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第7章 ―新生ノ陽ハ登レリ―

 柱島泊地が主の居ない巣と化してから数時間、我々は豊後水道を抜けて既に太平洋の大海原へと駆り出していた。


 第四戦隊を先頭に、先行する第十一航空戦隊は輪形陣を組み、第二水雷戦隊が艦隊を取り囲んでいる。

 我々、陸軍船舶部隊と補給部隊は二列縦陣で進み、その周囲を第四水雷戦隊と第十六掃海隊がかこみ、敵潜水艦から護るために(せわ)しく行き来していた。


 我々の右前方には第二機動艦隊の空母群が輪形陣でがちりと艦隊を組み、搭載の戦闘機が離発着をしては時たま我々の方へ飛来していた。


 我々も負けじと、「山汐丸」「千種丸」を中心に戦闘機を発艦させて海軍部隊と張り合っているのである。


 「熊野丸」はそんなことには我れ関せずというかの様に、二式特殊偵察機のみを発艦させて対潜哨戒を黙々と行っていた。


「こちら電信室!船橋へ、連合艦隊司令部より電信!!」


 船橋の空気が一瞬にして引き締まった


「こちら船橋、電信室読み上げろ。」

 

 

「発 連合艦隊司令長官山本五十六、宛 全部隊、『本日、新生ノ陽ハ登レリ。』以上!」

 

「ついに来たか!」

 

 北岡作戦参謀が声を上げた。

 

――「新生の陽は登れり」――

 

 全部隊に対して定められたミッドウェイ作戦発動の秘匿電文である。

 

「船内放送で全将兵に通達する。田口少佐、伝声器の用意を。」

 

 船長からの指示に、私は船橋の電気伝声器の電源を入れた。


「船橋より全乗組員及び乗船中の将兵へ。先刻連合艦隊司令長官より入電があった


『新生の陽は登れり』


 当入電により、全部隊においてMI作戦は開始された。これより我が艦隊及び船団は中部太平洋に進出し敵艦隊を撃滅、同時に敵拠点に上陸、これを殲滅せんとす。

 我々陸軍船舶兵は上陸戦の専門職であり決して素人ではない。乗船中の陸戦隊員においては、貴官らが上陸地点に到達するまで、我々は命をかけてその任を遂行するものである。

 貴官らは安心して上陸に備えて頂きたい。本作戦は大日本帝国の将来その全てがかかる作戦であることは間違いない。各員、一層の努力を期し陛下の御前に恥じぬ戦果を挙げよ。」


 上陸部隊が寝泊まりしている下部兵員室から、凱歌が上がった。


 我々も互いに顔を見合わせ、それぞれの意思を再確認するものであった。


六月十三日午後一時半―――


 先行の小沢機動部隊から敵空母に向けて四百機弱の大航空部隊が発艦した。


 我々はまだ戦闘海域には達せず、引き続き哨戒に専念する一日が続いていた。


 太平洋の波は珍しい程に穏やかで、こんな平和な大海が、数時間後には人が必死に殺し合う決戦の舞台となるのかと思うと、私の心をこの海の如く穏やかにすることは至難の技であった。

 既に第一機動艦隊が艦載機を出撃させ、戦闘は開始されている一方、我々の船団は未だ順調に船を進めていたのだが………

 

 敵発見の報は突然であった。

 

