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失恋した少女は幸せを求めて空に飛び立つ  作者: 夕鈴
番外編

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11/13

空駆ける少女に捕えられた王子6

帰国したシリウスは冷たい雰囲気はなくなり、上機嫌な笑みを浮かべていた。ほぼ毎日メアリーアンヌが参内しているからだったが理由を知らない令嬢達は恋心が再燃していた。そのため醜聞持ちのすでに恋心を捨てたメアリーアンヌは、令嬢に会うたびに同じような会話を繰り返していた。


「殿下のお傍にいるのに相応しくないそのお姿はどうかと」

「お立場を考えたほうが、よろしいのでは?」

「私でしたら図々しく参内などできず、修道院に」


シリウスは会議が終わり、メアリーアンヌを探していた。足を止めている銀髪を見つけ不穏な言葉が耳に入った。メアリーアンヌの参内する時間は常に傍にいたいため自身の公務はすでにすませてあり、これからは二人で夢のような婚姻準備を進める予定だった。


「修道院でしたら、あそこがいいですわね。辺境の山頂にある、お父様達を説得してくださるなら」

「それは相応しくないと認め、辞退すると」

「あの修道院でしたら紹介できますよ。罪状は用意して差し上げますわ」


シリウスはメアリーアンヌを修道院に送ろうとする令嬢達に冷たい笑みを向けた。


「斬られるのと、国外追放どっちがいい?僕の妃への不敬は」


メアリーアンヌは剣に手をかけたシリウスが近づいてきたので目を見張り、今にも剣を抜きそうな様子に鞘から抜けないように手を重ね押さえつける。


「殿下、おやめください」

「え?メアリー?」

「殿下、体を動かしたいなら訓練場に。ここは相応しい場ではありません」

「そうだよね。メアリーに汚いものは見せられないね。ごめんね。行こうか」


シリウスはメアリーアンヌから初めて手を触れられ、照れ笑いを浮かべて剣を握った手をひっくり返し指を絡めて足を進める。

メアリーアンヌは事後処理が面倒な王宮内での殺傷事件が起きないことにほっとしながら、シリウスに従う。真っ青な顔の令嬢達は気にしない。帰国してから様子のおかしいシリウスに戸惑いながら思考を放棄した。浮かれるシリウスと無表情で淡々としているメアリーアンヌの温度差は凄かった。


第二王子とメアリーアンヌの婚姻準備が急ぎで進められていると知れ渡り、婚姻に反対する貴族が声をさらに上げた。

メアリーアンヌはシリウスが剣を抜こうとするたびに手を掴んで止める。様子のおかしいシリウスに手を引かれて庭園を散歩をしていると空返事で考え込んでいるメアリーアンヌに気付いたシリウスが足を止め肩に手を置いて顔を覗く。


「メアリー?」


メアリーアンヌは心配そうな顔で自分を見るシリウスの顔をそっと両手で包みじっと見つめる。目元の隈を優しく撫でて、疲労の濃いシリウスの真っ赤に染まった顔に額を合わせ熱を測る。


「殿下、執務を代わります。どうか休んでください」

「え!?大丈夫だよ」

「いいえ。体が休息を望まれています。それにお迎えもいりません」

「僕はメアリーに」


メアリーアンヌは真っ赤な顔で動揺するシリウスの腕を引き、地面に押し倒す。真っ赤な顔で茫然としているシリウスの頭を持ち上げ、自身の膝を入れて目の上に手を乗せる。


「お休みください」

「あ、いや、大丈夫だから」

「執務は私がします。どうか休んでください」

「大丈夫」

「大丈夫ではありません。体が一番大事です」

「起きたら君はいないんだろう?」

「ケイル様とそっくりですね。ゆっくり休んでください」


メアリーアンヌはケイルアンにするように頭を優しく撫でる。本当は寝室で一人で休んで欲しかったが休むつもりがないのがわかり見張りが必要と判断した。夫以外を寝室で押し倒していけないと兄に言い聞かせられていたので庭園で寝かせるしかなかった。

