目が覚めたら、聖女だと言われる。
「目が覚めましたか!! 聖女様」
「聖女様、よかった!」
私は慌ただしい声が聞こえて、目を覚ます。
瞳を開けた時、私の目に映ったのはキラキラとした光景だった。見た事もないような煌びやかな光景に、目がちかちかする。
シャンデリアが輝いている。一目でお金がかかっている事が分かるような、そんな部屋。そこに私は寝かされていた。私は眠っていたらしいけれど、そもそもどうして眠っていたのだろうか。それさえも、私には分からない。
―――そもそも、私は誰?
聖女、などと言われているけれど、どういう事だろうか。
聖女と聞いて思い浮かぶのは、小説などの世界であったような世界。そもそも、ここは何処? 私は日本で生きていた。でも何をしていた? 意味が分からない。
頭がくらくらしている。霞のように、頭の中にモヤがかかっている。
「……私は、どうしてここに。そもそも、私は、誰?」
私の言葉に対して、周りにいた女性達が慌てた様子で声を上げる。そして慌ただしく、その場から去っていった。
私は……、物語の中のお姫様が眠るような天蓋付きのベッド。……何故、私はこんな所に寝ているのだろうか。
こんなベッド、見たことがないはず……なんだけれど、変な気分。
私はこんな状況で、何故だか、落ち着いている。
私が何者か分からない。自分の名前も――なんなのか分からない。ここが、何処なのかも分からない。だけど、誰もいなくなったこの部屋の中で、私は驚くぐらいに落ち着いている。
まるで、この位の事で動じる事なんてしなくていいのだと、本能が分かっているようなそんな感覚だった。
不思議な気持ちになりながら、自分の髪に触れる。
腰まで伸びる長い髪。
それを背中で感じる事に違和感を感じるのは何故だろうか。今まで、髪を結んでいたのか、それとも髪が短かったのか。分からない。
――けど、一つびっくりしたことがある。
「……銀色?」
私の髪は、美しい銀色。白銀に変わっていた。
日本人として、明らかにおかしな髪色。どうしてこんな色に変化しているのだろうか。その理由さえもいまいち分からない。だけど、まぁ、いいや。……私はおおざっぱな性格なのだろうか。目が覚めるまでの自分がどうだったのか分からない。
そんな風に考えていれば、慌ただしく入ってきた美しい男の人が数名いる。
金色、赤色、青色、桃色――と言った派手な色の髪を持つ四人の男達。まるで、王子様か何かかと疑うようなそんな気品さを持ち合わせていた。
そんな風に第一印象で思ったのだが、実際に蓋を開けてみると本当の王子様と貴族様達らしい。へぇーとなった。……日本で生きていた。そして、今は、日本ではない場所にいる。聖女と呼ばれた事を考えると、召喚だろうか。何で、私はこんなに冷静なのだろうと、自分で自分に驚いてしまう。
「聖女、記憶が曖昧なのだな。何て可哀そうに」
王子であるという金色の人―—ゲリー・ディルが、私の髪に手を伸ばそうとする。無意識に私はすーっと身を引いて、それを避けてしまった。ベッドに腰かけたまま、さっとよけるって中々私って器用なのか、身軽なのか? うん、分からない。
王子は私がよけた事に少し固まったが、無理に髪に触れようとはしなかった。
「聖女、君は瘴気を浄化するためにここに呼ばれたのだ。召喚のショックで倒れてしまったのだが、記憶がないのだな?」
赤髪の人、ジェレミー・ベンムッサは――この国の騎士団長らしい。若いのに騎士団長を務めているのかと感心した。
それにしても、やはり私は召喚されたのか。日本から異世界に召喚されて、そして、今ここにいる。そして召喚のショックで倒れて、記憶がこれだけ曖昧になっている。……いや、うん、本当に何でこんな冷静なのか。
「聖女様、無事に目が覚められてよかった。何て美しい銀色の髪だろうか。その髪は貴方が聖女であるという証なのです」
