四話
「ねぇ、アリエ」
「なあに?」
トウィンカとアリエはさほど急ぐこともなくのんびりと歩を進めていた。
「アリエと出会ったときの人もう出てこないかな?」
あのときは運よく助かったが、次に遭遇したときは助かるかどうかわからない。顔にそう出ていたのかアリエはふふっと笑っていた。
「大丈夫よ。こう見えても私、人の気配には敏感なの。あの時はちょっと油断しちゃったけど、今度遭遇しそうになったら、また二人で逃げましょう」
トウィンカがフライパンアタックを繰り出したときのことを思い出したのか、くすくすと笑っている。むっと頬を膨らませると、人差し指で優しくつついてきた。
「それにここからロビリィまでそんなに遠くはないのよ」
「そうなの?」
ロビリィといえば、集落で育ったトウィンカから見れば遠いところにあるイメージだ。
「確かに地図に書いてある道では遠く見えるかもしれないけど、私たちはこの森を突っ切ってまっすぐ進んでいるから一週間はかかる道を半日で行くことができるのよ」
アリエは鞄から折りたたんだ地図を広げ、歩きながらではあるが指で指しながら説明してくれた。アリエが説明しやすいように、地図の端を片方持つ。
「ここが今までトウィンカの住んでいた集落で、これから向かうロビリィがここ」
今まで地図を見たことがなかったから、距離感はよくわからなかったが、森を挟んだ先にロビリィがあるらしい。確かに地図に載っている道は遠回りをして森を避けている。
「森には凶暴な動物や、さっきみたいな奴隷狩りも出るから、みんな危険を回避して安全な道を進むのよ」
「そうなんだ」
「ええ。私は元々森で狩りをして毛皮とかを売る家の出だったから、そんなに抵抗はないんだけどね」
アリエは狩りをするうちに気配察知の能力や、ナイフなどを投げることがだんだんと得意になっていったらしい。そして、今は王城で竜騎士のメイドをやっているらしい。
驚きすぎて、歩いていた足を無意識に止めてしまう。
「ウィン、そんなに驚かなくても」
「いや、ここは驚くところだよ。王城ってこの国の王様が住んでいるところでしょ?」
それくらい、いくら知識が乏しいと自覚しているトウィンカにだってわかる。
「そうだけど、私の場合は毛皮を買いにくる商人の方に紹介されて入っただけだから」
「でも、すごいよ! 竜騎士のメイドだなんて」
竜騎士というのは、この国を守るドラゴン部隊のことだ。ドラゴンは擬人化して、王城に住んでおり、自身たちの身を守ってくれるこの国を守っている、ということを集落の人たちが話しているのを聞いたことがある。
「まぁ、見目麗しい彼らの世話をするのは年頃の少女の夢かもね」
「アリエは違うの?」
「私は別に興味ないもの。給金さえもらえればいいし、別の目的があるから働いているだけだから」
別の目的、といったときのアリエの目はどこか濁って見えた。
「別の目的?」
「あぁ、うん、別に大した目的じゃないから気にしないで」
どこかごまかしたように笑っていたが、目の濁りはいつの間にか消えていることに気がついた。トウィンカにもいえないことがあるように、アリエにだって人にいえないことはあるのだろう。
教えてくれないことに少し寂しさを覚えるが、トウィンカはそれを無視して、首から提げている結晶を服の上からそっとなぞった。
どこもかしかも同じように見える森の中をアリエの先導の元、歩いて数時間。二、三回の小休憩を入れながら進んでいく。
「ねぇ、アリエ。あとどれくらいでつくの?」
「うーん、あと一時間くらいだと思うわよ。やっぱり、一週間かけていくよりこっちの方が断然いいわ」
そういうアリエの表情は、ものすごくいきいきとしていた。狩りをしていた、と聞いたときはへぇとしか思わなかった。しかし実際一緒に行動してみると、アリエが好きで狩りをしていたということがよくわかる。たまに遭遇するウサギなどの小動物をなるべく苦しませずに殺し、血抜きの仕方も素人のトウィンカですら上手いと思うからだ。
「ウィン、日が暮れるまでにはロビリィに入りたいから、少しスピードを上げてもいいかしら?」
「うん、大丈夫。体力だけは自信あるから」
「じゃあ少し急ぐわよ」