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夜 うるわしの少女 麗しの少女

 二 麗しの少女


 古ぼけた大きな家。屋敷と言えるほど大きくはないし門も無いが、仮に四人暮らしをしているとするには大きい家だ。二世帯とかで暮らしているのだろうか。いや、うなずける話だ。一世帯で住むには寂しすぎる。それほどにこの場所は村から離れている、と思う、し、森の中で孤立している印象がある。敷地の端には古ぼけた小屋も見える。こちらは人が住むには広さといい外観といいお粗末過ぎる。というのも、大きな穴が二、三ケ所開いていたからだ。鳥でも飼っているのだろうか。比較的縦長の小屋だ。


「あの小屋は」


 家に入る前にそれとなく聞いてみた。道中で、だいぶ打ち解けたというのもあり、気楽に聞ける。


「あ、鷲を飼ってるんです。その鷲を育てて、街で売るんです」


 そう言いながら、家へと入る。


「お邪魔します」


 なるほど、そういう仕事もしているのか。と、感心する。そういえば、家族は何をやっているのだろう。


「そういえば、誰がいるんだい」


「うん。おばあちゃんだよ」


 少女はあっさりと応える。が、情報が足りない。生計の立て方だったり、どんな家族構成でどんな暮らしをしているのかだったり、色々な説明がつかない。まさか、おばあちゃんだけというわけではなかろう。


「おばあちゃんしか今はいないということかな」


「んっ。おばあちゃんしかいないよ」


 ドキッとする。


「えっ、おばあちゃんと二人暮らし」


 確認してみる。


「うん。そうだよ」


 あっけらかんと少女は応える。変な汗が出てくる。少し、立ち止まってしまった。やはり、この少女は謎が多い。もういっそのこと、存在そのものが理解出来ないと言っても過言じゃない。おばあちゃん推定最低60歳と、十四、五にも満たない少女の二人暮らし。しかもこんなにも孤立した森の中でだ。よっぽどの事情があるに違いない。が、それだけに聞き辛い。たとえ、少しばかし打ち解けているとは言ってもだ。


「こっちだよ」


 いつの間にかいなくなっていた少女が、通路脇の空間、部屋から顔を出し、声をかけてくる。招かれるまま中へ入ると、だいぶ広い部屋が姿を現す。だいぶ古風な作りのリビングだ。というか豪華だ。印象として。内装はしっかりしているというか、手入れが行き届いているというか、豪華というか。とにもかくにも凄いと感じさせる造りだった。外観の古ぼけた感じとはだいぶ違う。この部屋も、暖炉があり、彩色豊かな絨毯があり、鹿の頭があり、屋敷の絵や風景画があり、揺れる長椅子がある。そして、その長椅子におばあちゃんがいた。


「失礼します」


「ありがとう」


 とりあえず挨拶をと思ったが、間髪入れずにお礼を言われる。この少女にしてこのおばあちゃんか、訳が分からない。おばあちゃんは暖炉をじっと見つめたままで、こちらに振りかえろうとはしない。


「あっ、はいえっと」


「この子を連れて来てくれたんでしょ」


 何もかもわかっていると言わんばかりにそう言ってくる。しわがれた、ゆったりとした声だった・


「ゆっくり休んでください。お風呂は沸いていますので」


「……はい」


 半ば一方的に話が終わる。あまり会話が好きではないのだろうか。まあ、とりあえず私としては一宿出来ること、風呂に入ることが叶ったわけで、不満があるわけではない。


「お風呂こっちだよ」


 少女が部屋の入り口で呼びかけてくる。改めて、明るいところで遠目から少女を見ると、小柄ながらに意外と成熟しているというか何というか、ダイビングスーツを未だに着ているというのもあって輪郭がはっきりしているというか何というか。うん、身長は百五十センチちょっとだろうか。


