パートナー復活
「エバっ! 大変だっ!」
翌朝早く、エバの部屋の扉が壊れそうなほど勢いよく開き、レンドが駆け込んできた。
「エバっ! 起きてるかっ?」
事務所いっぱいに響く声で叫ぶレンドに、エバは歯磨きをしながら眠そうに目蓋をこすって現われた。
「朝っぱらから何騒いでんだよ? 近所迷惑だろうが。 てか、俺的に迷惑!」
「そんなことはどぉーでもいいんだよ!」
レンドは目尻を吊り上げて、エバの耳を引っ張った。
「いっててて!」
というエバの悲鳴も無視して、レンドは彼の耳元で叫ぶように言った。
「ウィルが居なくなったんだよ!」
キーーンという耳鳴りに目を回したエバの後ろから
「お呼びでしょうか?」
とウィルが顔を出した。
「うわあっ! ……えぇっ?」
まるでお化けを見たかのように体を仰け反らせたあと、レンドは驚愕の表情で身を乗り出してウィルを凝視した。
「い……一体、どういうことだ?」
納得行かない表情のレンドに、やっと耳鳴りが治まったエバが冷ややかに言った。
「言っておくが、幽霊とかじゃないからな! ちゃんと足だって付いてるぞ。 ほれ、よく見ろ!」
「どういうことだって言ってるんだよ!」
わざとらしくウィルのエプロンをめくって見せるエバに、再び叫ぶレンド。 エバは迷惑そうな顔で耳を塞いだ。
「いやぁ、それはぁ……よく、犬は飼い主につくって言うだろ? それだよ」
「自分で戻ってきたっていうのか?」
レンドは未だ信じられないというようにウィルを見つめた。 ウィルは以前のようにフリルの付いたエプロンを付けて、ちょうど朝食を作っていたところだった。 キッチンに戻り、なにやら食器の準備をしている。
「なんで……? リセットしたはずだぞ……」
呆然と立ち尽くし、揺れる青い瞳で見つめ続けるレンドの肩をポンと叩いて
「ま、せっかくだから、朝飯でも食っていけよ」
とエバが笑った。
――
「エバ、準備ができました」
ウィルは肩に長く黒光りした長銃を担ぎ、黒いレザーで揃えたパンツとジャケット姿でエバに振り向いた。 彼もまた準備万端の面持ちでウィルに頷いた。
数十分後、二人は十六階建てのビルの屋上に身を潜め、そこから二百メートルほど離れたビルの一部屋を監視していた。 銃のスコープで見るエバに対し、ウィルは裸眼でその部屋を見つめている。 その銀色の瞳は太陽の光を反射してしまうため、黒いサングラスを付けていた。
「ウィル、ここからあそこまで何秒で行ける?」
スコープを覗いたままエバが聞くと、ウィルも標的に視線を定めたまま
「二秒コンマ0九です」
と答えた。
「外したときは、頼むぞ!」
「はい」
その時、標的の部屋の中に人影が現われた。
今回の仕事はレンドからの依頼だ。
ここ数日、迷子や迷い猫の捜索など、小さな仕事続きだった二人は、やっと訪れたこの大きな仕事に意欲満タンだった。 この数日で、二人はすっかり気の合ったパートナーに戻っていた。
標的の部屋に入ってきたのは三人。
恰幅の良い体を揺らしてソファに深々と腰を下ろす男の両側に、ボディガードとおぼしき体のでかい男が、彼を守るように立っている。 二人共が色の濃いサングラスをしているが、多分マスターシェージだろう。
この頃は大企業の社長にもなると、マスターシェージを何人抱えるかで信用問題が左右されるという。 その関係で、自らマスターシェージの製造を手懸け始める者も少なくない。 だが、国の法律でマスターシェージの製造は固く禁じられている。 だからこうやって秘密裏にその取引が行われるのだ。
今からこの部屋で行われる取引で、マスターシェージの製造方法についての情報が入ったマイクロチップが流れるらしい。 警察の隠密機関が持ってきた情報だというから、信憑性はある。 その情報流出はなんとしても防がなくてはならない。
エバに与えられた仕事は、これ以上闇のマスターシェージが出回らないように、そのマイクロチップを破壊すれば良いというものだった。
あくまで一般人には知られてはならない。 出来るだけ静かに事を済ませというのが、レンドからの忠告だった。 依頼主のレンドは、部下を率いて取引が行われているビルの階下に張り付き、様子を伺って突入する手筈になっている。
だが当の部屋の窓ガラスは強化ガラスのようで、一度の発砲で済ませられるとは思えない。 数十センチもあるようなバズーカで砲撃すれば、窓ガラスもろとも部屋は跡形も無く崩れ去るだろうが、二百メートル離れたビルの屋上からでは届かないし、もしバレた時には、相手側のマスターシェージが瞬時に襲い掛かってくるだろう。
その時、部屋の中の空気が揺れた。 誰かが訪れたのだろう。
すると、ガードしているマスターシェージがおもむろに窓のブラインドを下ろした。
「ちっ!」
舌打ちしてスコープから視線を外したエバ。
『幸い俺たちに気付いてはいないようだが、場所を変えるか……直接飛び込むにはリスクが大きすぎるしな……』
それに気付いたウィルが、もたれていた壁から背中を離した。
「私が中を荒らします」
「ウィル?」
「私なら、中からガラスを割ることが出来ます。 機を狙って、エバはここから標的を破壊してください」
抑揚の無い口調だが、意志の強さは伝わっていた。
仕事に関して、ウィルはいつも真剣だ。 そこに一瞬の手抜きさえ存在しない。 エバはちらりとウィルに視線を送った。
「いつも言っているが--」
「分かっています。 無理はしません」
エバの言葉に被せながら、ウィルはくいっと体を沈めた。
「では」
一瞬後、ウィルの体は風のように空を飛び、あっという間に二百メートル離れた、標的のビルにたどりついていた。 一般人には、風が通り過ぎた程度にしか感じられていないはずだ。
エバはみるみる小さくなり、危なげなく向こうのビルに着いたウィルを見送りながら、再びスコープを覗き込んだ。
標的からこれだけ離れていても、エバには一瞬の動揺さえ無かった。
射撃なら、警察学校時代に散々練習した。 その腕を買われて、一時は狙撃機関に所属していたこともあった。 そのこともあって、この仕事の依頼も来たのだと自負していた。 だが、いくら自信があるとはいえ、一瞬の気の迷いも許されない。 ウィルが部屋の中に入る以上、その身体に当てるわけにはいかない。
一方ウィルは部屋の外壁に張りつき、中の様子を探っていた。
ブラインドの隙間から、中の様子がわずかに見える。 先に居た社長と、後からやってきた身なりの整った精悍な青年が、低いテーブルごしに向かい合って何やら話していた。 話の内容は聞こえないが、二人は親密な様子で話を進めているようだった。
そして青年は、おもむろに懐から取り出した小さな箱を、社長の目の前でそっと開けた。
まるで結婚指輪を見せられたかのようにパッと瞳を輝かせながら、社長が身を乗り出した。 青年は焦らすように蓋を閉めると、何やら話した。 報酬と交換と言うことだろう。 ウィルはその小さな箱の中身が自分達の標的だと察知し、素早く裏手へと回った。
エバは姿を消したウィルを見送り、改めて息を整えた。 ブラインドで中の様子が分からない今、いつ窓ガラスが割れて何が飛び出してくるかも分からない。 ますますレベルの高い咄嗟の判断が要求される。
「頼むぞ、ウィル……」
エバはスコープを睨むように覗きながら、呟いた。




