空に飛び立つ少女 後編
メアリーアンヌは旅人を保護して1週間が経った。
ポポロの隣に座り編み物に夢中なメアリーアンヌは勢いよく開いた扉に視線を向ける。
小屋の中に足を踏み入れ不機嫌な顔のユリシーズにメアリーアンヌは首を傾げる。綺麗好きで濡れることが嫌いな兄が雨の中空を飛ぶのはありえない光景である。ユリシーズは晴れた日しか空の散歩はせず、雨が降るならロロに馬車を呼びに使いを頼む男である。
美しい毛並みのロロを可愛がっているが移動手段よりも貴婦人が飼う美しい猫のようなペットに近い扱いである。
「お兄様、どうされましたの?ロロは?」
「ロロは外。汚い場所に入れたくない。ロロのことはいい。やはり、ここか。何をしてるんですか!?捜索されてますよ」
「ユリシーズ、いや、雨が止まずに」
「メアリー、どういうことかい?」
「お兄様、高貴な方とお知り合い?」
メアリーアンヌは金髪の旅人が不機嫌な兄と親しそうに話すのでさらに首を傾げる。痩せ細り最近は少しだけ肉付きの良くなった金髪の旅人は綺麗好きな兄の好む友人のタイプには見えなかった。
ユリシーズは妹の思い込みの激しさに絶句し、ポポロの隣に座っている妹の肩を掴む。
立ち上がり近づいてくる金髪の男は痩せて、汚れて簡素な服を着ているが人相は変わっていない。
「メアリー、ここまで飛べば1日だろう?帰るよ」
「お約束」
「駄目だ。お前がここにいると迷惑だ」
メアリーアンヌは兄の無情な言葉に頬を膨らませる。
「せっかくもうすぐお花が咲くのに。それに赤ちゃんも」
「子供!?」
「黙っていてください。メアリー、目の前にいる婚約者もわからないのはさすがに笑えない」
慌てる金髪の旅人に視線を向けずに、兄の咎める顔と言葉にメアリーアンヌはパチパチと瞬きをしてコクンと頷き、貴族の顔をする。
「もう新しい婚約者が決まったんですね。知りませんでしたわ。このような姿でご挨拶致しますか?」
「婚約破棄されてない」
「婚約破棄に儀式などありました?あら?似ているとは思いましたが殿下でしたの…。探し人は、どなたでしょうか?マレードでしたら私がポポロと一緒に」
淡々と話しながらメアリーアンヌは兄が訪問して初めて金髪の旅人に視線を向ける。よく見れば痩せて汚れているが元婚約者に見えた。
「さ、探してたのはメアリーだよ。誤解なんだよ。マレードとは何もないんだよ。き、君が嫉妬」
久しぶりに視線を合わせられ、頬を染め歯切れの悪い第二王子にメアリーアンヌは淡々と答える。
「殿下、恩情はいりません。気持ちもスッキリして心から祝福しますわ。どうか安心なさって、お幸せに」
「え?スッキリ?どういうこと!?」
「私はもう殿下への気持ちはありませんわ。きれいさっぱり捨てました」
「そ、それで、ほ、他の男と子供を」
常に感情を乱さず、冷静であれと王妃や母に教育を受けたメアリーアンヌは茫然と真っ青な顔の第二王子にも動揺はしない。
「殿下?そういう生き物ですわ。心より体が求めてしまうのは生き残るための宿命です。生存本能で」
「それは、男なら誰でもいいのか!?」
「状況によりますわ。やはり強いオスの匂いが」
「つ、強いオス!?」
ローブを脱いで清潔なタオルで濡れた体を拭き終わり、新しいローブに着替えたユリシーズは二人のかみ合わない会話にため息をつきながら口を挟む。聡明な第二王子までバカになるのは臣下としてやめてほしかった。
「殿下まで暴走しないでください。メアリー、なんの生き物の話?」
「お友達の兎さんです」
「兎!?」
