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人造人間とカスミソウ  作者: 天猫紅楼
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レンド・フォリスン

 ウィルは、エバの一言で本当にすぐに飛んで来た。

「ウィル、来てくれ」

と独り言の様に言うだけでも、その数分後には事務所の扉が開いた。 買い物の途中でも、仕事の途中でも、可能な限りの速さでエバの元に姿を現した。

「もしお急ぎでしたら、そう言い付けてください」

 息を荒げることもなく駆けつけ、淡々とそう言うウィルに、エバは素直に頷いた。

 日を追うたびに、ウィルの能力は少しずつ明らかになっていった。

 前述の通り、聴覚は並外れて良い。 ただし、エバの声だけに反応するらしい。

 そして身体能力――跳躍力が飛びぬけている。 十階建てのビルの屋上までは、あちこちのベランダや屋根などを飛び蹴りながら数秒で上れる。 同時に機敏さもあいまって、多少の銃撃戦でもすり抜けられると確信出来るものだった。 ただしこの能力は、一般人の前では発揮出来ないことになっている。 それもマスターの命令の範囲内、という事にはなるが。

 

 

 実際この時代では、街のあちこちで突然繰り広げられる銃撃戦に、一般住民達は怯えている。

 エバとウィルの二人も、今さっき銃撃戦を片付けてきたばかりだ。 今回は、小さな反体制団体が意見の食い違いで起こした些細な事件だったが、それでも飛び道具を放っておくわけにはいかない。

 ウィルはいとも簡単にそれぞれの持つ銃器を蹴り落としつつ、見事静かに事を治めた。 エバはそれを少し遠目から眺めていただけに過ぎなかった。

 ウィルが能力を発する直前、エバが初めてウィルと対面した時に見た銀色の瞳を蘇らせる。 それが、自身の力を解放するきっかけなのだ。 かと言って、怒りを昂らせるわけではないので、正気を失うことはない。 あくまで終始冷静に行動する。

 むしろエバが居なくても、一人で事件解決出来るように思えた。

 エバは少し遠い場所から見守っているだけでいいのだから。

「よくやった、ウィル!」

 息を荒げる様子も無く戻ってきたウィルに労いの言葉を掛けて、エバはにこりと笑った。 それに対して微笑み返すことはしない。 ウィルは当たり前の様に仕事を終え、当たり前の様にエバの前に戻ってくるのだ。 まるで投げたボールを拾いくわえて、飼い主のもとへ運んでくるような、そんな従順な行動だ。

「今日の仕事はこれで終わりだ。 後始末はレンドに任せよう。 ウィルは事務所に帰っていい。 俺はこれからナンパしてくるから」

「はい」

 ウィルに反論の雰囲気は無かった。

 素直に事務所へと帰っていく後ろ姿を見送ったエバは、うーーん、と背伸びをして踵を返した。

 これから街へ繰り出し、女の子の尻を追い掛け回すのだ。 それがエバの生活の中で、どんな贅沢な食事を前にするよりも最大の楽しみだった。 エバの女好きは、ここら辺りの情報屋の間では有名な話だった。 今日も街のあちこちで、女性の小さな悲鳴と、エバがビンタされる乾いた音が響くのだろう。

 

 

 

 ――

 

≪エバ! いくらマスターシェージを手に入れたからって、そうあからさまに公共の物を壊すんじゃないよ!≫

 

 文句たらたらな言葉が、電子的に加工された声でスピーカーから響いた。 エバは指先を耳の穴に突っ込んで塞ぐと、顔を歪ませた。

「そんなちっせぇこと言うなよなー」

≪小さい話ならこんなにクドクド文句垂れないよ! いいかい! キミの起こした損害は、ボクが動かなきゃここまで安くならないんだからね! 保険とか裏のコネとか使って親身に動いてあげてるんだから! エバ、分かって――≫

「はいはい! 分かってますよ! 今俺がこうして探偵業を営んでいられるのも、全てレンド・フォリスン様のおかげです! 感謝してるぜ~! 今度、酒おごるからよ!」

≪ったく……! 酒よりは珈琲の方が良いんだけどな。 その代わり、もう大きな後始末はさせないでくれよ!≫

「はいはーい! んじゃね~~!」

 エバは余韻も残さずに通信をブチッと切った。

 