ジリリリリリ


 船内電話の呼び鈴がなった


 私はすぐさま受話器を取った


「こちら船橋、どうした」


「こちら電波警戒室、警戒機に敵潜水艦らしき感あり!本船より三十度、距離千!」


 私が受話器を置くと見張員が叫んだ


「旗信!『二式偵察機ヲ発艦シ敵潜水艦ヲ撃破セヨ』以上!」


 船橋は一瞬にして慌ただしくなった



 高橋飛行参謀が叫ぶ


「偵察機発艦準備、装備は対潜爆雷、他の船に遅れを取るな!」


 船は速度を増した。

 便利な物で、射出機と二式偵察機の滑空性があれば、船を風上に向ける必要はない。


 飛行甲板は大騒ぎである


 整備兵が走り回り、操縦士が叫ぶ


「ペラ回せ!」


「コンターク!」


 再び呼び鈴が鳴る


「こちら飛行甲板、発艦準備完了。」


 飛行参謀が受話器ごしに叫ぶ


「偵察機、発艦せよ!!」



 旗を持った指示員が満を持して旗を振り下げた


バラバラバラ………

シューッ


 飛行甲板の2機の二式偵察機が射出機を使って飛び立ち、敵潜水艦へ真一文字に向かった。


 他の船を見ると「熊野丸」とほぼ同時に飛行機が飛び立っていた。


 どうやら発艦競争は次回への持ち越しの様である。


 その時、電信室から緊急連絡が入った。


「こちら電信室、敵潜より発信せられた電文らしき通信を傍受。内容読みます、『敵輸送船を含む大艦隊を発見せり。サンド島より二百七十度、進路九十度、速度約十九ノット。』以上。」



(これは敵機が来るかもしれんぞ……。第二機動艦隊は本隊の支援で手一杯、いかん、これはいかん。)


 そう直感した私は、受話器を切るのもままならぬままに船長に提言した。


「司令、いま敵潜水艦が我々の位置をミッドウェイに報告しました。潜水艦は我が偵察機が必ずや撃破してくれるでしょうが、ミッドウェイか敵空母部隊からの攻撃隊が来襲する恐れがあります。

 偵察機が帰還したら直ぐに戦闘機を飛行甲板に揚げられるよう全ての準備を終了させる様に、格納甲板に指示した方が良いでしょう。」


 私の進言に江藤船長は深く頷くと、直ぐに準備を完了させるよう高橋飛行参謀に指示を出された。

 私のこの判断が、攻略部隊の運命を勝利に導くのであった。


「偵察機、攻撃開始します。」


 敵潜上空に一番乗りを上げたのは、「あきつ丸」飛行隊であった。

 緩降下から投下された二発の爆雷は、急速潜行中の敵潜水艦の至近弾となって爆発。

 撃沈には至らなかった。


 次に攻撃を仕掛けたのは我らが「熊野丸」飛行隊である。

 ぎりぎりまで降下した二式偵察機は、既に海中に潜り輪郭が消えかかっていたであろう海上に、各2つの爆雷を投下した。

  

ドドドーン


 大爆発音が聞こえ、巨大な水柱が上がった。


 二式偵察機から無線が入る。


「我が爆雷は敵潜水艦に命中!海上に油、浮遊物確認!撃沈確実!」


 各所で歓喜の声が上がった。


 しかし私は、敵潜水艦が発信した電文が気になって仕方が無かった。


(我が海軍部隊との戦闘に夢中になって、我々を無視してくれれば良いのだが・・・・)


 敵潜水艦攻撃は、我々熊野丸に軍配が上がったようであった。


 二式偵察機が帰艦すると偵察機とその搭乗員を整備員や砲兵が大喜びで出迎え、また偵察機搭乗員もその歓声に手を振って応えていた。


 しかし、その歓喜もつかの間、飛行甲板にはジリリとベルが鳴り響き、偵察機の収容と戦闘機の甲板待機のため、再びてんやわんやの大騒ぎとなった。


 一方、我々を護衛してくれている第二艦隊から、海軍本隊の情報が続々と入って来ていた。

 どうやら状況は優勢のようだが、第二機動艦隊の戦闘機も支援に向かうので手一杯であり、我々の方には必要最低限の機数しか残されていなかった。


午後四時一五分


 先頭を行く軽巡洋艦「由良」から全部隊に向けて緊急電が平文で打電された。


「こちら電信室!軽巡『由良』より緊急入電!『我が電探に敵大型機らしき感あり、方位九十、距離三千、数十二』以上!」


(そら来た!)


