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十三話

人通りが多い道から少し外れて、いつも使っているという本屋さんに入る。こじんまりとした店の中に入れば、本が足のつま先から天井までぎっしりとつまっており、通りよりも本棚の方が幅をとっていた。奥で本を読んでいた老人にアリエが声をかければ、じっとこちらを見てきたあと、また視線を本へ戻してしまった。


「今日は?」


老人は本のページをめくりながら尋ねてくる。


「頼まれた本が六冊ね。これなんだけど」


老人の態度はいつもこういう態度なのか、アリエは気にしたそぶりを見せることもなく、机に本の名前が書かれた紙をのせる。老人はそれを一瞥すると、本に視線を戻して声を上げた。


「二列目、上から六番目、右から五十七冊目」


何の暗号かと一瞬思ったが、アリエはすぐにその棚に移動し始めた。そして言われた通りのところを探し一冊を抜き取っていた。そのタイトルを見せてもらうと紙に書かれていたタイトルの本だった。


「あの店主さんは、本の位置を全て把握してるのよ。ほら、ウィンも働く!」


アリエに急かされて、老人の言葉通りに動く。すると数分もしないうちにすべての本がそろった。


「すご……」


「でしょ。本の品ぞろえはいいし、場所もすぐに教えてくれるからいつもここを使ってるのよ」


アリエは本の代金を払い、夕方に城へ届けてもらう手筈を整えると店の外に出た。


「あれくらいだったら、持てるのに」


「いいのよ、これから雑貨屋に行くのに持っていたら邪魔でしょう?」


「雑貨屋? あ、ハンドクリーム」


「そう。それもあるけど、お金の残金を見たらそれでも結構余るわ。多分好きなものを買ってきなさいってことなんでしょう」


「え、勝手に使っちゃって大丈夫なの?」


「大丈夫よ。いつもフラリスは使って良い分しか入れないから」


それを聞いて、アリエの失敗談を思い出す。アリエがホールケーキを買ってきてから、そうするようになったのだろうか。


「何一人で思いだし笑いしてるのよ」


「え、そんなことないよ」


「そんなことあるわよ。顔にやにやしてたもの。隠しごとする子にはこうだっ」


アリエはトウィンカの脇に手を置くとくすぐりはじめた。


「やっ、やめっ、ふふ、あはっは」


「ほら、言いなさい?」


「だっから、何も、あはは、隠してないってば! ふふっ」


アリエのくすぐりは雑貨屋につくまで続き、着いた時にはすでに体力がほとんど持っていかれていた。


「つ、疲れた……」


「ほら、入りましょう」


アリエは先ほどよりも元気になっていて、満面の笑みである。対してトウィンカはずっと笑っていたせいか、お腹や顔が痛く、表情を動かすのもやっとの状態だ。よろよろとした足取りでアリエに雑貨屋に入れば目の前に広がったのは様々な装飾品や可愛らしい小物の置物の数々だった。扉についている鈴がちりんと鳥が鳴くように響き、客が来たことを示す。店員はそれを聞いて、商品を並べる手を止めてこちらへ歩いてきた。


「いらっしゃいませ。今日はどうされました、か?」


しかし元気な挨拶から一転、トウィンカの髪と目を見て表情が驚きへ変わり、目が合えばそらされてしまった。


「手荒れに効くハンドクリームを三つ頼みたいのだけれど」


アリエが不思議そうに店員に頼めば、店員はそそくさと商品を取りに行ってしまった。


「何よ、あの態度」


アリエが憤慨し、腕を組んで店員の行った方を睨む。


「まあまあアリエ、しょうがないよ」


あの態度と対応をトウィンカを幾度となく経験したことがある。だた、忘れていただけだ。アリエやホープ、アル、フラリスたちが普通に受け入れてくれていたから。


「私のこの髪や目を見れば皆そういう反応するもの」


なだめるようにアリエに言えば、アリエの怒りはさらに増す。


「私は違うわ!」


「うん。知ってるよ」


店員の態度に傷つかないわけではなかった。けれどアリエがこんなにも怒ってくれるとは思わず、傷ついたことすら忘れてしまうくらい嬉しくなる。


「……なんでウィンは笑ってるのよ!」


しばらくして店員が戻ってくるとアリエはそれをひったくるように奪い取り、お金を乱暴に渡した。買ったハンドクリームを渡されると、トウィンカの背を押して店の外へ出されてしまった。

乱暴に扉が閉まり、少し歩いたところでアリエが背を押す力が弱くなる。


「買い物はよかったの?」


「いいのよ、あんなところで買いたくないもの……」


先ほどまでの怒った勢いはどうしたのか、今はまるで失敗して今にも泣きそうな子供のような表情をしている。トウィンカは微苦笑して、空いている方の手でアリエの手と繋いだ。


「私、嬉しかった。アリエがあんなにも怒ってくれて」


「当たり前よ。私たち友達だもの」


「うん。だから嬉しかったの。初めての友達がこんなにも私のことで怒ってくれたから。だからね、今日はもう帰ろう?」


アリエも本当はこんなことになるとは思っていなかったに違いない。アリエに申し訳ない気持ちになったトウィンカは城へ帰ることを促す。けれどアリエはそれに首を横に振った。


「アリエ?」


「ウィンの初めての街がこんな気持ちで終わるなんて嫌よ」


「え、でも」


そう言ってくれるのは嬉しいが、アリエにつらい気持ちにさせるのはもっと嫌だ。トウィンカは考えを巡らせるように辺りを見回す。雑貨屋の位置が静かなところにあったせいか、通り過ぎる人は少ない。それでもたまに横を通り過ぎる人のほとんどがトウィンカと目が合えば、視線を逸らしていった。そのたびに起こる胸の痛みを無視して、必死に何かないかと探すと歩いてすぐのところにワゴンを引いて、何かを売り歩いている人を見つけた。目を凝らしてワゴンについている旗の文字を読めば、そこにはマカロンと書いてある。


「ねぇ、アリエ。マカロンって知ってる?」


「当たり前じゃない。小さくていろどりが豊富で可愛いお菓子のことよ」


「私ね、食べたことないの。食べてみたいな」


私はアリエにワゴンを指し示す。するとアリエはすぐ買ってくると言って走ってワゴンまでいった。そして紙袋に大量のマカロンを入れて帰ってくる。


「すごい量」


「当たり前でしょ。ほら、食べるわよ」


アリエに口の中に一つ入れられ、ゆっくりと噛んでみる。

初めて感じる食感と、味に驚き目を見開いた。


「おいしい」


思わず笑顔になってしまうほどにおいしかった。サクっとした感触のあとになめらかなクリームが口の中でとろける。これならいくらでも食べてしまいそうだ。アリエがこれだけ買ってきたのも頷ける。ただ、二人で食べきれる量ではないが。


「ねぇアリエ。今日は楽しかった。本屋さんや雑貨屋さんには初めて入ったし、街もこうして歩けた。マカロンっていうおいしいお菓子も食べたもの。だから、帰ろう?」


「……うん」


アリエはまだ少し納得していないみたいだったが、なぜかトウィンカの顔を見るなりため息をついて頷いた。


(なぜ……)


そこだけは少し疑問が残ったまま、トウィンカたちはマカロンを食べながら城まで歩いた。

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