「十七になる子です。仲良くしてやってください」


 ドキドキッと心臓が跳びはねる。唐突におばあちゃんが話しかけてきたから、というのもあるが、この少女が十七歳だと。私と五つも変わらないじゃないか。というか、あのどこかたどたどしいしゃべり方で。しかも、そこにつけてあの性格というか、性質というか、ビビり具合で。泣いていたぞだって。いや、まあ、こんな人里離れた空間で育ったのならば多少そういう面があるのもわかるか。それに「この」おばあちゃんと二人暮らしなら、幾分か説得力もある。が、その、いや、なんというか。


「お兄ちゃん、早く」


 いつまでも立ち止まっている私を、改めて呼びに来る。柱からひょっこり顔を出して、不思議そうな顔して。私は少し少女の視線から目を逸らす。


「ああ、ごめん」


 そう言って、どこともなしに視線を泳がせながら少女に付いていった。


 風呂場もやはり豪華だった。全般的に檜造りで檜の香りが心地良い。床も檜だということもあり、入った瞬間にタイルのような冷たさは感じない。まあ、厳密には豪華ではないか、綺麗に整っているというのが正しいのだろう。節々の角は丸く削られており、転んでぶつかっても大怪我はしなさそうだ。二人暮らしと言っていたが、それ以外の誰かが干渉している、支えているような印象がある。


 ザバーン


 勢いよく、湯船に身体を浸ける。待ちきれなかったのだ。今日一日の疲労を湯船で解したい。ふぅ~、と疲れが声になって出てきた。幾ばくか眠くなる。だいぶ歩き回った。正直、足が棒である。もう一歩も動きたくない。既に筋肉痛になっているのがよくわかる。もう一度ふぅ~と息を吐く。


「わたしも入るね」


「んっ、ああちょっと待ってね。すぐ上がるようにするから」


 そうだそうだ、風呂に浸かりたいのは私だけではない。少女とて、濡れたダイビングスーツでずっと歩いていたのだ。放っておけば、風邪を引いてしまう。


 ガラガラッ


 そう思って、立ち上がった瞬間。ドアが勝手に開く。やはり古ぼけた家にしては作りがしっかりし過ぎている。自動でドアが開くなど、ハイテクにもほどがある。


 ……


 ではない、少女がバスタオルに身を包ませながら、急に入って来た。


 ○△×□


 ◎▽※◇


 茹で上がったタコが泡を吹いた。


「良い」


 いい。ではない。いい、ではない。な、な、な、な、何を考えているんだこの少女は。


 右手を胸下から左肩に通してバスタオルを掴み、笑顔で、入って来た。


 あ、あっけら、けらかんと。恥じらいというのが無いのかこの少女に。


 少し谷間が見えそうである。


 いや、こんな人里離れた場所にずっと二人暮らしなら、仕方ないのか。


 足が長く見える。隠れているところが少ない。


 いやいや、そう言えばさっき背中を擦ったとき、飛び退けなかったか。あるじゃないか恥じらい。


 私は身体を湯船に隠す。


 なんだ、私を好きになったのか。あれか、小説家だからか。あの辺りから、だいぶ砕けた感じにはなったからな。小説家に憧れのようなものがあったのだろうか。ま、まあ、二度に渡り助けようとした男気も見せているわけだし。ま、まあそうなるのもわからなくないか。


 少女は平気な顔をして、椅子に腰かける。


 いや、いやいやいや。それにしても非常識だ。やはり人里離れた場所にずっといたから感覚が狂っているんだろう。誘うような仕草だって別にあるわけじゃない。――まあ、行動そのものは、と、とても誘っているが。


 私は息を飲む。


 かかか風邪は誰も引きたくないものな。長く入り過ぎた、配慮の行き届かなかった私が悪い。


 少女は、身体を、洗うために、バスタオルを、肌から、外し、近くに、かける。


 ふぅ


 バスタオルによって、はっきりしなかった輪郭が、乳房やら何やらが、横から、全て手に取れるくらい、はっきりと、見えてしまう。


 ザバーン


 私は光よりも早く立ち上がり、音速を超えて爆音とともに風呂場を去った。


 脱衣所、いや着衣所で。呼吸を整える。鼻から血が垂れてきた。光速を超える人智を超えた業を使ったからだろう。よく小説とかであるではないか。超能力を使うと鼻血が出るあれだ。


