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失恋した少女は幸せを求めて空に飛び立つ  作者: 夕鈴
番外編

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王子に心を奪われた少女の本心

覗いていただきありがとうございます。

マーガレット中心のお話なので、王子の名前の表記を第二王子と第三王子で綴ってます。読みにくかったらすみません。

少しだけお騒がせの末妹のお話にお付き合いくださいませ。

公爵家の三兄妹で一番評判がいいのは第二王子の婚約者のメアリーアンヌである。

だが末妹のマーガレットは兄妹の中で一番マトモな感覚を持っていると自負している。

兄は潔癖症で自分勝手、姉は不器用、手のかかる兄と姉を反面教師に育ったつもりである。

3兄妹を育てる教師達からも手のかからないお嬢様と評判がいい。

騎士家系なのに潔癖症で汗と汚れを嫌い訓練から逃げるユリシーズ、ポポロを使役する前はじっと座っているのが苦手なメアリーアンヌ。授業態度が花丸なのはマーガレットだけだった。

教師達の苦労話を静かに聞きながらマーガレットは大人しく授業を受ける。ユリシーズもメアリーアンヌも世間話に付き合う優しさはなく「必要なことだけ教えて」という効率重視である。教師が世間話を始めれば道具を片付けを立ち去る姿は兄妹そっくり。

教師達に一番可愛がられているのはマーガレットである。

兄も妹もマイペースなため年の離れた末妹の優しさを見習えと言われても気にせず教育熱心な母親が満足する成績を納めることしか考えていない。


マーガレットの朝の日課は散歩。

広大な敷地内にある騎士の訓練場に行くとキラキラとした光を見つけて足を速める。姉のメアリーアンヌが太陽の光を受けてキラキラと銀髪を輝かせ剣を持ち、剣舞を舞っている。

公爵領ではメアリーアンヌの剣舞は有名である。

公の席での剣舞は無表情で凛とした舞を披露するが練習中は別である。

マーガレットは訓練場の中心にある指揮官が座る特等席に座る。いつもは姉が座る席である。

メアリーアンヌは真剣な眼差しで剣を振り降ろし風を斬る音が響く。凛と張り詰めた空気の中で綺麗に型が決まるとニコリと笑う。

メアリーアンヌの特別な剣舞を見れるのは公爵家の家臣達の特権である。メアリーアンヌの剣舞の見学のために毎日早起きする者や、剣舞の始まりを聞きつけ夜着のまま訓練場に走る者もいる。勤務時間ではないので礼儀は咎めず、どんな姿でもメアリーアンヌは何も言わない。

剣舞を舞う予定を教えて欲しいという使用人の希望をメアリーアンヌは練習だからと断る代わりに週に一度だけ家臣のために剣舞を披露する日を設けている。

ただしマーガレットだけは妹の特権で練習でも剣舞を舞う時は事前に教えてもらうように頼んでいる。

毎朝、姉の美しい舞を見るのはマーガレットの楽しみである。

公的に舞う凛とした姿は美少年のようで令嬢や領民を虜にしているが自由に舞う姿が一番美しく魅力的だとマーガレットは思っている。

メアリーアンヌの動きの激しい剣舞は汗が飛び散り、砂埃が立ち薄汚いと評価するのは趣味の悪い兄だけとも思っている。

メアリーアンヌは剣舞を終えると、騎士達と手合わせをする。

軽やかな足取りと身軽さを生かして騎士を翻弄し勝ち星を上げる。メアリーアンヌに勝てるのは父と祖父だけである。

ユリシーズとマーガレットは武術は嗜み程度しか身に付けていない。嗜みでも弱い王子達には負けない自信はある。

汗臭く汚れる武術が嫌いなユリシーズもおしとやかなマーガレットも大量の型を覚え使いこなせないので、公爵家に伝わる剣舞はメアリーアンヌが継承し指導することになっている。

嫡男はユリシーズだが騎士ではなく文官として歩むのを両親は認めている。騎士の輩出は子供に期待をと。

王国では王子の婚約者候補は王家に指名を受ける。選ばれるのは嫡男がいる家の王子の年齢に合う身分の高い令嬢で拒否権はない。

王子の婚約者を決めたあとに他の子息達が婚約者を選ぶので王子の婚約者は早くに選定される。公爵家はメアリーアンヌが選ばれると思っていなかったため、ユリシーズが公爵になり、メアリーアンヌは家臣と婚姻させ騎士達をまとめさせるつもりだった。

公的には無表情で社交的ではないメアリーアンヌが選ばれるのは誰も予想していなかった。王家の命令には逆らえないため方針を変えた。メアリーアンヌの成人と共に婚姻したいと願われ、婚姻後も定期的に公爵家への里帰りを条件に同意した。


手合わせの終わったメアリーアンヌは妹に気付きニッコリ笑う。マーガレットは立ち上がり手に持つタオルを渡す。


「おはよう。マーガレット。今日も可愛いね。ありがとう」

「お姉様の剣舞も美しい。殿下にお伝えしないんですか?」


メアリーアンヌは純粋な妹の質問に頬を染め、目を泳がせる。

剣舞を披露し公爵家の歴史と伝統を人の目に焼き付ける役割を担えることに誇りに思っていてもメアリーアンヌはお年頃である。

メアリーアンヌが剣舞を舞うのは第二王子には絶対に見られたくないと両親に言っていた。


「武術が得意な令嬢は・・。自分より強い婚約者なんて嫌われるわ。好かれなくてもいいけど、嫌われるのは嫌だもの」

「殿下はお姉様のことを」

「わかってるわ。うちの後見目当てよ。貴族の婚姻だもの。まだマーガレットには難しいかな。私は誠実で優しい殿下が好き。でも困らせたくないから内緒よ。誰にでも平等に優しいから、たくさんの妃を迎えても大事にしてくださる」


