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少女から大人へ  作者: 時計
1/2

一緒

その日の空は青かった。




「行ってくるわぁ。」

家族に毎日見送られて学校に出かけるのが日課だ。私は兵庫県生まれの小学6年生の神川楓。いつも大親友の藤原美香と待ち合わせをしている。絶対に美香は遅れてくるのに絶対に自分は遅れたくないからいつも走って待ち合わせ場所に時間ぴったりに行く。それは私のひそかな誇りだった。私は中学受験を控えている。今の季節は初夏でまだ真夏ほど暑くはないが暑い。蝉の鳴く声がまだ本調子ではなく心地よい。本調子になるとただうるさいだけで蝉は嫌いだ。今も待ち合わせ場所に向かって走っている。ここでまたひそかな自慢をすると私はテニスを5年間やり続けている。受験を控えているが親に頼み込んでテニスだけは続けさせてもらっている。私の将来の夢はプロのテニスプレーヤーというのもテニスを続けているからこその夢だ。待ち合わせ場所につき時計を見ると時間はぴったりだった。

今日も自分は遅れず来れたと誇りに思った。特に考えることもないので何もしないでただ道で美香が来ることを待った。汗がじんわりとでてきて気持ち悪い。ベタベタして、早くクーラーで冷えている教室に行きたい。美香が遅れて来るのはいつもの事だが、暑さですこしイライラする。ふと遠くを見ると歩いてきている美香が見えた。遅れているのに走らない美香にもうイライラはしない。いつもそうだからだ。

「おはよう。ごめんねぇ。」

特に悪いことをしたようには謝らないがそんなところも慣れているので笑って返した。

「今日の授業なんだっけ?」

「うーんとね、体育算数社会国語図工図工だったと思う。」

他愛もない話をしながら学校に向かった。そんな時間がとても楽しかった。学校にいるとき私は受験を忘れられた。いつも美香とは一緒だった。給食も席がたまたま近かったから一緒。教室の移動も一緒。お手洗いにだって一緒に行った。20分休みにはクラスで全員が外で遊ぶようにと先生に言われていたがそれも二人で無視をして教室に隠れて遊んでいた。美香はどちらかと言うと先生に反抗するタイプで真面目とは反対方向に突き進む人だ。宿題の未提出なんて当たり前。授業中は漫画を読んだり絵を描いたりと自由に過ごしていた。私は小学校の生徒会のような委員会、計画委員会の委員長を務め、バスケットボールクラブの部長を務めた。いわゆる真面目という真面目だと思う。先生の言うことは全て聞き頼まれた事は嫌でも全部こなした。簡単に言えば私達は仲がいいのが不思議なぐらい性格は真反対だった。喧嘩は一度しかしたことがなかった。しかしそれもその日のメールで仲直りできた。お互いが気を使う事なく話せた。心からの友達だった。しかし、私達は必ず中学は分かれる事が決まっていた。美香は公立の中学へ、私は私立の中学へ行くために受験勉強をしている。だからこそ、今の時間を大切にしようと今を精一杯楽しんだ。

「美香。今日は何して遊ぶ?」

お昼休み、美香に声を掛けた。

「うーーん。特に。」

「えー。なにもないのー?じゃあ絵を描いてよ。美香って凄い絵が上手いじゃん。」

すると美香はさらさらと私の好きなキャラクターを描いてくれた。

「うまっ!やっぱり美香は上手だねぇ。頂戴!その絵。」

美香に手を合わせるとやだっと言われてすぐに消してしまった。

「あーっ。もったいない。」

机に手をついて言うと美香は特に気にした様子もなく新しく絵を描き始めた。

「あ、そういえばさ。今週の土曜日空いてない?うちさ午後から暇なんだよね。遊ぼうよ。」

美香に聞くと。

「いいよ。またうちの家?」

「うん。」

「おっけー。」

と、簡単な会話で終わった。ふと時計を見ると次の授業まで5分だった。

「やばい!次図工じゃん!急ごう!」

美香を急かし二人で図工室へ行った。ギリギリで間に合った図工室にはほとんどみんなが座っていた。男の子達はみんな汗をかいていた。もちろん、外で遊んでいたからだ。教室の中はクーラーが効いているのにみんな暑そうに顔を歪めていた。そんな暑い初夏ももっと暑かった真夏を迎え晩夏となり秋へと変わった。真夏の受験生の夏期講習ほど辛かったものはなかったと思う。友達と一切遊べないしずっと勉強漬けだった。特に、私は家庭教師も来てもらっていた為余計に勉強時間が長かった。待ちに待った秋の学校で久しぶりに美香に会った時嬉しくてたまらず話に話し込んだ。美香は受験がないから海に行ったり遊園地に行ったり家族で旅行に行ったりして毎日遊んでいた。もちろん宿題なんてやっていない。美香の生活が私は羨ましかった。やりたくもない受験を無理やりさせられて、辞めたいと言ったら怒られて。私は誰の為になんの為に受験をしているのかわからなかった。美香の話は私にとって夢のようで学校では夏休みの思い出もたくさん聞いた。