 レンド・フォリスンは、警察官時代のエバのパートナーだった。 何かにつけて文句は言うが、仕事は真面目に最後までこなすため、いつもいい加減に過ごしているエバにはうってつけの相棒だった。 今では退職して探偵業を営んでいるエバに、警察内部では処理しきれない【いち警官には処理できない事件】を流している。 それを解決すればレンドの格は上がり、同時にエバの評判も上がるという、一石二鳥の流れが出来上がっている。 なにしろレンドの情報網とコネは強く複雑で、世界がひっくり返るような事件を起こしても何とかなりそうな自信をエバが勝手に持っているくらいだった。

 それにレンドのハッカー能力は世界中でも群を抜いていて、警察内部にも彼に一目置く上司がたくさん居るのだ。

 今の会話も、公共の電波なら盗聴されたら今後の活動に支障が起こる内容だったにも関わらず、レンドとエバはごく普通の友達同士の会話の様に話していた。 そもそも、【マスターシェージ】という言葉自体、世間に流れてはいけない言葉なのだ。 だがこれも、レンドの一つの手腕だった。

 そんなレンドに、エバは改めて手を合わせて感謝の念を送った。

 その後ろで、静かにウィルが見つめていた。

 視線に気付いたエバは、振り向いた。

「なんだよ?」

「少し、暴れすぎたのでしょうか?」

 ウィルはわずかに眉を寄せて、心配そうに尋ねた。 エバはその肩をポンと叩くと

「心配しない! そういうことは、俺に任せておけって! お前は自分のやりたいように事件を解決してくれればいい! 後始末は気にするな。 なっ!」

と笑顔を見せた。 それをじっと見つめるウィル。

 エバは、普段は思い切り遊び歩いているが、仕事にたいしては真面目に向かい合っている。 たまに、どこからとも無く情報を手に入れてくるのは、彼もまたそういう情報網をどこかで作り上げているのだろう。

 

 ぐったりとソファにもたれかかったエバはお腹を押さえ、明るい声で言った。

「それよりさー、腹減ったんだけど!」

「今日は外食では?」

 ウィルは小さく首を傾げた。 するとエバは泣きそうに眉を寄せた。

「なんか、気がついたら小遣いがなくなっててさー! 女の子に奢ってあげる余裕が無くなっちゃったんだよねー」

 エバはソファに倒れこんで思い切り伸びをすると、甘えるようにうつぶせになって、クッションを抱きしめた。 そしてウィルとチラッと見ると、恨めしそうに呟いた。

「マスターシェージは女の子じゃないしな――」

「そうですね」

 ウィルは気にしない表情で踵を返すと、キッチンに立った。 後ろ手にエプロンの紐を結ぶと、冷蔵庫の中を探った。

 その様子を見つめながら、エバはソファから勢いよく立ち上がると

「じゃ、俺、ちょっとトレーニングしてくるから。 出来たら呼んで!」

とタオルを片手に部屋を出て行った。 しばらくすると、隣の部屋で金属の擦れあう音が響いてきた。

 ウィルはそれをBGMにしながら、野菜をいくつか取り出すと包丁を手にした。

 

 やがて美味しそうな匂いが漂い始めた頃、エバが戻ってきた。 ウィルが計算して丁度出来上がるように調整したのか。 それは、ウィルの表情を見ても分からないことだった。 ウィルはいつも無表情だからだ。 しかしそこに冷たさは無く、どこか柔らかな印象を与える、不思議な表情をしていた。

 しっかりシャワーを浴びて汗を洗い流し、タオルを頭から被っての登場に合わせるように、ウィルは皿に盛った料理を淡々とテーブルに並べていた。

「お、ちょうど出来上がったところ? うわぁ! 美味そう!」

 エバは並べられた料理に釘付けのまま椅子に座り

「いただきまぁーす!」

と、まるで子供の様に手を合わせ、目の前のハンバーグにさっくりとフォークとナイフを突き刺した。 そしてサクサクと切り分けて口に運んだ途端、エバの頬が緩んだ。

「うんまい!」

 がつがつと食を進めるエバの斜め前に立ち、ウィルは抑揚の無い声で、今日のメニューを言った。

「手作りハンバーグのデミグラスソースかけ、新鮮野菜とわかめのサラダ、きんぴらごぼう」

 洋風の中に何故和風かと言う概念も、この時代には全く関係なかった。

 マスターシェージが世の中を混乱に陥れたのと同時に、世界の人種がかき混ぜられた。 その性で、各地の文化は時間が経つほどにブレンドされ、言語だけでなく教育も味覚も嗅覚さえも異変を異変と捉えられなくなった。 いやおうなく訪れた環境の変化が、人間の価値観さえもおかしくした。

 その価値観の違いを押し付けるかのように、あちこちで紛争を起こしたり、街中で突然銃撃戦を繰り広げたりすることになったのだ。

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