マーガレットは第二王子が姉に夢中なことは知っているが姉は一切気付いていない。

姉贔屓のマーガレットは気付かないのは姉の鈍さではなく第二王子が悪いと思っている。


王宮に参内し、姉がポポロに乗って帰ってくるのは落ち込んだ時。マーガレットはポポロが姉を迎えに行く日は知らせるように使用人に頼んでいる。

公爵邸にはポポロとロロ用の小屋が用意され常に世話人を置いている。ユリシーズとメアリーアンヌが世話をするので、小屋の掃除と不在時に食事を与え、飛び立ったのを公爵夫妻に報告するのが役割である。一番重要なのは気ままに空の散歩に出かけてしまうメアリーアンヌの見張りである。


風とともにポポロが着地し、メアリーアンヌが飛び降りる。


「お帰りなさい、お姉様。お茶にしませんか?」

「ただいま。マーガレットの好きなパイを買ってきたの。お母様には内緒よ」


悪戯っ子のような笑みを見せ、パチンとウインクした姉に頷き手を繋ぎ姉の部屋を目指す。

マーガレットは姉の部屋にお茶を用意させ人払いする。大きな口を開け姉からのお土産の焼き立てのパイに噛り付く。二人っきりの時は無礼講は姉妹の秘密。口いっぱいに頬張り、広がる甘みに笑みを浮かべるマーガレットをメアリーアンヌはニコニコと笑いながらお茶を飲んで眺めている。

メアリーアンヌは5歳年下の妹が可愛くて堪らない。実は剣舞の練習も、おねだりされてからは幼い妹が起きる時間に合わせて舞っている。


「お姉様、殿下にお渡しできました?」

「ううん。お忙しそうで。それにたくさんお持ちだし」


自分の持つ色を恋人に身に付けてもらうのが王都で流行していた。

メアリーアンヌは恋人ではないが、母の刺繍入りのハンカチを嬉しそうに受け取る父を見て羨ましくなり、第二王子の髪の色、金糸でハンカチに刺繍を入れた。


「それに手作りは受け取らないって。受け取るのは献上品だけだから、王家に献上されるほど立派なものは私には作れないわ」

「ハンカチはどうされたの?」

「第三王子殿下が転ばれたから手当に使ったわ。侍女の目を盗んで抜け出して可愛かったわ」


メアリーアンヌが第二王子が令嬢からの贈り物を断るのを目にした。令嬢達に囲まれ楽しそうに笑う姿を見て寂しさを覚えても邪魔をしないようにそっと傍を離れポポロに乗って王都に飛んだ。おかげで寂しい気持ちは吹き飛び、可愛い妹にお土産を買って帰ってきた。

マーガレットはニコニコと笑っている姉が傷ついているようには見えない。


第二王子はメアリーアンヌを意識して、無言で見惚れ固まる。格好つけようとして他の令嬢達ほど気安く扱わない。そしていつも偶然を装い会いにくる挙動不審な婚約者に、メアリーアンヌは好かれているとは気づかない。他の令嬢達が第二王子がメアリーアンヌに夢中と本人に伝えてもメアリーアンヌは社交辞令として流す。挙動不審な婚約者と今まで意地悪をしていた令嬢達の好意の助言を信じて察しろというのは無茶だと姉贔屓のマーガレットは思う。

恋には憶病な姉は第二王子が大好きである。

贈り物をもらえばマーガレットの部屋に満面の笑みで喜びを伝えに来る。花束は必ず一輪は押し花に。生花を堪能した後はお湯に浮かべたりドライフラワーにしたり最後まで楽しむ。第二王子に恋してからは第二王子の贈り物だけはポポロの餌にしない。干し肉さえも。マーガレットは干し肉を贈る第二王子のセンスに呆れるが姉が望まないので何も言わない。美味しくない干し肉に食べ慣れ、吟味して評価できるようになりある意味で舌の肥えた姉に複雑でも。第二王子に贈るなら自分で食べろと食べさせようとして第二王子の見ていない場所で生まれて初めて盛大に姉に怒られたから。



不器用なメアリーアンヌは貴族の顔の使い分けができないため公式では常に無表情で感情を出さないように教育されていた。それでも淡々と話しながらも王子への恋慕以外の気持ちはきちんと言葉にする。

ヘタレ王子がメアリーアンヌにきちんと愛の言葉の一つも囁けば姉の勘違いは終わる。姉を追いかけているのに、好きの一言も言えない王子に呆れながら、マーガレットは二人の様子を観察していた。


第二王子がメアリーアンヌとの婚姻を早めたいと真剣な顔で申し出た時に公爵は条件は二つ出した。定期的な里帰りと婚姻を早める理由を王子から話すこと。公爵は二人のすれ違いを不憫に思っていた。

公爵夫妻がようやくメアリーアンヌの初恋が報われると安堵したのは早かった。


王家主催のパーティに行くために準備を終えたマーガレットは姉の部屋を訪ねる。

第二王子の好みと独占欲丸出しのドレスに身を包む姉を見つめる。王家からの贈り物でメアリーアンヌのドレスを選んだのは王妃と本人は思っている。マーガレットは贈り物だけ公爵家に届けさせ、カードさえつけない間抜けな第二王子が悪いと思い訂正しても無駄なので何も言わない。第二王子が言わない限り全て気休めと姉に流されるのを知っている。


「お姉様、髪は結わないんですか?」

「殿下が結わないで欲しいって。ダンスの時に乱れそうだから緩やかなワルツだけ踊ろうかな」


マーガレットは運動神経抜群の姉なら解いている髪を乱さず美しく踊る姿を思い浮かべ頷く。髪の乱れはマナー違反なのに無茶な要求をした王子への呆れは我慢し、馬車に乗り二人で会場に進む。

会場に着くと、マーガレットは姉とは別行動。第二王子と姉の時間を邪魔しないように公爵家の王家への挨拶はいつも姉に任せ友達と談笑を楽しむのが夜会の過ごし方である。ダンスが始まれば美しいダンスを姉のファンの友人と一緒に鑑賞する。

