最高のパートナー
二人は事務所へと帰って行った。
研究所に残っていたレンドは、エバが落としたウィルの手紙を拾って見つめていた。
「【ありがとう。 幸せでした】……か」
レンドは微笑みを浮かべながら
「また研究のやり直しだな」
とため息をつきながら、完敗の表情で髪の毛をかき上げた。
夜明けに包まれる街の中を、エバとウィルは並んで歩いていた。 近すぎず、遠すぎず、丁度良い距離を保ちながら歩く二人を、どこか穏やかな雰囲気が包んでいた。
エバがのんびりとした口調で言った。
「アンティークカフェのモーニング、行くか?」
「はい」
ウィルはとても柔らかな口調で答えた。
すると並んで歩いていたウィルが、何かに気付いて足を止めた。
「どうした?」
エバも足を止めて振り返ると、ウィルは一軒の生花店の窓をのぞきこんでいた。 エバが近づくと、ウィルは少し首を傾げてしげしげと見つめていた花を指差した。
「あの花は何というのですか?」
「あれ? あの赤い色の花か? カーネーション、だったかな?」
「そうではなく、その周りにある、白い小さな花の名前です」
「あれは確か……カスミソウ」
花に詳しくないエバでも、女の子にプレゼントするときに必要な知識は持っているつもりだった。 ウィルはウィンドウに飾られているその造花をしげしげと見つめた後、エバを見上げた。
「エバ。 私はカスミソウのようになります」
「カスミソウ?」
ウィルはしっかりと頷いた。
「エバは、カーネーションです」
そう言って赤い花を指し示すと、エバは照れたように頬を指先で引っかいた。
「俺は……カーネーションじゃなくて、バラがいいな」
と呟くと、ウィルは小さく首を傾げてしばらく考えた後
「エバがどんな花でも、私は引き立たせる事ができます」
と、自慢げに言った。
エバはにっこりと笑って、ウィルの頭に手を乗せた。
「そうか。 じゃ、頼むわ」
「はい」
二人はまた、夜明けの街を歩き始めた。
涼しい風がビルの隙間を抜けていく。
裏通りでは、銀色の瞳が身を隠しながら人間の一歩後ろを歩いている。
そんな社会の表側で、人々が平和で穏やかに過ごせるように、エバたちはこれからも街の掃除屋を続けていく。
そこに何の不安も悩みも無い。
最高のパートナーを見つけたのだから。
数日後――
エバの事務所の扉が勢いよく開けられた。
飛び込んできたのは、シィナだった。
「シ……シィナ? どうしたんだ?」
驚くエバに、シィナは怒り心頭の表情で、背中に担いでいた大きな鞄を床に投げ落とし、息を荒げながら言った。
「パパったら、失敗したマスターシェージをどうしたと思う? あっさり処分したっていうのよ! もうあたし、愛想を尽かして出てきたわ! ホント、信じられない! 今日からここに住むから! パパが来ても『知らない』って言って!」
「はあっ? いきなり来て、何を言ってんだっ?」
そう言いながら、エバはキッチンから覗くウィルと目を合わせた。 ウィルもまた、状況を把握出来ずに戸惑った表情をしている。
シィナは構わずにソファに座り込み、居直る雰囲気を見せていた。
「お……おい、シィナ?」
エバは戸惑いながら、シィナに考え直すように説得しようとした時、再び扉が開かれた。
「今度は何だよ?」
エバが顔を上げると、今度はレンドがつかつかと入ってきて、ウィルと、キッチンカウンター越しに向かい合った。 そして
「ウィル! キミの生態はやっぱり不思議なんだ! 是非ボクたちの研究の手助けをして欲しい! 今すぐ来てくれないか?」
といきなり真面目な顔で言った。
あっけに取られているウィルの前で、エバがレンドの頭を容赦なく叩いた。
「お前、人の相棒を口説くんじゃねーよ!」
「報酬なら幾らでも払うからさあ! 頼むよ!」
痛みを堪えながらレンドが振り返り、エバに訴えた。 だがエバはそれには答えずに、ウィルの腕を掴むとキッチンから引っ張り出した。
「エバ?」
されるがままにエバに付いていくウィル。
やがて事務所を出ていく二人に、後ろからシィナとレンドが何か呼びかけている。
エバはウィルの腕を掴んだまま言った。
「逃げるぞ、ウィル!」
「はい!」
フリルの付いたエプロンを翻しながら、ウィルはエバと共に走り始めた。
その顔には、とても楽しそうな笑顔が浮かんでいた。
二人が居なくなった事務所の中央にあるテーブルには、赤いバラと白いカスミソウが仲良く寄り添いながら花瓶に活けられ、窓から差し込む太陽の光とそよ風に、穏やかに揺れていた。




