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淡い紅色によごれる

作者: 京本葉一



 空と大地と、剣を背負った青年。

 迫力のある映像が、テレビ画面に流れている。


「タツオちゃん、まだゲームをつづけるの?」


 昼も夜も関係なく一日中ゲームばかり。

 ママ、さすがに心配よ。


「タツオちゃん」

「うるさいなー、もう」


 タツオちゃんはゲーム画面から目をそらさず、ママの用意したサンドイッチを片手で口にいれている。


「ちゃんと噛まないとダメなんだからね」


 10年前はママのおっぱいをちゅうちゅうすることしかできなかったのに。

 こんなに器用な子に育ってくれて、ママ、うれしいわ。


「ごちそーさま」

「もう食べちゃったの?」


 タツオちゃんは炭酸飲料をのどに流し込んでいる。

 まだまだシュワシュワしてるのに。


「ぼくは勇者なんだ」


 一気に飲んでもゲップは出さないなんて、すごいわ、タツオちゃん。


「最高にクールね」


 使命感に燃える、タツオちゃんの熱い眼差しが、ママにむけられる。


「ぼくがやらないと、ガイアは悪いやつに滅ぼされてしまうんだ」


 こんなにも夢中になれるなんて。

 こんなにもゲームに感情移入できるなんて。


「がんばって、タツオちゃん」


 ママとして、応援するしかないじゃない。





 夢をみた。

 とても嫌な夢。

 空が真っ赤に染まる夢。


『未来だ』


 わたしは窓から眺めている。

 血の雨が降ってきて、外にいた人たちの悲鳴が聞こえてくる。

 窓ガラスが赤黒く汚れていく。


『この世界もまた、滅び去る運命にある』


 優しかった祖父を思い出させる『声』は、淡々と語った。

 世界は無数に存在すると。

 想像される世界は、べつの次元で存在しているのだと。


『世界を救うのだ。すべての世界はつながり、互いに影響をおよぼしている。他の世界を救うことが、この世界を救うことになる』


 世界の崩壊を止める。

 わたしにそんなことはできない。


『あなたたちの世界だ。あなたたちが守らなくてはならない』


 しだいに小さくなりながら、『声』はつづけた。


『もう、限界なのだ。あなたが成さなければ……いや、たとえ成されなくとも、行動するだけで力となる。想いがあれば救いはあるのだ。あなたの行動次第で、世界の崩壊は避けられる。大難は小難となる』


 あなたが救うのだ。

 あなたたちの世界のために、あなたがガイアを救うのだ。


『24時間以内に』


 空と大地が、赤黒く染まった。

 夢のなかで、わたしたちの世界は崩壊した。


 目を覚ますと、時計は午前6時を示していた。





 テレビ画面は暗いまま。

 タツオちゃんはタブレット端末で何かをみている。


「あのゲームは終わったの?」

「スキルセットを失敗したから、最初からやり直す」

「最初から?」

「うん、最初から」


 過ちを知り、それを改めない。それこそが過ちであると昔の人はいいました。これまでかけてきた労力を無にしてまで過ちを改めるなんて、タツオちゃん、あなたはなんて恐ろしい子なの。


「ゲームのシステムにはなれたけど、もっとうまく進めるために、攻略情報をあつめようとおもって」

「そう、勉強熱心なのね」


 情報の大切さを理解しているなんて、ママ、ほんとに感心しちゃう。


「そろそろパパも帰ってくるから、たまにはそろって夕食にしない?」

「パパ、今日は早いんだ」


 どうやらオーケーみたいね。

 いつも以上に、ママ、はりきっちゃうんだから。


「うわっ、すっごい夕焼け!」


 タツオちゃんが声を弾ませながら窓に走った。


「えっ……」


 空が真っ赤に染まっていた。

 不吉なほどに赤い空は、わたしに悪夢を思い出させた。


「ねえ、タツオちゃん」

「なに?」


 ただの夢。


「ママ、いまからあのゲームをやってもいい?」

「ガイアクエストを? べつにいいけど、なんで?」


 ただの夢だとわかってはいても、わたしはママだもの。

 どうしたって、守りたいものがある。


「ママ、あのゲームをクリアして、世界を救おうかなって」


 タツオちゃんは首をかしげていたけれど、ゲーム初心者のママを手伝うといってくれた。

 こんなに優しい子に育ってくれて、ママ、泣けてきちゃう。


「クリアするまでやる気? 60時間ぐらいかかるよ?」

「ママ、がんばる。あと13時間でクリアする」

「いきなりRTA(リアルタイムアタック)!? えっ、ぼくらのごはんは!?」


 たまには宅配サービスも利用しなきゃね。





 コントローラーのつかい方がわからない。

 ゲームのシステムが理解できない。

 3Dの映像に酔って気分が悪くなる。


 そんな初心者のわたしが、あきらめることなくゲームを続けられたのは、タツオちゃんとパパ、家族の協力があってのこと。

 タツオちゃんが寝落ちしたころには、慣れて、物語に引きこまれていた。

 パパに攻略情報を調べてもらいながらプレイをつづけた。


「これ、間違いなく完徹だな」

「いいの?」

「明日は休みだからね」


 楽しかった。

 新婚時代を思い出しながら、パパとふたりで夜を明かした。


 わたしは、けっこうがんばったとおもう。けれどラスボスに挑んだとき、すでに朝を迎えていて、エンディングを迎えたとき、午前8時を過ぎていた。


「ねえ、あなた」

「なに?」

「もしもこの世界が滅んだら、もう一度生まれ変わって、あなたと結婚するわ」

「うん、よくわからないけれど、とりあえず嬉しいから寝室にいこうか」


 ゲームを終了して、パパが電源を切った。

 パパにお姫さま抱っこされて運ばれる途中、わたしは眠りに落ちた。





 夕暮れどき、ひとりベッドで目覚めた。

 朝食も昼食も作らず、すっかり眠りこんでいたなんて、ママ失格ね。


「お掃除もお洗濯もしてないなんて……」


 空が赤く染まる?

 世界が崩壊する?

 夢に影響されて、徹夜でゲームなんて、笑っちゃう。

 家族三人、楽しくもあったけれど、ママとしては……。


「……ん?」


 寝室の外から、タツオちゃんの「あっ!」という叫び声が聞こえた。

 わたしは慌てて家のなかを走って、


「あっ、ママ……」

「あ~、うん、ぐっすり眠れた?」


 気まずそうな顔をした、家族をみつけた。


 タツオちゃんとパパは、わたしが起きてこないから、ふたりで夕食の準備をしようとした。

 パパが得意なたこ焼きをつくろうとして、買い物にも行ったらしい。


「起こしてくれたらよかったのに」

「まあ、たまにはね」

「ママのかわりに、パパと作ろうとおもって」


 袋の開封に失敗して、派手に飛び散ったのね。

 きざみ紅ショウガの雨が降り、タツオちゃんとパパと部屋のなかを、薄い紅色によごしている。


「そのままじゃ染みになっちゃうわね。ママはお掃除とお洗濯をするから、ふたりは着替えて、準備をつづけて。ママ、お腹ペコペコなの」


 タツオちゃんとパパの手作りたこ焼き。

 ママ、すごく楽しみだわ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしい作品でした。 母の日があったという背景はありましたが、いつもの様に一文一文を表も裏も読み取る覚悟で熟読していた自分が愚かに見える程の作品ですね! [一言] こう言う作品の方…
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