 間髪入れず、船橋の見張り員が叫んだ。


「神州丸檣楼に旗信!『敵機を迎撃せよ』!」


 私が江藤船長を見ると、船長は軽く頷き大声で命令を発された。


「戦闘機、全機発艦せよ!」


 私は船橋を降りて戦闘機隊長八巻大尉の肩を叩いた。


 ようやくの出番だと意気込む大尉は、私に気づくと同時に敬礼をし、私もまた彼に敬礼を返した。


「八巻大尉、やっと君達の出番が来たようだ。我々は特殊船と言えどたかが輸送船だ。爆弾をくらったら船は大破し下にいる兵隊にも多くの死者が出るだろう。

 君達がこの船団を守ることがこの決戦の勝利に繋がる。臨機応変に対応して敵を阻止し、絶対に生きて帰って来い。」


「もちろんであります!我々戦闘機は必ずや船団を守って見せましょう!」


 八巻大尉は再度私に敬礼をすると、自らの機体へ向かい、私は船橋へのラッタルを駆け上がった。


 十二機の一式複戦がズラリと飛行甲板に並び、一斉にエンジンを始動、プロペラが回り始めた。


 電話機が鳴る


「発艦準備完了!」


 船長が頷く


「発艦はじめ!」


 飛行参謀が叫び終ると同時に戦闘機は次々と飛び出した


「頼むぞ!」

「全部撃墜して来てくれよ!」


 甲板両側に陣取る整備兵が口々に叫び、戦闘機はそれに応えるが如くの勇姿を見せて飛び立って行った。


 周囲を見渡すと、戦闘機が発艦しているのは我々だけ。

 他の船や海軍の水上機母艦は今になって発艦準備に追われているのだ。

 今回ばかりは、発艦競争は我々の圧勝であると言わざるを得ないだろう。


 当然ながら、真っ先に敵爆撃機に接敵したのは我が熊野丸飛行隊であった。


 続いて「千代田」所属の二式水上戦闘機部隊十機が参加した。


 翼間をぎりぎりまで狭め、密集体型を取る空の要塞を攻撃しようとしたその時、我が戦闘機隊がB17隊の後方遠くに、二十機ほどの編隊を発見した。


「熊野丸、こちら戦闘一番、B17後方に敵編隊と見られる別の編隊を発見!敵は小型機の模様……」


 当編隊の速度や大きさから小型爆撃機と判断した高橋参謀は、我が戦闘機をこれに向かわせることを提案、B17は他の戦闘機部隊に任せ、我々は小型爆撃機の相手をすることにした。


 敵小型爆撃機はミッドウェイ所属のSBDドントレス、米軍の代表的な艦上爆撃機だ。



 八巻大尉率いる十二機と「千代田」の二式水戦は、B17を後続に任せ、一目散にドントレス編隊に向かった。


 護衛戦闘機のいない爆撃機ほどもろい物はない。

 我が戦闘機は二線級の旧型戦闘機と言えど、やはりドントレス爆撃機の敵では無かった。


 我が方二十二機に対し二十機のドントレスは密集隊形を取り、必死に抵抗するが、我が戦闘機の突入一斉射で五機が墜落。


 敵の密集隊形が散開すると、間髪入れず巴戦に持ち込み、逃げ回るドントレスを次々と撃ち墜として行った。


 一方、B17部隊にも他の戦闘機部隊が続々と到着し、「山汐丸」「千種丸」の零式戦闘機二四機、「あきつ丸」「にぎつ丸」「ときつ丸」の一式複座戦闘機三十二機、「千歳」「日進」「神川丸」の二式水上戦闘機十八機の計七十四機が交互に攻撃をしかけていた。


