第3章 ―洋上訓練―
飛行隊の到着まではまだ時間があるので、砲兵長の提案で対空戦闘訓練を行うことにした。
瀬戸内海には、岩国・広島・松山・高松などの陸海軍飛行場があり、さらに海軍の水上機や飛行艇が連絡や訓練のためひきりなしに飛行している地域である故、訓練のための目標に困ることは無かった。
「電波警戒機に感、本船の西方五キロメートルに飛行機多数」
折よく船の方角に海軍の赤トンボ編隊(練習機)が近づいて来たので、これを目標に訓練を行うこととした。
「電波警戒室より船橋、敵機は船団の右三十度、距離一千。」
電波警戒室からの連絡に、すぐさま砲兵長が指示を出す。
「対空測高室、敵機の高度知らせ」
「敵編隊高度八百、進路変わらず」
「対空戦闘用意、測距器・測高器、射撃管制に移れ。」
砲兵長の指示により、甲板・右舷の高射砲・機銃が仮想敵機の方向へ砲口を向けた。
「敵機、進路変更左旋回、距離六百、高度変わらず」
「目標、本船右四十度、仰角二十八度、狙え」
満を持して砲兵長が叫ぶ
「ヨーイ、テェーッ!」
本来ならばここで各砲が火を吹き、砲弾が目標へ向かってゆくのである。
「目標撃破確認、残敵無し」
私がそう告げると、船内電話を耳に当てていた飛行参謀が報告してきた。
「松山飛行場より入電、『飛行隊、まもなく貴船に到着、着船準備求む。』であります。」
「高橋飛行参謀、飛行隊の収容準備を開始せよ。」
船長の命令一下、船内は急に慌ただしくなった。
着船制動柵の操作をする者、昇降機の稼動確認をする者、格納甲板の清掃を行う者。
しばらくして船は船首を風上に向け、速力を上げた。
収容準備はほぼ整ったと言って良いだろう。
すると、上空から爆音と言うのか、パラパラというエンジン音が聞こえて来た。
我が船団の「眼」である二式特殊偵察機と「鉾」である一式戦闘機五型のご登場だ。
両機とも、帝国陸軍がかつてより特殊船「神州丸」「あきつ丸」型などの搭載機として開発していた機体であった。
二式特殊偵察機は独逸第三帝国のシュトルヒ機を原型として、大改装前の特殊船から射出機無しで離陸できる偵察哨戒機として使われていた。
一方、一式戦闘機五型は、今戦争の初期に主力機として活躍し、現在は退役した「隼」戦闘機の改造型であり、当初から艦載機として開発していた四型の設計に改良を加え、戦闘爆撃の両者をこなせる複座の艦載機として既成の機体を改造したものである。
「熊野丸」はこの二式偵察機を6機、一式戦闘機を12機搭載していた。
「にぎつ丸」も同様の機数であるため、第二中隊飛行隊は総数計34機となる。
二式特殊偵察機の任務は、輸送や上陸に際する哨戒と潜水艦攻撃。一式戦闘機のそれは長距離偵察爆撃と敵攻撃機の撃破であった
雲間から現れた機体は瞬く間に大きくなり、それぞれが着船の準備を開始した。
まずは二式偵察機が、次に一式戦闘機が、船尾の指示員に従って次々と着船、制動柵により停止した機体はすぐさま昇降機に載せられ格納甲板へと収納された。
最後に着船した一式戦闘機から降り立ったがたいの良い男が、甲板横で着船を見ていた私の方へ白い歯を見せながら笑い顔で近づいてきた。
「いやはや、この『熊野丸』は何とも着艦のしやすいフネでありますな。『あきつ丸』と違って如何にも空母だ、という印象を受けましたぞ。」
自己紹介もせずに彼は、私に「熊野丸」の第一印象を語ってきた。
「おい、まずは貴官の階級名前を名乗るのが先ではないか?」
私が少し不機嫌に言うと、彼は「あっ」という顔をしてすぐに直立不動の姿勢をとり
「申し訳ありません!私は陸軍大尉の八巻飛行長であります!」
彼は八巻武丞、熊野丸飛行隊長であり第二中隊飛行隊長でもある。
「よろしい。私はこの船の司令部参謀少佐、田口だ。我が船の主役は貴官達飛行隊だ。活躍を期待しているぞ。」
私の言葉に彼はさらに白い歯を見せながら
「当然であります!この船は我ら飛行隊が命をかけてお守り致します!ご期待下さい!!」
しかし、こんな会話が許されるとは、我が帝国陸軍も変わったものだ。
そう思いながら私は私室へのラッタル(階段)を降りた。