二十三話
「ん、……あれ」
目を覚ますと、見慣れた天井が見えた。城の中にあるトウィンカの部屋だ。
どうやらあの後、気を失ってしまったらしい。誰かが着替えさせてくれたのか、トウィンカの服はメイド服からネグリシェに変わっており、ベッドに横になっていた。
「なにが、あったんだっけ」
起こったことを順に思い出していく。今までずっと寝ていたせいか、頭はぼんやりとしていて、思い出すのに時間がかかった。思い出し終わると、トウィンカは人知れずため息をついた。
窓から見える空を眺める。太陽はすでに沈みかかっており、どこか哀愁をおびて見えた。あれだけ晴れていた空が嘘のようだ。
「あったことも嘘だったらいいのに」
ベッドから起き上がり、指の先にある自身の指を睨む。
こんな爪がなければ、白くなければ、このようなことにはならなかったのに。
涙は枯れてでてこない。
しばらくの間、ベッドの上でうずくまっていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。誰とも会いたくはなかったが、トウィンカは竜部隊のメイドだ。急な用事なのかもしれない。そう思ったトウィンカはどうぞ、と入室を促した。
扉がゆっくりと開き、人が入ってくる。
「誰、ですか?」
知らない人たちだった。二人とも顔立ちが整っており、翡翠色の長い髪を一まとめにしたトウィンカと同じ真紅の目をした男性と、水色の短髪に新緑色の目をした男性が心配そうにトウィンカの顔を窺っている。白を基調とした軍服を着ていることから二人とも竜騎士のドラゴンなのだろう。
そんな人たちがトウィンカを訪ねてくる理由が分からなかった。
「誰、か。そりゃそうだ。俺はレイン、レイン・シーベッド。んで、こいつはサラン・ラルド。俺らはドラゴンだ」
水色の短髪の男性はレインと名乗り、自己紹介をはじめた。トウィンカも習い、名を名乗る。困惑していることを感じたのか、サランという男性はトウィンカに近寄ると抱きしめ、背中をゆっくりと優しく叩いてくれた。
「つらいときに一緒にいてあげられなくて、すみませんでした」
暖かくて、強くて優しい、そんな抱きしめ方に沈んでいた気持ちが少しだけ浮上する。肩越しに聞える声はどこか悲しみと怒りを帯びていた。
「え……?」
サランの言葉に首をかしげる。サランと会ったのは今日が初めてのはずだ。なぜそのようなことをいうのだろうか。
「お前は言葉が足りねぇんだよ」
顔を上げると苦笑をしながらレインがすぐ目の前に立っていた。
「こいつと俺はな、ラゼルの娘であるトウィンカ、お前をずっと傍で見守ってたんだ」
ラゼル。それはトウィンカの父の名だ。ホープがそう教えてくれた。なぜいきなり現れた二人がその名前を知っているのだろうか。首を傾げて二人を見上げるとレインがまるで我が子を見つめるような眼差しでトウィンカを見つめてきた。それはアリアがトウィンカの姿を自身の瞳に映すときに似ていた。
「俺は、ラゼルと幼馴染。そんでサランはさ、ラゼルの弟なんだよ。つまりトウィンカの叔父にあたる」
「え……?」
いきなりの真実に言葉を失った。この世にトウィンカと血のつながりがある者がまだいたのだ。独りだと思っていたトウィンカはその事実に数秒置いて確かめるように尋ねる。
「本、当に……?」
「嘘言ってどうすんだよ」
レインはいたって真面目で、嘘をついているようには見えない。サランは首をかしげるトウィンカに苦笑し、抱きしめをといた。近い体制のまま、トウィンカの頭をゆっくりとなでる。大胆に抱きしめてくるようなタイプには見えないのに、サランはトウィンカを抱きしめたり、頭をなでたりしている。
それがどこか面白くて、自然に笑みがこぼれた。
「笑ったな」
「ええ」
(そういえば、あんな事があって初めて笑ったかも)
トウィンカが笑うと二人とも自分のことのように、喜ぶ。
ドラゴンは長寿だから、二人からしてみれば、トウィンカは赤子同然なのかもしれない。それにドラゴンは、懐にいれた者に対しては情が深いとフラリスから教えてもらったことがある。ラゼルの娘であるトウィンカを、自分たちの娘のように思っているのかもしれない。
「レインさん、サランさん」
二人の名前を呼んでみる。
「ん?」
「どうしました?」
どうしてなのか、トウィンカを真っ直ぐ見る二人にどこか心が落ち着いた。
「あの、どうしてここに?」
「ああ、それを教える前に、さん付けはなしな。あと敬語も」
レインは片目を閉じながらトウィンカの鼻をつついてくる。
「俺達がここに今日来たのは、長老会が終わったからだ」