シリウスは顔を真っ赤にして、胸の鼓動がさらに速くなって眠気は襲ってこない。念願の膝枕なのに弟と比べられていることに複雑に思いながらどうするか悩む。


「メアリー、ズルい!!僕も」

「ごきげんようケイル様、申し訳ありませんが起きるまでお待ちください。今だけはお疲れのお兄様に譲ってください。このままだと病気になってしまいます」

「病気は駄目だね。わかった。起きたら僕の番ね」

「かしこまりました。お一人ですか?」


シリウスはケイルアンの迎えが来るまで狸寝入り決めた。11歳のケイルアンがメアリーアンヌに触れるのはやめてほしい。


「メアリー、僕ね留学に行ってきたんだ。新しく覚えた挨拶してあげる」

「お帰りなさいませ。殿下が起きてしまうので静かにお願いしますね」


ケイルアンとメアリーアンヌの小声で話す声に耳を傾け不穏な会話にシリウスは目を開ける。ケイルアンの留学に行った国はスキンシップの激しく歓迎に熱烈な口づけをする者もいた。シリウスは文化の違いを理由に全て断った過去を持つ。


「ケイル、触れるな。口づけたら斬るよ。他国の文化を学ぶのはいいけど、王国内ではうちのルールに従って。僕は自分の妃が弟でも触れられるの嫌」

「殿下、ゆっくり眠られてください。ケイル様、お兄様はお疲れです。ゆっくり眠ればいつもの優しいお兄様に戻ってますよ。そろそろ授業の時間では?行ってらっしゃいませ。あとでお菓子を用意させます」


シリウスの冷たい声にショックで固まっているケイルアンにメアリーアンヌが手を伸ばすのでシリウスは起き上がり抱きしめる。他国での挨拶代りの頬や額への口づけを許すつもりはなかった。


「ケイル、兄弟仲良くしていたいなら覚えて。メアリーは僕の物なんだよ。授業に戻って。もう子供でないならわかるだろう?」


ケイルアンは兄の聞いたことのないほど冷たい声にコクンと頷き走り去った。


「殿下、医務官を」

「君に触れる権利があるのは僕だけだ。忘れないで」

「かしこまりました。どうかお休みください。寂しくないですよ。私は殿下のものです。安心して休んでください」

「メアリー」


メアリーアンヌはケイルアンと喧嘩した後に落ち込むマーガレットにするように背中を優しく叩く。これでも眠らないなら無理矢理意識を奪おうかと悩みながら。

一人で眠れない駄々っ子のようなシリウスを無表情で宥めながら物語を話しても眠らない様子にため息を飲み込む。

シリウスはメアリーアンヌの言葉と初めて背中に回った手に体の熱が上がる。喜んだのは一瞬でメアリーアンヌが騎士物語を話し出したことに戸惑う。それでもやわらかい体に逃げない初恋の少女に幸せを噛みしめる。

メアリーアンヌは自分を抱きしめて眠る様子のないシリウスに無言で首に手刀を放つ。

メアリーアンヌの行動に驚き駆け寄る近衛に意識を失い力の抜けたシリウスを寝室に運ぶように託して立ち上がり、第一王子を探しに行く。

第一王子はメアリーアンヌが弟の意識を容赦なく奪う光景を見ていた。そして弟の手綱を握れそうだと確信を持ち急ぎで婚姻準備を進める弟を手伝うことを決めた。

メアリーアンヌはシリウスの言動は寝不足の気の迷いとして本気にしていない。そしてシリウスも途中で意識を失った所為か夢と勘違いしていた。ケイルアンは第一王子の婚約者のリリアンに慰められ、婚約者以外に口づけてはいけませんと優しく言い聞かせられていた。



メアリーアンヌは第一王子にシリウスの手伝いを申し出ると公衆の前で剣舞の披露を命じられる。メアリーアンヌは第一王子の考えを聞きながら、シリウスに武術の腕を隠す必要はなくなったので静かに頷く。

第一王子と打ち合わせをして、シリウスに医務官の手配を頼み退室し馬車に揺られて公爵邸に帰宅した。そして命じられた剣舞の練習を始めた。


数日後に第一王子主催の第二王子妃内定披露のパーティが開かれた。

王家が許しても、貴族の象徴である髪を切り、3か月も社交界から姿を消していたメアリーアンヌに王子の妃として認められないと批難の声が上がり、異議のある者は糾弾の機会を与えるため必ず参加するように命じられていた。