全然ダンスを踊らない妹を心配してメアリーアンヌが近づき世話を焼かれるのに本人は気付いていない。

マーガレットが友人達とおしゃべりに夢中になっていると音楽が止まり、ざわめきの中に聞き慣れた声を響く。

淡々と話しているが声のトーンが若干低い姉を心配し喧噪に近づきメアリーアンヌの顔を見てマーガレットは息を飲んだ。

無表情なのに瞳から冷気が出ているのに気付いたのは会場で唯一怒られた経験を持つマーガレットだけ。

メアリーアンヌの言葉を聞きながら、マーガレットは思考を巡らす。


「確かにマレードに薄めに淹れさせたお茶と皆様より少ないお菓子で、おもてなしましたわ。マレードの嫌いな色の絶対に選ばないドレスを贈りました。招待した晩餐の料理には人参を1本多く盛りつけさせましたわ。殿下との待ち合わせを知って会わせないように殿下に急な公務をいれて逢瀬を邪魔しました。二人の逢瀬に邪魔しようと風を送りました。時には二人の逢瀬に堂々と割り込むことも。私は殿下のお心がなくても、お傍に置いていただければ満足でしたわ」


姉は人を喜ばすおもてなしを常に考えている。姉にとっての意地悪は人をがっかりさせること。

最高級の茶葉を用意したのに、お茶を淹れるのが下手な侍女に用意させた。その薄めたお茶は姉も一緒に飲んでいる。

マレードのお菓子の量は減らしたが、甘さ控えめの他の招待客より品質のよいお菓子を用意させていた。

マレードが姉とマーガレットのお揃いにうらやましがり、お揃いのドレスを欲しがっていたので、姉はマーガレットに似合うドレスのお揃いを贈った。5歳年下のマーガレットに合うドレスはマレードには似合わないが本人は喜んでいた。

急な公務も第一王子に第二王子へのお使いを頼まれて了承して渡しただけである。

マレードと第二王子は二人で話している時に姉を見つければ必ず声を掛けるので割り込んだことにならない。どちらかというとマレードと第二王子が姉の取り合いをしている。

姉が初めて第二王子への恋慕を口にしたので、第二王子が愛の言葉を囁けば終わるのに王子は固まり、マーガレットはヘタレ、バカと心の中で罵倒する。


「国王陛下、私は嫉妬に狂ったあさましい女です。殿下の妃たる資格はなく、婚約破棄も受け入れます。恐れながらお願いがあります。我が公爵家も私も幼い頃から王家のために一心に尽くして参りました。咎は全て私に。悪事を働きましたので、修道院送りか投獄でしょう。ですが私のために血税を無駄にするなら、その分は貧民に施しを与えるほうが国のためになりますわ。ですから、永久に国外追放にしてくださいませ」



マーガレットは固まる第二王子に冷たい視線を向けて一切動く気配がないので、そっと会場から出て開放されている庭園に行く。姉にとっては王宮で一番お気に入りの初恋の思い出の詰まった場所に。

パーティでの婚約破棄という辱めを受け、王子からの婚約破棄は公爵令嬢として失墜。今後は姉の醜聞として囁かれ続ける。婚約破棄が勘違いでも姉の醜聞はなくならない。そしてあそこで第二王子が動かなかったのは致命的だった。

大事な姉を襲う不幸に心の中で嘆きながら庭園でぼんやりしていると庭園を静かに眺めるメアリーアンヌがいた。

強い風が吹きポポロが現れた。メアリーアンヌはポポロに抱きつきしばらくして背に乗って飛び立った。

マーガレットは姉が飛び立った場所に涙のあとを見つけて、初恋は終わったと確信し初めて姉の涙を見た日を思い出す。



マーガレットはメアリーアンヌが大好きで、毎日一緒にお茶をしておしゃべりを楽しんでいた。

カシャンと音がしてマーガレットの話にニコニコと笑いながらお茶を飲んでいたメアリーアンヌが視線を向け、目を大きく開けて息を飲む。


「え?」


宝物のガラス製のオルゴールが割れているのを見ていつも笑顔のメアリーアンヌの顔から表情が抜け落ちる。しばらくして「申し訳ありません」と頭をさげる侍女を見てメアリーアンヌはゆっくりと立ち上がり侍女に近づき固い笑みを浮かべる。


「怪我はない?血が出てるわね。大丈夫よ。あそこに置いた私が悪いの。私が片付けるから先に手当をしてきて。気にしないで。ごめんね。手当は、マーガレット、お願いできる?」


新人侍女は花瓶を持ち上げるとあまりの重さにフラフラして小さいテーブルにぶつかり倒してしまった。小さいテーブルの上に飾られたガラス製のオルゴールも落ち、動揺した侍女の手から滑った花瓶がその上に落ちる。花瓶は祖父のお土産の石でできていたため傷一つないが、オルゴールは粉々に。

侍女は謝罪しながら、オルゴールの破片を素手で片付けようとし指を切る。侍女の手から流れる血を見て、メアリーアンヌは侍女の前に膝をつき、自分の声の届かない侍女の震える手を掴み無理矢理ハンカチで包む。自身の震える手を見て、首を横に振る。


「お姉様!?」

「ごめん。今は上手に手当てできそうにない。難しかったら侍女長に。怪我は迅速に手当てするのは常識よ。謝罪はいらないわ。気にしてないから、手当を先に受けなさい。命令よ」


マーガレットは固い笑顔の手が震えている姉の傍にいたくても動かない侍女を預けるのが優先とわかっていた。姉はどんな些細いな怪我も放置は許さない。侍女の手を引いて無理矢理立たせ部屋を出て、指を切った侍女の手当てするように近くにいた執事に預ける。マーガレットは部屋に戻ると、メアリーアンヌは膝をつき、壊れたオルゴールを見てポロポロと涙を流していた。

