マスターシェージとは……
――
ウィルが目を開けると、目の前は真っ暗だった。
手足が動かないことが分かった。
手足だけでなく、首も、肩も、体の全てに力が入らなかった。
ウィルは暗闇に横たわったまま、まだぼやけている頭の中で、何が起きたのかを思い出していた。
――
エバたちと別れビルに侵入したウィルは、一室に入って誰も居ないことを確認すると、コンピューターを起動させて自分と繋げた。 これまでにも何度かやったことがあるので、もう恐怖はなかったし、手際も良くなっていた。 コンピューターの中に意識を飛ばすと、監視カメラの電波を通って、スライの居場所は容易に分かった。
最上階の一番奥の部屋。
その中には、何人かのマスターシェージも確認できた。
『六人……』
心の中で人数を数え、建物の中全体にも十数人のマスターシェージを確認した。 レンドが思っていた通り、マスターシェージを多数抱え込む、裏の商売人のようだった。
地下には、武器庫があるようだった。
ウィルは意識を自分の身体へと戻すと、監視の目をすり抜けて地下へと滑り込んだ。
武器庫の前に居た門番を素早く倒すと、その懐から鍵を取り出し、武器庫へと入った。
薄暗い倉庫の中には拳銃や弾丸の他、ナイフや手榴弾、バズーカなどがまるで武器店のように整列されていた。 スライは一体、この街で何をやろうとしていたのか……。
ぐるりと周りを伺うと、ひときわ重厚な木箱に気付いた。
――
「う……」
見るものが皆、後退りをした。 ウィルが肩に担いでいる木箱の中身は、爆弾だった。 箱の外側に、危険を知らせるマークが克明に印刷されている。
何も出来ないまま、視線も外せずに怯え立ちすくむ気弱な部下たちの間を、ウィルはゆっくりと歩いていった。 通り過ぎていくウィルの後ろには、急いで逃げていく姿も少なくなかった。 マスターシェージとはいえ、無駄に死にたく無い者もいるのだ。 だがここで逃げ出したからと言って、外の世界で生き抜く術は、彼らには無い。 裏通りに身を潜め、朽ちていくだけだ。
ウィルは黙々と、スライが居るであろう部屋の前まで来ると、その扉を蹴り開けた。
「誰だっ!」
いきなり蹴り壊された扉に驚いたスライは、部屋の奥のソファに座って小さな箱型の機械を前にしていた。 それを使って声を飛ばしていたのだろう。
スライはウィルの姿を見ると、驚き目を見開いた。
「だ……誰だお前はっ? あっ! そ、それは!……」
ウィルは無言で木箱を足元に置き、そこに片足を掛けた。
スライには、勿論それが何であるかは充分に分かっていた。 それが目の前に置かれたとき、彼の顔から血の気が失せた。
「そ、そうか、お前はエバ・マイトソンのマスターシェージか! なかなか優秀のようじゃないか。 よくココまで来れたな」
冷や汗を垂らしながら、スライはウィルの機嫌を損ねないように懸命だった。
「お前は良い働きをしそうだ。 どうだ? 私の部下にならないか? 待遇は考える。 お前の過ごしやすい環境を作ってやろうじゃないか?」
スライがどんなに言おうが、ウィルは銀色の瞳で瞬きもせずに睨んでいた。 黒髪の隙間から、不気味なほどに光を湛えている。
「な、なあ、それが何か分かっているんだろう? 爆弾だぞ? このビルくらい、簡単に吹っ飛ばせるんだ。 勿論、お前もただじゃすまないんだぞ!」
スライは震えながら、必死でウィルを説得しようとしていた。 ウィルはやっと口を開いた。
「私は、マスターシェージの未来を救いに来ました」
「未来?」
「本来、マスターシェージとはこうあるものではなかったはずなのです。 もっと人に潤いを与え、穏やかに平和に過ごせるように、その手伝いをする為に生まれてきたはずなのです」
「お前は一体、何を言っているんだ?」
ウィルは少し目を伏せて、強い意志を表すように呟いた。
「私はまず、ここから潰します」
「何だとっ?」
スライの目が驚きのあまり瞳孔が開いた。 ウィルのその足元の爆弾を破裂させる覚悟が、スライにも伝わっていたのだ。 周りのマスターシェージたちも、マスターであるスライの様子に戸惑い、動けずにいる。
「や……やめろ……お前は、自分の仲間まで殺すつもりか? ココには何十人ものマスターシェージがいるんだぞ? その命を奪うことを、何とも思わないのか?」
「仲間では、ありません……」
そう言うウィルの瞳がわずかに揺らいだ。 次の瞬間、その口元に小さく笑みが浮かんだ。
――
気付くと、目の前が真っ暗だった。
体の節々が痛く、どこも動かすことが出来なかった。 ただ、意識だけははっきりとし始めているのが分かっていた。
『死』
頭の中にその言葉が浮かんだ。
ウィルは目を閉じた。
そして、もう二度と本人には届かないであろう言葉を呟いた。
「エバ……」
その時、ウィルの目の前が明るく拓けた。
眩しさに目を細めると、誰かが覗き込んでいる影に気付いた。
「ウィル!」
逆光で顔は見えなかったが、その声は紛れもなくエバのものだった。 彼は急いで、背中でウィルに覆いかぶさっていた瓦礫を押し退け、力任せに倒すと、ウィルの体を抱き上げた。
「ウィル! 今助けてやるからな!」
言いながら立ち上がるエバの顔をじっと見つめていたウィルは、無表情のまま、やがて眠るように目を閉じた。