第一王子はメアリーアンヌが消えてからの弟の奇行にまともな弟に戻すためにメアリーアンヌの必要性を痛感していた。メアリーアンヌを隣に置いておけば常に上機嫌なシリウスの執務の処理速度は早く、バカはメアリーアンヌが咎めればすぐに収まるからである。

どんなに非難の声が上がっても第一王子はメアリーアンヌを迅速に第二王子妃に迎えたかった。一番の問題は貴族の不満よりもメアリーアンヌ自身が非難の声を肯定していることだった。相応しくないと逃げ出さないように貴族達にも第二王子妃として認めさせ外堀を埋めるために前代未聞の内定披露のパーティを設けた。

メアリーアンヌを糾弾させるためのパーティは絶対に反対するシリウスは直前まで知らされていなかった。メアリーアンヌを批難するなら斬ればいいと物騒な思考を持つ弟には。


「メアリーに不満を持つ者を納得させる!?僕に望まれただけで充分なのに」

「それがわからない者もいるだろう?見てればいいよ。メアリーなら大丈夫だよ。そろそろ着替えないと遅れるよ。迎えはいらないとメアリーから言付かってるよ。どうか休ませて欲しいって」

「迎えに行きます。バカな言葉を聞かせたくない。口を開く前に斬りたいけどメアリーに汚いものは見せれないし、取り潰せばいいのか」


シリウスは物騒なことを言いながらも正装に着替え、公爵邸に迎えに行くのは兄に止められ無理矢理会場に連行された。

第二王子妃内定披露の会場はざわついていた。姿を消してからメアリーアンヌの社交界への初めての復帰なのに姿が見えずに批難の声がさらに囁かれていた。

王族が現れたので口を閉じ貴族達は礼をする。シリウスはメアリーアンヌの姿がないのに嫌な予感がした。もしまたいなくなったらと背中に冷たい汗が流れていた。メアリーアンヌが第二王子妃に相応しくないという令嬢達の言葉を肯定する場面を何度も見てきた。そして会場はメアリーアンヌが髪を切った場所である。

国王の挨拶のあとに王妃が引き継ぐ。


「新たに迎える王族を披露します」


扉が開き騎士の正装を身に着けたメアリーアンヌが現れ、シリウスは見慣れない姿に凝視する。

メアリーアンヌは視線が注がれるのは気にせず背筋を伸ばし、凛とした眼差しで国王の前に進み礼をする。国王が静かに頷くと、顔を上げて振り返り貴族達に向かって礼をする。

メアリーアンヌはゆっくりと顔をあげ緑の瞳をぱっちりと開けて会場を見渡す。批難や嫌悪の視線を向ける貴族達の顔、優しく笑う父、自信満々な顔の母、心配そうな顔のマーガレット、微笑むマレード。

メアリーアンヌの醜聞による公爵家の汚名返上のための機会を与えてくれた第一王子に感謝し、祖父の教え通り背筋を伸ばして会場上に響くように声を出す。


「このたびはこのような場を用意していただきありがとうございます。しばし皆様のお時間をくださいませ」


メアリーアンヌは王家と公爵家の紋章の刻まれた剣を抜き、公爵家の誇りと歴史の詰まった自慢の剣舞を舞う。

祖父と父のように力強く、空気を支配し、一つ一つの動きを丁寧に、公爵家の力を全ての人の目に刻み付けるように。王国を守る最大の要の公爵家。兄がまとめていく未来にメアリーアンヌの所為で影を落とさないように。

メアリーアンヌは嫁げば公爵家のためだけに動けなくなる。メアリーアンヌは王子の妃として相応しくない。でも王族に望まれ、公爵家の血を王族の血に混ぜたいと望まれた。メアリーアンヌではなく誇りある公爵家の血が望まれたなら、認められるように努力しないといけない。王族に相応しくないと囁かれる言葉に向かい合う。

父の教え通りに言葉ではなく行動で示す。

嫁ぐまでに公爵家のためにできることは精一杯する。優しい一族はメアリーアンヌの作った醜聞を誰も責めない。メアリーアンヌは幸せをたくさんくれた公爵家に幸せ以外の置き土産を残したくない。だから必死に舞う。歴史ある偉大な伝統を、今も劣ろえのカケラもない姿を全ての者の目に刻み付けるように。恋心で過ちを犯した自分に舞う資格があるかわからない。でも舞うようにと託された剣には公爵家の紋が刻まれていた。剣に恥じない剣舞を、罪を許してもらうためではない。公爵家の力を見せつけるために心をこめて、誇りと決意、今までの教えの全てを籠めて。


