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二十話

「ここを燃やせばいいのか」


ホープは眉間にしわを寄せたまま辺り一帯所狭しと生えている草むらを一瞥し、アルへ視線を送っていた。面倒くさい、というのがホープの態度や声からありありと伝わってくる。


「うん、ぱーっと燃やしちゃっていいから。あ、でも他のところに燃え移らないようにしてね」


「俺を誰だと思っている」


ホープは再び大きなため息をついて、視線を草むらへと戻していた。


(面倒なら断ればいいのに)


声には出さないが、心の中でそう呟く。何か断れない理由でもあるのだろうか。昨日、今日と見る限り二人の関係は種族を超えた友人のような感じだ。ドラゴンだからとか、貴族だからとか、そんな上下関係も存在していないように見える。


(あ、そっか。友人だから面倒でも手伝うのか)


トウィンカもアリエに頼まれたら、面倒な仕事でも手伝う。


(いや、ま、それはどういでもいいとして)


今は二人の関係なんて気にしている場合ではない。アルとホープが全く現状を理解していないトウィンカを置き去りにして、話をさくさくと進めていることの方が問題だ。


「ねぇちょっと二人とも。さっぱり現状が理解できてないんだけど!」


「まあ見てればわかるよ、ねえホープ君」


「は? なんで俺にふるんだ。俺はお前が理解できてるかどうかなんてどうでもいい。ただアルがやれと言っているからやっているだけだ」


ホープは腕を組んだままトウィンカを見下ろすと、馬鹿にしたような口調で話しかけてきた。

そのことに、多少頭にきたが我慢し、ひきつる口元をどうにかごまかし笑顔を作る。仲良くすると決めたのだ。ここでトウィンカが怒れば、昨日決めたことが一日持たずに宣言を破ってしまうことになるだからトウィンカはその怒りを別の方向へ持っていくことへ決めた。


「トウィンカよ、ホープ」


先程ホープはトウィンカのことをお前としか呼んでいない。愛称を呼べとまでは言わないが、せめて名前を呼んでもらうのは仲良くなる前提条件となるだろう。


「は? お前で十分だろ」


そんなトウィンカに対しホープは鼻で笑って返す。


「いやよ。私にはトウィンカ・ミルキークォーツって名前がちゃんとあるんだから」


「お前で十分だ」


「トウィンカよ」


「お前」


「トウィンカ」


「…………はあ」


「何よ、そのため息」


「別に。俺はお前を名前で呼ぶ気はさらさらない」


無言でホープを見続けるが、ホープの意見は変わらないらしい。


(ま、いきなりは無理か。でもいつか絶対に呼ばせるんだから!)


心の中でポジティブに気持ちを入れ替え、握りこぶしを作っているとまるで子どもに送るような視線でずっと見ているアルに気づく。その視線の先にある握りこぶしを背に隠した。その一連の行動をホープは横目で見ていたらしく、視線があえば再び鼻で笑われてしまった。


(お、怒らない、怒らない。冷静に、冷静に)


張り付けた笑みでホープに、何か? という視線を送ってみる。しかしホープには何かまずいような物を食べた後のような表情を返されてしまった。

ホープはそのままトウィンカを見ることなく、組んでいた手をほどき、右手を草むらの上へかざした。たったそれだけの行動なのに、漂っていた空気が一瞬で別の物に変わる。声を出すことも忘れてそれを見守っているとホープはその手をすい、と上へ上げた。上がると同時に草むらから小さな炎が生まれ、草むら全体へと広がっていく。燃える炎は勢いをとどめることを知らないとでもいうかのように全ての草を燃やす。しかし炎は意思を持っているかのように、草むら以外の場所には広がっていこうとはしなかった。そして全部草が燃え終わった瞬間に炎は視界からぱっと姿を消す。


「ね、すごいでしょ?」


アルは自分のことのように自慢しながら、トウィンカを後ろから抱きしめてくる。トウィンカは避けるどころか、言葉を返すことすら忘れて、アルを見た。


「これ、あなたがやったの?」


草むらからトウィンカへホープの目が映すものが変わる。その目を見て、さらにトウィンカは驚いた。目が人間と違ったのだ。瞳孔が縦長になっていて、ホープが人間ではなくドラゴンの姿になって見える錯覚を覚える。目を二、三度瞬きすれば瞳孔は元に戻っていて、ドラゴン姿の幻も消えていたが、そこで改めてホープはトウィンカとは違う種族でドラゴンであるとうことを認識させられた。


「この程度、子どもでもできる」


「そう」


「お前はこの程度もできないのか」


ホープは怪訝そうに眉をひそめてトウィンカに尋ねてきた。魔法が使えるのはドラゴンと一部の人間だけだ。一部の人間だって言葉を使わなければ魔法を使えない。トウィンカは魔法を習ったことさえなかった。だから使えるはずもない。そもそも、自分に魔力なんて力あるわけがない。あるのはほんの一握りの人間だけなのだから。

草が焦げた臭いを吸わないように手で鼻をつまんで、できないと返す。

分かりきった答えのはずなのに、ホープはさらに眉を寄せた。


「……っち」


ホープは小さく舌打ちをし、トウィンカを一睨みしたあとその場をあとにした。


「舌打ちしなくたっていいじゃない。使える人間なんて一握りなのよ。ねぇアル、そう思わない?」


「別に、思わないけど? だってウィンちゃんなら使えそうだし」


アルの瞳は真っ直ぐトウィンカを見つめる。忘れていたが、二人の距離はアルが抱きついていたせいで、頭一つ分ほどしか開いていなかった。


「近いっ、それ、どういう意味」


抱きしめてくる腕を力いっぱいにひっぱれば、あっさりと腕はほどけ、トウィンカを解放する。腕からのがれたあと、振り向けば、ホープは見たこともないような真剣な表情をしていた。


「ウィンちゃん、君が気づいていないだけで本当は使えるかもしれないよ?」


「それはないわ」


きっぱりと断言する。使えていたら、もっと生活が楽だったはずだ。魔力は遺伝だと聞いたことがあるし、アリアは魔力はないと生前言っていた。

少しの沈黙のあと、アルはそっかと小さく声をこぼし、いつも通りの笑みに戻る。


「ウィンちゃん、さっきの約束忘れてないよね」


「あっ……、う、うん。モチロン……」


ふいをついたように言われ、頭の片隅に追いやっていたことを思い出す。あの時は出来ないと思って約束したが、本当にあれから数十分ほどで終わってしまった。太陽の位置から見ても休憩まで数時間はある。

トウィンカは渇いた笑いをこぼしながら、アルに連行された。

その日の夜、アルがニヤリとした笑みを浮かべてトウィカを追いかけてきた夢を見て、目を覚ましてしまったのはいうまでもない。

次回よりシリアス本編始まります。

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