マーガレットが見ているのに気付かない。しばらくして涙を拭いて顔を上げ、花瓶やテーブルを元の位置に戻し、最後に壊れたオルゴールの破片をハンカチで拾う。

ようやく泣きそうな妹の存在に気付き、メアリーアンヌは優しく頭を撫でる。


「マーガレット、ありがとう。大丈夫よ。形ある物いつかは壊れる。心に刻んだから大丈夫よ」

「宝物では、」

「おばあ様との思い出があるわ。それにきっとお空の上のおばあ様のもとに戻ったのよ。ポポロが言っていたのはなんだっけ?そう成仏。大きな怪我がなくて良かったわ。ちょっと出かけてくるわ。お母様には内緒よ」


メアリーアンヌはゴミ箱にオルゴールの残骸を捨て、パチンとウインクをしてローブを羽織り窓から飛び出して行く。

マーガレットはゴミ箱の中の残骸を静かに眺める。

毎晩オルゴールの音色に耳を傾け、夜空を見上げる姉の姿を知っていた。オルゴールの音が聞こえてマーガレットが部屋に入るとニッコリ笑い膝の上に乗せて、亡き祖母との思い出話を聞かせてくれた。マーガレットが生まれる前に祖母は亡くなった。姉のおかげで祖母と言われれば肖像画の顔が浮かび、他人ではなく家族として心に刻まれている。

窓の開く音にマーガレットが顔を上げると、曇りのない満面の笑みで白いマーガレットを抱えた姉が窓から入ってくる。メアリーアンヌは膝を折って表情の暗いマーガレットと目線を合わせる。


「ただいま。可愛く咲いていたの。マーガレットには負けるけどね。私は貴方が生まれてからマーガレットが一番好きになったの。おばあ様も一番好きな花。お揃いよ。可愛らしいマーガレット様、どうか受け取っていただけませんか?」


メアリーアンヌは表情の暗い妹の前に跪き、妹のお気に入りの絵本の騎士のマネをして凛々しい顔を作り、マーガレットの花を差し出す。

マーガレットが小さい手を伸ばすと、口づけを落として花束を手に持たせる。絵本の騎士よりも格好いい姉にマーガレットが目を輝かせるとニッコリ笑う。「ありがとう」とマーガレットが笑うと「お母様に内緒よ。もう寝なさい。お休みなさい。良い夢を」と悪戯っぽく笑い絵本の王子様のマネをして額に口づけを落とし、マーガレットを抱き上げベッドまで運んだ。

マーガレットにとって大事な、平凡な自分の名前が大好きになった日を思い出し笑みを浮かべ夜空を見上げる。


姉は一度泣いて、空の散歩に出かければ全ての想いを昇華させる。

第二王子が銀髪が好きと令嬢達の噂話を聞いてから、丁寧に手入れさせ大事にしていた髪を切った姉は初恋を捨てた。

マーガレットは公爵邸に帰るため廊下を歩いているとバタバタと品のない走りを披露する第二王子とマレードとすれ違い、今更動き出しても全てが遅いと冷たく笑う。

マーガレットは婚約に伴う姉のたった一つの条件を知っている。空の散歩さえ自由に許してくれる相手なら婚約者は誰でもいいと教えてくれた。

マーガレットは当分は社交界が賑やかになるので、領地に引きこもろうかと悩みながら馬車に揺られ姉の大好きな夜空を眺めていた。


第二王子の婚約破棄、メアリーアンヌの失踪、療養など様々な噂が囁かれる中、公爵家は社交を控え沈黙を貫いていた。

メアリーアンヌは冒険者の祖父に仕込まれているのでどこでも生活できるため失恋したと思い込んでいる傷心の娘を両親は当分は放置しておくつもりだった。

第二王子がメアリーアンヌの捜索に軍を動かしたと聞いても口に出さず、公爵家の騎士団への要請は拒否。マレードを始め、メアリーアンヌのファンの令嬢達が無事の祈祷を始めたのは見ないフリをした。

公爵はメアリーアンヌを必死に探している第二王子に同情してメアリーアンヌを呼び戻そうとするのを公爵夫人が「大人が力を貸しては王子のためになりません」と反対する。公爵も平和慣れした王宮騎士達の追跡技術の甘さは気になっていたのでいい訓練かと放置を決める。

社交が苦手で優しく流されやすい公爵に代わり、王家とのやりとりは頑固で厳格な公爵夫人が引き受けていた。

公爵家にはメアリーアンヌへの縁談の釣書が届き、マーガレットは父の執務室のソファに座り吟味する。


「お父様、この辺境伯は領地が広大ですよ。剣舞の練習には良さそうですが、遠いのが傷ですよね。私はお姉様の近くの領地が。お姉様を跡取りに指名しませんか?」

「マーガレット、殿下は」

「今回の社交界でのお姉様の醜聞では王族への婚姻は無理ですよ。私が婿をとり、お姉様が騎士達の指導をすれば、そうすると嫡男は駄目ですね。三男か次男か」

「嫡男はユリシーズがいるだろう?」

「領民に一番人気はお姉様ですよ。当主なんてなりたくないって呟くお兄様も喜ぶでしょう?」


「旦那様、坊ちゃんがお帰りになりました。そして王宮に」

「あら?今更気付いたんですね。お兄様は不機嫌でしょうに」


執事からの報告に公爵は苦笑し、マーガレットは呆れた笑みを浮かべ姉の婿選びを再開する。

ユリシーズが王宮から帰り、再び公爵邸に戻り不機嫌な顔でロロに乗って飛び立つのをマーガレットは眺めていた。

しばらくしてやせ細った王子が公爵邸を訪問し、庭で待っていると聞いても挨拶はしない。教育に厳しい公爵夫人が第二王子の対応をすると言い公爵も執務室に籠っている。マーガレットは聡明で優秀な第二王子ってどこにいるんだろうという言葉は口に出さない。「王族への苦言はいけません」という姉の教えを守っていた。

