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2・主人公と女神、異世界に立つ

「こンの駄女神があああああっ!!」


「ひいいいいいいっ!! な、なんですか!? なんなんですか突然!?」


 異世界に着いて早々、ナツメの怒声がこだまする。

 女神こと――ルルは反射的に頭を抱えて蹲り、涙目でナツメの顔を見上げた。


「すみません。少し腹立たしいことがあったものですから、

 女神を同伴する異世界転移者として、一度は言ってみたかった台詞を、

 良い機会だから今言ってみました」


「そ、そうですか。でも、急に怒鳴るのは今後、止めて下さいね。心臓に悪いので」


「はい。なるべく善処します」


 急に怒鳴られて、すっかりと腰を抜かしてしまった様子のルル。

 ナツメに手を引かれて彼女はどうにかヨロヨロと立ち上がり、

 それから胸に手を当てると安堵の息を洩らした。


「それで一体、突然、どうしたと言うのですか? この私に何かご不満な点でも?」


「はい。ご不満だらけではらわたが盆踊りしそうな勢いです。

 あのう、俺……確かに異世界行きを希望しましたよね?

 でも、ここってどう見ても日本――それも相当昔の日本ですよね?」


 ナツメは胡乱な目付きでルルを見やりながら言い、サッと辺りの風景を一瞥した。


 木と紙で造られた長屋が左右にズラリと建ち並ぶ、喧騒と活気に満ち溢れた町並み。

 地面は未舗装のまま、そこらに砂利が転がり、風が吹けば砂埃が宙を舞う。

 また、道行く人々の格好はそのほとんどが和装という出で立ち。


 そう――正に江戸時代の日本風景、そう言っても過言ではない光景が広がっていた。


「女神様――いえ、ルル様は肝心なことをお忘れですか?

 この物語は飽くまでも異世界ファンタジー物であって、

 決して、タイムスリップ的なSF物でなければ、

 歴史物や時代劇物といった類のお話でもないのですよ?

 それなのにこれではジャンル詐欺だと訴えられても仕方ありません。

 というか、誰よりも先にまず俺が貴女を訴えます」


 求める結果が得られなかった為、ナツメは無表情のまま静かな怒りをルルにぶつけた。


 彼からすれば、みずから進んでトラックにはねられてまで渇望した、異世界行きの切符だ。

 それにも拘わらず、いざ蓋を開けてみれば、

 異世界のいの字も感じられない場所に連れて来られてしまったのだから、

 彼が怒るのも無理はない話である。


 ところが当のルルはというと。

 ナツメの怒りなどはどこ吹く風と言わんばかりに、

 まるで彼を小馬鹿にするかの如く、呆れ混じりの失笑を洩らした。


「やれやれ。何をそんなに怒っていらっしゃるのかと思えば……。

 嫌ですねえ、ナツメさんったら。そういうの早合点って言うんですよ?

 ヤダもう、超ウケるんですけどー!」


 ルルは心底愉快そうな顔で口元に手を添え、プークスクスと笑った。

 すると、流石にプークスクスは露骨過ぎて何かと不味いと判断したのか、

 ナツメは青ざめた顔でルルの口を両手で押さえ込もうとした。

 だが、それはあっさりと彼女にかわされてしまう。


「ナツメさんはテンプレ脳に侵され過ぎですね。

 そりゃあ異世界と言えば、中世ヨーロッパ風の世界観、

 確かにそれが夢見る青少年の一般的な認識ではありますけど。

 でも、世の中には和風ファンタジーというジャンルもあるのですよ?」


「ルル様……そんなナリをして、和風とかドヤ顔で言われても違和感しか。

 というか、和風ファンタジーと言いますとつまり、

 鬼だとか河童だとかの妖怪が跳梁跋扈する、そういう類いのアレのことですか?」


 ナツメがそう訊くと、ルルは得意気な顔でうんうんと頷き。


「そういう類いのアレです。ちなみに……ですけど。

 この世界は飽くまでも和風というだけで、実際は現実の日本とは異なる別世界です。

 登場する人物・団体・名称などは架空であり、実在のものとは関係ありません。

 このことは強く留意しておいて下さいね」


 ルルからそう言われて、ナツメが改めて周囲を見渡してみると。

 ――なるほど。

 飽くまでも舞台が和風なだけであって、ここは確かに異世界なのだなと納得出来た。


 何故ならば、道行く人々をよくよく観察してみると、

 右を見ても左を見ても不自然なほど美少女ばかりだったからだ。

 おまけにその髪色たるや、とてもバリエーション豊富で実にカラフルである。

 これは驚愕に値する。日本に限らず、現実世界ではまず、こんなことはあり得ない。

 