メアリーアンヌの銀髪と瞳が光りを受けて輝き、一つ一つの動作に視線が釘付けになる。力強く剣を掲げ、軽やかなステップでしなやかに剣を振り降ろし空気を切り裂き、風が起こる。

短髪で凛とした表情は中性的で小柄で細身の体で剣を降ろす姿は美少年にも美少女にも見えた。

婚約破棄騒動のパーティで披露された剣舞を上回る美しさに息を飲むもの、感嘆の声を上げるもの震えるもの、感動の涙を流すものと反応は様々である。



「メアリーアンヌは武術が得意なのよ。元総帥閣下の愛弟子で公爵領ではよく踊っているのよ。美しいでしょ?」


楽しそうな王妃の声はシリウスの耳に届いていなかった。美しい舞に魅入られたのはシリウスも同じだった。


剣舞が終わりメアリーアンヌが礼をすると静寂な空気に包まれた。マレードが拍手をするとケイルアンが続き、次第に盛大な拍手に会場が包まれる。


「剣舞が舞えようと相応しいとは言えません。醜態をさらした貴方は妃よりも近衛にでもなればよろしいのよ」


シリウスは拍手の音に我に返り、響く声に拍手が止んだ。

清廉された空気を壊す声に一部の貴族が落胆し、一瞬顔を顰めた。目を閉じ礼をしたままのメアリーアンヌに視線が集中する。


「騎士の姿がお似合いですわ。その髪にも相応しい。一度言葉を違えた貴方の言葉を信用できないから、近衛は無理かしら?辺境地でも」


シリウスは壇上から降りて礼をしたまま顔を上げないメアリーアンヌの隣に立ち、甲高い声の主達を静かに見つめる。


「誤解があるから改めて言おうか。今回の騒動の否は僕にある。家柄にも品位にも何も問題はない。王族に望まれた妃を迎え入れることへの不満があるなら教えてくれないか?」

「殿下、側室なら構いません。でも醜聞持ちの正室など相応しくありません。彼女は妃殿下のお茶会に参加せず卑しくも他国の殿方と密会してましたもの。裏切りです」

「それは兄上がメアリーにお使いを頼んだ所為だよ。彼女の使役は王国一の速さを誇る」

「使役でしたら私の兄の方が速いですわ」

「それは兄上に伝えてよ。兄上が頻繁にメアリーにお使いを頼むの嫌だったんだ。僕は使役に興味ないし」

「醜聞しかない彼女よりも私のほうが絶対にお役に立ちます」

「殿下、目を醒ましてください。家柄しか優れていない王子妃など」

「僕の妃に迎えたいと王族が認めたのはメアリーアンヌだよ。王子の正室になりたいなら他をあたってよ。僕はメアリーへの不敬は許さないから覚えておいて」


メアリーアンヌは剣舞の後の高揚感に包まれていた。本気で舞った剣舞のあとは現実に戻るまでしばらく時間が必要だった。殺気に顔を上げると、隣でシリウスが剣に手をかけていた。慌てて剣を抜かないように手を重ねて動きを封じる。今の状況がわからなくてもシリウスが剣を抜こうとする状況は数日でよくわかっていた。


「殿下、おやめください」

「メアリー、目を瞑ってて。見せしめって大事だよね。体に覚えさせないと」

「おやめください。義兄様が用意してくださった場を血で染まるのは見たくありません。至らない私の所為で不快な思いをさせて申し訳ありません。この醜聞は私が向き合うべきものです。殿下が斬れと仰せなら私が斬ります。ですが今はまだ私にお任せください」

「僕は君が至らないなんて思ってないよ」

「受け入れていただけるかはこれからの私次第です。もし相応しくないと思うならいつでも首を落としてください。私の命は王家のもの。王家への害意は許しませんが私個人へのものでしたら受け入れましょう。恩情をくださるなら執行人の指名をさせてくだされば他は望みません」