ユリシーズが帰宅して、ロロに乗り飛び立って行くのをマーガレットは手を振って見送る。ユリシーズはマーガレットに気付かず不機嫌な顔で空の彼方に消えていく。マーガレットは姉と正反対の必要がなければ愛想を振りまかない兄を良く知っているので気にしない。

無駄を嫌う効率重視のユリシーズが公爵に報告しないならメアリーアンヌは元気だろうという公爵家の見解だった。気が向けば後日手紙で報告書が届くかもしれないが。

しばらくして第二王子の行方不明の報せが王宮から届く。公爵夫人の眉間に皺が寄り、マーガレットは母の好きな花を屋敷に飾るように命じる。王家から命令がないので公爵家は動かない。マーガレットは療養中と嘘をつき、公爵邸で教師の授業を受けながら父の執務室で姉の婿候補選びに専念するという日々を過ごす。公爵は余計なことを話しそうなマーガレットをあえて社交に出さなかった。第二王子と婚約破棄していないのに、メアリーアンヌの婿の条件を公言しそうな空気の読まない末娘を社交に出せばさらに混乱を生み、全ての尻拭いは兄妹で一番自由に動き回っているように見える長女器質全開の娘が請け負う気がしてならなかった。

公爵は社交は苦手だが、前向きで気分の切り替えが速い性格のため苦労していることに気付かない愛娘が念願の冒険者生活というしばらくの休暇を楽しんでいるといいと思いながら、姉の名前でお見合い相手候補に手紙を書こうとしている末の娘に制止の声を掛けた。

晩餐を終えて各々が眠る支度を整える時間に公爵邸の扉が乱暴に開き、荒々しい足取りで冷たい空気を纏ったユリシーズが両親の部屋に怒鳴り込んだ。


「母上、あのバカは明日帰国します。帰国したら空の散歩は禁止させてください」

「報告はあとで聞くから湯あみを」

「雨の中、飛ばせやがって!!」


マーガレットは兄の怒声が聞こえたので駆けつけた。そして第二王子の捜索を兄が任されたと察した。

ユリシーズはロロをペットとして可愛がっており、乗り物としてほとんど利用しない。雨の中、飛ぶのは初めてだろう。

久しぶりにキレている兄は湯あみをして綺麗な服に着替えれば冷静になるかなぁと思いながら両親と一緒にお茶をして待つ。お茶菓子は兄の好物を用意するように侍女に命じる家族にだけは気遣いを忘れない末妹だった。

湯あみを終えて着替えたユリシーズは公爵の執務室で冷たい声で恐ろしい事実を口にする。


「メアリーは森の小屋で生活しています。殿下はメアリーが迷い人として保護し、雨宿りのつもりで一晩宿を貸すつもりが、雨が止まずに気付いたら一週間」

「メアリーは殿下とは気づかなかったのか?」

「はい。一切気付かず」

「見知らぬ男を一週間も?貞操は」

「殿下はメアリーに手を出せませんよ。触れようとして剣を向けられたって言ってましたし」


公爵夫人の目が吊り上がったのに気付いたマーガレットは背中に冷たい汗が流しながらも姉のために明るく話す。


「確かに痩せてましたし、わからないのも仕方がないですわ。気付かないお姉様もよりも、お話にならない殿下が一番悪いのではありません?」

「未婚の男女が一週間も共にいるなんて。明日はお説教ね。空の散歩の約束も破ったもの」

「是非。あのバカの所為で振り回され疲れました。空の散歩の禁止の書状はメアリーの机に置いてありますので。では」


ユリシーズは留学先が気に入っているため、妹のお説教は母親に任せてロロの背に乗って飛び立つ。

王家への報告は父に丸投げ。マーガレットの気遣いの茶菓子には気付かず、お茶にも手をつけない。

マーガレットは帰国した姉が絶望する姿が浮かび、せめてもの慰めになればと姉が一番好きな自分の名前と同じ花をメアリーアンヌの部屋に飾らせた。

そして本気で怒っている母の機嫌が良くなるように食事は全て母の好物を用意するように命じた。


翌日メアリーアンヌが暗くなっても姿を見せず公爵夫人の機嫌はさらに悪くなる。

マーガレットは深夜なので外で待つことは許されず、一番大きい窓のある部屋で夜空を眺めて待っていた。

ポポロが見えたので玄関に急ぎ、しばらくするとメアリーアンヌがゆっくりと入ってきた。姉の輝かしい銀髪が荒み、所々に擦り傷もありマーガレットは絶句する。

メアリーアンヌは顔色の悪い震えている妹に気付き、心配そうな顔で見つめる。


「マーガレット、具合が悪いの?」

「お嬢様、着替えを、先にお部屋に」

「わかりました。誰か、マーガレットをお願い」


メアリーアンヌは妹を侍女に任せ、自室に帰り恐怖のお説教を受ける。

そして全身を磨かれている間に意識を失う。

しばらくして机の上に置いてある兄の名前の書状を見つけ絶句し崩れ落ちる。

マーガレットは自室で姉の回復を神に祈っていると隣の部屋からバタンという音がして慌てて姉の部屋に駆けこむ。床に倒れ真っ青な顔で震えるメアリーアンヌの手元を見て、マーガレットは掛ける言葉がわからない。

メアリーアンヌの部屋から凄まじい音がしたと侍女に報告を受け公爵夫人が中に入ると娘の様子に静かに頷く。


「メアリー、剣舞の練習なさい。略式ではなく、正式なものを。近々公式で披露するかもしれないわ」

「かしこまりました。お母様、これはいつまで?」

「さぁね。あの子に聞いて。旦那様は駄目よ。婚約者にも気付かない貴方にはお散歩に行くよりもやることがあるでしょう?」

「か、かしこまりました」


メアリーアンヌは母親の冷たい言葉にふらふらと立ち上がり、剣を持ってとぼとぼと裸足で歩いていく。

マーガレットが声を掛けても反応せず夜着のまま見たことのないほど力のない剣舞を披露した。目が虚ろなメアリーアンヌの剣舞を見た家臣達は心配し公爵に報告に行く。公爵は憔悴しているメアリーアンヌに心を痛め、「いずれ空の散歩の許可を出すからしばらく我慢してくれないか」と伝えると力なく頷く娘を部屋に戻し休ませた。