「殿下、このあたりは人は生活できませんよ」
「お兄様、殿下は体調が悪いんでしょうか?探し人が」
「殿下が探していたのはメアリーだよ。メアリーの居場所を知って飛び出した」
「まぁ。大事な御身ですのに。そこまで私の罪が気に入りませんでしたのね。わざわざ罪状を」
ユリシーズは現状を理解できていないおバカな思い込みの激しい妹にも軌道修正できない王子にもため息をつき心底呆れた声を出す。
「メアリー、許可するまで黙ってて。きちんと話を聞くんだよ。命令だ。殿下、きちんと説明してください。うちの妹は婚約破棄されたと思っています。縁談の申し入れはあるので破棄されてもうちは構いませんが」
「それは断って、いや僕が断るよ。メアリー、誤解、逆なんだよ。メアリーはいつもポポロと消えるから、全然僕と過ごす時間がない。だから成人したら婚姻すると宣誓した婚約を破棄してすぐに婚姻を進めたいって話をしたかったんだよ。マレードからは他国の王子から婚約の申し出を受けたから断れって脅され、一緒にいただけなんだよ。もちろんメアリーの悪戯も誰も怒っていない。まず誰一人気づいてない」
「メアリー、誰一人訴える者がいないから罪人ではない。口を開いていいよ」
メアリーアンヌは頬を染め勢いよく話す第二王子ではなく兄をじっと見つめゆっくりと口を開く。
「お兄様のお部屋にあるインク瓶をひっくり返したのも?」
「お前だったのか!?」
「き、きちんとロロの汚れは落としましたよ」
「あの時、どれだけ大変だったと!!空の散歩に逃げてたのか!?」
「お、お兄様があんなところに置く、」
止まらない兄妹喧嘩を始めた二人に第二王子が呆然としてしばらくして我に返り口を挟む。王子としては零れたインクの話はどうでもよく、気にして欲しいのはそこではない。
「兄妹喧嘩は後にして」
第二王子の言葉に二人は口を閉じる。メアリーアンヌは第二王子に気まずそうな顔で見つめられ婚約破棄されていないなら、非常にまずい自分の姿と行動を思い出す。
「今更ですが私はあんなに正々堂々と宣言したのに戻れません。それに髪も」
「公爵令嬢としてではなく、僕の妃として帰国すればいい。髪は気にしないでいい。バカは僕が黙らせる」
聡明な第二王子の言葉を冗談と捉えても、メアリーアンヌは念の為保険をかける。実は王子が好戦的な一面を持っているのを知っていた。メアリーアンヌは王子が本気であり、好戦的になるのは婚約者に横恋慕する害虫駆除のためとは気付かない。
「過激なことはおやめください。公爵家の判断に従います。お兄様、私は帰国しないといけませんか?あと」
不機嫌なユリシーズは妹のまだ帰国したくないという続くであろう言葉を遮る。
「駄目だ。公爵令嬢として休み過ぎだ」
「畏まりました。晴れれば帰国を。殿下を置いて帰国していいんですか?」
「メアリーは帰国したら母上達から長い説教があるから、丁度いいよ。雨もやんだな」
「え・・。明日発ちます。お友達に挨拶してきますわ!!ポポロ、行くよ!!」
メアリーアンヌは兄の決定に逆らえないのでポポロを連れて飛び出して行く。今日帰れと言われる前にと凄い勢いで。
飛び出していくメアリーアンヌとポポロを眺めて、ユリシーズは長いため息をつく。
「殿下、あれはきちんと言わないと駄目ですよ。外面は完璧ですが、本性は子供ですよ」
「僕はその子供の顔が見たい。淡々とずっと綺麗な顔で佇むのではなく、僕の前でも素を」
「妃教育の教えと反対だから厳しいでしょう。本当に帰国したら婚姻するんですか?」
