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空に飛び立つ少女 前編

王家主催のパーティで第二王子の隣には二人の対照的な容姿を持つ公爵令嬢がいた。

第二王子は輝かしい銀髪と緑の瞳を持つ小柄な公爵令嬢のメアリーアンヌを真剣な眼差しで見つめる。メアリーアンヌは第二王子の視線に気付かず、給仕からグラスを受け取っている。


「メアリーアンヌ、婚約破棄したい」


第二王子に名前を呼ばれたメアリーアンヌはゆっくりと振り向き、力強い声で決意を秘めた様子の婚約者を静かに見つめる。第二王子の言葉を最後まで聞き、迷いのカケラもない蒼い瞳と見つめ合っていたメアリーアンヌは、受け取ったばかりのグラスの中の泡がキラキラと輝くシャンパンに視線を移し、泡が消えていくのを眺めゆっくりと口をつける。

喉を潤し、ふぅと吐息を溢し空いたグラスを給仕に渡す。

メアリーアンヌは王子の隣にいる輝かしい金髪と赤い瞳、男性を夢中にさせる豊満な胸にしなやかな腰と美しく長い足、魅力的なプロポーションを持つ公爵令嬢のマレードの全身を舐め回すように見つめ一人で納得してコクンと頷き、王子に向き直りゆっくりと口を開く。


「私は殿下の婚約者として、貴方の傍にいるマレードに嫉妬しましたわ。私はずっと殿下をお慕いしてましたもの」


「え!?」


無表情で淡々と話すメアリーアンヌは周囲の驚く声は耳に入らない。


「確かにマレードに薄めに淹れさせたお茶と皆様より少ないお菓子で、おもてなしましたわ。マレードの嫌いな色の絶対に選ばないドレスを贈りました。招待した晩餐の料理には人参を1本多く盛りつけさせましたわ。殿下との待ち合わせを知って会わせないように殿下に急な公務をいれて逢瀬を邪魔しました。二人の逢瀬に邪魔しようと風を送りました。時には二人の逢瀬に堂々と割り込むことも。私は殿下のお心がなくても、お傍に置いていただければ満足でしたわ」


「は?」


よく通るメアリーアンヌの声は会場に響き、貴族達は談笑をやめ第二王子と婚約者の様子を静かに眺める。視線を集めることに慣れているメアリーアンヌも王子も気にしない。

王子は淡々と話すメアリーアンヌの感情の読み取れない瞳を食い入るように見ている。


「メアリーアンヌ?」


「私を婚約者に選んでいただき嬉しく想っていましたわ。たとえ、それが後見目当てでも。殿下、浅はかな想いを抱いた私をお許しくださいませ。マレードも好ましい友人と思ってましたのよ。嫉妬に狂った私の言葉など信じていただけないでしょうが」


「メアリー?」


淡々と無表情で話すメアリーアンヌは自分に婚約破棄を告げた戸惑う王子の様子は気に止めず、ゆっくりと国王の前まで歩きドレスの裾を持ち上げ、膝を折り跪く。


「国王陛下、私は嫉妬に狂ったあさましい女です。殿下の妃たる資格はなく、婚約破棄も受け入れます。恐れながらお願いがあります。我が公爵家も私も幼い頃から王家のために一心に尽くして参りました。咎は全て私に。悪事を働きましたので、修道院送りか投獄でしょう。ですが私のために血税を無駄にするなら、その分は貧民に施しを与えるほうが国のためになりますわ。ですから、永久に国外追放にしてくださいませ」