 んなわけあるか。


 少しふらっとする。超能力を使ったからではない。疲れた。良い思い出だ。いや、違う。人生で一番疲れた。人生で一番長い時間だった。人生で一番印象的だった。いや、違う。


 魔女だ。そうだ魔女の家なのだここは。そうだ魔女だ。場所的にも、あの老婆もまさしくそうではないか。う、噂と違うことなし。調査と違うことなし。ゆ、ゆ、ゆ、誘惑する。おおお男を。うう~~ん。


 はぁ~~~、ふぅ~~。


 長風呂し過ぎたな。


 男物の着替えが置いてあった。近くに少女の着替え――見ないぞ私は。やはり誰かの手を感じる。第三者がいるはずだ。後で、少女に、いや、おばあちゃんに、いや、明日聞こう。もう疲れた。部屋は、どこだろうか。それは、リビングにいるおばあちゃんに聞かねばならない。そそくさと着替えを終わらせ、リビングへ向かう。


「お食事はしますか」


 リビングへ入ったや否や、おばあちゃんが話しかけてくる。


「いえ、大丈夫です。今日は疲れたので、もう寝ます」


「二階の奥の部屋以外は使って大丈夫ですよ。あそこはあの子の部屋なので」


「はい、分かりました」


 そう言って、リビングを立ち去る。あのおばあちゃんは一体何者なのだろう。魔女の条件は、今のところ満たしている。というか噂されている魔女そのものではある。噂なので、多少誇張されている部分もあるだろうが、まるで人の心を見透かしたような話の切り出し。フード付きのコートで長椅子に揺られて暖炉をじっと見つめている様。しわがれた声。魔女だと言われても仕方がないだろう。ただ、言葉の端々がところどころ若々しくもある。そのせいで、見た目よりも若く感じてしまうのだ。妖艶な印象がある。そう言えば、横から見ていただけで、しかもフードも被っていたため、しっかりと顔を見られなかったが、どんな顔立ちをしているのだろう。


 そう言いながら、通路が薄暗かったため蝋燭を点ける。ああ、そうこのボロ家にも不思議なものを感じざるを得ない。明らかに電気が通っていそうにない場所に位置しながら、数は少なけれども電球、それもシャンデリアとかそういうおしゃれなものに照らされている。この通路には階段下の手すりに照明が一つ。リビングにはシャンデリア。そして、風呂場も電気だった。電気はどこから通っているのか。通路の中腹や階段の中腹には、壁に蝋燭かガス灯がある。電気、蝋燭、ガス灯。不思議な時間軸の中にいる印象がある。これもまた、魔女が噂される理由なのだろう。


 階段を上がり、今度はガス灯を点ける。二階は五部屋に分かれていた。確か、一番奥は少女の部屋だったか。まあ、そこまで行く気にはなれない。一番近い部屋でいいだろう。なんだったら今、階段を昇ったため足が悲痛な思いを叫んでいる。すぐ右手の部屋に入る。ああ、やはり広い。十畳はあるだろうか。どう考えても二人暮らしする家ではない。しかし、あまり埃っぽくないな。ちゃんと掃除はしているようだ。この大きな家を、二人で。


