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人造人間とカスミソウ  作者: 天猫紅楼
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新しい仕事

 数日後の昼下がり、すっかり傷が治ったウィルは、何事も無かったかのようにキッチンで料理の腕を奮っていた。 マスターシェージの回復力も人間の能力を上回るものなのだ。 それはすぐに任務を遂行出来るように施されている、もはや人体を超えた能力のひとつだった。

「まだ――?」

とリビングから急かす声を出したのは、エバだった。 そしてその横には、美人な女性が座っていた。

「いいの? 妹さんに料理なんて作ってもらっちゃって?」

「エリースちゃん! いーのいーの! ウィルは料理の腕、絶品なんだから! 食って損はさせないよ! ホント、当たりだった!」

「当たり?」

「えっ、いや、えっと、料理が出来る妹って、すごく助かるんだよ! あははは!」

 笑ってごまかすエバに背を向けながら、ウィルは少しだけ頬を引きつらせていた。 エバの生活のリズムや流れや雰囲気がウィルにも伝わり、少し前のようなギスギスした気遣いも無くなっていた。

 特に、エバがナンパに成功して事務所兼自宅に連れ込んできた女の子には、ウィルは妹だと伝えている。 それに合わせるのも、ウィルの仕事のようなものだった。

 ウィルはトレイに料理の乗ったたくさんのお皿を載せ、それを両手にひとつずつ持って現れた。 エリースは目を丸くした。

「す……すごく力持ちなのね……」

「あ、あぁーーそうなんだ。 仕事柄、鍛えてるからね! ほら、俺も負けてないぜ!」

と袖をまくって力こぶを見せる前に、ウィルは淡々と皿を並べていく。 同時に、美味しそうな匂いがエバとエリースの鼻をくすぐっていく。 二人分の料理を並べ終わると、ウィルは

「どーぞ、ごゆっくり」

と出来るだけ柔らかい口調で告げて、奥へと引っ込んでいった。 それに気付いたエバが声を掛けた。

「ウィル! 一緒に食べようぜ!」

「いえ、私は……」

 断ろうとするウィルに、エバは笑ってとんとん、と自分の前のテーブルを叩いた。 ウィルもマスターの命令には逆らえない。

「では……」

 渋々エプロンを外し、自分の分の料理を皿に盛り、席に着いたウィル。 少し戸惑った様子の彼女に、エリースが声を掛けた。

「ウィルちゃん、ありがとう」

 にっこりと微笑むエリース。 ブロンドの髪の毛が緩いウェーブを描き、両側に緩くまとめられている。 細面の顔に、細い目が垂れ気味に微笑んでいる。 エバは彼女と今日知り合ったという。

「いえ。 お口に合うかどうか分かりませんが」

と答えるウィルの前で、エバは

「いただきまぁす!」

とパンっと手を合わせた。 エリースはその様子を見つめてクスリと笑った。

「ん? どうした?」

「いえ、なんだか、可愛らしいなぁって思って」

「えっ?」

「今どき、食事の前に手を合わせて『いただきます』なんて、誰も言わないわよ」

「えっ? そうなの?」

「きっと、良い所の御坊ちゃんなのね?」

 エリースが目を細めて微笑むと、途端にエバは頬を赤くして頭を振った。

「そんなんじゃねーよ! ごく普通の家の育ちだぜ! むしろ貧乏だった!」

「そうなの? でも、悪いことじゃないわ。 大切なことだものね。 ウィルちゃん、いただきます」

 エバの真似をして、手を合わせて微笑むエリースに、ウィルは戸惑った様子で

「ど、どうぞ」

と答えた。

 そして一口味わったエリースは、感動した様子で驚きの表情をした。

「本当に美味しい! これ、どうやって作ったの?」

「えっと、これは――」

 ウィルはエリースにレシピを教えながら、次第に気持ちが緩んでくるのを感じていた。

『楽しい』

 そんな感覚が、芽生えていた。

 一人増えただけの食卓。 それだけで、こんなにも雰囲気が変わるのだと知ったウィルだった。

 そんな気持ちにも気付かないエバは、ひたすら目の前の料理を堪能していた。

 仲が良さそうに見えたが、エバとエリースはそう長くは続かなかった。

 彼の女好きは、普通の女性には耐え切れないのだろう。 やがてエバはまた街に繰り出し、ナンパに勤しむのであった。

 