 さすがのB17も、我々の執拗な攻撃により次第に落伍する機が出はじめ、我々の高角砲の射程内に至った時点においては半分の六機に減っていた。


 しかし我々帝国陸軍はこれで手加減をするさほど野暮ではない。


 B17が射程圏内に侵入すると同時に、海軍の護衛艦や我が船舶砲兵部隊は「待ってました」とばかりにあらゆる高射砲と高角砲を打ち上げたのだ。


 従来、高空で侵入する爆撃機に高角砲弾が命中することは稀であったが、今時の帝国陸海軍は違う。


 各艦の電探と射撃管制盤に導かれた砲弾は、次々とB17に命中、六機の大空の要塞は次々と火を噴き、次第に高度を下げ、そして墜落。


 その全てが紺碧の海中へと消えた。


 B17が全て墜落した時、熊野丸戦闘機隊が攻撃していたドントレスの最後の一機も、断末魔の叫びを上げていた。


 機体中が穴だらけとなったドントレスは、ガクリと機首を下げると大爆発を起こし、その全てが大空へと散ったのであった。


 彼らドントレス隊としては、我々がB17迎撃に躍起になっている間に船団上空に侵入し、高空からの急降下爆撃を行う魂胆だったのだろう。


 もし我々が他の船の戦闘機と同様B17のみに気を取られたまま、ドントレス隊の急降下爆撃を許していたら………


 そう考えた時、私は恐怖に鳥肌が立つと同時に、誰よりも早く敵機来襲を考えた私の判断は間違っていなかったのだと、改めて思い直したのであった。


六月十六日 現地時間 午前五時


 故郷日本は未だ闇の中であろう十六日の朝、船団の前方にうっすらと小さな島が見えてきた。


 ミッドウェイ諸島―――太平洋の真ん中に浮かぶ日米決戦の最も重要とも言える郡島である。

 ここを占領し、航空隊を配備することにより、帝国は太平洋に置ける勢力圏を大幅に拡大し、ハワイは真珠湾を目と鼻の先に据えることができるのである。


 ミッドウェイ諸島へ近づくにつれ、その様相が尋常では無いことがわかってきた。


 いくつかの小さな島のあちらこちらから黒煙が上がり、見える範囲の木という木はもうもうと燃え上っていた。


 前日から今朝未明にかけて、海軍の戦艦部隊が島に向けて猛射を加えた結果ということはすぐに理解できたが

(ここまでせずとも…)

 と、いささか悲哀の情を持ったものであった。


「旗信、『船団は予定した地点に停泊し、上陸戦の準備をせよ。』」 

 

 

 船団は二列縦隊から散開し、それぞれ作戦にて決められた海域に停泊した。

 

 イースタン島を攻略する第四部隊の「日向丸」「摂津丸」を除いた司令船「神州丸」、第一・第二・第三・第五部隊の十一隻は、サンド島の北と西に分かれ、珊瑚礁を避け海岸から千米の地点に錨泊した。


 上空には船団上空の警戒として「山汐丸」「千種丸」や各特殊船、そして海軍空母の戦闘機が飛び交い、敵の空襲に備えていた。


―<<ヒコヒコ、チンチン>>―

(我、敵飛行機ノ攻撃ヲ受ク)

 

 

 ふと私は開戦初頭のコタバル上陸戦を思い出していた。


昭和十六年 十二月八日 早朝


 作戦通りコタバル湾に進入錨泊した三隻の輸送船は、それぞれ上陸に向けて準備を開始した。

 あくまでマレー上陸戦の一作戦に過ぎないこの作戦も、シンゴラやパタニーと同様に成功裏に終わるものと誰もが考えていた。


 その時、数機のイギリス空軍機が三隻に襲いかかったのである。


 投下された爆弾は、「淡路山丸」に三発、「綾戸山丸」に三発、「佐倉丸」に二発が命中、大爆発を起こした。


 「綾戸山丸」「佐倉丸」の二隻は懸命な消火活動により鎮火、湾外への退避に成功したが、「淡路山丸」は各所で誘爆、大火災となり一日中炎上し続け、夜間にオランダ海軍潜水艦の雷撃により沈没した。