青色の人、エドヴァルド・セレンソン――この国の魔術師として有能な人らしい。人懐っこい笑みを浮かべている。私よりも背が低い。銀色が、聖女の証。……深く考えようとすると、こう、頭がもやもやする。何でだろうか。私の髪、日本人であったなら、黒色だったはず。でも、私は今、銀色。
ショックを受けるべき事なのだろうけれど、ショックというよりも違和感が大きい。何なのだろうか。
「聖女様、貴方様が我が国に来ていただいて本当に心からの幸福を感じます。その身を休めたら瘴気を浄化する旅に出かけましょう」
桃色の人、トスカン・ヴウディは、神官という立場だそうだ。この国の大神殿の神官長の息子であるという事だった。何でここにいるのは全員、若い男性ばかりなのだろうか。この場には侍女のような女性はいるけれど、こんな至近距離に来るのは意味があるのだろうか。普通に考えて、倒れていた女性のもとへ男性が押し掛けるって問題じゃない? ……少なくとも未婚の女性の元へ、こうして王侯貴族がやってくるのは問題のはず。
それにしても瘴気の浄化ねぇ。
定期的にこの世界は、瘴気の浄化を求める。……瘴気が世界を覆いつくすと、魔物などが活性化するから。って……、私は何処からこの情報を手に入れたのだろうか。
記憶が曖昧な中ではよく分からない。
でも……召喚されて、髪の色が変わって、記憶が曖昧。それでなぜか、この世界の事を少なからず理解している。という事は、よくあるような、知っている世界への召喚? 異世界に召喚されたと思ったら漫画の世界だったとか、よくあった気がする。そういう思考に陥っているという事は、私は結構そういう物語を読んでいたのかもしれない。
この王子様達は、この後、私と一緒に瘴気を浄化する旅に出るそうだ。瘴気を浄化するには、私という聖女がどうしても必要であるそうだ。どれだけ強い存在が居ようとも、瘴気を浄化出来るのは聖女だけで、世界を浄化して救う事が出来るのは私だけ。
私という聖女は、何よりも大事な存在だという。
何よりも大事な存在ねぇ……と思いながらイケメンに囲まれてときめかない私だった。
「聖女様、また来ますから。それまでゆっくり休んでください」
「体力が回復したら、まずは父上に会ってもらう」
「それから――」
口々に言う、彼らの言葉では私のこれからの日程はすっかり決められてしまっているらしい。私はまずこの国の国王陛下に挨拶をする。それから瘴気を浄化する旅に行く事になっているそうだ。
国王陛下への挨拶か。
あれ、そもそもこの国がどこの国かもちゃんと聞いていない。起きたばかりで混乱しているからと、そういう情報収集を怠ってしまうのはダメだ。情報というのは重要なのだから。そして情報を集めてから――ってん? 何だか召喚されてすぐにこういう思考に陥るって色々とずれている気がしてならない。
……まず、第一の目標として、この状況を知る事。そしてこの世界の事と、元の私の事を知る事か。自分の名前もいまいち分からない、というのは色々と不便だから。自分の名前を知る事。といっても私が思い出すしか、名前を知る方法はなさそうだけど。それにしても、私の名前をあの王子様達、全然気にしなかったな。それに私が記憶が曖昧になっている事に関しても、緊迫した雰囲気はなかった。
聖女、という私の役目が大事なだけで、私自身に対して興味はなさそうだ。聖女という地位が重要だとすると、瘴気を浄化していく旅に行く時も気を付ける必要があるだろう。
「私が、聖女ねぇ……」
思わず呟いてしまった言葉。
自分が聖女だと呟くと同時に、何とも言えない違和感が心の奥底から湧いてくる。なんだろう、私が聖女とかありえないでしょう? という思いだろうか。
この状況が意味が分からない。私の名前も、私がどういう人間かも分からない。私が現状分かっているのは、異世界から来たという聖女であるという事。そして聖女として浄化の力を持っているらしいという事。私について分かっている情報は、それだけだ。
そのような状況から、私が何を出来るか。まずは、自分を知っていこう。
私はそんな決意を胸に、ベッドの上で拳を握るのだった。