「従兄弟と海に行ってね、めっちゃ泳いだんだぁ。そしたらさ、魚がいて、結構おっきかったんだよ。んでね、一番深く潜ったのは5メートルまで潜ったんだよ。」

美香が楽しそうに話すのを聞いて自分も海に行っているような気になっていた。

「えー。うち泳げないし、魚いたら怖いもん。やだよー。勉強でよかったー。」

しかし、現実行っていないので美香には強がりを言った。行きたくないなんて嘘だ。美香と一緒に行きたかった。そんな思いも叶わないことは分かっていた。だからこそ辛かった。自分は夏に何をしていたか。勉強だ。なにも楽しくない勉強だった。その時、はっと頭の中を良くない事がよぎった。

ー美香と今日遊びたいー

今日は、塾だ。そのあとに自習がある。家に帰ったらすぐにカバンをおいて塾に行かなければならない。なのに、その思いは離れるどころかより強くなった。美香ばかりずるい。私も遊びたい。受験なんて好きでやってないのに、こんなに辛いのにどうしてやならければいけないのかわからない。塾に行く意味が分からなかった。

「ねぇ美香。今日空いてる?」

気づいたら自分の口が勝手に聞いていた。

「え?塾は?」

あまりに唐突な話に美香は少し驚いたように目を開いた。

「うーん。いいかなって思って。」

ダメだ。そんなことしたらとんでもないことになる。私だって分かっているそれなのに口が止まらない。

「だって、中学は別れちゃうもん。今遊んどかないとそんなにたくさん遊べないもん。ね、遊ぼうよ。」

「えー。うちはいいけどいいの?怒られない?」

美香は少し心配そうに聞いた。怒られるのは分かっていたが遊びたいという思いは今や止められないほど膨れ上がっていた。

「大丈夫だよ。一日ぐらい。」

心ではやってしまったと思った。この言葉は絶対に言うべきものじゃなかった。

「そっか。じゃあいいよ。遊ぼう。」

美香は笑った。もちろん私も笑った。殻を一つ破ったようなよくわからない感覚になった。達成感ほど格好良くないがそれに近いものを感じていた。その日の放課後、カバンをおいて家にいるお手伝いさんに塾に行ってくると嘘をついて美香の家に遊びに行った。塾には体調不良と伝えた。

「美香。遊ぼう!」

「うん!」

美香の家に入ってしまった。私は心の奥底に罪悪感をしまい込み美香と夜遅くまで遊んだ。塾が終わる時間に家に帰った。心臓がばくばくして家に入るのが怖かった。ばれてしまうのではないかと今更遅い後悔をした。

「ただいま。」

「おかえり。」

母の声が聞こえて緊張が最大にまで達した。しかし、その後の母の言葉は予想を反していた。

「お風呂はよ入りよ。」

それを聞いただけで、心臓は高鳴りをやめた。よかった。ばれていない。私は心の中で笑った。しかしそれと同時に嘘をついたという罪悪感が心の端から押し寄せてきた。やがて、その罪悪感は心を包み込みその夜は眠れなかった。美香との楽しかった思い出は吹き飛び嫌な汗ばかりかいた。二度とこんな事しないと心に誓った。神にも誓いこの過ちを許して欲しいと願った。そして、小学生の冬休み。受験前の最後の大きな休みだ。私はかなり追い込まれていた。第一志望校には偏差値が届いていない。なんとか届かせようと努力に努力を重ねた。美香とは遊びたかったがそんなことも忘れるように勉強をした。冬期講習の内容は受験前でとにかく詰め込んだ為、受験後は絶対覚えていないなと確信していた。そして、辛い冬休みが明けついに受験日を迎えた。美香は、受験前日に手紙をくれた。内容は少なかったが私はとても嬉しかった。

「頑張れ。」

その言葉が最後に添えられていた。人は辛いのに頑張っている人に頑張れと言うのを良くないこととする。しかし、私はこの時確かに嬉しかったのだ。応援してくれていると感じられる最も直接的な言葉だからだ。そして、緊張とわずかな期待を込めて受験に臨んだ。結果を言えば、第一志望校と第二志望校にはことごとく落ちた。結局受かったのは説明会はおろか文化祭もいったことのない近所の中学だった。辛い受験勉強をなぜもっとやらなかったのか。自分をせめた。しかし、それと同時に私は頑張ったのだからもういいじゃないかとも思った。私学にとりあえず受かったのだから今は、いいと思った。そしてその気持ちは私自身を少しずつ罪悪感から解放していってくれた。受験が終わってからの私の生活はパラダイスだった。美香と毎日遊んだ。毎日プリクラを撮った。美香が遊べない時は他の子と遊び暇な日を作らなかった。授業中も成績を気にして話さなかったのを爆発させ隣の子ととにかく話しまくった。そして、配られた成績表はよかった。

なぜよかったのかわからなかったが、とりあえず悪くはなかった為安堵の息をついた。そして、卒業の日を私達は迎えた。卒業式では涙を零さまいと耐えた。美香との別れは辛かった。美香はまた手紙をくれた。私も手紙を渡した。お互いに大好きと書いていた。卒業式が終わった後、私達は卒業式プリクラを撮った。こんな風にいつもいられるのも最後だと思うと辛かった。その日は、美香のお母さんのご好意で夜ご飯も一緒に食べさせてもらった。

「美香。今までありがとう。これから別々だけど、また遊ぼうね。」

「もちろん。いいに決まってるじゃん。」

美香が笑い私も笑った。そして、この日を境に私達はそれぞれ違う道を歩み始めた。そして、私達の間に僅かずつ隔たりが出来始めていった。



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