五話
ロビリィに着いたのは完全に太陽が向こう側に沈もうとした頃だった。
「着いた―っ」
思わず両手を上にあげて伸びをするような格好をしてしまう。
「ウィンったら、まだ門の前に着いただけよ?」
「それでも、嬉しいの!」
トウィンカにとってはじめての街だった。
集落とは違い、夜だというのにたくさんの人が門を行き交う。トウィンカはあわてて髪を隠そうと鞄の中に入れていた羽織を出そうとするが、それをアリエに止められた。なぜ、と目で訴えるとアリエはこっそりトウィンカに耳打ちした。
「いい? ここでそんなもの深く被ると、いかにも隠してますって感じするでしょ? それこそ皆の視線がウィンにいくわ。だから堂々としていればいいのよ」
「そう、なのかな?」
「そうよ。それでも見てくるやつは無視しなさい。ウィンは別に悪いことをしているんじゃないんだから」
アリエの堂々とした言葉に感心を覚えながら頷いた。出しかけの羽織をしまい、アリエの言うとおり髪を出したままアリエと並び、門の向こうへと足を進める。
本音を言えば、とても怖い。
一歩、一歩進むたびに、誰かに見られているんじゃないか。集落の人たちと同じような目で見て来るのではないかと思ってしまい、体が震える。自慢と髪と目でも、今までなんと言われようと鼻で笑い飛ばしてきたと言っても、傷ついていないわけではなかった。
「……アリエ?」
そんなトウィンカに気づいたのか、アリエはトウィンカの手を優しく握ってくれた。
「大丈夫よ。もし、変なことを言う奴がいたら私がやっつけてあげるから」
冗談なのか本気なのかは分からないが、励ましてくれていることに変わりはない。アリエの握ってくれた手を握り返すとアリエは笑顔を向けてくれた。
「ありがとう」
「友だちだもの」
アリエの一言がトウィンカに進む勇気をくれる。
初めてできた友だちという存在。それはとても大きくて、暖かなものなんだと実感する。
門の検問所に行くまでに何人かにじろじろと見られたが、集落のときとは違いあまり気にならなかった。
検問の列に並び、審査を受ける。検問所の役員はトウィンカの髪を見て、驚いた態度をとるものの、アリエが隣にいたおかげか、余計なことを問おうとはしてこなかった。
「お兄さん、この子は私の紹介で王城のメイドをすることになったの。通していただけるかしら?」
脅しのようにも聞こえなくないアリエの態度に、余裕ができたからか笑いがこみ上げてくる。それを必死にこらえながらアリエが道すがらに教えてくれたことを思い出す。
ロビリィに入るときの検問は、許可証などがなくても大丈夫だが、国から国へと入るときは事前に入国審査を受けなければいけない。街から街への移動は簡単な持ち物検査だけで済むとアリエに道すがら教えてもらった、門で全ての荷物のチェックで異常なしとなれば、街に入ることができるのだ。
アリエとトウィンカは役員に自身の名を名乗り、鞄の中の荷物を見せ終わると身体検査を受ける。
「アリエ・ベルティ異常なし」
「どうも」
「トウィンカ・ミルキークォーツ異常な……ん? なんだ、これは?」
同じような異常なしと言われると思っていたトウィンカは一瞬どきっとしながら役員が指すものへ視線を動かす。そこには、アリア曰くトウィンカの父だという六角柱の結晶があった。
「これ、母の形見なんです。水晶のようなものですよ」
あらかじめ決めてあった事を話す。こういった宝石類のものは希少なものほど聞かれることが多いらしい。トウィンカは知らなかったが、アリエが赤く透き通った水晶は珍しいというので、考えておくことをしたのだ。
「そうか。ならば、異常なし」
ここで嘘をつけば、すぐに役員に見破られ、牢屋行きらしい。役員の選抜は嘘を見抜く力がある人を選んでつけているかららしい。
しかしトウィンカは嘘をついていない。だからか、すんなりと通してもらうことができ、知らずのうちにほっと息をつく。
門の向こうで待っているアリエまで小走りで行くとアリエが呆れたように笑って迎えてくれた。
「緊張したー」
「だから、大丈夫だって言ったじゃない」
「でも、緊張したものは緊張したの」
「はいはい、分かったから。ほら、ウィンそんなことより」
アリエはトウィンカの後ろに回り背をとん、と押してきた。
「アリエ、いきなりする、の……」
文句を言おうとしたが、それは目の前に広がる光景で忘れてしまった。
