vs ショウウィー
ウィルは高速で電波の中を飛んでいた。
精神だけがコンピューターの中に入り込み、目当ての場所へとたどり着くために飛んでいく。
そしてウィルの精神体は、暗闇の中でいくつもの入り組んだ光の筋を滑る様に飛び、一本の光の道へと降り立った。
≪ウィル、このまま道なりに進むんだ≫
「了解」
今の相棒であるレンドの言葉が、電子化されてウィルの意識の中に届いてきた。 ウィルは言われた通りに光の道を滑っていく。 その瞳は銀色に光り輝き、暗闇の中を光の帯に沿って不気味に揺れている。
ウィルの目的は、脱税を繰り返している文具会社【パピニシティー】のコンピューターに入り込み、問題のデータのロックを解いてレンドに開放すること。
やがて光の道が終点を迎え、光に包まれた部屋が見えてきた。
「あれは……」
部屋の扉の前には、二体の門番が両脇に立っていた。 ウィルス対策のソフトだろう。 ウィルの目には、鋭い角を持った二本足で立つ牛の様に見えた。 門番はウィルに気付くと、持っていた槍を同時に構え、一直線に襲い掛かってきた。
ウィルはそれを軽々と避け、軽く角を蹴り上げて扉の前に降り立つと、そのまま部屋の中へと入っていった。
そこは小さな扉が壁一杯にある、眩い光に包まれた部屋。 目的の会社パピニシティーのコンピューターの中だ。 扉を開けるとそのひとつひとつに、区分けされた資料が山の様に入っているはずだ。 その中には、目当ての【掃除しなくてはならない部屋】もある。
ウィルの銀色の瞳がぐるりと扉を眺めた。 レンドが送ってきた情報で、その扉はすぐに見つかった。
「あそこか……」
すぐに向かおうとしたウィルの前に、ひとつの影が降り立った。
「あらあら泥棒さん、ようこそ! いらっしゃぁい!」
細身の体に、幾何学模様が施された蛍光ピンク色の全身タイツ。 少し吊り目の瞼には、濃いピンクのアイライン、頬には赤いチーク、そしてパープルのリップ。 耳には、眩いばかりの大きなリングのピアスが揺れている。 その口角を吊り上げて、天高く固められたピンク色の髪の毛をそっと指先でなぞった。 その爪にも、ピンクやオレンジのマニキュアが綺麗に塗られている。
思わず身構えるウィル。 黒髪が頬を撫でた。 前髪から覗く銀色の瞳が、強い眼光を放っている。
「よく居るのよねぇ。 アタシんとこの財宝を狙ってくる奴らが! なんかね、彼らはダツゼイがどうのって言ってるけど、アタシには関係ないのよ。 アタシの仕事は、ここを守ることだから」
腰をくねらせながら、かなり高いヒールのかかとをこつこつ響かせて、ウィルの前を歩く。
「その銀色の瞳、あなたもマスターシェージ?」
そう言うその瞳はウィルとは違い、濃い青色の瞳をしていた。
「あなたはマスターシェージではないの?」
ウィルは警戒しながら尋ねた。 すると相手は、眉をしかめて身体を仰け反らせた。
「あらぁ、アタシ、女には興味無いのよぉ! だから名乗る必要はないわ。 とにかく、今すぐ帰ってくれればアタシは追わない。 あなたの身の保障もするわ。 どう? 帰る気になった?」
「私は仕事を全うする。 それが私の存在意義」
「ここに来る奴らって、みぃんな、そう言うのよね~。 可愛い男の子なら喜んでアタシのコレクションに加えたけど、あなたみたいに地味ぃなしょぼぉーいオンナになんて、触れたくもないのよねぇ~、困ったわぁ~~」
さも困った顔で腰をくねらせる仕草に、ウィルの頬が痙攣した。
「ピンクのオカマさん、ちょっと黙ってくれる?」
「なぁんですってぇぇ~~?」
いきなり、ピンクのオカマの吊り目が一際吊りあがった。
「アタシの名前はショウウィーよ! あんたみたいなチョコザイなガキのマスターシェージとは格が違うのよ! 思い知りなさいっ!」
甲高くひっくり返った声で自ら名乗ったピンクのオカマ:ショウウィーは、怒り心頭の形相でウィルに襲い掛かった。 次々と繰り出される拳と蹴りに、ウィルは戸惑った。
『速い!』
いくらホームリングとはいえ、あまりに場慣れしているショウウィーに、今日初めて意識を飛ばしたばかりのウィルの体はまだ、完全にその動きに対応できていなかった。 かろうじて受け流しながらも、ウィルは次第に追い詰められていった。 そして一瞬の隙をついたショウウィーの蹴りがウィルのみぞおちに入ると、その体は弾丸のように吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「うぅっ……ゴホッ!」
咳き込んだ途端、ウィルの唇から赤い飛沫が飛んだ。 精神体とはいえ、痛みと苦しみは感じる。 ウィルは重く熱い痛みを感じる腹を押さえながら身体を起こし、フラフラと片膝をついた。 ショウウィーは冷たく見下ろしながら、その傍らに立った。
「いい加減に帰ったら? で、ご主人様にこういうのよ『あの会社に立ち入ることは、やめたほうが良いです。 私では歯が立ちません』とね」
ウィルは睨み返した。
「聞かなかったことにしてあげます」
「はぁ?」
「私は、任務を遂行する。 それだけです」
「……懲りないガキねえ」
ショウウィーは呆れた顔で肩をすくめると、両手を合わせて指の関節を鳴らした。
「そうまで死にたいなら、お望みどおりにしてあげるわ。 アタシを恨まないことね! アタシはアタシの仕事を遂行するだけだから!」
ショウウィーはにやりと微笑みながら高速で細長い足を天高く上げると、一気にウィルの頭上に振り下ろした。