4 ゴミ山の土地神
「どうだった?父さん」
「このウサギは立川の社が本来の場所だ。社を追い出されたようだ。」
寛三の話に先に反応したのは榊だった。
「立川の社って…全然持って場所違いじゃないか?」
『人間が勝手なんだ…。』
黙っていたウサギが口を開いた。
「勝手というのはどういうことだ?」
榊がウサギに反応する
『……勝手に住場所を変えたり、軸まで取られてはやってられないよ。』
「軸って何だ?」
榊とウサギの受け答えを見ながら神楽はムスッとしていた。
「相変わらず羨ましいんだ…」
藤本が神楽に語りかける。
「そんなわけじゃ…」神楽はさらに腐った。
神楽の反応に関しては無理もなかった。
神楽が羨ましがっている榊の聞こえる能力は神還師の能力としては高いらしい。
神還師の力は「見える」から始まって、「触れる」、「聞こえる」という段階的レベルが存在する。神楽は「見える」「触れる」だけで聞こえるについては誰かのサポートが必要になる―榊が神楽と出会ったときにくぬぎ山ののっぺらっぼうとの対話で榊はそのことを暴いている。そして藤本は「聞こえる」までは能力として持っている。その為神楽とのサポート役は欠かせない。
また、神還師の資格の中にはこの段階的には当てはまらない『特例者』というものも存在するが、それに関しては今後の話としておこう。
そして当の榊に至っては、神還師の知識に関してその聞こえるレベルまでが全て備わっている。そのあたりが神楽が嫉妬する理由でもある。
「おい、神楽?」榊がミキを呼ぶ。
「なに?」ミキがむすっとしたままだった。
「そんな顔するなよ。それよりもこのウサギさんの話だろ?」
榊は例のウサギの話を、神楽に伝えた。
ウサギの話を要約すると、元々立川に社というか祠があり、最近この祠が人間によって脅かされたのだという。ウサギが言っていた『軸を動かされた』という話については、藤本から説明を受けた。
「軸っていうのは、土地神にとっての安息の場所ね。何も考えないで動かすと軸の場所を失って、迷うのよ」
「動物の縄張りみたいだな」
「軸に関してはどうにかなるけど…」
神楽ミキは腕を組んで少しの間考えていたが、ふとそのまま住居のある不動産事務所に入った。
二、三分後にミキは戻ってきたが特に何かをしていたわけでもないようだが。
「とりあえず……。」
「とりあえず?」
「立川の社を観に行くわ。」
神楽親子と藤本、そして榊の4人は寛三の運転する車で問題の社に向かった。
「……なにこれ。」
立川の社に着くと神楽は言葉を失った。そこには社はなく、粗大ごみが積み重なっていた。
「酷い、廃棄処分の敷地なの?」
「ここは空き地だったはずだ。……最近確か業者が土地を買ったことを聞いたな」
「最近流行のリサイクル業か。土地を買ってその場所を廃棄物置き場にしたのか。」
神楽ミキはウサギの手を引っ張って柵の中に入ろうとした。
「待て。」
榊がミキを止めた。
「離して、社を探さないと…」
「今は無理だ。あそこ見てみな、監視カメラあるぞ。」
榊が数カ所に置かれたカメラを指す
「それにそこの端々。よく見ると警報機が繋いでる。この状況で入っても不審者使いされるだけだわ。」
藤本が視線で榊たちにセンサの場所を示す。
「難しいな…」
榊たちはいったんカメラの視界から離れ、車に戻った。藤本が自前のパソコンを出して、ネットの衛星地図を呼出す。
「社はどの辺り?」神楽が藤本に尋ねる。
「えーっと、今この位置だから…。反対側のへりになるかしら。」
その場所はほかの敷地の壁に面している場所で、周り土地は海抜が高く、更にリサイクル屋のゴミが詰んである。
「あの部分をどうにかすれば何とかなるのか?」
「とりあえず。でも本来の場所が動いて、軸が変わっているから、それだけでは足りないわ。」
神楽ミキは悩んだままだった。
「どうにもならないのかな…」
ミキはそうつぶやくと、持っていたバッグから古い櫛を取り出した。和物の櫛で着物等には似合いそうなものだ。
「ごめんなさい、軸を移させてください。」
榊はウサギを見た。ウサギもその言葉にため息はついていた。
『やっぱり人間は勝手だな…』
ウサギはあきらめたような感じだったが、神楽の頼みを見て『いいよ』と納得していた。
神楽は櫛を両手で挟み、拝みの姿勢をとった。
―「御神の安らぎ、
御神の源、
何時何時いかなりし時も、
御神を守りし安らぎをあたえしもの」
手を合わせて神楽は目を閉じたまま呟く。
―「御神の安らぎ、
犯す人の過ちに償いを、
戻れぬ安らぎを、
与える償いを」
神楽の言葉に櫛が光りだす。ウサギが光に包まれたがそれはほんの一瞬だった。
『もう終わったのか?』
「……ごめんなさい、今の私たちにはこれしかできない。」
ウサギの声を察知したのか神楽が返した。
「榊君どう思う?オトナの立場として?」
藤本が冗談めかすような感じで榊に訊いてくる。神楽の拝み姿を見て榊は見とれていたようで、榊は咳払いをした。
「いくら声を挙げても、この施設自体には違法性は感じないな。このまま動いても不利な要素しかない」
『とくには気にしないよ。軸が戻ったから』
「さっきの彼女の拝みか?」
『だと思うよ』
榊は少し安心した。
「まぁ、だからと言って何もできないわけではないよな…。」
榊はぽつりとつぶやいた。
その言葉には何か考えがあるようだと気付いたのは寛三と藤本だけだった。
「もしもし、榊ですが、夜分すいません。実は…」
榊はどこかに電話をかけていた。