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人造人間とカスミソウ  作者: 天猫紅楼
25/29

抱擁

 数時間後、あるホテルの一室には、リビングのソファにエバが座り、まるで落ち着きがなくひたすら爪を噛んでいた。 その向かいには、彼の表情を伺いながらシィナが黙って座っている。 まるでまだエバがマスターシェージの方を選んだことに納得がいかないように、彼女はじっとエバの顔を見つめていた。

 エバは、さっきからずっと貧乏揺すりをしながら扉を気にしていた。 やがてそのノブがかちゃりと動いた瞬間、エバは弾かれるように立ち上がった。

 部屋に入ってきたのは、レンドだった。

「ウィルは?」

 襲い掛かるような勢いで近づき尋ねるエバに、レンドは落ち着いて、とその肩を軽く叩いた。

「大丈夫だよ。 身体中怪我だらけだけど、どれも大したことはないし。 ま、すぐに治るだろうね」

「会えるか?」

「いや、まだ眠ってる。 しばらくそっとしておいてやって」

 レンドは少し疲れた様子でソファに沈み込んだ。 それを見送りながら、エバは素直に礼を言った。

「レンド、ありがとう」

 彼は目をつむったままで、手を軽く挙げてにこりと微笑んだ。

 その時、レンドの携帯電話が鳴り響いた。 彼はとても面倒くさそうに眉をしかめ、ゆっくりと耳に当てた。 そして何言か話した後、かったるそうに身体を起こした。

「ちょっと行ってくる」

「忙しいんだな。 今日は本当に――」

 レンドはエバの言葉をさえぎるように指を出し、

「礼はもういい。 今度、セブンスヘブンの珈琲を奢ってくれよな」

と疲れの滲む顔で微笑むと、静かに部屋を出て行った。

 

「分からない……」

 シィナが呟いた。

「何故そんなにマスターシェージを可愛がるの? アレは使い捨てでしょう? わざわざ助けたりなんかして……おまけに怪我の手当てなんて……考えられないわ……」

 黙って聞いていたエバは、僅かに苦笑した。

「何でだろうな……」

 シィナはちらりと睨んだ。 そこには明らかな疑惑の雰囲気があった。

「エバ、あのマスターシェージが好きなの?」

 エバは、鋭い視線を送るシィナに鼻で笑い、そっぽを向いた。

「そんなんじゃねーよ。 あいつは俺の仕事のパートナーだ。 あいつのサポートとアシストがあってこそ、俺は仕事をこなしていける。 だから、俺はあいつを失いたくない。 それだけだ」

「本当にそうかしら?」

 シィナは顔を背けて、憮然とした態度で肘を付いた。

 

 しばらくの間、無言の時間が部屋を支配した。 二人共、自分の思いを巡らせながら、ただ時間が過ぎるままに過ごしていた。

 階下で車が着いた気配を感じた。

 しばらくすると誰かが部屋のノックをした。

「誰だ?」

 エバは警戒しながら扉に近づき、懐の銃に手を掛けた。 もしかすると、スライの手下がまだ動いているのかもしれない。 そんな懸念を胸に、エバの緊張が高まった。 同時に、シィナにも緊張の空気が伝わっていた。

 すると扉の向こうから

「ボクだよ」

 とかったるそうなレンドの声が聞こえてきた。

「レンド?」

 怪訝な声を返してそっと扉を開くと、そこにはレンドが立っていた。

「仕事で戻ったんじゃないのか?」

「そう、呼び出されたんだ。 彼に――」

 レンドが後ろに気を移すと、もう一人の影が現れた。

「パパ!」

 シィナが驚いて立ち上がった。 レンドの後ろから現れたのは、シィナの父親、ジズカン・フォークニング博士だった。

「な、何しに来たのよ?」

 動揺するシィナに、ジズカンはひどく頬がこけ、やつれた表情で無精髭を揺らしながら口を開いた。 その瞳は、うっすらと潤んでいるようにも見えた。 一瞬声を忘れたかのような沈黙の後、ジズカンが言葉を発した。