「メアリーが何を言っても君への害意は僕が許さないよ。メアリーの願いだから一度だけ見逃す。次はないから覚えておいて」


爽やかな第二王子の冷たい笑顔に驚き静寂に包まれた会場に一人の令嬢の笑い声が響いた。

剣舞を最前列で見ていた美しい笑みを浮かべたマレードが王族に礼をして振り返り敵意の視線を向ける令嬢達に向き直る。


「発言をお許しください。空気の読めない令嬢は退散しては?見苦しくってよ。我が家は第二王子妃として認めております」


マレードの隣でリリアンが微笑む。


「我が家も認めてます。私は共に王妃教育を受けました。私の不得手は未来の義妹がフォローしてくれますわ。そして義妹の苦手は私の得意分野。貴方が殿下に選ばれても私と被ってしまいお役に立てませんわよ。殿下に選ばれなかった貴方には資格はありません。殿下に選ばれずとも私達以上にお役に立つなら側室に進言してもよろしくてよ?」



メアリーアンヌは兄の教えに従い沈黙を貫く。社交が苦手なら余計な事は言わず、命の危険がなければ口を挟まない。マレードとリリアンが令嬢達と口論を広げているのは見ないフリをしてシリウスの手が剣から離れていることに安堵し思考を放棄し気配を消して無表情で佇む。

シリウスはメアリーアンヌの手を繋いで口論する令嬢達から離れる。リリアンとマレードに敵う令嬢は存在しないので参戦する必要はなかった。

第一王子はリリアンとマレードがメアリーアンヌを気に入っているのを知っていた。メアリーアンヌが口で敵わなくてもシリウス達が論破する。多くの者がメアリーアンヌの剣舞に魅入られた。そして未来の王妃と国一番の力を持つ公爵令嬢の後見に反対する愚かな貴族に冷めた視線を向けていた。第一王子が楽団に視線を送ると演奏が始まる。

シリウスはダンスホールの中心にメアリーアンヌをエスコートしてダンスを申し込む。


「メアリー、今日は僕だけと踊ってよ」

「殿下、私は」

「疲れてなければ付き合って。蛙と踊るのに僕とは踊ってくれない?」


メアリーアンヌは驚きを我慢して無表情で頷き踊る。ドレスではないので、視線を余計に集めている自覚はあっても王子の望みを叶える良識は持っていた。

着替えるために中座するタイミングを逃し、シリウスとメアリーアンヌは2曲ほどダンスを踊る。メアリーアンヌはマーガレットにダンスに誘わて踊るとその後は令嬢達の誘いが止まらなかった。シリウスは「令嬢だけなら譲るけど最後は僕」と言いパートナーを譲った。シリウスへのダンスの誘いは断りメアリーアンヌのダンスを眺めながら、メアリーアンヌに声を掛けようとする男への牽制と不満の視線を向ける貴族への脅しに専念した。パーティの終盤にはメアリーアンヌへの不満を口にする者はいなくなった。メアリーアンヌは思考を放棄しダンスを踊り続け周囲の変化には気付かない。

シリウスは令嬢と踊り終わったメアリーアンヌにそっと手を差し出し、真剣な顔で見つめる。


「メアリー、修道院も斬首も許さない。君を傷つけるものは僕が消すよ。だから、どうか受け入れてくれないか?」

「殿下、物騒なことはやめてください」

「君が望むなら。最後のダンスを」


メアリーアンヌが差し出される手にそっと手を重ねるとシリウスが極上の笑みを浮かべる。頬を染め触れるだけの口づけを手に落とす。


「どうか僕の妃に。君を僕の物にする権利を」

「殿下のお心のままに。精一杯務めます」


ラストダンスを踊りはじめる二人をうっとりと見つめる者が多かった。頬を染めてプロポーズするシリウスに無表情が凛々しく映るメアリーアンヌの淡々とする受け答え。シリウスよりメアリーアンヌのほうが美しく格好良く見えうっとりと見惚れる令嬢もいた。見目麗しい息の合ったダンスに「男装の麗人も素敵」と呟く妻に嫌な予感が走る者も。

パーティが終わり、シリウスのエスコートで会場を出ると緊張の糸が切れメアリーアンヌは意識を失った。


「メアリー!?」

「殿下、申し訳ありません。体力の限界です。連れて帰ります」


真っ青な顔でメアリーアンヌを抱き上げるシリウスに公爵が近づき優しく笑う。


「大事ないのか。メアリーにこんなことをさせてすまない」

「殿下、謝罪はやめてください。最高の舞を披露したうちの娘は弱くありません。殿下もお疲れでしょう。ゆっくりお休みください」


公爵はメアリーアンヌをシリウスの腕から抱き上げ立ち去った。

メアリーアンヌが第二王子妃になるには向き合わないといけないことだった。それに真綿に包まれるように守られる性分でないこともよくわかっていた。貴族に向かない性格のため公爵令嬢として厳しく躾けられ、王族に望まれるなら精一杯応える自慢の娘の頭を優しく撫でた。