「婚約だと弱い。それにメアリーアンヌの誤解で縁談の申し入れもあるなら早々に動かないとか。帰る」
メアリーアンヌが夜遅くに小屋に帰ると誰もいなかったが気にしない。
自由気ままな生活の終わりに寂しくなりながらも、明日の予定を考えながら目を閉じる。
翌日は早朝から森の主である漆黒の鳥や兔、鹿、熊などお友達の家を周り、日付が変わるギリギリの時間に公爵邸に帰宅すると部屋では母親が恐ろしい笑みを浮かべて待っていた。
メアリーアンヌは父の執務室に連行され、「どんな理由があっても飛び出す前に両親に行先を報告しなさい。泊まるならきちんと報告書を送りなさい」と父親に優しく窘められる。そして恐ろしい笑みを浮かべる母のお説教を受け必死に謝り、お説教から解放された時には朝日が昇っていた。
全身に冷たい汗をかいているメアリーアンヌは侍女に湯浴みに連行され、汚れた体を何度も何度も洗われる。途中で体力の限界を迎えたメアリーアンヌは意識を失う。侍女は寝息が聞こえるので気にせず、メアリーアンヌの体を洗いオイルを塗り丁寧にケアをする。
メアリーアンヌの意識が戻ったのは翌日の薬草を大量にいれられた異臭のする浴槽につけられた時だった。
3か月の荒んだ生活で荒れた外見を取り戻すまで外出禁止になり、許されるのは庭での剣舞の練習のみ。
メアリーアンヌは目覚めると、荒んだ銀髪や荒れた肌に泣く侍女達に謝罪しながらケアをされる日が一週間続いた。侍女達の努力のおかげで髪の長さ以外は元の外見を取り戻したメアリーアンヌは王宮に参内し、帰国の挨拶と勘違いでパーティの空気を壊し、王子に捜索させたことを深く謝罪する。王子の婚約者として醜聞を持つ自分は相応しくないと告げても聞き流され、妃教育が再開される。
そして翌週の第二王子の帰国と共に婚姻についての話がどんどん進んでいくが公爵家と王家の決定にメアリーアンヌは逆らえない。
気付くと日取りが決められ、婚姻の儀を終え離宮に引っ越し生活していた。帰国してから自分を常に抱き寄せる第二王子に戸惑いながらも貴族の顔で動揺を隠して生活をする。
第二王子と婚姻してから帰る場所以外にもう一つ変わったことがある。
メアリーアンヌがポポロで空の散歩から帰るといつも第二王子が外で待っている。
「メアリー、お帰り」
「ただいま帰りました」
「家族になったから、そろそろ素を見せてくれないか?」
「人前で裸足で踊ったらはしたないと怒られてしまいます」
婚姻しても淡々と話すメアリーアンヌを見て、王子は悩む。
悩んだ末に王子はメアリーアンヌのために庭園の人目に入らない場所に小屋を用意して好きに使っていいと贈る。
メアリーアンヌは離宮ではなく小屋に住みつき、お気に入りの自給自足の生活を再開する。
いつの間にか兎が共に住み、全く帰ってこないメアリーアンヌに耐えられなくなった第二王子も引っ越した。
「ポポロ、見て!!花かんむりを作ったの!!お揃い」
メアリーアンヌは友達の兎一家とポポロの頭にようやく咲いた花で作ったかんむりを飾る。子供のように無邪気な妃を第二王子は緩んだ顔で眺める。
「メアリー、差し入れよ。あら?義兄様、ここにいましたの?探されてましたよ」
第三王子に嫁いだマレードがバスケットを抱えて訪問した。
「殿下、行ってらっしゃいませ」
ニコニコと笑うメアリーアンヌに手を振られ第二王子は渋々立ち上がる。
「メアリー、たまには空ではなく陸の散歩しないか?」
「私は馬に乗れません」
「僕の前に乗ればいいよ」
「機会があれば。殿下はお仕事に行ってらっしゃいませ」
「飛ぶなら一言教えて」
「はい。ではお気をつけて」
