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六話

「さっきの意気込みはなんだったんだろう」


据わった目で城の廊下をアリエと一緒に歩いていた。


「いいじゃない。簡単に雇ってもらえたんだから」


「緊張して損した」


雇ってはもらえた。面接もした。

しかし、面接は一分もなかったが。

アリエがメイド長にトウィンカをメイドに推薦すると、メイド長はトウィンカを一瞥して、即オーケーを出したのだ。


『アリエの推薦なら人格は問題でしょう。それにフライパンアタックって……っく』


アリエの推薦もあるが、受かった理由にツボにはまったことが入るに決まっている。見た目はかっちりとしていて、真面目という性格が人型をとったらこんな風になるのではないか、というくらいの女性なのに、親指を突き立てながらもう片方の手で口元を押さえていたのだ。

そして最後に一言。


『あなた、最高ね』


これが決め手だった。

見た目はすご素敵な女性なのに。偉い人だと思っていたメイド長の株はトウィンカの中で大暴落しつつある。


「まあいいじゃない。メイドの手が足りなかったのは本当だし、メイド長にも気に入ってもらえたし。あの人、人の好き嫌いが激しいのよ」


アリエは幸い好かれており、のびのびとここで働いているらしい。


「ほら、ウィンの部屋についたわよ」


アリエが案内してくれた場所は王城の端に当たる部位で、メイドたちが住むエリアになっているらしい。

促されてドアを開けてみる。目に映ったのはトウィンカが住んでいた家と同じくらいのスペースの部屋だった。床にはやわらかな絨毯が引かれており、靴で歩くのをためらってしまう。部屋の中にはベッドや机など必要な調度品が揃えられており、まるでトウィンカが来ることを見越して用意してあったかのようだ。小さな窓には可愛らしい淡いピンク色のカーテンがかかっていた。

まるで夢のように可愛らしい部屋に頬をゆるませてしまう。思わず先程の面接など忘れてしまうくらいに、素晴らしい部屋だった。


「ここ、本当に使っていいの?」


「もちろんよ。カーテンとかは前の人が使っていたもののままだから、よかったらそのまま使ってあげて? 私の部屋は隣だから、わからないことがあったらいつでもたずねてきてね」


「そうさせてもらうね、ありがとうっ!」


アリエはそのまま自身の部屋に戻り、トウィンカは手を振りながらアリエが部屋に入っていくのを見送った。

自分の部屋となるドアを閉め、うずうずしてた気持ちを抑えられず、鞄を絨毯の上に置いてベッドに飛び込む。


「すごーい! 超ふかふかだよ!! 気持ちいぃ」


木で作られているはずなのに、飛び乗ってもベッドはみしっという音すら立てずにトウィンカを受け止めてくれた。布団は太陽のような匂いがして優しく包み込まれているみたいだ。しばらく衝動を抑えきれずにじたばたもがいていると、部屋のドアが開く音がした。


「アリエ? ごめん、うるさくしちゃ……た?」


トウィンカのところに尋ねてくる人は今のところアリエ以外いない。だからてっきりアリエだと思っていた。しかしそこにいるのは見たこともない男性だった。白を基調とした軍服のような制服を着て、両手には白い手袋をしている。炎のように赤い髪がとても映えてみえた。

あわてて髪を整え、ベッドから立ち上がる。


「おい、お前」


男性は形のいい眉を眉間によせ、銀色の目には憎しみに似た感情をのせていた。なぜ知らない男性に睨まれなければいけないのか、と困惑してしまう。うるさくしてしまったにしても、ここまでは怒らないだろう。


「あの、私何かしてしまいましたか?」


尋ねてみるも、眉間の皺が深くなるばかりで質問の答えが返ってくる気配はない。


「お前は、トウィンカ・ミルキークォーツだな?」


「そう、ですけど」


男性がトウィンカのどこに腹を立てているのかわからず、ますます困惑してしまう。首を傾げていると、男性が肩のあたりで切りそろえられた髪をゆらしながらトウィンカの方へ歩いてきた。


「ふん、瞳の色はあの方の色を受け継いだか」


「あの方?」


「お前には関係ない」


意味がわからないことを言われ、聞き返すがそっけなく返されてしまう。そのことに少しの苛立ちを覚える。ノックもなしに女性の部屋に知らない男性が入ってきたのだ。これで怒らない女性がいたら見てみたいものだ。

男性はトウィンカの顎を持ちあげ、顔を近付けてきた。男性はトウィンカより頭一つ分高く、首が少し痛い。


「何、するのよ」


どうにかして手を顎から外そうとするが、その細身の体躯からは想像できない力で固定されており、びくともしない。男性は鼻を首のあたりまで持っていき、匂いを嗅いできた。


「匂いがする」


「臭いって意味?」


「違う。あの方の匂いがするということだ」


あの方。よく男性の口から出て来る言葉だ。だが、トウィンカにはそれを誰か告げようとする気はないようで、しきりにその匂いの元を探っている。そして匂いの元を見つけ、それをためらいながらも優しく手に持つ。


「これ、どうしたんだ」


「離して」


「どうしたと聞いている」


トウィンカの胸元にある結晶を優しく持つ手とは裏腹に、その銀色の目は険しい色を宿している。


「顎を持つ手を離してくれたら答える」


男性は乱暴にトウィンカを振り払うようにして顎を解放した。その反動で少しふらつくも、もう片方の手で結晶を持っていたせいで、首ががくんとなる。


「いっ」


痛い、と叫びたい気持ちを夜ということもあって我慢しながら、首をさする。幸い皮はむけていないようで、痛みはすぐにおさまった。


「放したぞ。言え」


(どこまで俺様なのよ!)


心の中で罵倒しながら、結晶を男性の手から奪いとる。


「母の形見よ。父からもらったらしいわ」


多少の脚色はあるものの、間違ってはいない。

男性は少し考えた表情を見せたあと、そうかと呟いただけだった。


「それは絶対に無くすなよ」


「言われなくても無くさないわよ」


元々そんなにキレやすい性格ではないのだが、この男性の言い方にいちいち腹が立ってしょうがない。いつの間にか敬語ではなくタメ口で話してしまっているが、直す気にはなれなかった。苛々とした気持ちを抑えながら、結晶の端をなぞる。


「トウィンカ・ミルキークォーツ」


「何よ」


「俺はお前が嫌いだ」


「……は?」


唐突に嫌いと言われ、思わず聞き返してしまう。髪や目の色で、後ろ指を差されたり、避けられたりするのは何度かあるが、こうも面と向かって初対面で言われたのは初めだ。


「俺はお前を許さない」


「初対面なのに?」


「関係ない」


男性はそれだけ言うと、この部屋に長居したくないとでも言うように足早に去っていった。


「何なのよ、一体」


いつの間にか緊張していたのか、男性がいなくなった途端にどっと疲れが出て来る。

うきうきとしていた先程までの気分はすっかり無くなってしまい、残っているのは疲労と苛つき。


「もう寝よう」

 

全てを忘れるには睡眠が一番だ。

トウィンカは鞄からネグリシェを取り出すと、それに着替えベッドにもぐりこんだ。

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