 一方、上陸部隊も予想外の苦戦を強いられ、戦闘は難航を極めた。


敵 の猛反撃の結果、上陸部隊・揚陸隊述べ八百名以上の死傷者を出し、上陸用舟艇も十五隻が沈没・大破した。


 我が陸軍は、本来ならばこの被害を教訓にするべきところを見事に等閑(なおざり)にし、せいぜい対空機銃を増やす程度の補強で満足してしまったのである。


 しかし、陸海軍が再編されてから、この体質は目に見えて変わって行った。


 補給や輸送というものが重要視され、新造の戦時高速型輸送船をはじめ、陸軍や軍属の船舶には、大量の対空兵器や高性能の電波警戒機が搭載された。

 その変わりぶりはまるで、かの弾井海軍少佐の思惑によって陸海軍が動いているのではないかと思ってしまうくらい、彼の主義主張そのものの姿なのであった。

 

 そして今、生まれ変わった陸軍揚陸部隊は、上空を飛び交う護衛機と、周囲を固める護衛艦と共に、大上陸戦を決行しようとしているのであった。



「上陸部隊、発動艇に移乗せよ。」


 兵員室に乗っていた海軍連合陸戦隊が、船倉格納庫の発動艇に移乗を開始した。


 既に「神州丸」の後部格納扉からは数艇の駆逐艇が発進し、海軍の駆逐艦と共に周囲の対潜哨戒を行っていた。

 「神州丸」所属の高速艇は連絡のために船と船の間を忙しく動き回り、特殊発動艇や装甲艇も泛水を終えて上陸に備えている。


「後部扉開け」


 轟音を立てて船尾の扉が観音開きに開き、各船とも発進準備は整った。

 

「各発動艇、発進せよ。」


 小型の特殊発動艇を先頭に、次々と大発動艇が滑り台を降りてゆく。


 第一段階上陸部隊の百五十人の陸戦隊が分乗した三隻の大発と、戦車や加農砲など重砲を搭載した八隻の超大発が発進、最後に海軍の特二式内火艇二隻が船尾を離れると、舟艇格納庫には第二段階上陸部隊の物資弾薬を満載した超大発二隻が残るだけとなった。

 

 この上陸戦は二段階作戦となっており、まず特殊船から発進した大発六十四隻、千百人が三手に分かれて海岸に突撃、敵の掃討と海岸線の確保を目指す。


 そして海岸線の確保とともに、第五部隊の戦時高速型輸送船搭載三十隻は千四百人と、各特殊船に待機している発動艇に満載された物資弾薬が上陸するのである。


 一方、「熊野丸」の飛行甲板も上陸部隊援護のため、一式複座戦闘機と二式特殊偵察機の発進準備に追われていた。


 翼下に小型爆弾を取り付け、襲撃機へと様変わりした一式戦闘機と二式偵察機は、上陸開始とともに各船から飛び立ち、上陸部隊の爆撃要請に合わせて銃爆撃し敵の部隊を撃破するのである。


 陸軍船舶部隊創設以来、初めて太平洋の大海原で行う島峡への上陸作戦の開始は、今まさに目前に迫っていた。


「上陸部隊は司令船指揮艇(特殊発動艇)に集合、所定の位置で待機せよ。」

 

 作戦時には指揮艇と呼ばれ、距離を置いて待機する「神州丸」の特殊発動艇に続くように、これまた各部隊の特殊発動艇に先導された発動艇が集合してゆく。

 

 三群に分かれた六十四隻の発動艇のそれぞれを囲むように八隻の装甲艇と四隻の特二式内火艇は、縦横に一糸の乱れもなく整列した。

 

 

 遂に司令船「神州丸」から上陸作戦の開始が下令された。


 「神州丸」の楼墻に信号旗がスルスルと登った。


 「熊野丸」の船橋はいつになく張りつめた空気で、そこいる全員が神州丸のマストを見つめ、息を飲んだ。

 

