異世界に召喚されたら弟が一瞬で死ぬ運命だったので俺がナレーションになって運命変えてやる!
弟の次郎とエロ本を読み合っていた時、世界が眩い閃光に包まれた。
次郎はあまり格好良くないその双眼を瞑り、眩しさに耐えているようだ。
そうして気が付くと、俺たちは薄暗い部屋にいた。
目の前には弟の顔。
オタクでコミュ症。顔もそこまでよくない彼だが、根はとてもいい子だ。兄ちゃんが保証する。
と、どうやら次郎はまだ気を失っているようだ。
――おい、次郎。大丈夫か?
「んむ……。に、兄ちゃん?」
――お、よかったよかった。生きてはいるようだな、それにしてもここは何処だろうか?
きょろきょろと辺りを見回すも、よく判らない。
俺の横で次郎もきょろきょろと辺りを見回して……そしてとんでもないことを言いやがった。
「あれ? 一正兄ちゃん? 声は聞こえたのに……ねぇ、どこ!? 一正兄ちゃん!!」
この愚弟はいったい何を言っていると言うのだ。
――俺ならお前の隣に居るだろうが。
「え? どこ? 隣になんて誰もいないよ?」
――ん? どういうことだ?
「……え?」
どうにも話がかみ合わない。
理解できず俺はゆっくりと状況を確かめて、自分の腕を見て、しかし腕は見えなくて……。
おや? おやおやおや?
よく考えてみれば、次郎の隣に立っていると言うわけでもない。俺は次郎を見下ろすように、次郎をあらゆる角度から見れるような感じでそこに存在している。
表すならば、三人称視点になった気分だ。
――次郎には俺が見えないのか?
「う、うん」
――でも声は聞こえるんだろ?
「聞こえるよ」
――ならサポートしてやる。俺の今の状況は例えるならばお前を中心とした小説の三人称視点って感じだ。だからたぶん直接触れることもできないと思う。
実際に試してみるが、やはり触れることは出来ない。
「さ、三人称視点?」
怯えている次郎。
くそっ、兄ちゃんとして俺が守ってやらないと。
と、そこへ空中にいきなり腕が生えてきた。その手には《ナレーション用》と書かれた紙束が……え? これを読め? なにこれ。
疑問に思いつつも一ページ目を開く。
――この世界には、人間と悪魔が存在した。悪魔は人を喰らい、その勢力を拡大しようとしていた。
「に、兄ちゃん? いきなりどうしたの?」
――いや、何か読めって言われたからさ。え? 続き? 続きを早く読めって?
――悪魔たちはさらに魔王を召喚。魔王に怯える人間たちは、ある日膨大なマナを使って魔王に立ち向かえる勇者を召喚することを決意する。その勇者の名は、ジロウ。
おお、まじか。俺の弟が勇者か。なんだか感慨深いな。
「えぇ!? 僕が勇者!? 無理無理、無理だよ兄ちゃん!!」
だが次郎自身はどうやら嫌らしい。
確かにな、こいつは引っ込み思案で人と話すのが好きじゃない。こんな大きな役割は絶対やりたくないと喚くだろう。
しかし、これは兄ちゃんとして応援したい。ぜひとも勇者やっていただきたい。
俺は常々思っていたのだ。次郎はやればできる子だと。
本人は「働いたら負け」とか言っているが、絶対こいつはやればできる子なんだ!
――次郎、落ち着いて考えるんだ。お前にはオタク知識によるチートがあるだろう? それに兄ちゃんも居るんだ。大丈夫、絶対上手く行くって。
「そ、そうかなぁ?」
――そうだよ!
と言うかここに《ナレーション》の紙束があるのだ。ナレーションと言う事はこれから先の運命も全て記されているのだろう。
どれどれ、次郎がどれだけ華々しい活躍をしているのか見てやろう。
ぺらっと俺はページをめくる。
『次郎は死んだ』
――この人で無しぃぃいいい!!
