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波のまにまに  作者: 小椋 かおる
壱の段 地祇の姫
1/3

第一話 囚われの姫君

 時は戦乱の世。



 弱者は強者に踏みつけられる時代。

 そんな中、逞しく生きる人々の姿もあった。




 海の上という、限られた場所で。




 岩礁の多い内海を進んでいたその船は、小型の舟に接舷されてたゆらゆらと波を受けてたゆたっている。


「ったくよぉ」


 腰に差した鞘に太刀を納めて、くしゃくしゃの黒髪をかきむしりながら背の高い若い男は苦々しげな表情をした。


「大人しく言うこと聞いてりゃ、こーいうことにゃならなかったんだぜ?」


 もう言の葉を紡ぐことも出来なくなった冷たくなっている男を見下ろして呟く。甲板の上は血の匂いが漂っている。


「積み荷の一割なんて命に比べたら安いもんだろうによ」


 そのまま、光のない目で空を見上げる男から興味をなくしたのを示すように踵を返し、くしゃくしゃの黒髪の男はまるで最後の挨拶だとでもいうように、ひらひらとその手を振った。




「護衛、みたいですな」


「そうですね」


 船倉の更に奥にあたる場所にあった船室の入口を固めるようにして倒れている男たちの遺骸を見ながら、眼鏡をかけた男とがっしりとした体つきの男は嘆息する。何か金目のものはないかと物色していたが、どうやらこの船にはそれらしいものはほとんどない。ただ、厳重な警戒を敷かれていた部屋の奥には何かがある。


「さて、扉の向こうはどっちですかね?」


「可愛い姫君だといいが」


 ぐ、と戸に手をかける。

 そして、扉は開かれた。




 彼女は、じっとそこで待っていた。

 この船に乗せられて、すでに二日は経とうとしている。外の様子は伺えない。彼女はここに囚われているのだ。外からは波の音が聞こえている。

 賊に船が襲われたことは扉越しにも伝わってきていた。

 ならば、好機である。

 ここから逃げ出すための、好機。


(あの、扉が)


 固く閉ざされた木の戸を見つめる。


(あの、扉が開いたら)


 外がどうなっているかは分からない。

 ずっと限られた場所で育った自分には何処だって未知の世界だ。着物の胸元に隠しておいた懐剣をぎゅうっと抱きしめながら、どうしたいのかをずっと考えている。考えても考えても足りないけれど、どうしても考えてしまう。

 そして、荒っぽい音を立てて、その扉は開いたのだ。




「う、わっ!」


 扉が開いた瞬間、目の前にいたがっしりした方の若い男に思いきり体当たりをかまして、馬の尾のように高く結い上げた黒髪の小柄な人物は甲板へと駆け上がっていった。


「……鳩尾入った……狙った、のか?……」


 ぐらりとしゃがみこんだ顔を、ちょっと情けないものを見るような顔で眼鏡の男が覗き込む。


「しっかりして下さいよ」


「俺はいいから、行け」


 しっしっと手を振られて、小柄な人物が駆けて行ったその背中を目で追うと仕方なく甲板への道に向き直る。


「ああ、はいはい」


「しばらくしたら行く」


「了解。頭領にお伝えしときます」


「ん」


 そして彼もまた、走り出した。






 甲板で物思いにふけっていた頭領であるくしゃくしゃの黒髪の若い男は、走ってきたその人物にばったりと出くわしていた。


「やぁ、お姫様」


 黒髪の小柄な人物の赤い小袿を見て、にんまりと笑う。


「どちらへ?」


 頭領の言葉には一切答えずに船の縁に足をかけた女は、ほんの少し躊躇いを見せたものの、そのまま海へと身を投げた。とぽん、と軽い音がして沈んだのが分かる。


「ちっ、澪!」


「はいな~」


 呼ばれて姿を現した黄金色の髪をした少女は、ちらりと頭領と呼ばれている男のことを一瞥した。そして、やれやれといった風に肩をすくめる。


「恐がらせちゃ駄目でしょ」


「るせぇよ。とっとと拾ってこい!」


「うちの頭領は人使いが粗くて困るよ、ほんと。じゃ、行ってくるね!」


 躊躇いを見せることなく、澪と呼ばれた少女は先ほどの赤い小袿の少女が落ちた海へと飛び込む。

 波間に消えてゆく紺色の着物姿をじっと見つめて、頭領はやれやれとため息をついた。


「……一足、遅かったですか」


 ぜぇはぁ、と息を切らしながら階段を駆け登ってきた眼鏡の青年を見て、頭領は苦笑する。


「ああ。澪を行かせた」


「なるほど。それはいい」


 ふぅ、と息を吐き出し、汗を拭う。


「征一郎は?」


「さっき身投げしたお姫様に肘鉄食らってましたよ」


「まだまだあいつも修行不足だな」


 かか、と笑って、海を見つめる。

 波は白波を立てて荒ぶり続けている。この海域は岩礁が多いので荒ぶる波によって沈む船も多い。だというのに、先ほどの船は荷物を載せるでもなく、女をひとり大事に大事に奥底にしまい込んで進んでいた。


「なんだか一波乱ありそうな感じだぜ」


 肩をすくめる頭領の男は、それでもひどく楽しそうな顔をして笑っていた。


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