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人造人間とカスミソウ  作者: 天猫紅楼
27/29

私は、病気なのです

 ある日、レンドのもとに

「面会をしたいという人が来た」

と連絡があり、部屋に通した。 その相手は意外な人物だった。

 

「ウィル! どうしたんだ?」

 

 レンドに面会を希望していたのはウィルだった。 レンドは驚いて立ち上がり、ウィルに近づいた。 まだ包帯の取れない場所はあったが、だいぶ完治に近づいている。 歩くのもだいぶスムーズになっていた。

「呼んでくれれば、ボクが行ったのに! どこか具合が悪いの?」

 するとウィルは、レンドにすがるような瞳をした。

「私を、診てほしいのです」

「診てって……二日置き位で、怪我の様子を見に行ってるだろ? それじゃあ足りないのか? そりゃあ、研究の為にはキミを毎日でも診ていたいけどね」

 レンドのからかい口調にも、ウィルは無反応で続けた。

「私は病気なのです」

「えっ?」

 レンドはまた驚いたが、とにかく落ち着こう、とウィルを椅子に座らせた。

「で、どこが悪いの?」

「…………」

 レンドの問いに、ウィルは自分の胸の辺りをそっと押さえた。

「胸? 心臓かな……」

 少し怪訝な表情でぶつぶつ言いながら、レンドは書類にメモ書きをした。 その様子を見つめながら、

「今は大丈夫です」

とウィルは呟いた。

「え? どういう事?」

 顔を上げるレンドに、ウィルは少し首を傾げながらもう一度

「今は大丈夫なのです」

と繰り返した。 レンドは体ごとウィルと向かい合うと、その表情を見つめた。

「どんな時に痛む? まだ激しい動きはしていないよね? 仕事には連れ出すなって、エバにはきつく言ってあるから」

 ウィルは頷いた。

「その痛む胸の事、エバには言った?」

 そう言ったとき、胸に当てていたウィルの手の平がきゅっと握られた。

「言ってないの?」

 レンドがウィルの顔を覗き込むと、ウィルはなおも苦しそうに俯いた。 レンドは顎を付いてため息を吐いた。

「ウィル、エバはキミのマスターなんだよ。 本来なら、ボクより先に報告しなきゃ」

「でも……」

 ウィルは瞳を揺らした。

「私が病気だと知ったら、エバは私をパートナーとして傍に置かないかもしれません……それは、嫌なのです」

「え?」

 レンドは顔を上げてウィルの顔をまじまじと見つめた。 マスターシェージはマスターを選べないと最初からプログラミングされているものだから、ウィルの今の発言は、本来あってはならないことだったからだ。

『ウィルはエバのパートナーを、自ら志願しているということか? まさか……』

 ウィルは姿勢を正し、レンドをまっすぐ見つめると、改めて話しはじめた。

「私はスライの前で自ら爆弾をセットし、起動させました。 本当ならそこで私の体はばらばらになり、再起不能になるはずでした。 でも私はそれで良かった。 私は、ずっと悩んでいました。 今まで何十人という同胞をこの手で殺し、息耐える姿をこの目で見てきました。 そのたびに心の奥で、罪の意識に苛まれてきました。 そして、私が生きている意味はあるのかと。 確かに私は、マスターシェージとして生まれてきて人間に遣われる身。 人間に逆らうことは出来ませんし、与えられた任務を全うすれば、大きな怪我をしないかぎり、生きていられます」

「ちょ、ちょっと待って! キミは……いや、マスターシェージは、そこまで自我意識があるというのか?」

 レンドの握るペンが、わずかに震えていた。 今までの研究例には無かったからだ。 ウィルの口から飛び出す言葉はどれも、レンドを驚愕させるに充分な力を持っていた。

 ウィルは静かに首を横に振った。

「分かりません。 でも、今まで出会ってきた何人かのマスターシェージは、自分なりの考えを持っているようでした。 あの時も……私が爆弾を起動させた瞬間、スライに付いていた一人のマスターシェージが盾になって、私を爆弾の前から突き飛ばしました。 その時彼が言いました。 『あなたは生きるべきです』と」

「…………」

 レンドはすっかり言葉を無くし、ただウィルの言葉を理解しようと必死だった。

「気が付いたら私はエバに助けられ、生きていました。 そしてエバは、自分の過去の話をしてくれました。 昔飼っていた、ウィルという名前の犬の話でした。 そして、『もう相棒を無くしたくない』と言われた時、私は何と罰当たりなことをしたのだろうと衝撃を受けました」