 無論、世の中には女性だけでなく、男性という生き物も残念ながら存在する訳で。

 美少女達が往来する中にチラホラと、

 本当に申し訳程度の、ジャガイモみたいな男衆が何人か散見される。

 だが、ジャガイモ野郎共のことなどはどうでもよかろう。

 そんな野郎共の詳細など誰も望んではいないのだから。


 ナツメは視線を再びルルに戻すとにわかに苦笑した。


「これまでテンプレ通りの展開で完全に安心し切ってたんですが……。

 まさか、ここにきて、こんなテンプレ外しをしてくるとは予想外でした。

 ……これはまた、随分と困ったことをしてくれましたね、ルル様」


「少なくとも、異世界で勇者になって魔王討伐! という王道展開はなくなりましたね」


 ビシッとヒーローポーズを決め、ルルはノリノリでそんなことを話した。

 その表情は大変に無邪気なものである。


 やはり、これまでの脇役人生から解放されたことは。

 出番と台詞が大幅に増えたことは相当に嬉しかったようだ。

 先刻から、とても女神とは思えぬ、はしゃぎようである。


「それで――困ったこと、というのはなんでしょうか?

 ちなみにどんな異世界へ飛ばされるのかは完全にランダム制でして。

 私はこの件に関しては一切関与してませんからね? そこのところは誤解なきように」


 ルルがヒーローポーズを決めたまま、小首を傾げて尋ねてくる。

 すると、ナツメは途端に怪訝な表情を浮かべ、辺りをキョロキョロと窺い出した。

 その様はまるでデパートで迷子になった子供のようである。


「いやなんというか……初期プロットが盛大に崩壊したと言いますか。

 俺の壮大な構想が初っぱなから爆発四散してしまったと言いますか。

 あの……この世界にも冒険者ギルドってあるんですかね?」


「冒険者ギルド……? この和風ファンタジーな世界に冒険者ギルドですか?

 ――ヤダもう、ナツメさんったら。

 そんなものあるわけないじゃないですか! 常識的に考えて!」


「……ですよね」


 異世界転移と言えば、冒険者ギルドの存在は欠かせない。

 異世界転移の物語に於いて、冒険者ギルドの存在は欠かせないだろう。


 異世界へ転移したら、主人公はまず冒険者ギルドで登録を済ませ、

 その後、ギルドから発注されるクエストを次々とこなしていくのだ。

 そして、様々なクエストをこなす過程で数多の美少女達と知り合い、

 主人公はニコポやナデポなどを駆使して、美少女達と仲を深めていき、

 最終的には美少女によるハーレムを構築して、ハッピーエンドを迎えるのである。

 正に迷うことなき一本道――実に王道的な物語の流れがそこにはある。


 だが、それは所詮、ここが中世ヨーロッパ風の異世界であればの話だ。

 この和風的な異世界には当然ながら、冒険者ギルドなどは存在するわけがない。

 従って、ステータスオープンもなければ、ゴブリン討伐のクエストもないのだ。


「うーん……。冒険者ギルドが無いとなると、これは弱りましたね。

 俺はこれからどうすればいいんでしょう……?

 どうやって物語を進めていけばいいんでしょうか?」


「さあ……? なにぶん、私も異世界転移なんて初めてのことですから、さっぱり。

 適当にその辺をブラブラしていれば、物語が勝手に進むんじゃないですかー?」


「なんですか、その投げやりな回答は!?

 チクショウ……! やっぱり駄女神じゃないですか! やだーー!!」


 ナツメの心からの叫びがこだまする。

 周囲の人々が何事かと一瞬、ナツメを凝視するが、直ぐに慌てて視線を逸らした。

 どうやら触るな危険人物と認識されてしまったようだ。


 ところがそんな中でひとりだけ。

 近くの茶屋で縁台に腰を下ろして休んでいた、

 ひとりの妙齢の女性が興味深そうにナツメ達を眺め、

 やがて、ふたりに声を掛けてきた。


「そこのおふたりさん。一体、どうしなさったね?

 路頭に迷ったような顔をして。もしや何か、お困り事かな?

 それならば、ちょいとばかし、このお姉さんに相談してみんかえ?」


 その女性は茶色がかった髪を指先でクルクルと弄びながら、口を薄く開いて微笑んだ。

 明らかに美人である。絶世の美女と言っても過言ではない。

 年の頃は判別不能だが、少なくとも成人は迎えているだろう。


 ナツメは思わず、ゴクリと唾を嚥下した。


 くだんの女性はまるで花魁さながらな際どい格好をしていた。

 胸元を見れば、今にも爆発しそうな、ふたつの爆弾が顔を覗かせ、

 着物の裾からはスラリとした白い足が見せつけるように伸びている。

 その姿はどう見ても痴女以外の何者でもない。


「あの……貴女は一体……?」


 前屈みの体勢から動けず、くだんの女性に見とれたまま、

 物言わぬ地蔵と化したナツメに代わって、ルルが不満混じりの怪訝な表情で尋ねた。

 すると、女性は胸元から扇子を取り出して広げ、それで口元を隠すと、

 目を細めて妖しげな笑みを浮かべながらナツメ達にこう言った。


「どうもはじめまして。僕の名前はココノビ。

 今は占術師を主な生業にしている、言わば、この町のご意見番みたいな存在さ。

 まあ、僕のことはどうか、気軽にココノビ様とでも呼んでくれたまえ」

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