「シィナ……」

「な、なによ?」

 戸惑い後退りするシィナに、ジズカンは一歩近づいたかと思うと、いきなり膝を付いた。

「何……?」

 突然土下座をした父親を目の前にして、なおさら困惑していた。 ジズカンは両手を付き俯いたままで叫ぶように言った。

「シィナ、すまなかった!」

「えっ?」

「私は……私は、お前の為を思って……でも、私は勘違いをしていた。 一番大切なものはすぐ近くにあったというのに!」

「……何を言ってるの?」

 シィナは眉をしかめて自分の体を抱き締めていた。 父親が何を言いたいのか、全く理解できなかったのだ。 少し離れた壁際にもたれて、見守るようにエバとレンドが黙って聞いていた。

 ジズカンは額を床に擦り付けるほどに俯き、自分の思いを告白した。

 

「私は、マスターシェージの研究を経て、お前の母親を蘇らせようとしていたんだ。」

「ママを?」

 シィナの目が見開いた。 ジズカンは顔を上げずに続けた。

「そう、我が妻であり、お前の母親…ソラハナは、お前が五歳の時に病気で死んでしまった。 大粒の涙を流し悲しむお前の姿を見ているうちに、私はかねてから研究を続けていたマスターシェージにソラハナのDNAを移植し、蘇らせようとしていたんだ……それがついさっき、成功した……」

「まさか……」

 レンドがジズカン博士の背中を見つめて、驚いたように呟いた。

「クローンを作り出したのか?」

 ジズカン博士は振り向くどころか、一層地面を見続けたまま話を続けた。

「それは、ソラハナの姿をそのまま表していた。 だが…………ソラハナは私のことを知らなかった……」

 ジズカン博士は、その時の衝撃を思い出して、身震いをした。 愛する人そのものの姿をしているのにも関わらず、その思い出は何一つ共有出来なかったのだ。 ソラハナの姿をしたソレは、ジズカン博士の名前さえ、知らなかった。 彼は涙を潤ませて話し続けた。

「その時、はっきり気付いた。 私は一番離したくないものを自ら遠ざけていたんだ! シィナ! すまなかった!」

 もはや涙声で叫ぶように、ジズカン博士は娘に許しを請うた。 シィナは震えながら自分の父親が土下座する姿を見つめていた。

 しばらくの沈黙の間、部屋にはジズカン博士の鼻をすする音が小さく響いていた。 そこへ、シィナの声が小さく響いた。

「あたしはずっと、パパに嫌われていると思ってた。 いつもあたしのことなんて見てくれなくて、マスターシェージのことばかり……だからあたし、本当はパパの子じゃないんじゃないかとも、考えたことがあるのよ……」

 シィナの膝が、ジズカン博士の前に付かれた。 そしてその痩せ細った肩に手を置き

「ママの事だって、もう居ない人だってあきらめていたのに……そんなに一生懸命になってたなんて……」

 シィナがそっと肩に置いた手に力を入れると、ジズカン博士はやっと顔を上げた。

「シィナ……」

 鼻水と涙に崩れた顔に、シィナは小さく笑った。

「汚い顔ね……あたし、髭は嫌いよ」

 そう言って、シィナはジズカン博士にそっと抱きついた。

「えっ! シィナ……?」

 驚き固まるジズカン博士の肩口で、シィナは

「今までのこと、取り戻すのは大変よ?」

とからかうように囁いた。 ジズカン博士は、再び大粒の涙をこぼしながら、きつく我が子シィナを抱き締めた。 シィナはとても幸せそうにその腕に包まれていた。

 エバとレンドは、目を合わせて肩をすくめた。

「ま、一件落着ってことだな」

「あ、あぁ」

 レンドはまだ少し戸惑った顔で頷いた。

 ジズカン博士がクローン研究に手を染めていたということは、また別の問題が生まれることになる。 レンドの内心は穏やかではなかったが、父子が幸せを噛み締めながら抱き締め合っている姿を見ていたら、今はそれも休戦する気分にもなるのだった。


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