「長老会?」
「ウィンはドラゴンの属性が四つに別れていることは知っているか?」
「うん、竜騎士メイドとして一緒に働いているフラリスに教えてもらったから」
ドラゴンは火、水、風、土の四属性に別れていて、それが髪の色に反映している。最低限の知識として、フラリスから教えてもらったことの一つだ。それから当てはめるとホープは火、レインは水、サランは土なのだろう。現にホープは竜騎士の建物の裏で炎を操って草を燃やしていた。
「各属性をまとめているのが長老と呼ばれる存在。それが俺達なんだ」
長老という立場は聞く限りではドラゴンの頂点に立つ存在なのだろう。その二人がトウィンカのところに訪ねてきている。
「一年に一度、長老が集まり世の中の情勢なんかを話しあったりするのが長老会なんだ」
「本当は行きたくはなかったんですがね」
レインの説明が終わると同時にサランがため息をこぼしながら呟く。敬語口調や見た目から真面目、という印象が強かったのだが、本来は面倒くさがりやなのだろうか。そう疑問に思っているとサランはトウィンカが誤解をしているのに気付き、慌てた様子で弁解をした。
「別に面倒臭いとかそういうわけではありません」
「そうなの?」
「サランは真面目だからな。けど、俺も長老会は行くべきではなかったと思っている」
「なぜ、という顔をしていますね」
顔に思っていることが出てしまっていたらしい。
「それはな、お前の護衛役が俺達二人だったからだ」
「護衛、役?」
いつ護衛されていたのだろうか。記憶を掘り返してみるが、そのようなことをされた覚えはない。
「もちろん気づかれないように、ですよ。ウィンが知らないのも当然です。ドラゴンであれば、すぐに助けにいける距離にいつもいましたから」
ドラゴンは視力や聴力が優れていると聞く。そのため結構離れた距離からトウィンカのことを見守っていたのだろう。
「アリアの寿命はもう尽きようとしていたときにちょうど招集がかかっちまってな」
「ウィンはアリアが亡くなってしまったら、頼る人がいなくなるでしょう。だから亡くなってしまったあと困らないように、私達が事情を全て話し、助ける予定だったのですが」
長老会と重なってしまい、トウィンカは一人になってしまったということだろう。要は長老会がなければ、トウィンカは飢えずにすんだということだ。でも、反対にアリエとは会えないということにもなる。刃物を突きつけられたあとではあるが、それは嫌だった。
「でも、長老会にサランとレインが行かなければ、ここにはこれなかった」
だから長老会があったことに感謝している。
そう二人の目を見ながらいえば、二人は目を丸くしたあと、なぜか笑っていた。
「さすが、ラゼルの子供ってか」
「ですね。前向きな考えです」
「え?」
「ラゼルもウィンと同じ考えをしたことがあるんだよ」
「俺の決めた道に後悔はない。前に決めたことを取り消せば、今がなくなる。とか言ってましたね」
「そう、なんですか」
顔を知らない父に似ていると言われ、嬉しくなる。
「すまんが、話を戻すぞ」
「うん」
「本当はアリアが亡くなった時点で、俺たちが迎えに行き、ウィンがどういった存在か話す予定だったんだ」
「ですが、長老会は約五週間かけて話し合います」
十六年のうちのたった五週間。それは短いようで長い期間。その期間にアリアは亡くなってしまった。
「ウィン、よく聞いてください。あなたは、ドラゴンにとってとても大切な存在なんです」
「どうして、私が?」
ハーフドラゴンだから?
でも、トウィンカはドラゴンのように強くもないし、ドラゴンになることも、魔法を使うこともできない。そんな自分がなぜ大切な存在なのだろうか。
「今はそれを知る時期ではありません。ですが、私たちにとってウィンは大切な存在であると、それだけは覚えておいてください」
「でも、ホープは」
トウィンカを憎んでいた。あの憎しみや向けられた殺気は本物だ。あの目を思い出すと同時に震えがこみ上げる。あの目がトウィンカが父を殺した事実を如実に語る。その事実が何よりも怖かった。
「あいつのことは気にするな。子供の癇癪と同じだ」
レインはトウィンカが震えていることに気がついたのか、目線をあわせるようにその場にしゃがみ、トウィンカの手をそっと握ってくれた。その手はひんやりと冷えていたのに、震えが少し収まった。
「でも……」
「でも、じゃない」
「いいですか、ウィン。これだけは覚えておいてください。私達はウィンの味方です。ですから、今はゆっくり休んでください」