「ど、どうしたの兄ちゃん!?」
――い、いや、悪い。何でもないんだ。
慌てて次郎にフォローを掛ける。
いやいや、そもそも何でいきなり次郎が死ぬんだよ。何があった勇者ジロウ!
俺は弟が死ぬ運命にあることを知り、焦りながら前後文を読み始める。
『次郎は召喚の間に召喚され、しかしその醜さからお姫様に気に入ってもらえず、不法侵入として捕縛。尋問と拷問の末に豚のように蔑まれて死ぬ――。さーって、次郎は死んじゃった。新しい勇者だ! 物語は新章へと突入する。悪魔により怨嗟の炎に民衆が喘ぐその時、真の勇者が召喚されるのだ――』
はぁ!? 新しい勇者だぁ!?
ふざっけんなよ!! 何だよコレ!! このシナリオ書いたやつぶっ殺すぞゴラァ!!
と、あまりにも次朗の不憫な待遇に思わず取り乱してしまった。
一度落ち着け。スーハー。
それにしてもさすがにこれはやりすぎだ。って、え? シナリオを先に進めろって? ふざけんな! 次郎が、次郎が死ぬんだぞ!? ……くそっ、口が勝手にッ!
――と、次郎が召喚の間で状況に困惑していると、そこから一人の少女が現れる。とても愛らしい少女に、次郎は胸を躍らせた。彼女はこの国の姫、シャルロットプリンセスなのだ。
同時に言葉通りに可愛らしい少女が現れる。
だがしかし、俺は知っている。そいつが顔で人を判断するような奴であると。
次郎にこの事を伝えなくちゃ……くそっ、今度は口が開かねぇ! 次郎! 次郎!!
「あ、貴方は……?」
と言うか次郎もなんか乗って来てるんじゃないか?
だって俺ナレーションでシャルロットプリンセスって言ったよな?
いやいや、そう言えば次朗にそうしろと進めたのは俺なのだ。
まさかこんなクソアバズレ女だとは知らなかったばっかりに……すまねぇ、次郎。
「あ、貴方が勇者様ですか……? わ、私はシャルロット、貴方を異世界に召喚したのは私なのです」
そうして次朗へと近付くシャルロット。
次郎の顔がよく見える位置まで来た途端、あからさまに顔を顰めやがった。
やっぱりだ! やっぱりかよくそっ!!
この後のナレーションはどうなってる!?
『シャルロットプリンセスはそのトロールの様に醜悪なジロウの顔を見て、酷いショックを受けた。生理的に無理な顔だったのだ。嗚呼ジロウ。そなたではダメだったのだ。シャルロットプリンセスの悲鳴を聞いて衛兵たちがやってくる。次郎は捉えられ地下牢に監禁され、二度と日の光を見ることは無い』
この後に先ほどの次郎が死ぬ下りと、次の勇者召喚について書かれてあった。
クソだ! こんなシナリオはクソだ!! こんなものッ!! ……こんなもの、こんなもの? こんなもの、俺が書き直してやればいいのでは?
そうだ、ペンだ! ペンをくれ!!
すると、どこからともなくペンが現れた。
それを使って俺はナレーションのセリフを次々に書き換えていく。
次郎のチーレム物へと書き換えていく。と、その改稿作業中、どうやら先に進めろとのこと。仕方ない。
だが、次の部分は既に書き換わっているのだ。
先ほどのシャルロットちゃん超ショックのくだりは、俺の手によりこうなった。
――シャルロットプリンセスは次郎に恋をした。
「えぇ!?」
次郎の目が見開かれ、扉のシャルロットちゃんに向けられる。
するとシャルロットちゃんの頬がだんだんと赤らみ始める。
やはりそうだ! 俺は今、この世界において神にも等しい力を手にしている!!
俺のブラコン力を舐めるなよ!! 俺の次郎は最強なんだからな!!
