表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人造人間とカスミソウ  作者: 天猫紅楼
9/29

精神体に届いた声

 男の眉がピクリと動いた。

 背筋を伸ばして姿勢良く椅子に座り、真っ白い髪の毛は綺麗にうなじから耳の辺りで切り揃えられていて、清潔感にあふれている。 無表情の白いその顔は透き通るようで、分厚いヘッドフォンをしてコンピューターの画面を冷ややかに見つめるその瞳は、銀色に輝いていた。

 

「どうした、ナーヴァッド?」

 

 丁度通りかかった別の男が、コーヒーカップを片手に穏やかな声をかけた。

 彼もまた、ぱりっと糊の利いた紺色のスーツを来て、精悍な風貌だ。 ナーヴァッドと呼ばれたマスターシェージは、笑わない瞳で少し口角を上げ、視線は画面の中にとどまらせたまま

「また、ネズミが入り込んだようです」

と抑揚の無い口調で答えた。 スーツの男はそばの机に腰を下ろして細長い脚を組んだ。

「またか。 最近多いな。 それが片付いたら、アドレスやパスワードを変えておけ」

「私は楽しいですが」

「何?」

 静かな口調ながら、スーツの男の頬がぴくりと動いた。 ナーヴァッドはそれに気付いたようだったが、それでも慌てた様子もなく

「了解」

と答え直した。 スーツの男はそれを軽蔑した目で見下ろし

「仕事は遊びでやるもんじゃないぞ。 だいたいお前はこっちに意識を残したままでもう一つの意識を飛ばせるというから買ってやったんだ。 このコンピューターの門番はお前だ。 お前にこの会社の機密事項を任せていることを忘れるな。 変な真似をすれば、破壊するからな!」

と冷たく罵倒した。 それには答えず、ナーヴァッドはわずかに微笑みを讃えた表情で、淡々と指先を動かした。

 

 

 

 ――

 

 

 

 ウィルの足元に深々と穴が開いてショウウィーの踵がめりこんでいた。 細長いハイヒールの踵は、刺されば肉片をたやすく叩き切るだろう。

「外したか!」

 ちっと舌打ちをしながら抜き去ろうとしたショウウィーの脚に、ウィルが素早く腕を伸ばして捕まえた。

「なっ! 何を?」

 慌てるショウウィーを睨み付け、ウィルは脚にしがみついたままで、勢いよく体を横にひねった。

「ぎゃあああっ!」

 慌ててウィルの腕から逃げ出したショウウィーは、床に転がって痛みに身をよじっていた。

「足が……アタシの足がぁぁっ!」

 そう言いながら膝を抱えるショウウィーの右足は、膝から下がねじれて、あらぬ方向を向いていた。

 ウィルはゆっくりと立ち上がって、しばらくショウウィーが動けないのを確かめると、もう一度周りをぐるりと見渡した。

 黒髪をかきあげて、ウィルはジャンプした。 そしてあらかじめインプットされていた一つの部屋フォルダの前までふわりと辿り着くと、そのノブに手を掛けた。

 その途端、

 

 

  バリバリバリィッ!

 

 

 激しい破裂音とともに、まばゆい光がウィルを包んだ。 声もなく床に落ちるウィルの身体。

「ちゃんとそんなことにも対応してるわよ! ホント、チョコザイなガキ! どうやら、手を抜くことはなさそうね」

 舌で唇を舐めながらウィルに近づくショウウィーの脚は、すでに綺麗に修復されていた。 本体であるナーヴァッドが自分で治したのだ。

 ショウウィーはうつぶせで倒れているウィルの首元を踏み付けると、体重をかけた。

「ぐっ……」

 苦しそうにうめき声を上げるウィル。 それでも黒く焦げた手をショウウィーの脚に伸ばすと、それを蹴り上げられて、今度はその手が踏みつけられた。

「あああっっ!」

「ふふ……アナタはもうただでは帰れない。 ううん。帰さない。 ここで消滅しなさい!」

 槍の様に尖ったヒールの先で容赦なく脇腹を蹴り上げられ、ウィルの体は木の葉のように宙を舞った。

 

 

 

 ――

 

 

 

「な、なぁ、遅くねえか?」

 怪訝な顔で言うエバに、レンドが額に汗をにじませながら唇をかんだ。

 その目は、さっきからコンピューターの画面から離れない。 指先がカタカタとボードを打つ。 コンピューターが苦手なエバにでも、今普通ではない状態なことは容易に分かった。

「レンド! 何か返事しろよ!」

 エバの焦った声が、小さな部屋に響く。 キンと張り詰めた空気が、二人を包み込んでいた。 エバの腕の中のウィルは、ヘッドフォンを頭にはめたままで眠るように息をしている。