淡々と語るメアリーアンヌに国王は無表情で戸惑い、王妃は美しい笑みを浮かべて眺める。


「メアリーアンヌ?そこまで、重罪では、それに息子も」

「陛下、恩情は不要ですわ。メアリーアンヌは罪から逃げるつもりはありません。公爵令嬢として生まれ、国のために尽す覚悟は決めておりました。ですが私情に狂った私は…」

「メアリー」


言葉を切ったメアリーアンヌが作り出した静寂の空気の中で、頬に手を当て美しく微笑む王妃の感嘆する声が響く。

メアリーアンヌが無表情で淡々と話していなければ同情を集められたかもしれない。メアリーアンヌに向けられる視線は様々である。

メアリーアンヌは顔を上げ、ゆっくりと立ち上がり第二王子とマレードに向き直る。


「殿下、マレードとお幸せに。殿下をはじめご覧の皆様、お見苦しいお姿をお見せして申しわけありません。騎士様、決して危害は加えませんので、剣をお貸しください」


メアリーアンヌは礼をして一番近くにいる近衛騎士の腰にある剣に手を伸ばし引き抜く。左手で貴族の象徴の長い髪を纏め、右手に持った剣を躊躇いなく振り下ろす。バサッと音が響き腰まで伸びていた髪はメアリーアンヌの手の中に。観客とかした貴族達の息を飲む音が響く。メアリーアンヌは先ほどまでの無表情が嘘のようにニコリと笑い、いつもの淡々とした口調が嘘のように道化師のような口調で声のトーンを上げて話す。


「皆様、メアリーアンヌの最期を見届けていただき感謝しますわ。愚かな私を酒の肴に楽しい席を。もうお目にかかることはありませんでしょうが、良い夜を」


メアリーアンヌは騎士の腰の鞘に剣をおさめて返し、切った銀髪を左手に持ったまま礼をして優雅に会場を後にする。誰もがメアリーアンヌの思わぬ行動と豹変に動きを止めた。

メアリーアンヌは会場を出て、妃教育のためによく通った王宮の廊下を進む。そして、第二王子と散歩をした思い出のある庭園をもう一生見ることがないと目に焼き付ける。

周囲を見渡し誰も追いかけて来る気配がないので、賑やかな夜会とは正反対の静かな庭園に足を踏み入れる。

マレードや第二王子と共に過ごした懐かしい記憶を思い出し、緑の瞳から雫が地面にポタリと落ちると木々がざわめき、強い風が吹き漆黒の瞳を持つ白い鳥がメアリーアンヌの前に現れる。

メアリーアンヌはふわふわの羽を持つ鳥の首に両手を伸ばしギュッと抱きつき顔を埋める。しばらくして背中に跳び乗ると鳥は大きな羽を羽ばたかせ、風を起こして夜空に飛び立つ。


メアリーアンヌが生まれたのはかつては獣人と人が共存した王国。時の流れとともに獣人族の血は薄れ、王国に暮らす8割は人の外見を持つ。

獣人は優れた身体能力を持つ代わりに魔力を持たない。

ただし獣人を先祖に持つ王国民は誰でも使える建国から存在するたった一つの魔法を持っていた。

人と動物が心を通わせた時に結ばれる絆の魔法。使役魔法と呼ばれ生涯一度だけ使える絆の魔法は互いに意思疎通ができ能力を高めることができる。


メアリーアンヌは3歳の時に心を繋いだ。

メアリーアンヌが心を通わせた手のひらサイズの漆黒の瞳を持つ白い小鳥は凄まじい速度で成長し気付くとメアリーアンヌより大きくなっていた。空を飛ぶ夢を持っていたメアリーアンヌは怯えるどころか跳び回り、大喜びしていた。メアリーアンヌの両親は多忙で留守が多く白い鳥のポポロの異常な成長速度を知らなかった。

メアリーアンヌはふわふわの背中に顔を埋め、幼さの残る口調で友達のポポロに話しかける。


「ポポロ、国外追放されたよ。殿下達の邪魔にならない国に連れてって。二人っきりになっちゃった」

「お金と着替えがいるな。俺の羽を売ればいい」

「ポポロの美しい羽を引き千切るなんてできない」

「バカ。抜け羽だよ。首元探ってみろ」


ポポロの首にはメアリーアンヌが編んだ緑色のリボンが結んである。ふわふわの毛の中に手を伸ばすと小袋を見つけ、中身を開けると短剣と木の実が入っている。落ち込んでいたメアリーアンヌの目が輝き、ポポロの首にぎゅっと抱きつき明るい声をあげる。