――シャルロットプリンセスは彼にメロメロとなり、次郎の手を引いて彼女の父上である王様の所へと連れて行った。
「勇者様っ、お名前をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「え、えっと、次郎。です……」
「ジロウ、ジロウですね!? 何と言う美しい響きっ。そうだわ、急いでお父様に報告に行かないといけません。さぁ、行きましょうジロウ様っ」
「え? あ、はい」
可愛い子に手を繋がれて嬉しそうだ。
兄ちゃんも嬉しいぞ。
と、弟の幸せそうな顔にほっこりとしていると、不意に声が聞こえてきた。
「(兄ちゃん、大丈夫なの?)」
どうやら次郎が意図した思考は僕に届くらしい。これは良いことを知った。
――言っただろ、兄ちゃんに任せとけ。お前を最高のハッピーエンドに送ってやるよ! だから頑張れ!
「(う、うん! わかったよ兄ちゃん!)」
☆
そうこうしていると玉座の間に着いた。
ふむふむ、このあたりのナレーションはまだ改稿していなかったな。
どれどれ、どんな感じだ? お? どうやら運命を変えたことで少なからず後ろに影響が出ているようだ。お姫様の性格がめっちゃいい子になってる。
ふむふむ、これは次郎のお嫁さん候補かな? お兄ちゃんニヤニヤしちゃう。
『シャルロットプリンセスは愛する勇者ジロウを連れて国王テンペストの下へと向かう。しかしテンペストは次郎のその掃き溜めに落ちた犬のうんこのような顔に苛立ちを覚え、何とかして娘を離れさせようとする。けれど、これを断るシャルロットプリンセス。力ずくで離れさせよと言う王の命令を受け、彼の側近である近衛騎士たちが動き出す。――次郎は死んだ』
クソッたれぇぇええええ!!
何で次郎はこうも一瞬で死ぬんだよ!! どれだけ次郎を殺したいんだよ!! 次郎が何をしたって言うんだ!!
こんな話はあってはならない書き直しだ書き直し!!
そうして修正を始めようとした瞬間。
「お父様っ、彼が勇者ジロウですわ」
「ど、どうもジロウです」
マズイ! 先ほどまでと違い人がたくさん居るからシナリオが勝手に進んでしまう!
これでは一からの書き換えが……くそ、口が勝手にナレーションを読み上げてしまう!
何とか次郎批判の所だけは修正できたが、
――シャルロットプリンセスは愛する勇者ジロウを連れて国王テンペストの下へと向かう。しかしテンペストは愛娘がどこの誰とも知れぬ馬の骨とべったりべたべたしている様に怒りを覚えて、離れるように怒鳴ってしまう。
それを聞いた次郎はすぐに離れようとしているようだったが、しかしシャルロットちゃんがこれを許さない。
「それにしても二人とも距離が近いな、少し離れたらどうだ?」
「そ、それは――」
「それはですね! お父様! 私シャルロットがジロウ様に一目惚れをしてしまったからですの! 私は彼と一生添い遂げたいとすら思っていますわ!」
――けれど、これを断るシャルロットプリンセス。力ずくで離れさせよと言う王の命令を受け、彼の側近である近衛騎士たちが動き出す。
くそ、口が勝手に……でもっ、準備は整った!
今の一瞬で俺はナレーションを、付け足した!
俺のナレーションを聞いて顔を青ざめさせる次郎。
次の瞬間、ナレーション通りのことが現実で起こる。
「ええい、勇者を離れさせろ!! 力ずくでだ!」
「「「「「「ハッ!!」」」」」」
「いやぁぁあああ!! ジロウ様ぁぁあああ!!」
近衛騎士たちが動きだし、シャルロットちゃんは絶叫をあげる。
対して次郎は顔面蒼白。今にも失禁してしまいそうな状態だ。
だから、俺は彼に伝える。
付け足されたナレーションを――ッ!
――刹那、次郎の力が覚醒した!!
「――!!」
――次郎の内に湧き上がる愛の焔。それは膨大なエネルギーとなり、彼の身体能力を底上げさせる。迫りくる巨漢をたった片腕でいなして見せた!
