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朝 予告された死 六日目

六 六日目


 夜は暗い、どこまでも暗い。輝く星々も、照らす月も、その暗さの中では淡くきらめく蜃気楼のようなものだ。


 闇。


 明るさを無くした世界はその言葉で示すのが最も効果的なのだろう。それでも夜には蜃気楼がある。隔絶された世界ではなく、そこには外へ続くだろう蜃気楼の道しるべが。闇を彷徨う身体は、自然と外へと足を向けるのだ。ゆらゆらとゆらゆらと。それが本当に続くものなのか、果たしてただの蜃気楼か。歩く意味も定まらぬまま、ゆらゆらとゆらゆらと。ただ、はっきりとあるのは光に照らされたい、光に守られたい、開かれた世界で背伸びしたい、たくさんのものと一緒に過ごしたい。それだけだ。


 光の中にいるときには、あまりにも当たり前過ぎてそこには有難味がない。暗い中では寝て過ごせばいいだけだ。眠っていれば暖かいものだけに包まれていられる。そんな風に過ごしている。それでも眠れない夜が来ると、そんな生活を後悔し、やり直したいと思うのだ。もう一度光の中で生きることで。


 これほどに朝日を待ち望んだ日はいつ振りだろうか。一発逆転、起死回生、待てば海路の日和あり。そんな言葉がふさわしい昨日の興奮が、覚め止まぬ脳を叩き起こした。結果、いつもよりも早くに目が覚める。まあ、落ち着いて整理しようじゃないか。


 言うまでも無く、昨日は青年と共にボランティアに向かった。特に変わりも無く一昨日と同じように作業をしていた。青年も一昨日よりはしゃべる意思を示しており、保護者としては微笑ましい限りだった。


 さて、実は一昨日私自身も話すような人がおらず、困っているときに話しかけてきた女性がいた。ここ二日でだいぶ仲良くなり、身の上話をそれとなくしていた。と言っても、一昨日はこちらの身の上を話すばかりで、女性のことはあまり聞けなかった。そういうのもあって、昨日は気になっていた女性の身の上について聞いてみた。と、まあこれによって歯車が動き出した。


 女性は先日プロジェクトを持ちかけた会社の社長令嬢だったのだ。というか、あまりそこまで気にかけていなかったのだが、そもそもこのボランティアそのものがその会社の運営によるものらしい。発案は女性のものだそうだ。


