1 二ヶ月前の話
「榊君、受付から外線」
海原テレビ報道部の榊守に外線が入ったのは昼のローカルニュースが終わってすぐのことだった。ローカルニュースまでのドタバタが終わり、更に夕方ニュースにめがけてドタバタが蓄積されようとする丁度中休みの時間帯だった。
スタッフから電話を回されて対応すると、若い女性の声だった。
「お久しぶり、やっと見つけたわ」
心当たりが……ない、はず?
取材等で顔を出しているとこの手の電話も掛かりやすい。でもどっかで聞いたことのある声だったりもするので何とも言えない…。
「どなたですか?」
とはいえ特に何もないので普通に対応していた。
「忘れたの?私の事?」
「忘れたというわけではありませんが名乗らずに言われても……」
相手は一瞬黙ったが一言言った。
「のっぺらぼう」
榊の表情がこわばった。あの時の県境か……。一ヶ月前にあったあの出来事の事を思い出した。
『あんたの家…、知ってるよ。』
県境辺りの夜道で出会ったのっぺらぼうに悩んでいる榊の後ろから声がした。
そこには普通の黒髪に市内でよく見かける高校の制服、確か私立の高校だった。
「……私があなたを還してあげる」
等と冷めた言葉で話してはいたが、当ののっぺらぼうはと言うとその言葉に私の後へ隠れた。この世のものと思われないものに背後に付かれては良い気もしなければ、憑かれての間違いだろう、この場合。
そして少女ものっぺらぼうに苛ついてきたようで、さっきの冷めた口調を一気に荒げた。
「あんたはここにいる子じゃないでしょ?おうちに帰るよ。」
「いや。」
さっきの口調から、一気に幼さが混じり、ああ、普通の女子高生だと、とりあえず理解は出来た。
しかしなんでこんな所で?ここには近くを汽車は通っているが駅はすぐ近くには無い。とはいえ周りに誰かがいるわけでもない。否、車の照明による幻惑によって人がいてもわからないかもしれない…。
「もう、帰るよ。こんな気味悪いところ嫌よ」
「いーやーだー。あんたと帰りたくなーい」
「大体あんた、住んでるところ違うじゃないの」
「しらなーい。いつも帰るところ違うじゃんかぁ」
「…あ、そっか!お腹空いたんだよね」
「すいてないよぉ」
「やっぱ空いてるのかぁ、通りで嫌がるわけだ」
「すいてねぇって、おめぇ頭の中、食べ物しか考えてないだろう」
「…やっぱり子供ね、最後はお菓子か」
「こいつ人の話きかねぇな…」
明らかにのっぺらぼうは呆れつつ嫌がっている。相変わらずしがみついてるし、少女の話も途中から全然かみ合っていない。
とりあえず、この現状をどうにかするか。
「なあ…、あんたら兄弟か?」
少女の表情が変わった。そしてのっぺらぼうも固まる。
滑ったな…。
開口一番に榊は思う。この状況では時間の無駄と思い放った言葉が素晴らしいほどの空回り。
完全に無視されているが女子高生はわたしをジッと見ている。「何言っているんだ?」程度の冷たい返しが来るなと内心思っていたが、少女の返しは私のベタな予想を相応に裏切った。
「あんた、この子見えるの?」
少女の驚きは隠せていない。
「見えなきゃ停まったりしないよ。」
とは言うが、実際見えていなくてさっきまでの会話を女子高生のみにしてみればわかるが、
「もう、帰るよ。こんな気味悪いところ嫌よ」
「大体あんた、住んでるところ違うじゃないの」
「…あ、そっか!お腹空いたんだよね」
「やっぱ空いてるのかぁ、通りで嫌がるわけだ」
「…やっぱり子供ね、最後はお菓子か」
これだけのことをただのオッサンに言っている時点で、全てのことを疑って掛かりたくなる。
その事を理解したのはこの少女も一緒だろう。完全に『やってしまった…』感を漂わせた表情。わかりやすい恥ずかしさと言う物がにじんでいる。そしてこの間でさえも少女は悩んでいる様子だ。次の言葉は少女も思いつきづらいようだ。
そして少女が言った。
「変人。」
言われても嬉しくない。そして脈略無い言葉の後で少女は私の後に隠れたのっぺらぼうの手を引っぱる。
「さぁ、行くよ。」
「いやだ」
のっぺらぼうも足掻く。
「おい、ちょっと。嫌がってるだろうがその子」
少女は無理矢理引っぱろうとする
「いいから行くよ、恥かかせないでよ!」
これはこれで長引くな…。
「おまえ、聞こえて無いだろう。そいつの声が」
榊の一言に少女が立ち止まった。そのまま榊は続けた。
「過去にもその子を帰したようだけど、場所違いという事はリサーチが悪い。更に言えば話も噛み合っていないと言うことは、君はその子が見えてはいるが何も聞こえてはいない。」
少女は黙っていた。
「…君一人と言うことはないな、相方は病欠って感じかな?」
少女は引っぱっていた手を離した。のっぺらぼうは榊の所に戻ることはなくじっと彼女を見ていた。
少女が榊の方を向いた。
「あなた、聞こえているの?」
「望んだ能力じゃないけどな…」
「羨ましい…」少女がボソッと言った。
その言葉はよく聞く言葉だが、その口調には冷やかしは無く、むしろ尊敬のようにも聞こえた。珍しいと思ったが、少女に言われると、最近よく言われている中二病的な物とも思う。
「あなた、名前は?」
「私は、榊。記者だ。」
「記者、まさかネタにするの?」
その女子高生がたじろぐ。夜遊びしているような素振りは見えない純粋な目だ。
「いや。ネタにもならないし、こんなの言ってたら恥ずかしいわ。」
「そう…。」
少女はホッとした表情を浮かべた。
「あんた自分のこと嫌い?」
「どういう意味だ?」
榊は理解できない表情をした。もう時間も時間なので帰ろうと車に向かった。
「何でもない、興味あったら電話するわ。」
「あいにくガキには興味な…。」
振り向くと誰もいなかった。
車に戻るとワイパーに何か挟んであった。それは名刺だった。