ひと眠りしてメアリーアンヌはポポロの背中に乗ってうずくまり慰められてようやく生気が戻った。時間が空くとポポロの背中にうずくまるメアリーアンヌは剣舞の練習の再開と共に日常生活が戻り始めた。

王家への謝罪を終えて王宮から帰宅したメアリーアンヌはマーガレットに気付いてニコリと笑いお茶に誘う。


「マーガレット、王家の婚約者として相応しくないってお話しても妃教育に通うのは不思議よね」

「まだ婚約破棄されてませんよ。殿下はなんて?」

「一緒にいる時間が少ないから婚姻を早めたいと。そんなに執務が忙しいのかなぁ」

「え?他に何か?」

「私を探しに来たとは聞いたけど。後はマレードとは公務の話をしていただけと」

「お姉様、1週間も共に過ごされていて何もなかったんですか?」

「濡れた体を拭くことと殿下のシャツを着ることを懇願されたくらいであとは特に。私のお友達に会いたいとおっしゃったから、お友達を増やしたかったようね。殿下はお友達が少ないから」


マーガレットは第二王子に厭きれて言葉を失う。わざわざ探しに行って傍にいただけ!?

しかも自分からは正体を名乗らず、ほぼ兄のお膳立て?マーガレットは王侯貴族の宿命でも姉の相手が第二王子なのは本気で嫌になった。

マーガレットのお勧めの婿候補を姉に勧めると「お父様に従うわ」と笑顔で返さる。マーガレットは姉のためにお見合いの場を用意しようと極秘で準備を整えていると第二王子が帰国してすぐにメアリーアンヌとの婚儀の日が発表された。

王族に望まれれば断れないためメアリーアンヌのお見合い計画は中止になり、婚儀まで一週間しか日取りがないため準備に追われていた。

婚儀の準備と共に引っ越し準備も始まり、メアリーアンヌの部屋でマーガレットは手伝っていた。

生活に必要なものは全て侍女達が用意したのでメアリーアンヌは離宮に運ぶ私物の整理と共に断捨離を始めた。そして、いらないものには第二王子からの贈り物も入っていた。


「お姉様、全て寄付でよろしいんですか?」

「うん。欲しい物があればあげるよ」


ニッコリ笑うメアリーアンヌの顔には曇りも迷いもない。


「メアリー、何か手伝いを」


第二王子がメアリーアンヌの部屋に顔を出すと、メアリーアンヌは母に名を呼ばれ礼をして離れていく。マーガレットはヘタレ王子に意地悪を決めた。そしてできれば婚姻を思い直してほしい。


「ごきげんよう。殿下。お姉様のいらない物の整理をしてますが欲しい物はありますか?」

「いらない物?」


第二王子は床の上に置かれているものを眺め、青い表紙の分厚い本を手に取り開くと冬に咲く幸運の黄色い花やマーガレットの押し花が詰まっていた。


「メアリーが作ったのか?」

「はい」


第二王子は楽しそうに作ったであろう姿を想像し優しく笑い本を閉じる。


「いらないならこれを」


その後もメアリーアンヌのいらない物を眺めていると、見覚えのある組紐、縫いぐるみ、青いリボン、髪留め、貝殻を見つけて第二王子は目を見張る。


「マーガレット、これってまさか」


メアリーアンヌが作った押し花のページを1枚1枚捲り、声が震え真顔の第二王子にマーガレットが姉を真似してニッコリと笑う。


「お姉様は殿下をお慕いしてから贈り物は全て大事にされてしました。干し肉もお好きでないのに召し上がりましたよ。ポポロの餌にしたことは一度もありません。ですがもう不要と仰せです。もう恋は満足されたようです。殿下の執務のお手伝いのために婚姻を早められたのでしょう?」

「これ贈ったのって、なんで、そぶりは、そんなに前から」

「お姉様は一度捨てた物に興味を持ったことはありません。婚姻をやめていただいても構いませんよ。是非」

「僕は王族だから、この国の欲しい物は何でも手に入るんだよ。メアリーのいらない物は僕が引き取るからそのままにして。後で使いを寄越す。彼女が捨てたものなら僕が手に入れてもいいだろう?教えてくれてありがとう」

「え?」


マーガレットは本から顔を上げて嬉しそうに笑い部屋を出て行った第二王子の背中を茫然と見ていた。姉に捨てられてショックを受けるかと思えば喜んでいた。婚姻をやめてほしくて話したマーガレットは意味がわからないが失敗したのはわかった。

上機嫌な第二王子に抱きしめられ無表情でも困惑している姉に気付きながらマーガレットも困惑していた。

メアリーアンヌに贈った花束を纏めていたリボン、視察で共に歩いた砂浜で拾った貝殻、外交の土産の髪飾りや縫いぐるみ、子供の時に贈ったものは汚れることなく大事に保管され、ずっと慕ってくれていた目に見える形に歓喜で震えたシリウスの感動は人間観察は得意でも恋を知らないマーガレットはわからない。


メアリーアンヌの捨てる予定だった王子からの贈り物は全て第二王子が極秘で引き取り公爵夫妻は笑っていた。そして末の娘にどうして第二王子が喜んだか聞かれ、教えると珍しく本気で落ち込んでしまい大好きな姉の婚姻を悲しむ末娘を優しく慰めた。公爵夫妻はマーガレットが寂しくて婚姻を反対しているのだと思っていた。両親から話を聞いたメアリーアンヌがマーガレットを優しく慰め、それがさらにマーガレットの涙を誘う。自慢の姉が変なヘタレ王子に嫁ぐのが悲しくて堪らない。婚姻が決まった姉は時間ができるとポポロに抱きつき、一心不乱に剣舞を舞って、時々目が虚ろな全く幸せそうでない姉が不憫で堪らなかった。王家に嫁がないですむ方法もあるが、武術が得意な姉を押し倒せるのは父か祖父だけと悲しい現実にさらに枕を濡らした。