「ポポロ、凄い!!短剣さえあれば稼げる。ご飯もありがとう」

「いつでも遊びにいけるようにな。失恋は大丈夫か?」


メアリーアンヌは自身を心配する友達の優しさに笑う。ポポロの集めた木の実を口に入れ、広がる甘みに落ち込んだ心が浮上する。


メアリーアンヌは優しくて聡明で誠実な第二王子が好きだった。でも王家のパーティでの婚約者の仕打ちに、シャンパンの泡のように好きな気持ちは消えていき、体を襲っていた熱は冷めた。

誰にでも優しい王子様が皆に平等ならメアリーアンヌは不満を持たなかった。ただ最近は王子はマレードといつも一緒にいたため嫉妬に狂ってメアリーアンヌは二人の邪魔を、意地悪もした。

メアリーアンヌは無数の星がきらめく夜空を見上げる。ポポロに頼んでどんなに高く飛んでも星は掴めない。手を伸ばしても届かず掴めない星。いつも見守ってくれる神々しいお月さま。

誰にも捕まらない美しく輝く夜空はメアリーアンヌのお気に入りである。

夜空を見上げると王子を想って感じていた胸の痛みがちっぽけに感じ、下に視線を落とすと真っ暗な海が広がっている。メアリーアンヌは切り落とした髪を海に向かって落とす。丁寧に手入れされ自慢の銀髪が落ちる様子はキラキラと流れ星のように見え、メアリーアンヌは微笑み海に向かって手を振る。貴族の象徴であり、王子の婚約者として伸ばし大事にしていた髪は恋心の象徴のようで海に捨てると、頭も胸も軽くなりスッキリした気がした。


「恋は冷めるのは一瞬。大勢の前で辱めを受けたの。意地悪をした私も悪いけど殿下も悪い。殿下なら公爵令嬢にとってどれだけ酷いかわかるはずだわ。失望が一番近いかな?恋に落ちるのは一瞬、熱に溺れるのは一時、冷めるのも一瞬。公爵家はお兄様と妹もいるし私がいなくても、ね?辱めを受け醜態を晒した娘がいないほうが楽よ。行方不明なら裁けないし、攻撃されてもお兄様達なら華麗に撃退するわ。私の兄妹は優秀だもの。殿下も念願のマレードと幸せになる。私はポポロと自由な旅を。幸せなんて世界中に転がっているわ。さて第二の人生の始まり!!ポポロだけは途中退場は許さないから覚悟して。私が死んだら魂も体も食べていいからね!!痛いの嫌だからちゃんと息がないのを確認してね!!」

「メアは俺なしじゃ生きれねぇな」

「そうよ。私の心を虜にしたポポロが悪いのよ。こんな素敵な夜空の散歩を覚えたらどんな宝石もかすむわ。このドレスさえ」


メアリーアンヌは母と王妃の厳しい教育を受け常に淑やかな令嬢を演じていたが、素は明るく、前向きで好奇心旺盛な少女である。一番好きな物はポポロ。二番が空の散歩。三番はお友達。四番が家族と第二王子。

王妃教育や公務で多忙でも空いた時間にポポロの背に乗って空の散歩をすれば憂鬱な気分は一気に吹き飛ぶ。王子への恋心や嫉妬さえも。

晴れ晴れしい心でメアリーアンヌは海を越えて、夜の長い自然豊かな国の森の中に使用していない小屋を見つけて住みついた。暑いのに昼が短く夜が長い国でも夜目のきくメアリーアンヌに不便はなくポポロと二人で自給自足の生活を。

冒険者の祖父に狩りや水場の探し方を教わっていても、使用人に囲まれていた生活力皆無のメアリーアンヌはポポロに教えてもらいながら、ゆっくりと学ぶ。学ぶことと空の散歩が好きなメアリーアンヌは貧しさも気にせず毎日笑顔で暮らす。好きな時に空の散歩をして、食事をして眠る。最近では森の生き物達とも仲良くなり、幸せの絶頂だった。