メアリーアンヌの一番のお気に入りの散歩は空である。そして使役獣は主以外を乗せたがらないと思い込んでいるメアリーアンヌは王子の愛馬での散歩の誘いをいつも断る。
使役獣に乗らない散歩ならメアリーアンヌが頷くことに鈍い王子は気付かない。
マレードは幼馴染の心に響かないデートに誘い常にフラれ寂しそうに出て行く王宮では優秀と評価される第二王子の背中を眺める。
お茶を持って側に寄ってきたメアリーアンヌに焼き立てのパイを一切れハンカチに包んで渡すとニコニコと受け取り頬張る姿に笑う。
「メアリー、捨てた恋心はどうなったの?」
「海の藻屑となり消えた」
「相変わらず切り替え早いわね。殿下にいつ惚れたの?」
「嫌いな人参食べてくれた時。でももう食べられるし」
「そんな理由?」
「うん。お母様の目を盗んでサッと私のお皿の人参を食べた姿は格好良かったよ。あとお母様のお説教から庇ってくれた時かな。意地悪してごめんね」
「いいわよ。気付かなかったし。でも次があるならもう少し分かりやすくお願いね」
「お爺様との約束だからもうしないよ。人の嫌がることはいけないもの。約束破ったからバチが当たったの」
「バチ?」
「うん。お兄様に禁止されて2週間ポポロと空の散歩に行けなかったの。だからもうしない。お爺様には今度謝るよ。いつ帰ってくるかな」
マレードは相変わらず好きなこと以外に興味のない友人に笑う。
メアリーアンヌの自給自足の生活は刺激に溢れていた。野生児は王宮では淑やかな妃として振る舞う。
第二王子がメアリーアンヌを甘やかし自由に過ごさせるため、恋心の入る余裕はなかった。それなりに優秀なメアリーアンヌは妃の執務はさらに優秀なマレードと共にするため困らない。
第二王子はどうすればメアリーアンヌと二人っきりになれるか頭を悩ませる。婚姻前よりは共に過ごす時間は増えたが王子には物足りない。そして時々思い込みの激しいメアリーアンヌにさらに頭を悩ませる。それでもニッコリ笑う顔を見るとどうでもよくなり嫌うことも面倒になることもない。
誤解というなの夫婦喧嘩が起こると軍部を動かすお騒がせの第二王子。そして消えたメアリーアンヌを連れ戻すために呼び出されるのは兄のユリシーズ。
軍部は日々捜索の腕を磨くが自由奔放な第二王子妃を掴まえられる日はこない。
「殿下がそうおっしゃるならご自由に」
「メアリー?」
「失礼します」
「待って、誤解、メアリ!!」
今日もメアリーアンヌはポポロに乗って飛び立つ。第二王子よりメアリーアンヌのほうが足が速くポポロに乗る前に捕まえるのは不可能である。
王宮を飛び立ち白馬を使役する騎士団長が追ってくる姿にメアリーアンヌは無駄なこととクスリと笑う。
「メアリー様、頑張れ!!」
追いかけっこに見慣れた民の声援にメアリーアンヌは無表情で手を振りポポロの速度をあげる。
「しつこいけど、私のポポロが捕まるはずないのに。ね?」
「当然。そこらの使役じゃ相手にならねぇ」
「新しいお友達に会えるかな。ポポロのパパさんに会いにいく?」
「親父は国を征服」
「パパさんも諦めが悪いね。きっとまた負けるわ」
「メアだけだよ。八つ裂きにされんなよ」
「あら?私の魂はポポロのものだもの。痛くないなら八つ裂きでもいいけど」
ポポロは普通の動物ではない。
小さい頃に祖父に連れられた森で遊んでいたメアリーアンヌは傷ついた小鳥を見つけた。絆の魔法をつかわない限り動物とは話せないのに言葉を話せる白い小鳥でも物事を深く考えないメアリーアンヌは気にしない。
「痛いね。お薬塗ろうね」