「どうしたんですか。ふふふっ。変な顔」


「本当なんですか」


「えっ、本当ですけど」


「いえ、実は昨日お話したプロジェクトは、お宅の会社と共同で進めようとしていたもので……」


「えっ……、なるほど。そうだったんですか。うちの父は礼節とかには厳しいですからね」


「その節は申し訳ありません」


「いえいえ、父の方こそ厳しく言ってすみません。もしよかったら、私の方で父の方に言っておきましょ

うか」


「えっ、いや、そんな……。でも、頼めるなら」


「わかりました。ちょっと待って下さい」


「えっ、今――」




「今日の夜、一緒にお食事する席用意しました」


「あっ、はい。ありがとうございます」


「大丈夫ですよ。フォアグラ食べに行くんでしたよね。おいしい店予約したので」


「えっ、あいつも連れて行くんですか」


「ええ、フォアグラ食べに行くんですよね」


「いや、そうなんですが、仕事の話ですし」


「大丈夫ですよ。今日は『お休み』なんですよね」


「ええ、まあ……。えっ」


「私が居るので大丈夫です」


「はあ」


「まあ、普通にお食事するだけですよ」


「はい」




「どういうつもりだね」


「はい、と言いますと」


「うちの娘を誑かしたら、私が許すとでも」


「あっ、いえ。すみません」


「お父さん」


「娘とはどういう関係なんだ」


「お父さん」


「いえ、何も」


「なんで怒ってんのこの人」


「しっ」


「たまたまボランティアで出会っただけって言ったでしょ」


「ふん、どうだか。さしずめ、うちの企画するボランティアに参加すれば許してもらえるとでも思ったの

だろう」


「ん、ああそういうことか。一人じゃ怪しまれるから、俺を捕まえて連れ回したんだ」


「違うよ、馬鹿。お前は黙ってろ」


「お父さん」


「別にいいじゃんしゃべったって」


「家を無くしたこの子のことが気になって、家に置いてるんだって」


「家を無くした」


「ええ、雨の日にゴミを漁っていたので見兼ねて」


「違うよ」


「何が違うんだ」


「家を無くしたわけじゃない。嫌になったから出てっただけ」


「家出か」


「そう、家出」


「でも、住む場所は無かったんでしょ」


「住む場所なんてどこにだってあるよ。このおっさんに会うまでは公園にいるおっさんに世話になって

た」


「家のことは話したがらないので、あまり聞いてませんが、落ち着いたら聞こうと思ってます」


「知らないよ」


「まあ、それは信じてやろう」


「お父さん」


「それで、まあ、会社でのミスもあり、この子のこともあり、しばらくは有給取ってこの子の世話をしよ

うと」


「ふんっ、見切り発車だな」


「えっ」


「有給如きではそう長くは休めないだろう。その間に何が出来る。無責任な情愛だ」


「ほんと、軽率だよね。助かってるけど。あっ、フォアグラ来た」


「お前が言うな」


「お父さん。さっきから何その態度。大人気ない。無責任な情愛だろうがなんだろうが、この人の方が一社会人として立派な事してると思うけど」


「んっ」


「いえ、図星ですよ。確かに何が出来るんでしょうね。本当に」


「なんだよ。助かってるってば、フォアグラ食べれるし」


「凄いと思うけどな。私もボランティアやってるけど、困っている見知らぬ人を衝動的にでも助けようと思って行動出来るかなって。まして、家に泊めてあげるなんて。ほら、ボランティアって言っても、やることは決められてるし、やる日も決められてる。勿論、団体なのだからそうしなくてはだめだってところもあるとは思うけど、ボランティアの精神って何かに縛られてるものじゃないと思うの。衝動的であれ、無償の愛を注いでる、しなくてはいけないからするっていう訳じゃない、なんか凄いなって話聞いて思っちゃった」


「うまっ」


「だが、一方でボランティアをさせることをしなければ、そもそも自己中心的な一般の人々は、ボランティアをしないだろう。んつ、ま、というより、集まってこそやっと勇気を出してボランティア出来る人達はいる。必ずしも、団体であることにその精神が無いとは思えないが」