公爵はシリウスならメアリーアンヌを大事にしてくれると信じていた。だから妻の言葉通りに沈黙を貫き干渉しなかった。ベッドに寝かせた娘に幸多かれと願い婚儀の日に息子を呼び戻す手配を始めるために部屋を出た。

メアリーアンヌは翌日、父に剣舞を褒められニッコリ笑う。幼いころから剣舞が褒めてもらって一番嬉しいのは祖父と父。今日も王宮に呼ばれているため、馬車に揺られ空を見上げながら空の散歩の解禁を願う。連日兄に懇願の手紙を送っても返事はない。馬車から降りると、シリウスが待っており強く抱きしめる。


「メアリー、おはよう。昨日は最高の剣舞をありがとう。人生で一番心が惹かれた舞だったよ」

「おはようございます。ありがとうございます。ですが祖父や父には及びません。殿下、離していただけませんか」

「大神官が明後日には戻ってくるから、もう少しだね。行こうか」


シリウスはメアリーアンヌの手を繋ぎ足を進める。メアリーアンヌに腕を抱かれるのも好きだがふといなくなることに気付いてからは離れないように手を繋ぐことにした。魅力的な姿を披露したため害虫が増えたこともあり一時も離れたくないためシリウスは王宮に参内しているメアリーアンヌの傍から一切離れなかった。

第一王子の思惑通り、メアリーアンヌのファンが増え、短髪にさえ苦言を言う者はいなくなる。令嬢と夫人のファンが多く、娘や妻の機嫌を損ねたくない男性陣は無言を貫く。王国では夫よりも妻のほうが強い家が多かった。

是非短い髪のままでまた剣舞を披露してほしいと願う声が醜聞を上回ったおかげで滞りなく婚儀を迎えた。二人の婚姻への祝いの献上品にはシリウスには小さい男性用の服が多かった。シリウスはケイルアンに渡し、メアリーアンヌには自分好みの服を大量に贈った。



全ての婚儀に関する行事を終え通された離宮で緊張の糸が切れたメアリーアンヌは限界を迎える。


「殿下、耐えられません」

「え?」

「ポポロに会いたい」


シリウスが帰国し、1週間で婚儀の準備に追われたメアリーアンヌはポポロと過ごす時間がほとんどなく、空の散歩にも出かけていない。メアリーアンヌの誤解で王子が行方不明になった罰として空の散歩を兄に禁止されていた。ユリシーズは自分達を雨の中、飛ばせた原因を作った妹を許さなかった。

ずっと淡々と貴族の顔で過ごしていたメアリーアンヌの瞳から涙が流れシリウスは狼狽える。


「ポポロ」

「あ、朝までには帰ってくる?」


シリウスの言葉にメアリーアンヌの涙が止まり目が輝く。


「行っておいで。きちんと帰ってくるんだよ」


メアリーアンヌは勢いよく頷き、窓から裸足で飛び出す。

そしてポポロを呼び満面の笑みで乗り夜空に飛び立った。

シリウスは新婚初夜に飛び出したメアリーアンヌに複雑な想いを抱え、王宮の私室に戻り寂しさを紛らわすために数日前に手に入れた宝物の分厚い青い本を取り出し一枚一枚ページを捲り、大事な記憶を思い浮かべる。シリウスは宝物を手に入れてからメアリーアンヌへの愛しさが溢れそうで片時も離したくない。でも自由に空を飛ぶ少女の翼を奪ってはいけないのはわかっていた。

帰ってきた初恋の少女と過ごすために執務を片付け夜明けとともにメアリーアンヌのために用意した離宮に戻る。空を見上げていると白い鳥を見つけ、外に出て降下する姿に駆け寄る。ニコニコと笑顔で飛び降りたメアリーアンヌが地面に着く前に抱きとめる。


