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この世界で、一番の広さを誇るアリシア大陸。
その大陸と同じ名を持つアリシア帝国は、大陸のある十五の国の中で、国土の広さ、軍事力、そして何よりも経済力の大きさから、大陸の中心としての立場を担ってきた。
金のあるところに、人が集まり、それゆえに権力もまた集まる。
だが、アリシア帝国の特異性は、それだけではなかった。
帝都ムーア。東都。西都。南都。北都。
その広い国土を治めるため、国を四つの公国に分け、その公国を、それぞれの公主が統治するやり方を取っていた。
これは、大陸では、唯一アリシア帝国だけが行っている統治のやり方である。
しかし、公主はあくまでも皇帝の代理人であり、皇帝に逆らうことは許されていなかった。
皇帝が住む帝都ムーアは、温暖な海岸線にあり、ゆえに、大きな貿易都市としても知られている。
北都は、大陸一の豪雪地帯にある。
南都は、帝国の最南端に位置し、気温が一年を通して高く、冬でも暖かい。
大陸のちょうど中心にある、東都は、草原の中にあり、公国の者達は、牧畜を生業とする者達が多かった。
そして、他国と国境と接する西都は、公国の半分が砂漠である。
広い国土のために、住む場所により、気候が違う。
気候が違うゆえに、住む人も、習慣も異なってくる。
帝国が四つの公国に分かれ治められているのは、異なる習慣・文化を持つ人々を、上手く治めるために考え出された手段なのだ。
そう―初代の皇帝・エドアールは、大変偉大な皇帝であった。
いい意味でも、悪い意味でも。
そして、現在の皇帝は四代目―偉大な曽祖父と同じ名を持つ、エドアール二世。
赤い髪に、青色の瞳を持つ彼は、三十一歳の青年皇帝である。
十歳年上の姉・オリガは、十六歳の時に南都を預かる南都公主・ガーイに嫁ぎ、一男二女をもうけた。
そして彼自身は、ガーイの庶出の公女を正妻としてめとっている。
アリシア帝国では、皇家と公主家、また公主家同士の婚姻は、庶出の娘をめとることが好まれていた。
帝国内でも、絆を深めるため婚姻は盛んに行われていた。
だが、それゆえに血は濃くなりがちである。それを避けるために、公主や皇帝は、己の庶出の娘を嫁がせるのだ。公妃の娘は、皇家の場合は他国に嫁ぐ。
また公主家の場合も、皇帝の養女として他国に嫁いだり、親族のもとに嫁ぐのがほとんどだった。
ちなみに、ガーイに嫁いだオリガは、先代の皇帝とその皇妃の子であった。
オリガとエドアールの母である皇妃を、深く愛した先代の皇帝は、歴代の皇帝や他の公主のように、側室を置かなかったのだ。
これは、アリシア帝国でも、異例のことである。
実際、南都公主ガーイには、第一公女・フィリシアを生んだ愛妃がいた。
しかし、このガーイも、ある意味では異例の存在だった。
彼は、愛妃を何人も持てる立場でありながら、愛妃はただ一人―少年の頃から寵愛していた愛妃・セーレンのみであった。
だが、一番異例なのは、現在の皇帝・エドアール二世だろう。
彼は、皇妃・フィリシアとの間に王子・ロイドをもうけてはいるが、それ以外に子はいなかった。そして―愛妃もいなかった。
歴代の皇帝や公主達が、愛妃を持つ理由の一つは、子を多く持つためだ。
血は、政治の上で大きな武器となる。
しかし、彼は臣下の者達に公言していた。
『私は、皇妃以外の妻はめとらぬ。子も、ロイド以外持たぬ。皇妃との間に子を成し、私は皇帝としての責務は果たしたのだから』―と。