すっかり暗くなった空に輝く星。それは集落で見るものと変わりない。違うのはその下に広がる街並みだ。一定の距離で置かれる街灯に、綺麗に整備された道。石造りの可愛らしい家。そして遠くから見ても分かるほど、大きくて圧倒されるような王城。絵本で見たことはあったが、こうして実物を見たのは初めてだ。
「ようこそ、ナウラル国の王都、ロビリィへ」
「すごい。本当にロビリィに来たんだ」
こうして、見ることで実感する。今日からここに住んで、働くのだと。
「街はまた今度ゆっくり回るとして、とりあえず王城に行きましょう? ちょっと時間は遅いけれど、働き口を紹介するならなるべく早い方がいいもの」
「わかった。でも王城に今から行くのか。今日は緊張しっぱなしだなあ」
「大丈夫よ。皆、優しい人たちばかりだし、働くと言っても王に直接会うわけじゃないから」
「そうなの?」
てっきり王と会うと思っていたトウィンカがアリエに聞き返すと、アリエははぁとため息をついた。
「王様はそんな暇なお方じゃないわ。会うのはメイド長だけでいいのよ」
そう言われればそうだ。王がそんな暇なはずがない。ナウラル国を人たちを統べるすごい人なのだから。
「さ、もう七時過ぎてるから急いで行きましょう」
「う、うん」
アリエに背を押され、石畳に足をつまづきながらも王城へ向かった。
馬車に揺られながらも、王城に着いたのはロビリィに着いてから、一時間以上立ってからだった。王城の周りは堀が掘られ、水路になっている。唯一ある橋には警備の人が二人立っていて、その向こうには大きな門が立ち構えていた。あり一匹進侵入できなさそうな王城に、トウィンカは入っていいものかと悩んでしまう。
「ウィン、何をぐずぐずしているの?」
アリエはすでに橋を渡っており、手を大きく降ってトウィンカに来るようにと促している。
「ごめん、今行く!」
大きな門の横にある、働く人たちが出入りする扉から中に入るとそこは別世界のようだった。
「街の中に森があるみたい」
それが素直な感想だった。
「そうね、ここを初めて見た人たちは大体そう言うわ。でも、昔はそうではなかったらしいの」
アリエは昔の王城を教えてくれた。
昔は今より城は小さかったらしい。今のように大きくなったのは、ドラゴンと条約を結んで、ドラゴンが王城内に住むようになってからだそうだ。
「今王城にいるドラゴンの方たちは二十七人。一人で街一つ一晩で無くせるくらいの力を持っている人がたくさんいるからこの国は平和なのよ」
一晩で街一つ一人で消せる。想像を絶するほど、ドラゴンというのは強い存在らしい。そんな存在がこの王城に二十七人。強固な守りだから、誰もこの国に戦争を仕掛けようとはしないのだろう。
「その条約を結んだその時代の王は、ドラゴンが住めるように城を変えたのよ」
「だからこんな造りになってるんだ」
街中なのに自然が豊か。その自然に囲まれた城。
森は少し歩けば、すぐに抜けることができ、湖や大地がむき出しになっている場所、さらには小さな山まである。
大地がむき出しになっている部分は、何度も何度も踏まれているせいか硬いコンクリートのようだった。不思議に思って、足でコンコン地面を叩いていると、アリエが理由を教えてくれた。
「ドラゴンの方達はいつもここで訓練をしているのよ」
「なるほど」
どれだけ訓練をここですれば、ここまで硬くなるのだろうか。感心しながら進んでいくとようやく城の扉に辿りついた。
「ねぇ、アリエ」
「なに?」
「私思ったんだけど、城だけで街の半分占めてない?」
「そんなことないわよ。ロビリィ自体が広いから三分の一くらいしか占めていないもの」
「それでも大きいよ」
ロビリィは横に長い土地を有しており、王城は門の反対側にそびえたっている。王城の背後はラヴァーズ国という違う国なのだが、ドラゴンがいるため、心配ないらしい。
(ドラゴンに頼りすぎじゃない?)
トウィンカはそう思わずにはいられなかった。確かにドラゴンのおかげで戦争がここ十数年起こることなく平和だったのだろうが、もしドラゴンがこの国から去ってしまったらどうするのだろうか。
(でも、そんなことないか)
ドラゴンは自分たちの平和を守るためにこの国を守っている。条約を破らないかぎり、ドラゴンはこの国を守ってくれるのだろう。それにトウィンカの気にすることではない。今トウィンカが気にしなければいけないのは、就職先が無事に決まるかどうかだ。それにより、明日からご飯が食べられるか、食べられないかが決まる。こちらの方が深刻な問題だ。
「よし、頑張ろう」
まずは、メイド長との面接だ。