「ウィル……」

 エバは張り詰めた顔で見つめていたかと思うと、そっとソファにウィルを寝かせ、立ち上がるとレンドの肩ごしに画面に向かって叫んだ。

「ウィルっ! 聞こえるかっ?」

「ばっ、馬鹿! 声出したって聞こえないよ! 文字を打たなきゃ! それに今は相手のコンピューターの中だ。 むやみに交信すると、こっちの場所がばれてしまう!」

「構うもんかよ! 来るなら来ればいい! 返り討ちにしてやるよ! こら、ウィルっ!」

 驚くレンドを尻目に、がむしゃらにボードを叩きながら、エバは再び叫んだ。

「聞こえるかっ、ウィル? 絶対帰ってこい! 帰ってきたら、アンティークカフェのケーキをたらふく食わしてやる! だから、必ず戻ってこい!」

 

 

「はっ!」

 宙を舞うウィルの目が見開かれた。

「エ……バ……!」

 そう呟くと、同時にウィルの体は器用にくねり、床に着地した。 そして振り返ると、痛みに耐えながら素早くショウウィーに向かって突進した。

「ま、まだ懲りないのっ?」

 ショウウィーがひるむ間もなくその懐に入ったウィルは、下からそのアゴに掌底ショウテイを叩き込んだ。

「ぎゃあっ!」

 口の中を切ったのか、赤い飛沫を飛び散らせながらのけぞった。 ウィルは間髪入れずにその首に腕を引っ掛けると身を躍らせて体重を乗せ、勢い付けてショウウィーの後頭部を床に打ち付けた。

「ガフッ!」

「レンド! 銃を転送してください!」

 《了解!》

 張り詰めた緊張から開放されたレンドの声と共に、ウィルの手の平に一丁のリボルバー式銃が握られた。 電波を飛ばして具現化した銃だ。

 ウィルはその銃口をショウウィーの額に定めると、素早く撃鉄を引いた。 冷たい銀色の瞳で見つめるウィルに、ショウウィーはあおむけに寝転んだまま穏やかな顔で言った。

「もうとどめは刺されてるわ。 アタシの回路は破壊された。 もうすぐこの部屋はフリーズされて真っ暗になるわ。 欲しいものがあるなら、持っていきなさい」

「自分の仕事を、放棄するということですか?」

 ショウウィーは無言であり、同時にそれは認めたという意味に取れた。 目を細めるショウウィーの頭部の周りに、幾つもの火花が散っていた。 ショウウィーは覇気の無い声で尋ねた。

「ねえ、アナタの名前は?」

「ウィル」

「ウィル……そう……【意志】の強い子ね……アタシの本当の名前はナーヴァッドよ。 ねぇウィル……さっきの声は?」

 エバの、コンピューターの常識を超えた声は、ショウウィーにも届いていたのだ。 ウィルは銃口を向けたまま答えた。

「私のマスターです」

 淡々と答えるウィルにショウウィーは、ふっと自虐的に笑った。

「羨ましいわ……あんなに熱のこもった声で名前を呼ばれたことなんて無かったもの。 アナタ、いいマスターに巡り合ったわね」

 ウィルは微動だにしなかった。 むしろ、少し首を傾げていた。

「大切になさい……」

 次第に小さくなっていくショウウィーの声。

 一方、コンピューターの前のナーヴァッドはボードから手を離し、静かに腕を垂らした。 その顔にはわずかに、穏やかな微笑みが浮かんでいた。

 

 

「…………」

 ウィルはおもむろに銃口を上げ、さっき触れようとした部屋フォルダのノブに向けると、一発放った。 乾いた破裂音と共に一筋の光の筋を放ちながら弾丸は見事に扉のノブに当たり、破壊した。

 バタンと開け放たれた扉を見上げながら

「ロック解除完了!」

と報告した。

 

 

 

「すげー! ウィル、やった!」

 嬉しそうな声でボードを叩き、処理をしていくレンド。 その横からウィルの体を抱えたエバが急き立てた。

「おいっ! ウィルはっ!」

 レンドの肩を掴んで体を揺らすエバの膝の上で、ウィルの体が一度だけかすかに動いた。

「ウィル? 戻ってきたのかっ?」

 エバが呼びかけるように言うと、ウィルの目蓋がわずかに動き、そしてゆっくりと開いた。 銀色の瞳が、次第に漆黒になっていく。

「エバ……」

 無表情なウィルの声に、エバはホッと肩を下ろすと安どの表情を見せた。

「ウィル。 よく戻ってきたな」

「エバ……約束……」

「何だ?」

「アンティークカフェのケーキ」

 その途端、エバは腹の底から笑った。 心底安心した笑いだった。

 その横でレンドが、作業中の指先を止めた。

『あの声が聞こえたのか? まさか……』

 驚きながらウィルの顔を見ると、その頬はわずかに緩んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