「おかえり」

「おはようございます。殿下」

「おかえり」

「ただいま帰りました」

「食事にしようか」



シリウスはメアリーアンヌと朝食を終え、目の下に隈のあるメアリーアンヌをベッドに連れ込み抱きかかえて眠りにつく。メアリーアンヌは首を傾げながらも、眠気に負けて目を閉じる。

婚儀の準備で多忙の上、徹夜をした二人が起きたのは夕方だった。



婚姻してもシリウスの前でメアリーアンヌの無表情は変わらない。

シリウスは常に無表情で貴族の仮面を外さない人目を気にするメアリーアンヌに小屋を贈る。

メアリーアンヌは手を引かれて招き入れられた何もない小屋に首を傾げる。


「欲しい物はなんでも手に入れるよ。ここは自由に使って。中に入るのはメアリーの許した者と僕だけ。これならいいかな?」

「第二王子妃として相応しく」

「肩書はいらない。ずっと寂しかった。僕にも素の顔を向けてくれないか?臣下ではなく対等な家族になったんだ」

「お母様とお約束」

「公爵夫人よりも僕の方が上だ。それに僕の妃になったメアリーが優先させるは僕の願いだよ」

「かしこまりました」


ケイルアンのように寂しがりやな王子に心の中で笑っていたメアリーアンヌがニッコリ笑うとシリウスがそっと抱きしめる。


「空の散歩も自由に出かけていいけど約束をくれないか?出かける前に僕に教えてほしい」

「はい。お約束します。では材料を集めに行ってきます」

「重たい物なら僕が」

「ポポロは力持ちですよ。行ってきます!!」

「メアリー、暗くなるまでに絶対に帰って来るんだよ」


飛び出していくメアリーアンヌをシリウスが見送り公務に向かう。シリウスが恋したようやく顔を見せた初恋の少女に笑い、知れば知るほど夢中になる。

公務を終えて食事の時間になっても離宮に姿を見せないメアリーアンヌを探しに行くと小屋の中で丸くなって眠っている。シリウスが頬を突っついても起きないため後日ベッドを用意することを決めて、抱き上げる。

ぐっすり眠るメアリーアンヌを起こす気が起きず、離宮のベッドに降ろし小さい体を抱きしめて目を閉じる。


「ポポロ?でんか?」

「食事にする?まだ眠る?」

「あったかい」


虚ろな瞳で寝ぼけているメアリーアンヌにシリウスは笑う。


「メアリー、恋心はもうないの?」

「海の藻屑になった」

「拾い集めればいいのかな」

「消えたものは戻らないよ。恋は一時のもの。冷めるのも一瞬。でもきっとこの温かさは忘れられない」


シリウスは自分の胸に顔を埋める初恋の少女を抱きしめる腕に力をこめる。


「一瞬ではないものもあるよ。それは僕が証明するよ」


シリウスは一度もよそ見はしない。

以前は一度も視線を向けなかった少女が自分を見つめてくれるようになった。

笑顔を向けてくれるようにも。

特別になれなくても素の顔を知る男は身内以外では自分だけと優越感に浸る。

少しずつ変わっていく関係性に悩みながら二人を繋ぐ絆が永遠であればいいと願い口づける。

人と人は魔法で繋がれない。唯一になれるかは互いの心次第である。

どんなに妾や側室にと美しい令嬢に望まれようと心が欲しいのは一人だけ。

目が覚めて、離宮にいると気付いた妻が貴族の顔に戻るまで表情豊かな妻を堪能しようと、頬に口づけを落とす。ニッコリ笑う愛らしい顔に理性が切れて、会議をすっぽかし兄に怒られるのは何度咎められても変わらない。

聡明な第二王子は妃さえ傍に置いておけば遅刻以外は欠点のない王子である。

そして武に優れると言われる第二王子より第二王子妃のほうが強いと気付かれ騎士の指導に駆り出されるようになる。


「殿下、これはいかがなものかと」

「指導してるから平気だよ」


シリウスは訓練場に長椅子を入れメアリーアンヌの膝に頭を乗せながら騎士の訓練を眺めていた。


「私がここを預かりますので、休まれては」

「君の乱れる姿は僕だけのもの。さすがにここでは」

「殿下、落としますよ」

「落とせるものなら」


シリウスニヤリと笑いメアリーアンヌの腰に手を回す。剣の腕と素早さは負けても力は自分の方が上。メアリーアンヌは諦めてそっと頭を撫でると気持ち良さそうに笑う夫に兄弟そっくりと小さく笑い騎士達から苦情が出るなら義兄に注意されるからいいかと思考を放棄する。