マーガレットがどんなに反対してもメアリーアンヌの婚儀は滞りなく行われた。

そしていつの間にか元気を取り戻した姉にほっとしながらも、頻繁に理由をつけて王宮に会いに行った。婚姻してもマーガレットを大事にしてくれる優しい姉は変わらない。

成人し嫁いだマーガレットは姉が公爵邸に訪問する日は必ず里帰りした。


メアリーアンヌは公爵邸に甥へ剣舞の指導に訪ねていた。

歴代より受け継がれた武門公爵家に伝わる、剣舞を通して技を覚えさせ体を鍛える。

歴代より受け継がれた剣舞を婿入りしたメアリーアンヌの祖父が改良しさらに高度な剣舞を作った。そして父がさらに改良を加え娘に受け継いだ。

まだ幼い甥に初代の剣舞の略式のない正式な物が見たいと頼まれ、メアリーアンヌは舞っていた。


メアリーアンヌの私的な表情豊かな剣舞を初めて見たマーガレットの息子はいつの間にか消えた。しばらくすると駆け戻り花束を抱えてメアリーアンヌの前に跪いた。


「メアリー様、俺と結婚してください。一目惚れしました。愛人でもいいです。二番目でも俺の愛はメアリー様に捧げます」


メアリーアンヌの前に跪き花束を差し出し、隣にいる従弟の存在に気付かず求婚する息子にマーガレットは笑う。

メアリーアンヌは楽しそうに笑いながら甥の頭を撫でる。


「どうしよう。嬉しいけどマーガレットに怒られるわ」

「お姉様、お気にめすなら愛人に召し上げても構いませんよ」

「冗談はやめなさい。将来有望ね。初めて言われたわ。中々くすぐったい」

「は?お姉様、初めてって何を?」

「愛を捧げますって。婚約者に誘われることはあっても告白は初めて」

「メアリー様、俺がいくらでも言います。愛してます。美しい」

「お姉様、義兄様から何もないの?」

「シリウス様は恋と愛が欲しいと乞われますよ。殿方は愛されたがりでしょう?大事にしていただいているから満足よ」


第二王子はメアリーアンヌに要望を口にするが、愛の言葉は囁いていない。自分に夢中になってほしいと幾つになっても願うのに、肝心なところはポンコツだった。

そして害虫駆除に余念はなくメアリーアンヌに愛を囁くような男は近づけない。


「メアリー、そろそろ」

「ありがとう。お花はありがたくいただくね。もう少し大きくなって気持ちが変わらなければ、下賜してもらって」


第二王子が迎えに来たのでメアリーアンヌはニッコリ笑い跪いている甥から花束を受け取る。サラリと言うメアリーアンヌの言葉と頬を染める少年に第二王子は顔を顰める。


「お姉様は初めて愛の言葉をいただいたそうですよ。義兄様、私は役目を終えた愛されない妃は愛してくれる方に下賜されるのもいいかと」


第二王子はマーガレットの言葉に目を見張りメアリーアンヌを抱き寄せる。


「え?待って、下賜しないよ。メアリー、ごめん。気付かなかった。愛してるよ」

「シリウス様、私は大事にしていただき満足してます。愛の言葉は人に対抗して捧げるものではありませんよ」


メアリーアンヌは呆れた顔をしてふぅっと長いため息をつく。


「違うよ。君がポポロの背から落ちた日からずっと好きだった。彼より僕のが先だよ。僕は君を」

「落ちた日?人違いではありませんか?」

「昔、ポポロの背から降りて、地面に激突する前に拾ってもらう遊びに嵌まっていただろう?」

「うそ!?誰もいなかったはず。あれ?そういえば一度だけ綺麗なお馬様に。内緒にしてください。お母様に怒られたら恐ろしい。もう時効?」


メアリーアンヌは恐ろしい言葉に目を丸くして顔を青くする。空の散歩の禁止はトラウマである。

マーガレットは姉のために忠告する。


「殿下、ここで流されないでしっかりお気持ちを伝えてください。できれば二人っきりでゆっくりとムードというものを作ってください。いい加減にヘタレを卒業してください」

「メアリー、帰るよ。ゆっくり話そうか。ごめん。気付いてなかったよ。僕は君に恋して愛しているから君にも夢中になってほしい」


第二王子はメアリーアンヌの頬に手を添えて瞳を見つめ甘く囁く。


「待って、真顔で言われると勘違いしそうになるからやめて。耳元で囁かないで。無理です。ポポロ、おいで」


風が吹き、第二王子の腕から抜け出したメアリーアンヌは頬を染めポポロの足を掴んで飛び乗る。

第二王子は明らかな好感触に空に飛び立った愛妻の顔を見たくてもすでに姿はない。動体視力のいい第二王子はほんのり染まった頬は視界にとらえていた。


「マーガレット、僕は自惚れてもいいんだろうか?」

「駄目です。もっと頑張って下さい。私はお姉様には幸せになってほしいんです。前向きで切り替えが早くても傷つかないわけではないって覚えていてください。殿下は一度、泣かせてますし」

「いつ!?」

「それはご自分で考えてください」


ユリシーズの息子がマーガレットの腰に飛びつく。


「メアリー飛んでる。ズルい!!俺も行っていい?」

「お父様の許可があるなら」

「わかった。聞いてくる!!」


第二王子は飛び出して行く甥を慌てて追いかける。

メアリーアンヌと甥を二人にすると帰ってこないのは経験済みだった。


「俺もメアリー様と空の散歩がしたい」

「鳥の使役は難しいからね。まぁ頑張りなさい」


マーガレットが息子と姉の話題で盛り上がっているとユリシーズが第二王子に頼まれてメアリーアンヌを連れて戻ってきた。

空の散歩のおかげでメアリーアンヌの顔の火照りは戻っている。メアリーアンヌは第二王子から離れた場所に着地する。第二王子が駆け寄りメアリーアンヌを抱きしめる。甥への牽制も含めている。