「俺は他とは違うぜ」
「よくわからない。私はメア。怖くないよ。お薬塗っても傷が治らないね。痛いの痛いのお空の彼方に飛んでけ」
「治してくれるか?」
「メアにできるなら。鳥さん、教えて」
「メアか。なぁ、魂くれるか?」
「痛くないならいいよ。それで鳥さんの傷が治るなら」
「メア、この国は使役か。俺が使役になってやる。名をつけろ」
「お名前ないの?」
「本当の名は魂をもらう時だ」
「よくわかんない。ポポロね」
「メア、魂がなくなるまで俺はポポロ」
「治った!!凄いね。ポポロのご飯を探してくるね。干し肉があったはず」
ポポロとメアリーアンヌの出会いだった。
しばらくしてメアリーアンヌはポポロが悪魔と知る。空の散歩が気に入りポポロが好きなメアリーアンヌは気にしない。ポポロが公爵家に危害を加えないと約束したのであとはどうでもよかった。ただポポロの力で悪魔や眷属と話せることになったことには喜び契約して良かったと感動して踊りながら笑う。ポポロはメアリーアンヌの能天気で物怖じしない所を気に入っている。悪魔の世界は力や権力の奪い合いは日常茶飯事。ポポロの父親も権力争いに夢中な一人。メアリーアンヌは返り討ちに合い血まみれの悪魔を見て、手当をして傷が治ればにっこり笑う。悪魔を奇異せず共にお茶を飲めるのはメアリーアンヌだけである。ユリシーズは汚れたものは嫌いなので血まみれでも怯えないがドン引きし嫌そうな顔をする。
「メアリー、ポポロって、まさか」
「私のポポロを取り上げるなんて許しません」
「僕は君に」
「殿下がそうおっしゃるならご自由に」
ポポロとロロが悪魔なのはメアリーアンヌとユリシーズの秘密である。
王子はポポロの性別を聞きたかっただけである。
頬を膨らませ飛び立ってしまうメアリーアンヌ。そしてしばらくしてユリシーズが迎えに行けと呼び出される。
何年経っても飛び出す癖が抜けない妹にユリシーズは呆れた顔で迎えに来る。
「メアリー、いい加減にしろよ」
「殿下が悪い」
「喧嘩したあとに飛び出すのいい加減に」
「気持ちいいし、嫌な気分をすっきりさせるのは一番」
「殿下が落ち込んでるよ」
「殿下も自分の使役で駆け抜ければ一瞬なのに」
「王族がそんなに気楽だったら国が滅びるよ。お友達との約束はいいのか?」
「忘れてた!!帰る。お兄様、またね。ポポロ行くよ!!全速力で風より速く」
「全速力はやめろ。お前一人の体じゃないんだ」
「大丈夫だよ。ポポロは凄いもの」
メアリーアンヌはポポロの背に跳び乗って空高く飛び立つ。
帰ってきたポポロの背中から飛び降りるメアリーアンヌを第二王子が抱きとめる。一方的な喧嘩をしても空の散歩から腕の中に帰ってくる第二王子妃はいつも上機嫌である。
「メアリー、こんなに体を冷たくして」
冷たい風にあたり冷えた頬に手を添えて心配そうな顔をする第二王子にメアリーアンヌはニコッと笑いかけ首に手を回す。
「ただいま帰りました。気持ち良かった」
「湯あみ」
「命は強いから大丈夫ですよ。心配し過ぎです」
「だめ。追いかけられる力が欲しい」
「殿下のお友達に失礼ですよ」
メアリーアンヌの世話が趣味の第二王子は抱き上げたまま歩き出す。空の散歩の後の興奮しているメアリーアンヌは放っておくと遊びに行ってしまうため侍女に託さず自ら世話をやく。
「殿下はお父様よりもお母様のほうが似合いますね」
「生まれてくる子の父だけど、メアリーにとっての親にはなりたくない」
「殿下はお友達が少ないものね」
