表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人造人間とカスミソウ  作者: 天猫紅楼
23/29

ウィルの気持ち、エバの気持ち

 程なくして、トラックはビル街の一角に停まった。

 その頃にはパトランプもサイレンも鳴りを潜めて、静かに停まっていた。 エバはシィナと共に助手席に入っていた。 シィナもやっと落ち着きを取り戻していた。 ウィルは車の外で周りを伺っている。 もとより、ウィルをシィナと一緒にするのは出来なかった。 レンドが、横に座るシィナを気遣うように顔を覗き込んだあと、エバへ囁くように言った。

「あそこのビルだ。 調べによると、ドラハム・ナカイという人物があのビルをまるごと所有してる」

「スライのことか?」

「そこまでは分からないけど、偽名にせよ、他の人物にせよ、スライが関係しているのは明白だ。 何より、さっきのスライの声はあそこから発せられたものだったんだ」

「そうか……」

 エバは標的のビルを見つめた。 六階建てのビルは見た目こそ普通で、隣近所に建つものとなんら変わりはない。 窓から中の様子は分からず、どの階のどの部屋にスライが居るのかも見当が付かない。 レンドもそこまでは調べられなかった。

 

 エバは懐にしまってある拳銃を握り締めた。 そして一度シィナを見ると、レンドに

「シィナを、必ず親のもとに送り届けてくれ」

と頼み、車を降りようとした。 が、ドアが開かない。

 外からウィルがドアを押していたからだ。 びくともしないドアの窓を開けると、エバは怒った。

「ウィル! 何をやってんだ? 開けろ!」

 だがウィルは片手でドアを押さえ付けながら、エバを見上げた。

「私が行きます」

「お前だけじゃ危険だ! 俺も行く!」

 言いながら外に出ようとするが、ドアはびくともしない。 ウィルは

「シィナさんには、エバが必要です。 それが仕事」

と淡々と言った後、レンドに視線を移した。

「出来るだけ遠くにお願いします」

 レンドは無言でじっとウィルを見つめた後、頷いた。

「……分かった」

「レンド!」

 驚いてレンドを睨むエバの腕に、シィナの腕が絡んだ。 震える体ですがり付くように額を付け、

「エバ……守って……」

と擦れた声を出した。

「シィナ……」

 困惑するエバ。 次の瞬間、助手席のノブがウィルの拳で壊された。 これで助手席のドアは完全に開けなくなった。

「お前、何するんだっ!」

 慌てるエバを気にもせず、トラックが急発進した。

「ウィルっ!」

 窓から乗り出すエバを、シィナが懸命に押さえていた。 どんどん小さくなっていくウィルの姿は、交差点を曲がって遂に見えなくなった。

「レンド! どうして!」

 責めるエバに、レンドは前を向いたまま唇を噛んでいた。

「ボクだって苦しいよ! でも、今はこうするしか無い!」

「だからって、俺まで避難させることはないだろうが!」

「シィナはお前にしか心を許していないんだ!」

「えっ!」

 エバは、シィナの顔を見つめた。 彼女は震えながら、不安げにエバを見上げていた。

「守ってくれると、言ってくれたから……」

 エバは息を呑んだ。 確かに守るとは言った。 依頼された以上、仕事として責任を持つのは当たり前の事だ。 ましてや目の前の少女は、何の罪もないただの女の子だ。

『こんな騒ぎに巻き込まれて、一番恐怖を感じているのは、シィナなんだ』

 心底怯え、震えるシィナの頭を撫で、エバは笑顔を見せた。

「大丈夫だからな!」

 シィナはやっと小さく微笑んだ。 するとエバは、おもむろに懐から銃を取り出すと、レンドに定めた。

 

「止めろ」

 