「うん、勿論ボランティアが団体ではいけないとは思わないよ。私だってやってるわけだし。でも、自分だったら出来るかなって思うじゃない」


「そんな高尚なものでは無いですよ」


「皆食べないの、上手いよこれ」


「たまたまです。本当にたまたまなんですよ。別の機会の別の時期なら私もこんなことしなかったでしょう。もしかしたらあの占いが」


「「占い」」


「あっ、いえ」


「これ、食べて良い」


「いや、その~」


「ありがとう」


「初耳。何の占い」


「君はそんなことをするのか」


「あっ、いえ。たまたま転んでるのを起こすのを手伝った人が占い師で、成り行きで占ってもらってもう

すぐ死ぬだの何だのって。私は占いなんて信じないですよ」


「あら、占い。私は好きだけど」


「そんな変なものに引っかかるのか、君は」


「いや、その、事の成り行きで」


「お父さん。死ぬって言われたら気にしちゃうよ、普通。で、何て言われたの」


「七日以内に死ぬんだって。あと二日だっけ」


「えっ、あと二日」


「いや、え、まあ、ええ」


「早起きをすること、水に気をつけろ、人に奉仕しろだっけ。死なない条件」


「うん、まあ、そうだが。断っておきますが、私は占いなど信じていませんよ」


「うん、わかる。信じてなくても、いざそう言われると守っちゃうよね」


「で、この子を助けたと」


「いえ、それは違います。信じてはいないので。勿論関係ないとは言い切れないですが。その、後押しく

らいはしてくれたと思いますが、彼を保護したのは、保護したのは……」


「自分の意志です」


「ふん」


「ごちそうさま」


「ね、お父さん」


「なんだ。プロジェクトの件なら通してもいいぞ」


「本当ですか」


「まあ、君の赤裸々な趣味の話に免じてな」


「いえ、その……、ありがとうございます」


「よかったね」


「ね、デザートっていつ出るの」


「たのもっか」


「あっ、すみません。デザートを頼みます」


「ね、お父さん」


「なんだ」


「そういえば、お見合いの相手がどうとか言ってたよね」


「なんだ。会う気になったのか」


「ううん。お父さんが言ってた人じゃなくて」


「この、フィナンシェとミニクロカンによるパレードってやつちょーだい」


「まさか」


「うん、そう」


「許さんぞ。それはだめだ」


「お見合いにこだわらなくていいって言ったのはお父さんじゃない」


「それとこれとは話が違う」


「もう決めたもん」


「あの、話が見えないんですが」


「私と付き合って下さい」


「受けてもならん。断ってもならん」


「えっ」


「おっ、面白そうになってきた」


「だめですか」


「いえ、そんなことは無いですけど」


「受けたら、さっきの話は無かったことにする。もちろん断ってもだ」


「えっ」


「おっさん、大人気ないぞ」


「お父さん、私情を仕事に持ち込むのはやめて。お母さんに言いつけるよ」


「あの、私は」


「返事は明日で大丈夫ですので。お母さんにも紹介したいし」


「あっ、はい」


「ねえ、何かフォアグラ以外で食べてみたいものある」


「えっ、明日も旨いもん食えるの。じゃあ、今度キャビア」


「わかった。また明日詳細知らせるので。連絡先はこれに書いてありますから」


「ありがとう、ございます」


「私は二度同じ間違いをする者には容赦ないからな。よく覚えておけ」


「それ以上言うと、お母さんに言うから」


「んっ」


 と、まあこんな感じでとんとん拍子に仕事での再起、挽回と婚約が同時に決まったのである。婚約に関しては今日改めて決まるわけだが、とにもかくにも疾風怒号であった。ピンチとは最大のチャンスであると誰かが言っていたか。何かとてつもなく偉大な力を感じざるを得ない。人生とはまさに奇想天外である。


「おはよう。いつもながら早いね。年柄もなく嬉しんだ」


「うるさい」


「今日はボランティア行かないんだっけ」


 昨日、唐突にプロジェクトの再開が決まったので、有給を破棄して出勤することになったのだ。


「お前一人で行ってもいいぞ」


 二度ほど同伴したので、もう大丈夫だろう。女性にもそうなる旨を伝えている。代わりに面倒を見てくれるはずだ。今日は昼過ぎまで雪が降るらしいので、おそらく午後は雪かきになるのだろう。午前はきっと、室内での作業だ。


「ふーん。わかった。夜は姉ちゃんと行けばいいの」


 青年も状況を理解しているのか、すんなりと話を進める。ボランティアを始めてからだいぶ丸くなったように思える。連れていって正解だった。色々な意味で。


「そうだ。あまり迷惑かけるなよ」


「わかってるよ」


 それでも、まだまだ荒々しい部分もある。だがまだ二日だ。成長を見守っているようで、不思議な気持ちになる。このまま養子にしてしまってもいいかもしれない。そんな気持ちにすらなる。少しだが。身の上が忙しくなってきて、青年をどうしてあげるのが良いか。しっかりと時間をかけて対処するのは難しくなるかもしれない。しかしそんな中で、彼女となら上手くやっていけそうだとも思える。というか、思っている。不思議なものだ。ここ二日の仲。ましてや喧嘩したばっかの会社の社長令嬢。それでも不思議と話は弾んで、強引に進められたお付き合いのお話も、躍るような心持ちで聞いていた。


(運命か)


 占いの類は信じないのだが、認めざるを得ない状況というものはあるものだ。


(私も丸くなったものだ)


 あの予告から何かが変わった。いや、全てが変わった。それは認めなければなるまい。


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