探しに行く。騎士達より不機嫌なユリシーズの冷たい雰囲気に恐怖した賊はすぐに情報を口に出す。

メアリーアンヌよりもユリシーズのほうが効率的に指揮を取るが、騎士達はいつも一生懸命なメアリーアンヌも認めている。

王子に文句は言えないので、ケイルアンの突然の訪問やお願いで公爵家が振り回され、公爵夫妻はケイルアンの公務の日に合せてメアリーアンヌの予定を組み始めた。



ケイルアンの訪問は公爵邸の家臣には恐怖だった。突然我儘王子が訪問するとユリシーズとマーガレットが不機嫌になり、公爵夫人の説教が始まれば公爵邸の空気が凍り付く。怒ると絶対零度の視線に冷たい声を出すのは3人ともそっくりだった。

一番恐ろしかったのは森で遊ぶケイルアンが湖に落ちそうになりメアリーアンヌが庇って真冬の湖に落ちた日。

湖から上がったメアリーアンヌは凍える体でケイルアンの遊びに付き合い、ポポロに呼ばれたユリシーズが駆けつけ、ケイルアンに帰宅を進めてもまだ遊ぶと駄々を捏ねる。

メアリーアンヌが倒れ、泣き出すケイルアンをユリシーズは手刀で意識を奪い王宮にシリウスに宛てて手紙を書いて護衛を付けて送り返した。

公爵夫妻は留守であり、公爵家の仕事は全てユリシーズが、マーガレットは使用人が止めるのも聞かず高熱の姉に付き添う。二人からは公爵夫人にも負けないほどの冷気が出ていた。

二日眠ったメアリーアンヌは目覚め、目元の隈のあるマーガレットに驚きながら風邪が治るまでは部屋に入ってはいけないと言い聞かせ部屋で休むように命じる。メアリーアンヌは執事長を呼び、公爵家の様子を聞くとユリシーズが代行しているため滞りなくと聞き、不機嫌な兄を想像して震える。そしてマーガレットが倒れたと聞き、メアリーアンヌは幼い妹の付き添いを許した家臣達に冷気を出し諫めた。メアリーアンヌが家臣に本気で怒ったのはこの時だけである。

メアリーアンヌの風邪が完治するまでユリシーズが冷気を、マーガレットが完治するまでメアリーアンヌが冷気を出し、ミスがあれば冷たく指摘される。

マーガレットの風邪が完治した翌日に公爵夫人が帰宅した。

報告を聞き、真冬に外でケイルアンを遊ばせたメアリーアンヌと王宮に強制送還したユリシーズはお説教を受けた。

二人は三日ほど罰を受け、せっかくの雪景色なのに空の散歩に行けず、部屋に謹慎を命じられ課題を大量に出されたメアリーアンヌが落ち込み、姉との面会を禁じられたマーガレットが不機嫌に。ユリシーズはメアリーアンヌの代わりに仕事を任されロロの世話と作品作りを禁止され不機嫌に。

公爵邸の使用人達が冷気から解放されたのはメアリーアンヌが倒れて2週間後だった。

シリウスの見舞いに訪問したいという希望は大事な御身を危険にさらせないとユリシーズが断る。王子達に監視をつけお忍びで訪問しそうな雰囲気にユリシーズはロロの力を使い王都と公爵領をつなぐ橋を落とし、雪を理由に橋の工事は春に手配。

公爵領の橋は王都への防衛のため落ちやすいように細工され、落ちても支障がないように生活基盤は整えられているため領民は困らない。

メアリーアンヌはユリシーズの悪巧みに気付かず伯父夫婦の家に半月ほど滞在し、冬の討伐に参加していた。雪景色の中で、狩りを楽しみポポロとの散歩も解禁され上機嫌に過ごしていた。


ケイルアンの訪問を悪魔の訪問と呼ぶ公爵家の使用人達にユリシーズは絶対零度の視線で冷たい声を出す。


「悪魔はもっと良識がある。悪魔に失礼だからその呼び名はやめろ」

「災厄ですよ」

「災厄か。確かにな」


マーガレットの一言でケイルアンの訪問は災厄と呼ばれるようになる。

第三王子に不敬なあだ名をつけられていると気付かないのは公爵夫人とメアリーアンヌだけだった。


「坊ちゃん、災厄が」

「メアリーは孤児院だ。使いを」

「お兄様、追い返しましょうよ」

「母上に見つかればまずい。マーガレット、一刻も早く追い出したいなら喧嘩はするなよ。メアリーは夕方から公務だから迅速に」

「わかりました。お姉様がお花を摘みに行く邪魔はさせません。お部屋にお茶の用意をします。橋がまた落ちればいいのに」


メアリーアンヌのいない場所でケイルアンを出迎え迅速に追い返す準備がされる。

メアリーアンヌは血生臭いことをするときは帰りに花を摘んで帰ってくる。公爵領は治安がいいのは騎士と領主一族のおかげである。

広大な公爵領の端には国境を守る門がある。国境門を越えて王都に行くには公爵領を通過しないといけない。

王宮騎士が手を出す前に公爵家の騎士達は全て討伐するため実戦慣れした国で一番の騎士を抱えている。国境門は伯父夫婦が守っているが時々警備を甘くして公爵領に招き入れる。そして捕えた間者は尋問し、戦闘不能にした後に宰相一家に引き渡す。

王族は書類の上の事実しか知らず平和ボケしているため血生臭いことが日常茶飯事とは知らない。

国境門を守る公爵家の領主一族は自衛と殺し方を教え込まれる。

そして危険な公爵領に頻繁に訪問する王子達のために公爵領と王都の境に騎士の詰め所が作られ、王族の訪問時は忍んで護衛するようにと命令が出された。

書類上の報告だけで実情を知らない王妃は末の王子のお忍びが危険なこととは気づかない。

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