「僕は友達ではなく、夫。僕達は夫婦。メアリーが多すぎるんだよ。遊びに行くたびに増やすから」
「ふふふ。義兄様達は喜んでくれるのにな。夫婦の形はそれぞれですね。マレード達は姉弟みたい」
「あれはまた特殊だよ。まだまだ時間はあるからもう一度恋してもらえるように頑張るよ」
「欲しいのは愛ではなく?」
「両方。欲張りだから」
第二王子はいたずらっ子のような笑みを浮かべる妻の頬に口づける。自由奔放な妻の心を手に入れたい。まだまだ先は長そうだが、恐ろしいほど切り替えの早い妻が自分の側に帰ってくるようになっただけでも進歩である。
第二王子は思い込みの激しい妻を持ち、悩みは絶えない。手のかかるメアリーアンヌの所為で他の令嬢では物足りない。公的には美しく聡明な妃は私的な所では愛らしく子供のような妻になる。
産まれてくる我が子が楽しみでも、できれば自分に似て欲しいと願う。二人で王宮を飛び出され一人で残されるのは寂しい。
「恋に落ちるのは一瞬」という妻の一瞬を見逃さないように王子は常に傍にいたいのに自由な妻を捕まえるのは難しかった。
メアリーアンヌは帰る場所といわれ第二王子の顔が浮かぶ。空の散歩と同じくらい楽しい時間をくれる第二王子はメアリーアンヌにとって2番目に好きな物に昇格した。両親や兄と違い自由を許し、やりたいことを叶えてくれる王子様は特別である。
人はいずれ亡くなる。好奇心旺盛で切り替えが早いメアリーアンヌは何があっても第二王子のことは忘れない。
空の散歩に夢中でもふとした瞬間に思い浮かぶ存在はたった一人。
優しい顔で自身を抱きしめる腕に身を委ねる。メアリーアンヌが腕の中で静かに留まるのは夫だけとは鈍い第二王子は気付かない。
幻想の世界の生き物である悪魔と共に暮らしていることは第二王子は生涯気付かなかった。
貴族に向かないと心配されていた少女は祖父の教えを守って幸せに暮らした。
冒険の旅に行けなくても目の前に広がる幸せを見つけて笑う。
大事な友人と家族に囲まれ無邪気に笑い、民に慕われる第二王子妃として貴族としての生を全うした。
そして生まれてきた我が子や孫に亡き祖父の教えを受け継ぐ。そして自分が見つけた新たな発見も。
隣の芝生は青く見えるけど、目の前の芝生も良く見ればたくさんの幸せが詰まっている。足りないなら自分の力で変えればいい。決められた道でもじっくりと見て進めば、いずれ自分の道になり幸せを見つけられるからと。
思い込みが激しい妻に振り回される夫は最後まで話を聞いて、よく考えてから行動しなさいと教える。
弟夫婦の若い頃の暴走を見てきた国王に即位した元第一王子はその言葉、特に弟は自分達の胸に刻み付けてほしいと心の中で呟く。
夫婦喧嘩で軍を動かした王子は歴代自分の弟だけだろうと思いながら弟夫婦を眺める。
メアリーアンヌを掴まえられなくても、数年の鬼ごっこのおかげで追跡技術は格段に上がり狙った獲物は逃さない捕獲部隊が出来上がった。そしてその部隊をまとめるのは武術嫌いのユリシーズ。
視野が広く温和な第一王子夫妻が国を治め、情報収集と武術が得意な第二王子夫妻が軍部をまとめ、交渉が得意な第三王子夫妻が外交を担う。
バランスの良い3人王子と仲の良い妃達により王宮では穏やかな時間が流れていた。
ご都合主義全快の小説を最後まで読んでいただきありがとうございます。
ブクマ、評価も励みになり嬉しいです。
タイトル詐欺な気がしますが、お許しください(苦笑)
本編はこれで終わりです。
メアリーの飛び出した後のことの王子中心のお話をいずれ更新したいので完結表記はしばしお待ちください。