「メアリー、愛しているよ」

「殿下、人前で、おやめください。お戯れを」

「信じてくれるまでいくらでも言うよ。それに君の心に残るのが僕以外の男の言葉なんて許せない」


メアリーアンヌは口説かれ慣れていないため、赤面し腕から逃れようともがく。第二王子は腕を離さず上機嫌に笑い頬に口づける。

マーガレットは子供が生まれてようやく夫の恋慕を知った姉夫婦の仲睦まじい様子を眺め、幸せそうに笑う姉を見て微笑む。

いつかメアリーアンヌが捨てた初恋を第二王子が保管していることに気付くかもしれない。その時はどんな顔をして話をしてくれるのか想像すると楽しみである。

メアリーアンヌは「なんでも話して欲しい」とおねだりする妹にだけは素直に話す。

思い込みの激しい姉と流されやすいヘタレ王子。

マーガレットは姉は王子以外と婚姻するほうが幸せになれると思っていた。

婚姻直前の姉は全く幸せそうではなかった。それでも時間と共にいつもの笑顔が戻ってきた。

どこに行っても幸せを探し必ず見つける逞しい姉は大好きである。

潔癖で自分勝手な兄も見ていて面白い。

外面のいい公爵家の兄妹は仲良しである。

兄妹の中で一番平凡なマーガレットは自分が一番マトモと自信があった。人間観察が好きで空気を読まないおっとりしているマーガレットを兄と姉が心配しているのに気付かない。

笑顔で人の地雷を踏み抜きにいくところを兄が、危機感がなくおっとりしていて誘拐されないかを姉が。

マーガレットは何かあれば優秀な兄と姉が助けてくれるのを知っているので、ある意味一番自由奔放な末妹である。



メアリーアンヌは深夜に第二王子に抱きかかえられ連れていかれたのは王宮の第二王子の私室だった。

第二王子は机の中の引き出しを開け、中を覗かせる。

メアリーアンヌは自分が捨てた物が詰まっていて目を丸くする。


「処分するって言うから貰ったんだよ。気付かなかったのに悔しかったけど、嬉しかった。誤解させて、傷つけてごめん」

「昔のこと。あの頃は、若かったから。王宮で殿下を見かけて話しかけようとしていつも人に囲まれていて、好きになってもらうのは諦めてたの。嫌われなければいいって。殿下は優しいけど私だけには距離があったから。それでも一緒にお散歩したり、踊ったり傍にいられれば幸せだった」

「僕はポポロと過ごす君に一目惚れして婚約者に指名した。意識したら君が可愛く見えてうまく話せなくて、いつも君を探しにいくのに見つからなくて。ケイルに優しくする様子さえ嫉妬して」

「恋は怖いもの。胸は痛いし、嫉妬に狂って意地悪したくなる。殿下が銀髪が好きって聞いて伸ばした髪を海に捨てた時にもういいやって」

「メアリー、もう一度伸ばしてくれない?僕はメアリーだけを愛している。胸が痛いなら僕の所に来ればいい。嫉妬するなら教えてよ。僕は常に狂ってるから意地悪しないですむ方法を教えてあげる」


無言のメアリーアンヌに第二王子が口づける。

メアリーアンヌは伸ばすのをやめた髪をもう一度伸ばし始める。

第二王子は膝の上に乗せて、頬を緩ませながら伸びていく髪を梳く。愛の言葉を囁けば頬を染めるのは気付かないフリをして口づけを落とす。

メアリーアンヌは海に捨てたつもりの、気付かないように鍵をかけた恋心の箱が開きかける自覚があった。それでも第二王子妃でありつづけるために見ないフリをした。

言葉にするのは怖い。綺麗な夫人に囲まれる第二王子に視線を向ければすぐに寄ってきて肩を抱かれ愛の言葉を囁かれる。覚えのある感情に身を委ねるのは怖い。それでも髪を丁寧に拭いて、優しく手入れしてくれるなんでも叶えると言う王子様に身を委ねる。

メアリーアンヌが初恋を捨てた時と同じ髪の長さになった時に夫を見つめて、頬に手を添えて口づける。第二王子は初めての妻からの唇への口づけに笑う。


「殿下、やはり恋は怖いです。ですが愛しく恋しく思うのは貴方だけです。私はこの気持ちを認めれば側室も妾も許しませんよ」

「ありえないけど、その時は僕を殺していいよ。僕はメアリーで手一杯。君の心がもらえるならなんでも差し出すよ」

「約束です。シリウス様、愛してます」

「やっとか。僕は生涯かけて証明するよ。君への揺るがない恋心を」


第二王子は幸せそうに笑い口づけを落とす。

年を重ねるほど妻の魅力が増し隠居したいと兄に頼んでも許されない。

愛しい妻と可愛い子供達とずっと一緒にいたいのに公務と王族という言葉に邪魔される。

兄には常に妻と同じ公務を組んでやってるだろうがと苦言を言われても納得いかない。

第二王子は明日は公務を終えたら、久しぶりに懐かしい庭園の散歩に誘おうかと考える。愛妻の捨てた初恋の話を聞き、自分の恋の話を返せば真っ赤になって甘える姿が愛しく愛らしい。第三王子夫妻に邪魔をされても明日だけは広い心で許すかと思いながら。

そしてメアリーアンヌがマレードに第二王子に好かれていたと話、周囲を驚愕させるのはしばらく先の話である。

仲睦まじい第二王子夫妻が政略結婚と思い込んでいるのはメアリーアンヌとマーガレットだけだった。

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