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神還師【かみかえし】  作者: 秀中道夫
第一章 『記者』と『少女』
3/36

1 楠

古代から人は自然や自然現象、

物に対して神々しい何かを感じ畏れて暮らしていた。

いつしか人はその何かを畏れなくなっていた。

とはいえ、彼らはその存在を失うことはない。

ただ…、ごく一部の人にはその存在を常に気にしてやまない。

『…こちらはレディオTO-RI(トウリ)834、本日も東里とうり市内のスタジオからお送りしています。今日の東里とうり市内はここ数日の悪天候とは対照的な久しぶりの陽気に包まれた印象です。この天気は今夜も続き、7月後半の気候に戻ると予想されています。明日の天気は…』

 少し感度の悪いラジオのコミュニティFMからの落ち着いた女性DJの声が流れる。


「しかし同じような事故が立て続けだなんて。」

 助手席のカメラマン高山たかやまがぼやいた。


「そうだな…」

運転席のさかきは運転に集中しているのか曖昧あいまいな感じだった。高山の顔を見ずに前だけ見ていた。

報道取材の場合、基本は二人一組(ツー・マン・セル)の形態を取る。記者とカメラマンの組み合わせで長距離を回る。


「工事現場での作業事故に、周辺道路の交通事故が数日の間に起こるとか…なんか気味悪いじゃないですか?」

「ああ」


今回の取材は現在工事中の東里横断道路とうりおうだんどうろの工事中に起こった事故が目的である。数日前から事故が起こっているという情報を警察・消防からキャッチしていた榊達が取材していた。


「何かあの辺りには何かあるんですかねぇ、例えば掘ってはいけない何かとか、それか狸か狐の妖術か…」

「さあ…」曖昧である。

「一度や二度ならまずしも、こう何度もあっては何か不思議な物を感じますけど、考えてしまいますよ何かマヤカシみたいな物を……、聞いてます?榊さん?」

「……」


榊は殆ど聞かずに運転している。

高山はため息をついた。


「どう思われますか?ミステリーハンター!!」


高山の大声に榊は驚いて減速してしまった。

「え?何?何かいた?」榊は驚いていた。

「ちょっと、また考え事しながら運転ですか……、勘弁して下さいよ」

高山は呆れた仕草を見せる。

「悪い悪い、まぁ慣れた道だし。で、何だって?」

海原うなばらテレビのミステリーハンターこと榊さんは、ズバリ、今回の事件、何の所為せいだと思っていますか?」

高山はカメラのマイクを取材のように榊に向けた。

「……そんなの人為的ミスだろう、前数件の事故と今回の事故、どちらも注意を怠っていたというのが警察の報告だろ。」

「……夢がないですね。」

高山は呆れた。榊は眉をひそめる。


「半分不謹慎だな、人の不幸をそんなことで笑うなんてさ」

「…冗談ですよ。例えばこれが何かの妖術とかだったらそれはそれでおもしろいと」

「おもしろいという判断はどうかと……」

榊が言葉を途中でやめた。何かを見つけたようだ。

「何ですか?あんまり時間ないんですけど…」

取材で長引いた分ニュースまでも余り時間もない状態なのだ。

「……なぁ、あの寺」榊が道の先を指さす。

榊が指さした先には、寺らしき物―それよりもその建物よりも大きな木の方が目立つ。

「あれ寺ですか?大きな木しか解りませんけど…」

「行ってみよう」榊は何かに言われるがままのような感じで言った。

「ちょっと、夕方のニュースに……」

高山が反論する前に車はもう寺の前に着いていた。

「全く……間に合わなかったらどうなっても知りませんよ」

高山は諦め半分に言った。


高山が言う前に榊は車を降りると境内に向かって歩いていた。カメラマンは榊の行動はいつものことだったので特段不思議に思ってはいない。運転中も何を考えているか解らない。ブツブツとたまに何かつぶやきながら走っているがそれでも怖いと言えばその通りで、不思議なところがある。

榊は歩きながら辺りを見回していた。ちょうど現在建設中の東里横断道路の高架橋部分に当たるところで、周辺を巨大な橋脚が形作り始めている。その下をくぐるかのように境内のそばには大きな木が生えていた。多分(くすのき)だろうか。


「……」


榊は楠に手を当てる。


すると、さっきまで何を考えているか解らなかった眼が急に鋭くなった。

榊の身体を電気のような感覚が走る。榊は誰かに見られていることを悟った。お堂に目を向けるが、お堂には誰もいない。


「どちら様ですかな?」


突然聞こえた声に、触れていた楠から手を離した。厳しい顔のまま声のする、見られていたと感じた逆の方を振り向く。

ほうきを持った初老の男性が榊をじっと見ていた。

「失礼、立派な木だと思いまして…」

「この辺りでは一番の大木です、この社と共にこの辺り一帯を守っていたんですがね。」

榊はまた幹を触りながら訊いた。

「こちらの寺の?」

「まぁ、そういったところです。今はこの寺には誰も住んでおりません。代わりに近所の者で管理しているんです」

「なるほど、守っていたというのは?この木もしかして…」

「ハイ、今度伐採します」

男性はため息をついた。


「別の場所に移植とはされないのですか?」

「ハイ。そこまでの費用もありませんし、この大きさだと難しい。本来ならばこの辺りの事情も考えてもらいたいところですが、東里横断道路は市民の長い間の悲願でもありますから」

「無人になってからは長いんですか?」


男性の話によると元の住職が亡くなった際に世継ぎがおらず、墓はその後各所に動かしたあと公園になったという。

「そこの小さな公園が元々お墓だったところですか?」

「ええ。しかしこの木には色々と厄介な噂がありましてな」

榊の眼に少し光る物があった。

「厄介…というのは?」


「昔からこの木を切ろうとして何度か手を出そうとしても、そのたびにケガや事故が絶えません…。ここ最近道路工事に関わっている人が事故に遭ったとか聞くでしょう?…この手の災いのような気もしてなりません」

管理人らしき人は冗談めいたような事を言っている。

「噂、ですか…」


「それはないでしょう?」


カメラを持った高山が境内に入ってきて一言言った。


「単なる事故でしかありませんよ」車で待ちぼうけを食らっていたのか、さっきの反応とは違っていた。

「テレビ局ですか?」

男性はカメラを見て少し警戒した。

「ええ、その事件を取材していた帰りだったので。結局伐採についての周辺住民の反応は?」

「殆どあきらめている感はあります。現状先祖のお墓も移している以上この場所にはこれ以上機能は果たせません。これという物もないので、このまま境内ごと取り壊されていくのを待つだけですね。」

「なるほど、もし取り壊すというのであれば、取材をさせて下さい」

榊は名刺を渡した。名刺には『海原テレビ 記者 榊守』と書かれていた。

「何カ所か撮影させてもらってもいいですか?」

「いいですよ」


「どう撮影しますか?」

「一通り」

「解りました」

「ああ、お堂はやめといて、木を中心に撮影しといて」

「ハイ」

榊は掛けていた眼鏡を外すと汚れを掃除していた。外したままお堂の方を見直した。

榊はお堂に深々と一礼した。それは楠で感じた威圧感のような物に対してであろう。その鋭い目はまだ収めてはいなかった。

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