 

 

 数日後、エバの事務所を訪れたレンドは、お茶を出すウィルをじっと見つめながら、エバに言った。

「だいぶ表情が豊かになってきたみたいだね」

「そうか? うん、まあ、前よりは表情が柔らかくなってきたかなぁ?」

「人間に近づいてきたってことかな?」

「ふうん? どうだか」

 エバは興味が無い様子で生返事をして、レンドの前に開かれているコンピューターの画面を見つめていた。

「で、今度のヤマは?」

「ん、たいした事件じゃないんだけど、ちょっと気になるんだ。 早めに対処しちゃおうと思ってるんだけど……そこで、ウィルの力が役に立つかどうか、確かめに来たんだ」

「私の?」

 傍らに立っていたウィルは、身をかがめて画面に視線を向けた。 レンドは指先で画面を操作して、一つのフォルダを開いて見せた。

「この会社……見て、ここ」

「あぁ……あれ? 時々売上が跳ね上がってる……しかも同じ取引先なのに、安定していない」

 エバは眉をしかめた。 レンドは小さく頷いた。

「おかしいと思うだろ? この会社は、株式会社パピニシティー。 文具品の卸業者なんだ。 けど、ここまで儲けられるほど、この業界は人気があるわけじゃない。 今はなんでもコンピューターで済ませられる。 学校の授業だって、ほとんどがコンピューターを使ってるし、鉛筆消しゴムなんてのは、美術の時間や、よっぽど好きな人間が使うくらいだ。 ノートだって、一年に一冊使うかどうかだしね」

「ふうん……そういや俺、コンピューターって苦手だったな」

「キミはイニシエの生き物だからな」

「どういう意味だよ?」

 エバはレンドの頭を小突いた。 そしてすでにその話題に飽きたかのように、テーブルの端に転がるボールペンをつまむと、器用に回した。

「どう思う?」

「どうって?」

 エバが首を傾げると、代わりにウィルが答えた。

「裏で何かが動いている」

「その可能性はあるね!」

 レンドは、ご名答、とばかりにウィルにウィンクをした。 その整った顔で微笑まれると、どんな女性でも心が動くという。 だが、ウィルにはその手腕などまるで通じなかった。 ウィルは素直に頷くと、レンドの肩口から腕を伸ばしてコンピューターを操作し、コード番号のページを出した。

「ここから私が入り込む……」

「出来るか?」

 レンドとウィルが意思疎通したように話している傍で、エバはつまらなそうな顔で口を尖らせた。 そしてソファにもたれかかると、コーヒーカップを持ってすすりながら、横目で二人の様子を伺っていた。

「意識を飛ばすということは、私の体はもぬけの殻になります。 もし飛ばした意識が帰って来なければ、私の体はただの肉の塊になり、意識は永遠に電波の中を浮遊し彷徨うことになるでしょう」

 そう呟くように言うウィルに、エバの体が跳ね上がった。

「ちょ、ちょっと待てよ! そんな危険な仕事なのか?」

 レンドが、かったるそうに振り向いた。

「今頃気付いたのか? キミはホントに無頓着だな。 そうだよ。 ウィルの力でうまく解決したとしても、帰って来れなくなる可能性がある。 キミはこの事件に、三年分の稼ぎを捨てられる覚悟はあるか?」

 それは、ウィルを犠牲に出来るかという質問と同じだった。 エバは言葉を失った。

「そんなこと……」

「この報酬は幾らですか?」

 ウィルが抑揚の無い口調で言った。 レンドはあごを押さえて記憶を辿った。

「そうだな。 この会社の脱税を暴くことができれば……五十万アーニーは下らないだろうな」

「取り戻すことが出来るどころか、新しいマスターシェージが買えます」

 ウィルはエバを見て、淡々と答えた。

「お前……」

 エバは驚いたようにウィルを見つめた。 レンドはその様子を、探るような瞳で見つめていた。

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