「殿下、勝者が決まりました!!手合わせを」

「行ってくるよ。メアリーと手合わせしたいなら僕に勝ってからだよ」


シリウスはゆっくりと起き上がりメアリーアンヌの頬に口づける。剣を持って立ち上がり、勝者と剣を合せる。メアリーアンヌはほとんどシリウスがこなすため自分がここにいる意味はわからない。それでも公務の予定に組まれているため大人しく従う。

頭のよくないメアリーアンヌは与えられた仕事をするだけである。自分に期待されている役割が夫のお守りとは気づかなかった。そして上司が美人な妃に甘える姿に嫉妬し闘志を燃やす男心も。



「兄上はもう一度恋して欲しいっていうけど」

「メアリーの方が格好いいのよね。いざって時は男前で強いし」

「うん。近衛より強いし速い。こないだ暗殺者を捕えてたもんね。兄上の側室になりたいご令嬢はメアリーと仲良くしたいんでしょう?」

「メアリーの剣舞が見放題だもの。あの美しい剣舞を見たら心が虜になるのよ。あの子は腕がなまらないように毎日後宮で踊るもの。義姉様がメアリーの剣舞を自慢するから側室狙いが凄いわ」

「母上の頼みで毎朝披露してくれるもんね。僕は皆で集まる朝食は楽しいけど兄上だけはメアリーとの時間が減るって嫌そう。使役獣との心の絆が強いほどお互いの潜在能力が発揮されるからあんな動きが出来るのかな?メアリーは国一番の契約者?」

「さぁね。新しく練習している陛下の生誕祭での剣舞が楽しみね。衣装は張り切って用意するわ。見つかる前に行きましょうか。そろそろメアリーは飛び出すかしら?」

「どうして?」

「4日に1回は空の散歩をしないと機嫌が悪くなるのよ。基本は温和なんだけど、イライラして我慢できなくなって喧嘩するの」

「兄上に怒っているんじゃなくて?」

「何をしても怒って飛び出すわよ。メアリーを溺愛しているのに全く気付かないし教えるつもりはないけど。観察するのは大切よ」


妖艶に笑うマレードの言葉にケイルアンは素直に頷く。

翌日第三王子妃の予言通りメアリーアンヌはシリウスと喧嘩をして飛び出した。


「母上、いつ帰ってくるかな」

「メアリー!!」

「最近お散歩してなかったもんね。父上、ご飯に行こう。母上の朝の剣舞はお休みだね」


呆然と空を見上げ動揺する父よりも息子のほうが落ち着いていた。


「夜になっても帰らなければ伯父上にお願いしよう。雨の日はロロは飛べないけど今日は晴れてるから伯父上も飛んでくれるよ」


シリウスは軍を動かすのを愛息子に止められる。

そして夕方になっても帰らないため、ユリシーズに捜索を命じる。メアリーアンヌは翌日に公務があるので帰ってくるだろうと言われても不安は消えない。

自由奔放な妻は夢中になると時が経つのを忘れてしまう。せっかくの休みは息子と過ごす計画に変更する。息子には友人と予定があるとフラれ、シリウスは公務をこなし休みを変更する。


ユリシーズは妹の捜索を頼まれるたびに鳥の使役を甥に与えようか迷い、王族を悪魔と契約させられないので諦める。

しばらくして生まれた息子にロロの使い魔の鳥を与えメアリーアンヌのお迎えのお役目ごめんとなると思ったら駄目だった。息子はメアリーアンヌと同種の人間で二人で遊ぶと余計に帰ってこないため結局自分が迎えにいく羽目になる。

兄はいつまで経っても妹のお守りから解放されない。

そしてどんなに歳を重ねてもシリウスは勝手に飛び立ったメアリーアンヌを放っておくことはできない。

シリウスは初恋の少女の帰る場所になり幸せを手に入れた。

公的には落ち着いた雰囲気を持つ第二王子夫妻。後宮では貴族に向いていない子供のようなメアリーアンヌと子育てに不馴れな母親のようなシリウスという理想の夫婦とはほど遠いと知るのは身内だけである。

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