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神還師【かみかえし】  作者: 秀中道夫
第一章 『記者』と『少女』
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2 ミステリーハンター

「ちょっと運転してくれない?」


一通り撮影が終わり車に戻ると榊が一言言った。

「時間がないなら何でここに立ち寄ったんですか?」

「……」

 榊は何も言わずに助手席に座るとノートパソコンを開いて原稿を書き始めた。

 高山が急な榊の頼みに呆れた。

 榊はすでにシートベルトをしており、原稿タイトルと文章を書き始めた。


『東里横断道路工事現場の作業事故について…』


「ああ、もう」

 高山はそのまま運転席に座るとエンジンを掛けた。


 榊は取材メモを読み返し原稿を書き出すと大まかな概要をまとめていく。

 概要から更に文章に肉付けを行うと、手持ちのセイコー製ストップウォッチを取り出し、スタートの合図と共に書いた原稿を朗読した。

 朗読した文章の秒数を原稿に入力するとストップウォッチのキーをたたく。時間計算の出来るストップウォッチと言うことでアナウンサーなどが利用するものだ。 アナウンス秒数を確認しつつ、カメラ映像を見直すと、大まかな撮影時間タイムコードをメモに書き出し、編集ポイントを決めていく。


 榊は原稿を本社の報道デスクにメールで転送すると、パソコンを用いた仮編集による、ニュース映像作りを行っていた。

 榊の携帯電話が鳴り、原稿精査の結果とオンエア予定の本編秒数を伝えられた。


「内容は良いけどちょっと長い…、…了解あと二十秒カットね」


 原稿のポイントを聞きながらカットする場所を確認して原稿を実際に読み直して、再度秒数をはかる。

 その作業を繰り返すと、さらに榊はどこかに電話を掛けていた。


「もしもし榊です。すいませんが東里横断道路上の気山町けやまにある廃寺についてお聴きしたいのですが…」


高山は助手席で作業している榊を見ながらまた食い込ませる気だなと思った。


―榊守には誰が呼んだか知らないあだ名『海原うなばらテレビのミステリーハンター』と呼ばれていた。昔の話だが…。

このあだ名は榊の取材スタイルにもよる。入社後に数年ローカル番組制作を行っていた頃、寺社関係・歴史物を取り扱う事例が多かったことから由来する。


 取材しただけではなく、考古学・歴史的背景にも『かなり』長けていたことが理由だった。取材したことに対して、更に確証を肉付けされた内容はウケが良かったものの、一部の学者からは煙たがられていた。


 ある時は絵空事とも言えるような内容が、その後の調査で事実になるなど『榊の歴史ネタは殆ど当たる』ということでいつの間にかミステリーハンターというあだ名もつけられた。つい先日も近くの遺跡での調査報告会で出土品の年代をほぼピタリと当てたばかりで、担当していた考古学者は榊の質問に後日丁寧に返答してくれていた。


 制作から報道へ配置換えをされると、その手のネタにはあまり手を出さなくなった。だが適度なところでそれらのネタを歳時記的に仕掛けていくので、ニュース番組にとっては平和な時の尺埋めという名義では便利に使えているのも、ウケが良い点ではあると言うが……。


 榊の端末には更に詳細な内容がメールで届く。榊は概要を素早く読むとまた電話を掛ける。撮影した映像とを組み合わせながら更に文と秒数を決めていく。

 時間がもったいないといって榊はこれらの作業を移動中に行って本社に戻る頃には映像を調整する程度で終わらせる。東西に長く移動に時間が掛かるこの土地の性格上移動の時間がもったいないと感じるのであろう。原稿から美術に依頼するテロップもすでに先のメールで一通り終わっているので、誤字脱字の確認を行ってできあがったデータを見ながら詳細をまとめていた。


 移動が長ったらしいと言わせているこの東里とうり市は、県庁所在地ではあるものの、高速道路の道路インフラに至っては県西部の西米にしよね市よりも遅れているところがあり、先の未整備区間ミッシングリンクの対象とも揶揄やゆされていた。近年になって東里市と隣県を結ぶ道は整備され始めたモノの県内東西を結び更に西の隣県を結ぶ道路網の整備が急ピッチで行われている。

 榊が取材した東里横断道路もその道の一環で県管理による建設が始まろうとしていた。


 土地買収は予定通り進み工事が始まったが、なぜか細かな事故が頻発している。事故に関しては作業内容の過密さや労働環境といった点を問われていることが多く、昨日の滑落事故もその点だと思われていた。


 本社に戻るとそのまま編集室に入り、撮影した映像を編集点に合わせて切り出していく。ニュース時間もあるため、事故のニュースを先行していた。三〇分程度で済ませると、チェックを依頼して後は本番にまわす。そういう流れだった。


 とはいえ寺社映像についてはこの日放送されず、別の日に取り扱う事で対応した。



……ニュースが終わってミーティングの後、榊は電話を入れた。


「もしもし」女性の声が聞こえると榊は言った。

「この間言っていたアレだが、悪さしている」


「どこで?」女性は聞き返した。


「例の東里横断道路工事現場の事故、気山町の廃寺知ってるか?」


「廃寺……確か楠のある?…ちょっと厳しいかも」

電話の声は少し幼い感じがする。


「何とかならないか?」

「調査を入れないとわからないよ」


「そうか…。ちらっと見た感じなんだが…」

榊は電話の相手に軽く伝えた。

「なるほどね。その理由だったら確かに『迷う』のも解る気がするし…」


「悪さも…か。」

「そうね」


「ではまた近いうちに調査を」

「わかった」


「もしもの為に装備決めといて、ちょっとこじれるかもしれん」

「うん、それは解ってる…」


 電話を切ると、天気予報を確認した。晴れか……。

 榊は携帯電話のカメラフォルダから、問題の楠の画像を呼び出した。寺を出る前にちらっと撮影したものだ。

 ただの楠ではある。しかしその楠以上に気になるモノが榊には見えている。それが何かというのは榊は語ってくれない。

 その画像を見ながら榊は、ただ左腕を擦っていた。その眼の鋭さはあの時と一緒だった。

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