「エバ? 何を――」

「いいから車を止めろ! 俺は本気だからな!」

 腕を伸ばしてレンドのこめかみに銃口を突き付け、エバは睨み付けていた。 彼の本気が伝わったのか、レンドはまだ走り続けながら静かに言った。

「ウィルの気持ちも組んでやれ」

「あいつの気持ち?」

「ウィルの今の仕事は、シィナの身の安全を守ることだ。 シィナ一人で逃げられるわけはない。 ウィルは、ボクよりもエバ、キミのことを信じているから、あんなことを言ったんだ」

「嘘よ!」

 突然シィナが叫んだ。

「マスターシェージに意志なんて無いわ! 信じるとか信じないとか、そんな感情はマスターシェージには無いのよ! アレはただ、自分の仕事をこなしているだけよ!」

 エバはレンドのこめかみに銃口を突き付けたまま黙っていたが、もう一度口を開いた。

「俺を降ろせ、レンド」

 今度は怖いくらいに静かな口調で言うエバに、レンドは観念したように小さくため息を吐いてトラックを道路脇に寄せ、止めた。 エバはレンドのこめかみから銃口を離し、懐に納めた。

「悪いな」

「どうして?」

 シィナは驚いて、降りようとするエバの腕をつかんだ。

「あたしを守ってくれるんじゃないの?」

「俺はレンドを信じているからな。 だから、シィナはレンドの傍にいてくれ。 こいつも、なかなかやる男なんだぜ!」

 エバはシィナの頭をポンポンと軽く叩いて、頷いて見せた。 もう何も言えなくなってしまったシィナに

「いい子だ」

と言うと、開け放った窓から外へと躍り出た。 そして振り返ると、

「シィナを頼むぞ!」

とレンドに託すと、来た道を走り始めた。

「どうして……」

 悲しげにエバの後ろ姿を見つめるシィナに、レンドはふう、と息をついて、再びトラックを動かした。

 

 

 

 息を切らしてウィルが暴れているであろうビルへと向かうエバの耳に、突然爆音が聞こえた。

「な、なんだ?」

 驚いて立ち止まり、前方を凝視するエバに、今度は爆風が襲った。

「うっ!」

 熱風がエバの体を包み、腕でガードしながら耐えたあと、エバはすぐにビルへと走り始めた。

 

 

 

  嫌な予感がしていた。

 

 

 

「こ……これは……!」

 エバが行き着いた先には、爆発でほぼ半壊状態のビルが黒煙を上げていた。 あちこちから瓦礫がゴロゴロと転がり落ち、今にも全壊しそうなほど不安定な姿をしている。

 隣近所のビルから人々が逃げ出してきていた。 幸い飛び火や崩壊は見られないが、爆風の衝撃で割れたガラスが、道いっぱいに散乱していた。

 何人もの人々がぶつかっていく中を、エバは逆走した。

「ウィル……」

 呟くとすぐに姿を現すはずだった。 だが、いくら待ってもいくら呼んでも、ウィルは姿を現さない。

「……ウィル! ウィルどこだ!」

 呟きは叫びとなって、エバは崩れ落ちるビルへと近づいていった。 するとその瓦礫の中から、一人の男がフラフラと歩み出てきた。

 

「スライ!」

 

 エバは弾けるようにスライへと駆け寄り、その胸倉を掴んだ。

「ウィルは! ウィルはどこだっ?」

 詰め寄るエバに、全身真っ黒に汚れたスライは、瞳を空に泳がせて乾いた笑いを浮かべていた。

「スライ! 答えろ!」

 力任せにぐらぐらと首を揺らすと、やっと少しだけ正気を取り戻したスライは、エバに焦点を合わせた。

「エバ・マイトソン……」

「ウィルはどこだっ!」

「あーあのマスターシェージか……知らんねぇ。 爆風で粉々になったんじゃないのー? あいつは狂ってる……私の全てを……マスターシェージたちを……冷たい微笑みと共に闇に葬った……」

 もはやそこに意識は無く、うわ言のように呟きながら、スライは茫然自失の状態だった。 スライ・マザーニーが全てを失った時だった。

 エバは力なく立ち尽くすスライの胸倉を突き放すように離すと、まだ黒煙を上げるビルへと歩み寄った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