 うーん


 考え込みながら、ベッドではなく机に向かう。広い部屋と言っても、あるのは机とベッドと箪笥だけだ。無駄に広いだけ。何かもったいないような気もする。すぐにベッドに潜り込まなかったのは、今日のことをメモ帳に記録しておくためだ。疲れてはいるが、それ以上に大切なことだ。何故なら、まさしく私の求めていた魔女と出会っているのかもしれないのだから。メルヘンでもない、変に現実的過ぎることもない、魔女。傍から見れば魔法のようなことをする。しかし、その実は魔法でない。そんな魔法を使う女。現状はまだ、メルヘン寄りの魔女だ。その実が分からない。だが、分からなくもない謎だ。う~ん。というか、ちゃんと裏がありそうな、根拠のありそうな、すっきりする答えがありそうな気がする。そんな謎だ。色々調べれば、話を聞けば判明してくるだろう。おそらく一つ一つは取るに足らない理由だろう。だが、全てが繋がったときは、面白い。小説のネタとして、こんなに優れたものは無いだろう。きっと。そう思える。


 コンコンコン


「お兄ちゃん、入るね」


 少女の声だ。一瞬ドキッとする。少女もまた謎の多い存在だ。ただ、こちらの理由は取るに足らないものではないだろう。おそらく、重苦しいものだ。中を覗かせてくれるだろうか。時間がかかりそうだ。元来、人は中を覗かれるのを嫌がるものだ。私とてそうだ。ずかずかと入り込まれるようなことされたら、非常な不快感を覚えるだろう。だからこそ、あの老婆も魔女と嫌煙されるのだ。中を覗かれるというのは、裸を見られるくらい恥ずかしいことなのだ。いや、まあ、その、ひょんなことに、私は見たが……。意外と、いけるのかもしれない。


「どうしたんだ」


 と、とりあえず、何をしに来たか、からだ。ま、まさか今になって怒りに来たわけでもなかろう。


「本、読みたくて」


 ああ、そう言えばそんなこと言っていたな。


「ああ、そう言えばそんなこと言ってたな。あるよ、はい」


 私はカバンの中から、本を取り出して渡す。出来るだけ目を合わせないように。顎下の方を見ながら――寝間着を着ていた。いや、当たり前なのだが、寝間着を着ていた。寝間着を。寝間着というのはなんと、なんと無防備なものか。む、無防備だ。か、か、か、わ、い――


「さあ、もう寝たいから。出てってくれ」


 ちょうど書きたいものも書き留め終わっていたので、寝ようかと思っていた時分の訪問ということもあり、私は寝たい意思を伝える。ちょうど書きたいものも書き留め終わっていたので、寝ようかと思っていた時分の訪問ということもあり、私は寝たい意思を伝える。ちょっと、語気が荒くなってしまったが。


「ここで読んでいい」


 つまり、もっと話そうと……。


 なぁにが少女の謎を知るいいチャンスだぁ。この馬鹿が。時間をかけろと言ったばかりではないか。急がば回れという言葉を知らんのか。いいから、ちゃっちゃと消えるのだ。


「ダメだ」


「なんで」


 なぜそんな寂しそうな顔をするのだ。あっ、しまった。顔を見てしまった。計ったな。魔女め、悪魔めが。その手には乗らんぞ。


「ちょっと、疲れてるんだ。今日は」


 悪霊退散悪霊退散。森羅万象、天変地異、天上天下は唯ちゃん独尊。


「そっか、わかった」


 少女よ、唯ちゃんには叶わないのだ。よ~くわかったか。いや、しかし、素直な子はとてもいい子だ。いい子いい子、は、したいけどしないぞ。ま、いい子に眠るのだ。今度ごほうび……ん指の~、指の~、五本指で~手品を見せてあげよう。


 バタンッ


 少女が強めに扉を閉める。お、怒っている。まさか、素ではなくて誘惑していたのか。あのあどけない少女が。いやいや、馬鹿な。そんなわけがあるまい。そんな手練手管が使えるような妖術使いではあるまい。使えるとしたら、おつかいくらいだろう。……。私は決してダジャレを後悔しない。ダジャレとは男に元来備わった財産なのである。


 ふ~ん


 もう疲れた。寝よ。


 私は今日何故か何度も殺されたような気がする。そんなことを思いながら明かりを消す。疲れ切った心身に休息を与えよう。


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