母国のことも元婚約者の存在も思い出すことなく充実した生活をしていた。


メアリーアンヌが自給自足の生活に慣れた頃、ポポロの妹のロロに乗った兄のユリシーズが訪ねた。

ユリシーズは頬を汚し葉を巻き付けて洋服としてを纏う妹に眉を吊り上げドン引きする。

メアリーアンヌは友達のロロを見つけて、駆け出し勢いよく首に抱きつく。


「ロロ!!久しぶり。お兄様、ごきげんよう」

「メアリー、なんて格好を」


咎める兄の声にメアリーアンヌはロロから離れて、兄の正面に立ちくるりと回り自信満々な口調で葉で作った自慢の服を披露する。


「上手でしょう?自給自足の生活をポポロが教えてくれるの。私のポポロは何でも知ってるの!!お庭に植えたお野菜ももうすぐ育つの。可愛いお友達もできたの」


思い込みが激しく、切り替えが早く、順応性の高い楽しそうなメアリーアンヌは自身が消えてからの王国の惨状を知らない。学びの都に留学しているユリシーズは、軍が捜索しても見つからない妹を探すために呼び戻されていた。動物と絆を結ぶのは高度で、使役獣を持つ者は少ない。そして王国で人を乗せて飛べる鳥を使役するのはこの兄妹だけだった。

ユリシーズは王子に命じられても、野生児に変化している妹を連れ戻すのは躊躇われた。いつの間にか消えて戻ってきた妹がニコニコと笑いながら差し出す、木のコップに入った飲物を首を横に振って拒否する。綺麗好きで潔癖なユリシーズは絶対に飲みたくない。


「美味しいのに」


ユリシーズに拒否された絞りたてのジュースをメアリーアンヌがゆっくりと口にしながら、ロロに干し肉を食べさせる。空からポポロが帰ってきたので手を振るマイペースな妹を眺めながらユリシーズが手袋をした手を妹の肩に置き捕まえる。


「メアリー、帰るよ。捜索されている」


メアリーアンヌはユリシーズに振り返り首を傾げる。


「国外追放では足りないの?斬首は痛そうだからな。できれば上手な執行人に一気にバッサリと、お金を渡せば指名できるかな。斬られるならあの人がいいな。立派なお髭の」


執行人を指名したいとニコニコ呟く妹の頭に勢いよくユリシーズが拳骨を落とす。


「バカ!!何もしてないだろうが!!」


兄の手が肩から外れたのでメアリーアンヌは空から帰ってきたポポロに「おかえり」と言いながら抱きつく。そして珍しくボケている兄に呆れた声を出す。


「お兄様にしては浅はか。私が去れば全てが上手くいくわ」

「いかない!!殿下が必死に探しているよ」

「殿下ってあまり死刑は好まないはず。斬首?姿を見せないから忘れてほしい。そんなに怒ってるようには見えなかったけど。お兄様、私は幸せで今の生活が気に入ってるの。それに種を植えたばかりで」

「うちで、いくらでも育てろ」

「これからお友達が遊びに来るの。新しくお友達になった兎さんもまた遊びにくるって約束してるの」

「帰るよ。公爵令嬢として務めを忘れたわけじゃないよな?王家はお前に何も罪はないと公言している。意味はわかるかい?」

「王家は恩情を見せてうちに恩を売りたいの?」


聞き分けの悪い妹に言い聞かせるのは諦め、ユリシーズは笑みを浮かべ冷たい視線を向ける。


「メアリーアンヌ、命令だ。きちんと務めを果たせ」


公爵令嬢にとって嫡男である兄の命令は絶対である。メアリーアンヌは兄の浮かべた貴族の顔を見てポポロから手を離し、淑女の礼をする。

公爵令嬢として評価の高いメアリーアンヌは王子に婚約破棄されても、他に縁談のあてはある。

王子に愛想がついたら迎え入れてくれると言う知人も。国外追放が解かれれば、呼び戻されるのは仕方がない。メアリーアンヌは公爵令嬢として生まれた義務を思い出し、貴族の顔をして公爵家の次期当主に向き直る。