 

「上陸を開始せよ。」 

 

 

昭和十七年六月十五日 現地時間午前六時

 

 ミッドウェイ群島サンド島及びイースタン島における陸海軍共同の上陸作戦が同時に開始された。

 

 大発の発動機とスパイラルプロペラが唸りを上げ、上陸部隊が一斉に進撃を開始、海岸に向かって突撃した。


(静かだ……)

 

 陸上からの反撃が一切無く、気味の悪い空気が漂う中、第三部隊「摩耶山丸」の大発が真っ先に着岸、歩板を下げると中にいた陸戦隊が一斉に飛び出した。


 ほとんど時を違わずに他の発動艇も着岸し次々と陸戦隊が上陸、ゆっくりと前進を開始した。



 先頭の部隊が海岸線から五十メートルほどの地点に近づいたとき


ドン、ドン……

パンパン、パンパン……

 

 今まで一発も撃たず静まり返っていた擬装された沿岸砲や、森の中の退避壕で帝国海軍の攻撃に耐え続けていた守備隊の銃砲が一斉に火を吹いた。


「全員伏せろー!」

 

「衛生隊!衛生隊はどこだ!」

 

 一○○式機関短銃や二式突撃銃を持った兵隊がバタリバタリと倒れてゆく。

 

 アメリカ軍の一斉攻撃に、上陸部隊は釘付けとなった。

 

 しかしミッドウェイ守備隊の敢闘もここまでであった。

 

 

タタタタタタ……

ドーン……


 陸戦隊が支援要請をする間も無く、海上の陸軍装甲艇が自慢の舟艇砲で攻撃を開始、上空からは陸軍空母こと特殊船の一式複座戦闘機と二式特殊偵察機が銃爆撃を開始した。


 一方陸上でも、上陸した特二式内火艇が敵中に突入し撹乱させた。 

 

 そして超大発が二十六台の二式中戦車を揚陸した時、海岸での戦闘の勝敗は決した。

 

 

 アメリカ軍は一応の対戦車砲を装備してはいたが、二式戦車はその全てを弾き返し、頼みの重砲や沿岸砲も海空からの援護により破壊し尽くされていた。

 

 


午前六時四十分


 アメリカ軍ミッドウェイ守備隊は海岸線を放棄、約二千人が熱帯雨林の奥に逃げ込んだ。

 米守備隊の撤退と共に海軍工作隊は防御陣地の、陸軍船舶工兵隊は海岸堡の構築を開始した。

 

 海上でも、第五部隊の高速輸送船がデリックによって大発を泛水させていく。


 我々も、格納庫内の超大発を発進させた。


 我が優秀な船舶工兵がおよそ一時間で海岸堡を完成させると、陸戦隊野戦病院では手のほどこし様のない重傷者が陸軍病院船「ぶゑのすあいれす丸」に搬送されてゆく。

 

 第四部隊の担当しているサンド島上陸部隊からも逐次連絡が入って来ていた。


 サンド島とほぼ同時にイースタン島攻略の海軍陸戦隊は、ほとんど敵の反撃を受けずに上陸、進撃し小型機飛行場を包囲、米守備隊に投降を呼びかけているというところであった。


 イースタン島の守備隊はすぐに投降した。


(戦わずして降伏するとは、やはりアメリカ人だな。)


 私はそう思ったが、海と空から猛爆が加えられ、二倍以上の帝国軍に上陸された二百人程度の守備隊のことを考えると、投降も止む無きものであろうとも考えるものであった。

 

 

 

 我が軍の圧倒的な攻撃によりイースタン島は陥落した。

 

 しかし、サンド島はそうは問屋が卸してくれなかった。


 日没までには飛行場を包囲するという作戦計画に合わせて現地時間午後一時には熱帯雨林への突撃が開始された。

 しかし、海岸線より後退し熱帯雨林の中でひっそりと隠れて我が上陸部隊の攻撃を待ち構えていたアメリカ軍守備隊の反撃によって前線は停滞した。

 

