襲撃の朝
「きゃあああっっ!」
割れるガラスの音よりも甲高い悲鳴を上げながら、シィナが耳を塞いで体を固くした。 エバはシィナの上に被さり、降って来るガラスや食器の破片に耐えながら
「大丈夫だ! 俺が守る!」
と声を掛けた。 窓ガラスを一斉に射撃された後、しばらく沈黙が生まれた。
エバは周りを伺いながら、シィナを、まだ形の残っている扉の向こう側に隠すと、窓際に近づいてそっと外の様子をさぐった。
≪あっはははは!≫
まるで勝ち誇った笑い声が、あたりに響いた。 拡声器から放たれたような電子化された声は、スライのものだった。
「あいつ……」
エバは身を縮めて唇を噛んだ。 スライの声は続いた。
≪エバ・マイトソン! やっと見つけたぞ! そこにシィナ・フォークニングも居るのだろう? おとなしくこちらに引き渡せば、これ以上危害は加えないよ≫
「こんなにめちゃくちゃにしやがって! 充分危害を加えられてるっつうの! スライ! 一体どこに居るんだ?」
エバは窓枠からそっと顔を出して辺りを伺ったが、それらしい人物は見当たらない。 その代わり、事務所の下の道路には、五、六人の男たちが銃を構えて立っていた。 全員マスターシェージのようだ。 皆、揃って同じ体型、同じ服装、同じ格好で銃を構えている。
≪私の姿を探そうとしても無駄だよ! その場には居ないんだから! エバ、貴様は私の優秀な部下たちの餌食になりな! さあ、行きなさい、部下たちよ! シィナ・フォークニングを奪って来るんだ!≫
スライの合図と共に、マスターシェージたちは一斉に動き出し、事務所へと襲い掛かってきた。 一人は三階にある事務所まで一直線に飛び上がり、一人は中を伝って階段を駆け上がりと、部屋を囲むように、あらゆる出口を塞ぎながらエバとシィナの元へと近づいてきた。
エバは
「ウィル! 来いっ!」
と叫びながらシィナがうずくまる壁際に転がり寄り、もしもの時の為に隠してあった銃を床の隠しポケットから取り出した。
「はい!」
抑揚の無い声と共に、窓の向こうから飛び込もうとするマスターシェージの頭を横殴りに蹴り落として、ウィルが姿を現した。
「こいつらを掃除してくれ!」
「はい」
ウィルは銀色の瞳を輝かせながら、エバに頷いた。 その後ろでシィナが怯え、肩を震わせている。 エバは振り返るとシィナを庇いながら、次に現れたマスターシェージの頭を銃で撃ち砕いた。
「きゃっ!」
シィナは顔を塞いで、凄惨な状況を目に入れないように身をかがめていた。 エバはそれを気にする余裕も無く、次に襲い掛かってくるマスターシェージに狙いを定めていた。 ウィルも自分の技を駆使して、敵を倒していく。
部屋の中はあらゆるものが倒れ、砕かれ、マスターシェージの体液や肉片が壁や床、天井にまで飛び散っていた。 綺麗に掃除されていた事務所内は、瞬く間に修羅場と化していた。
『どうにかしてここを抜け出さないと!』
と切羽詰った時、
≪エバ!≫
と聞きなれた声が外から響いた。
電子化されてはいるが、その声は紛れも無くレンドのものだった。
「レンドっ?」
エバは驚きと安心の交じった声で、騒音で彼には届かないであろう叫びを上げた。
≪下に居る! 飛び降りて来い!≫
「はあっ?」
エバは怪訝な顔で呟きながらも、シィナの肩を抱いて身をかがめながら窓際に駆け寄ると、そっと下を覗いた。
事務所の前に着いている二tトラックの運転席から、乗り出したレンドの顔が見えた。 しきりに、降りて来いと手振りをしている。
「マジかよ?」