「畏まりました。お兄様、そのかわり半年お時間をください。私はたくさんのお約束をしてます。半年先まで埋まってますわ」


ユリシーズは何の約束かは聞かない。貴族の顔をした妹が譲らないなら必要なものかと判断しながらも念のため確認をする。


「それが終われば戻ってくるのか?」

「はい。ここを引き払う準備をしてから帰国します。きちんと礼節を尽くさないなど公爵令嬢として相応しくありませんわ」

「荷物を持ってくるから、着替えを」


メアリーアンヌは兄の冷たい空気がなくなり雰囲気が変わったので、貴族の顔をやめてきょろきょろと辺りを見渡す。


「荷物は何もいりません。帰国時は、ドレスに着替えますわ。王家の用意したドレスなので捨てずにありますので。時間ですわ。私は失礼します!!」


メアリーアンヌは行儀よく礼をして兄を放置して飛び出していく。夢中になっている妹の邪魔をすれば何が起こるかわからない。約束は守るので、きちんと帰国するだろうとユリシーズはロロの背中に乗り憂鬱な空の旅に飛び立った。



空の散歩から帰ったメアリーアンヌは家の前でフラフラしているローブ姿の二人に首を傾げる。


「迷い人?最近多いわね。ごきげんよう。旅のお方。どうされました?」


メアリーアンヌは突然ローブを脱いで、手を伸ばす金髪の男の腕を掴み背後に回り、首筋に短剣をあてる。メアリーアンヌは護身術を教え込まれおり、先手必勝の考えの持ち主だった。


「え?」

「触れないでくださいませ。迷い人でしたらご案内しますが、私達に危害を加えるなら容赦はしません」

「危害を加えるつもりはないよ。顔が見たくて、信用できないなら武器を捨てるよ。ただ、肌を隠してくれないか。お願いだから」


メアリーアンヌは弱った声に敵意がないので、腕を解き礼をする。


「失礼いたしました。私の勘違いで申しわけありません。では、失礼します」


迷い人ではないなら用はないと踵を返しメアリーアンヌは立ち去る。


「待って」


空からポツリポツリと雫が落ちる。メアリーアンヌは立ち止まり空を見上げ、旅人達に向き直る。


「雨の森は危険です。雨宿りにどうぞ。」


メアリーアンヌは激しくなりそうな雨を見て、ローブ姿の二人を小屋に招き入れる。メアリーアンヌの住む森は雨の日はただの人が出歩くのは危険だった。

毛皮の敷き布をメアリーアンヌは指差す。歩く姿勢が綺麗なので取り押さえた旅人は身分が高く、もう一人は従者と判断し貴族の顔をする。


「高貴な方、申しわけありませんが、こちらに。しばらくすると雨が止みますので」

「君は、帰らないのか?」

「いずれは帰るべき場所に帰りますわ。ですが、やるべきことがありますので」

「こんな、不便な所で」

「お気遣いいただきありがとうございます。新鮮で楽しいですわ。温かい物でもご用意します。お待ちくださいませ」


心配そうな顔をする金髪の旅人もローブを脱がない顔のみえない従者も気にせず、メアリーアンヌは貴族の顔(無表情)で淡々と話し離れる。

ポポロが拾ってきた火打石で火をおこし、木で作った鍋に野菜と木の実と水をいれる。煮込んでいる間に今朝もいだ果物を口に含み、広がる甘さにニコリと笑う。


「メア、あれって」


ポポロの視線の先の旅人の金髪を見て、


「殿下に似ているけど別人よ。ここにいる理由がないもの。おじい様の教えよ。誰であろうと困っている方は放っておけない。敵意も殺意もない。旅疲れか空気が合わないのか痩せてるね」


メアリーアンヌは出来上がったスープをコップにいれて旅人に渡す。

事情がありそうでも、メアリーアンヌは深入りしない。自分達に危害を加えないとわかれば十分だった。旅人を放って、ポポロの隣に座り雨が止むのを待っても降りやむ気配は微塵もない。暗い空を眺めて、立ち上がり旅人に近づく。


