二十一話
「さて、と。これで洗濯は終わりかな?」
ここに来て一週間。ようやく城での竜騎士のメイドにも慣れ、てきぱきと終わらせられるようになってきた。
「アリエ、こっちはもう終わったよー。そっち手伝おうか?」
「うん、じゃあお願い!」
今日は雲ひとつなく、太陽が大地を暖かく照らしていた。絶好の洗濯日和である。こんな日を逃すなどもったいない。そう思ったトウィンカはアリエにカーテンやマットなどの洗濯をしようと提案し今にいたる。ドラゴンのように人間は一部の者しか、しかも小さな魔法しか使えないため、洗濯はすべて手洗いの力仕事である。
ドラゴンほどではないが、ほかの人間と比べて体力があるトウィンカは少しの疲れだけですんでいた。しかし気をつけなけらばいけないこともある。指の爪だ。生まれながらにして真っ白な爪は、気味が悪いと言われてから母にもらったマニキュアで隠すようにしていた。マニキュアは比較的安価で売られており、辺境の村でも年頃の娘が好んで使っていたため、買うことに困ることはなかった。洗い物をするときは剥がれないように注意をしておかなければならない。万が一、剥がれてもすぐに塗れるように。
トウィンカはアリエの横に腰をおろし、残っているカーテン数枚を受け取り、作業に取りかかった。
「手伝ってくれてありがとう」
「ううん、全然!」
会話を弾ませながら、手を動かす。仕事をしていても、こういうときはとても楽しかった。気を逸らしていたせいか、指先を自身の手でがりっと傷つけてしまった。
「っ痛。自分で自分の手ひっかいちゃった」
小さな傷から血が出てくる。血は水の中でもやのように広がりはじめた。さすがに真っ白なカーテンに色がつけば、また一から洗いなおさなければならなくなるので、すぐに指を水から出す。深く切ってしまったのか、血はとまる気配を見せなかった。
「馬鹿ね」
呆れた顔をしながら、アリエがポケットからハンカチをとりだし、トウィンカの指を優しく包む。
「ハンカチが汚れちゃうからいいよ」
トウィンカが慌ててとめるも、アリエはそのハンカチで血を優しくぬぐってくれた。
「そんなのいいわよ、洗えばいいだけだし」
血をぬぐい終わると小さな布を取り出し、怪我している指にまいてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして……って、これ」
「どうしたの?」
急にアリエの表情がこわばったのがわかった。何か変なものでも指についていただろうか。トウィンカは首をかしげながら自身の指を見て、固まった。
指のマニキュアが剥がれていたのだ。一部分だけではあるが、白い爪はその存在を大きく放っていた。
「あの、これはね、生まれつきで」
言葉が上手くまとまらない。怪我をしていないほうの手で爪を隠すがもう遅い。鼓動が早くうち、どくどくと脈を打つ音がとても大きく聞こえる。先程まで、暖かい陽気に包まれぽかぽかしていた体は急激に冷え、手には冷や汗をかいていた。
「生まれつき?」
「そう、生まれつきなの」
生まれつき、という言葉を発した瞬間、アリエの雰囲気が変わる。
「……ウィン。あなた、私を騙していたのね」
「騙す……? そんなことっ」
意味がわからなかった。この爪をみて気持ち悪いといわれるならまだわかる。トウィンカにはアリエを騙していたことなどひとつもない。トウィンカを見るアリエの目はひどく冷たかったが、どこか悲しみを帯びていた。
「あなたはドラゴンなのでしょう?」
「私が、ドラゴン?」
違う、そんなわけはない、と言おうとした瞬間、冷たいものが首筋に当てられる。ちりっとした痛みとともに、首から血が流れたことがわかった。冷たいものは鋭利な刃物の類だろう。
「私はあなたのこと友達だと思っていたのに!」
すぐ目の前にあるアリエの顔が苦痛にゆがむ。そして今までウィンと呼んでくれた声はあなたとしか呼んでくれなくなった。
「白い爪はドラゴンの証。だからあなたは爪を隠していたのでしょう。人間にまぎれて生きるために」
「違、う。私は人間だよ。お母さんはちゃんと人間だったし、私は魔法、使えないもの」
「嘘よ。私ね、ドラゴンが大嫌いなの。ここに来る前に私には別の目的があるといったことがあるでしょう?」
「森の中で話してたこと?」
あの時のアリエは濁ったような目をしていた。今、目の前にいるアリエも全く同じ濁ったような目をしている。
「私の目的、それはドラゴンを殺す機会をうかがって、一匹でも殺すことよ。……まさか、あなたを最初に殺すことになろうとは思わなかったけれどね」
苦笑しながらアリエは首にあてていた刃物を離し、大きく振り上げる。刃先はまっすぐにトウィンカに向けられていた。
「アリエ、違うよ。私、騙してなんかいない」
目には自然と涙があふれてくる。爪の件がばれるまで仲良く話していた。それがこんな白い爪のせいで、アリエに殺されようとしているのだ。
わけがわからなかった。いきなり人間ではなく、ドラゴンだと言われて。今まで一緒に竜騎士のメイドをしていたのに、そのドラゴンが大嫌いだったと言われて。
頭が真っ白になる。
トウィンカを見るアリエは無表情に近かった。
「さよなら」
逃げる、なんてこと思いつきもしなかった。ただ迫る刃物を目で追うことしかできなかった。
今回より第一部終了まで毎日深夜零時更新です。