すると、現実でも近衛騎士の一人を次郎の細腕がひょいっと持ち上げ投げ飛ばしている。
「な――っ!」
これに驚きの声をあげるのは王様だ。
どうだい? うちの次郎は勇者なんだぞ?
「こ、この力は……」
――自身の力を確認した次郎だが、覚醒は止まらない。突如として彼の周囲を包み込む炎の柱。燃え盛る熱はやはりシャルロットプリンセスへの愛! さぁ行くんだ次郎! 戦え次郎!! 今のお前は誰より強い!!
正直、次郎にシャルロットちゃんへの愛があるかどうかは不明だ。
ただあれだけ可愛い子なのだから大丈夫。性格もだいぶ変わって超絶優しくなってるしな。
それよりも次郎の覚醒が止まらないぞ。
本当に止まらない。
次郎は所謂炎魔法使いに覚醒している。やっぱ主人公は炎でしょ。ファイアソードとかそう言うの。あんまり詳しくない俺でもそれくらいわかる。
戦隊物でもセンターはレッドだしな。
「くっ……!」
さすがに分が悪いと思ったのか王様、くっ、とかかっこいいこと言うじゃんね。
っと、こうしちゃいられない。ここで彼らと敵対することは得策ではないため、俺は次郎に助言する。
――次郎、ここは一旦感情を抑えてこう言うんだ。『王様、僕は勇者です。今ここであなたと敵対する意思は有りません!』って。
「お、王様! ぼ、ぼ僕は勇者です。い、今ここであなたと敵対する意思は、あ、ありません!!」
――よし、よく頑張ったな! じゃあ次だ。多分次で難しいことは最後になると思うから頑張れよ!
「(わ、わかったよ兄ちゃん!)」
――『僕は勇者としての享受を全うします。ですので、魔王を倒した暁には娘さんを僕にください!!』
「ぼ、僕は勇者としての、き、享受を全うしますので、そ、その……魔王を倒した暁には、娘さんを僕にください!! ……って、えぇ!?」
ふっ、これでいいのだよ。
お前の物語は俺が紡いでいってやる。
お前の幸せは俺が守ってやる。
――お前のチーレム物は始まったばっかりだぞ!
「(ち、チーレム!? いつの間にそんなことに!?)」
――だーいじょうぶだって! 何しろ兄ちゃんが付いてるんだぜ? お前は安心して女の子とイチャイチャしな。大丈夫、ヤル時には目を瞑って、翌日に「昨夜はお楽しみでしたね」って言ってやるからよ!
「(そ、そんなの望んでないよぉ~)」
とか言いつつも、こいつはなんだかんだで楽しんでくれるはずだ。
「勇者ジロウよ。先の話は真剣に言っているのか?」
王様の厳しいお言葉。
――もちろん「はい」って言うんだぞ?
「は、はい! 本当です!」
すると次郎の隣でシャルロットちゃんが眼をキラキラさせてる。かわいい子だ。
きっといいお嫁さんになる。彼女は正妻だな。もちろん妾も一杯作ってやるからな!
だから安心してお前は異世界を生きて行くと良い!!
「では勇者ジロウよ! 魔王の件、任せても良いのだな!?」
「はいっ!!」
こうして次郎は旅立っていく。
その姿は、言わずもがな勇者の凱旋。
しかし――俺は《ナレーション》に視線を落とす。
『王城を発ち、魔王討伐へと向かった次郎。その仲間に女騎士であるロイズを仲間に引き入れようとするのだが、ロイズは凌辱系モンスターのような次郎の顔に嫌悪感を抱いて不意打ちで攻撃。――次郎は死んだ』
どうにもこの世界では次郎は一瞬で死んでしまう運命のようだ。
だから、兄ちゃんとして俺が守ってやらないとな!
――王城を発ち、魔王討伐へと向かった次郎。その仲間に女騎士であるロイズを引き入れようとして、しかしそこへ魔物が降りかかる。危うくロイズはその命を散らすところだったが、次郎の手により魔物は振り払われた。――ロイズは次郎に恋をする。
今日も俺は、《ナレーション》を訂正する。