 熱帯雨林での戦闘には強いと考えられていた帝国軍であったが、それは帝国陸軍のことであり、海軍陸戦隊は島峡作戦に慣れてはいたものの、熱帯雨林での戦闘にはまだ経験不足であったのだ。


 一方、サンド島の地形や環境を熟知した守備隊は劣勢を物ともせず、ある者は隠れて、ある者は後退しつつ、攻めいる陸戦隊を果敢に防ぎ続けていた。



 やはり上陸作戦は我々帝国陸軍に任せてもらえれば良かったのだ。


『占領は自分らで行うから陸軍は運んでくれるだけで良い。』


(陸軍船舶隊は運送屋だとでも言うのか。)


(海軍は我々陸軍を小馬鹿にしているのか。)


(弾井少佐、君もそうなのか。我々を運送屋程度の存在にしか考えていないのか。)


 生粋の陸軍軍人である私にとって、海軍陸戦隊の苦戦と海軍の陸軍船舶に対する見下した態度は、私の気持ちを苛立たせていくだけであった。


 しかし、この「怒り」と「葛藤」は「陸軍内海軍部隊」という半端な存在である「陸軍船舶」に乗るものが、いずれ必ず突き当たるものなのであった。


 私が憤然としていても、問題を解決に導くことはない。

 

 陸戦隊は我々の支援を必要としているのだ。

 

 私は船長に、飛行師団の総力を上げた空撃と、海上に待機している海軍戦艦部隊に再度の艦砲射撃を要請するよう進言した。

 

 船長も司令部も、私と同じ考えであったらしく、支援はすぐに発動され、上陸部隊の一時後退に合わせ海空からの支援攻撃が決行された。


 「あきつ丸」など特殊船や「山汐丸」「千種丸」ら護衛空母から飛び立った飛行機は海軍陸戦隊と連絡を取りつつ熱帯雨林の守備隊を掃射し、帝国海軍第一艦隊の戦艦部隊は、木々を焼き払い、逃げ惑う米兵を吹き飛ばした。


 工作隊は戦車の進路を開き、海岸堡陣地に設置された九二式十糎加農砲や九六式十五糎榴弾砲が戦艦部隊に負けじと全てを凪ぎ払った。


 前線は次第に押し進められ、午後五時には敵飛行場を包囲した。


 とは言っても、サンド島飛行場は既に飛行場機能を失っていたのみならず、度重なる砲爆撃により、基地の原型を留めてはいなかった。


 遂にサンド島守備隊に白旗が揚げられた。


 時を置かず、米守備隊司令官のシマード海軍大佐と陸戦隊司令官の太田実海軍大佐の間で降伏調印式が行われアメリカ軍ミッドウェイ守備隊は全軍が正式に降伏した。


 米兵の中にはハワイからの増援を信じ徹底した籠城戦を主張した者がいたそうだが、陸戦隊が基地に着いた時、塹壕・避難壕は死者と重傷者で溢れかえり、戦闘を継続できる様な状況では無かったと言う。


 飛行場の復旧と海軍航空隊のミッドウェイ上陸を残すのみとしたMI作戦は、日米双方に大きな被害を出して終了した。


 帝国軍の損害は上陸部隊三千名中、戦死八十二名、戦傷千二百名。

 アメリカ軍の損害は守備隊二千五百名中、戦死三百名、戦傷千六百名であった。


 我々の予想に反しアメリカ兵は勇敢であった。

 特にシャノン大佐率いる海兵大隊は勇猛果敢であり、戦術も素晴らしいものであった。


 我々がこの戦争を勝ち進んで行く中で、アメリカ兵は愛国心に満ちており、その突撃精神は帝国陸軍に匹敵し、戦法は巧妙であるということを忘れてはならないのである。


 一仕事終えた私は一眠りするため、副官私室へと歩を進めた―――――



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