「お二方、なんのおもてなしもできませんが、泊まりますか?」

「え?」

「この雨の中の移動は危険ですわ。家の中のものは自由に使ってください。私達は友人の家に行きますので」

「友人!?」

「はい。なくなって困るものはありませんのでご自由に。出て行くときも挨拶は不要ですわ」


出て行こうとするメアリーアンヌの腕を金髪の旅人が掴んだ。


「出て行くなら僕達が。女性が」

「この辺りに宿はありませんよ。わかりましたわ。お世話致しましょう。慣れない環境では不便はありますものね。早く探し人にお会いできるといいですわね」


メアリーアンヌは旅人の不安そうな顔を見て、生活力がないと判断して食事と寝床の提供を決めた。

狭い小屋でもメアリーアンヌはポポロの翼に入れてもらい眠ればいいので、寝床を提供しても困らない。誤算だったのは雨が翌日も降り、止む気配がなかった。

止まないなら仕方がないかとメアリーアンヌは旅人の食事の用意だけ気に掛け、他は好きに過ごす。

兄との約束の期限までにやりたいことがたくさんあり見知らぬ旅人を丁重に気遣うほど余裕はない。従者にも何も言われないのでいいかと判断し不干渉を貫き好きに過ごすことにした。

メアリーアンヌはポポロの隣に座り、黒兎の友人に教えてった蔦を編み紐を作っている。時々視線を向けられてもメアリーアンヌは旅人達は気にしない。

事情があるのはお互い様である。現実に戻る前に楽しい世界を満喫すると決めていた。


「ポポロ、明日は主様に会いに行こう。これ上手に出来たら喜んでくれるかな?」

「じじいは何でも喜ぶだろう。礼に魚をもらおうぜ」

「お天気が良くなれば干し魚が作れるね。雨が止むといいのに」

「メア、この雨は」

「害がなければ気にしない。神様の恵みでも自然の恵みでも」


メアリーアンヌが親しくなった森の主様に頼めば雨は止む。ただメアリーアンヌはありのままが好きなので頼まない。生死が関わらなければ介入しない。

少しだけ肉付きが良くなった金髪の旅人に料理を手伝うと言われてもメアリーアンヌは丁寧に断る。

高貴な方と親しくなるつもりも一切なく、目の前で死ななければいいと思うくらいの情しかない。



降り続ける雨の中メアリーアンヌは外に出る。

長い木の棒を持ち、剣の師匠に教わった剣舞を舞う。雨と空気を切り裂くように振り下ろす。ステップを踏み3歳で覚えた剣の型を披露する。剣舞の皆伝をもらったのは6歳の時。

殺生は嫌いでも斬る時は躊躇いなく振り落ろす。

命を奪う時は敬意を示して一瞬で。痛みにもがき苦しみ惨めな時間を与えないのが師匠の流儀である。


「メア、6の型飛ばした」

「あれ?あう、え?」


ポポロの声に集中力を切らしたメアリーアンヌは泥に足を滑らせ盛大に転ぶ。

メアリーアンヌは運動神経抜群だが時々うっかりしてしまう。

金髪の旅人に着てほしいと懇願された白い長袖のシャツが真っ黒になったため、ポポロの背に乗り泉を目指して飛び立つ。泉を見つけてポポロの背中から降りて、泉にポチャンと頭から飛び込む。

体を綺麗に洗い、泥が綺麗に落ちたのでニッコリ笑ってポポロの背中に乗る。

小屋に帰ると苦笑している金髪の旅人に頭にタオルを被せられる。


「高貴な方」

「お世話になってるからせめて。それに女の子は体を冷やしてはいけないよ」

「でしたら自分で拭きますわ」

「昨日も頭にタオルを被せてただけだろう?それは拭くとはいわないよ」


メアリーアンヌは金髪の旅人に反論するのが面倒になり無言でされるがままだった。短くなった銀髪を拭く手の優しさに覚えがある気がしても気の所為だろうと思考を止める。

剣の師匠は今頃どこにいるんだろうと思いながら、メアリーアンヌの髪を拭きたがるいつも顔が赤い不思議な旅人が満足するのを待つ。


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