冷や汗を垂らすエバ。 自分だけならまだしも、その衝撃にシィナの体が持つとは思えない。 下手をして骨折くらいで済んだら良いというわけでもない。 エバはシィナの顔を見つめた。 恐怖ですっかり怯え、ずっと震えている彼女をどうにかしてここから脱出させなくては……二tトラックの荷台は厚手ビニールで覆われていて、飛び降りたとしても、ある程度の衝撃は吸収するだろうと予想出来た。
「だけど……」
エバは唇を噛み、後ろを向いた。 ウィルがマスターシェージと対峙し、今一人倒したところだった。 ウィルは素早くエバに近づくと、シィナを抱き上げた。
「きゃあっ! 何をするのっ?」
驚き悲鳴を上げるシィナには答えず、エバを見たウィルは
「行きます! エバも付いてきてください!」
と言うなり、窓の手すりに足を掛けたかと思うと、シィナを抱きかかえたまま空へと体を躍らせた。
「きゃあああああっ!」
シィナの悲鳴と共に、二人はトラックの荷台へと確実に着地した。 衝撃でかなり荷台が凹んだが、もう一人そこに飛び降りるには充分な余裕があった。
「早く!」
ウィルが見上げるのと同時に、エバも事務所の窓から飛び降りた。
「ぐっ!」
着地の瞬間、体中に重みが伝わり足が震えたが、足元はしっかりしていた。 荷台はかろうじて耐えてくれたようだ。
「行くぞ、エバ!」
レンドの声と共に、トラックは急発進した。
くぼんだ荷台の上でふらついたシィナの体を抱きとめて、エバはレンドに叫んだ。
「スライの姿が無かった!」
「ああ! 逆探知したから居所は分かった! 今そこへ向かう!」
頼もしい声と共に、レンドは路地裏の狭い道路を二tトラックで激走した。
近所の人たちも度肝を抜かれたことだろう。 治安の悪い社会とはいえ、自分たちの身に降りかかるとは誰も思っていないし、思いたくないからだ。 早朝に銃撃戦を目の当たりにして、驚いた目で顔を出している住民たち。
そんな中をエバとウィルは、後ろから追ってくるマスターシェージを次々と狙撃し、やがて追っ手を消した。
それに伴うレンドの暴走に、誰も事故を起こさなかったのが幸いだった。
『きっと署に戻ったらこっぴどく叱られるな、こりゃ』
と一人苦笑しながらも、運転席の前に設置したナビに視線を移した。
ずっと監視していたエバの事務所が襲撃されたと同時に、レンドの動きも迅速だった。 スライの声を逆探知して彼のアジトを発見すると、そのナビを掴み、あらかじめ用意してあった荷物と共に、丁度署の前にあった配達トラックを無理矢理強奪し、エバの事務所に急行したのだ。
赤い点滅が、小さなナビの画面の端っこに見える。
スライが放った声が逆探知され、赤い点滅となって場所を示しているのだ。
レンドは口角を上げ、おもむろに助手席に置いてあった大きめの鞄から赤いパトランプを取り出し、運転席の窓から天井に付けると、アクセルを踏み込んだ。
赤いランプをくるくると回しながらサイレンを響かせて走る二tトラックは、はたから見ると異様なモノだ。 道行く人たちが、あっけにとられた顔でトラックを見送る。
「だいぶ壊れてるな、あいつ」
エバは苦笑してパトランプを見つめた。 その後ろで、パンッと乾いた音がした。
「あたしに触らないで!」
シィナの金切り声だった。 その手が、ウィルの頬をひっぱたいたのだ。
「な、何喧嘩してんだよ!」
驚いたエバに、シィナは急いで近寄ってその胸に飛び込んだ。
「怖い! もう、エバしか信じられないの!」
涙の潤む瞳でしがみつくシィナの肩を抱きしめてやりながら、エバは困惑の表情でウィルを見た。 ウィルは頬をわずかに赤くしたまま、無表情でただ前を見つめていた。 まるで次にやるべきことを考えているかのように。