 ウィルは再び胸を押さえた。

「その後から、私は、病気になったことを知りました。 エバのことを考えようとすると、胸が痛むのです」

 レンドは、目を伏せて懸命に告白をするウィルを前に、息を吐きながら腕組みをした。

「ウィル、もしエバがキミの病気のことを知り、相棒を外すと言われたらどうする?」

 するとウィルは、ばっと顔を上げてレンドに迫る勢いで言った。

「私は! ……私は……エバのパートナーでいたいのです。 だから、レンド、エバに知られないように病気を治してほしい!」

 そう願うウィルには、明らかに表情が現れていた。 悲痛に満ち、瞳は潤んでいた。 レンドはため息を吐いて少し考えるように俯いた後、ウィルを見つめながら言った。

「ウィル、エバが他の女の子と一緒にいるのを見ると、どう思う?」

「……」

 ウィルは再び胸を押さえて俯いた。 レンドは確証を得たように頷いた。

「ウィル、キミは重症だ」

「そうなのですか?」

「リセットを、する必要がある」

「……」

 ウィルは何か漏れそうになった言葉を押さえて息を呑んだ。 そして一度ゆっくりまばたきをして

「構いません。エバのパートナーで居られるなら」

と静かに答えた。

 

 

 ひとまずレンドは、ウィルを帰すことにした。 そして、エバにちゃんと報告をすること。 三日後に迎えに行くと約束をした。

 その後二晩徹夜をして、それまでの研究結果をむさぼるように漁ったが、ウィルが抱えている【病気】の例は、見つけられなかった。

 そして三日後、レンドは夜になってエバの事務所へと足を運んだ。

 扉を開けたレンドに、エバは

「おっ? 今日はどんな仕事を持ってきてくれたんだ?」

と笑った。 ソファに寝そべり、エロ本を片手に相変わらずの能天気な笑顔を浮かべるエバに内心呆れながら、レンドはウィルの姿を探した。

「ウィルは?」

「さっきから部屋に入ったきり出てこねーんだ。 すぐ戻るとは言ってたけどな。 まだ夕食の用意もしてないんだけど、レンドも一緒に食べていけよ!」

「あぁ、ありがとう。 エバ、ウィルから何も聞いてないか?」

「ん? いや別に? 何かあったのか?」

 きょとんとするエバに、レンドは

『やっぱりな……』

と気を落としながら、軽くこめかみを押さえた。

「とにかく、ウィルを呼んでくれ」

 

「私はここです」

 ウィルはすぐに現れた。 そして随分落ち着いた雰囲気で、エバを見つめた。 彼はなんだか違った空気を持つウィルに、少し戸惑った。

「どうしたんだ、ウィル?」

 少しの動揺を含んだエバの声。 レンドは若干の不安を覚えた。 ウィルは扉を閉めじっとエバを見つめたあと、静かな口調で言った。

「エバ……私は今まで、黙っていたことがあります」

「なんだ? 生活費を誤魔化したとか?」

 エバはなんとか空気を和ませようと、少しからかった顔をしたが、ウィルはやはり無表情でそこに立っている。 むしろ、どこか悲しげな雰囲気をしているウィルに、エバは改めてソファに座りなおした。 ウィルは少しだけ息を整え、口を開いた。

「エバ……私は病気です」

「病気だって?」

「そのことで、私はエバに迷惑を掛けまいと、レンドに相談しました。 けれど、レンドはエバに報告しろと。 でも、私は言えませんでした……」

 エバの表情が固くなるのを、レンドは横目で感じた。

「本当は、エバに知られる前に治しておきたかったのです。 けれど、レンドはそれを良しとしませんでした」

「だから今日、ウィルを迎えに来たのか?」

 エバはレンドを睨むような目で見つめた。 レンドは肩をすくめて軽い口調で言った。

「そうだよ。 ウィルがどうしてもって言うからな」

「ちゃんと治るんだろうな?」

 エバの声が低くなった。 それを受けて、レンドは声を押し殺すように答えた。

 

「リセットすれば」

 

 すると突然、エバが立ち上がった。 そしてウィルを横目で見ると

「俺より先に、レンドに相談したんだろ? それで治るなら、そうしたらいい!」

と言い捨てるように言葉を吐くと、レンドの肩口にぶつかりながら部屋を飛び出して行った。

「エバ!」

 ウィルが悲痛な声を出した。 レンドはウィルに手を挙げて制すると、優しく微笑んだ。

「大丈夫だ。 ボクが話をしてくる。 キミはここで待ってて」

 そう言ってエバを追って出て行ったレンド。 一人残されたウィルは、その場に跪いた。 胸を押さえ、うずくまりながら

「痛い……」

と小さく呟いた。

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