第7話〝こんなにも今回は口数の少ない俺!〟
それからというもの、俺は9才の少女と小さな格闘を行っていた。そのまんまの意味で。
「この~~!! 今のは痛かったわよ!」
あぐらをかいて座っている俺の後ろから首を絞めてくる少女、通称 雛。
「うぐっ…、そいやーー!!」
俺の首を絞めている雛の腕を掴み、俺は勢いよく姿勢を前に倒して雛を前方へぶっ飛ばす。
雛は勢いそのままでお尻から着地。ドスッと痛そうな音がした。
「いったぁーーーい!!」
涙目でお尻をさすっている。これであきらめてくれるだろうと思っていたが、あまかった。
「も~許さない!絶対倒してやる!世界の平和のためにもあんたを倒してやるんだから!!」
すごい厨二病っぽい言葉を叫んでいる9才の女の子雛。普通は聞いているこっちまで恥ずかしくなってくるであろう言葉だ。
しかし、今の俺にはなんてことない。逆に萌えてくるぜ!…間違えた、燃えてくるぜ!
「フンッ、無駄だな。今のお前で私に勝てるとでも思っているのか?」
結構ノリノリな俺。
「無駄かどうかはやってみないと分からない!」
何か格好よくポーズをきめている。
「では、かかってくるがいい!」
そして俺もまた、格好よくポーズをきめる。
迫真の演技が続く中、再び格闘が始まろうとしていたときだった。
ガチャリ、とドアの開く音が聞こえたときにはもう遅い。
「お邪魔しま……何してるの?」
数秒固まった後に小首をかしげている女性は、俺のよく知っている人。
「い、いやこれには深い事情があって…」
俺はかっこいいポーズをすぐにやめて言い訳をする。
「そっかそっか、深い事情があるなら仕方ないよね! …ところでその子は?」
笑顔で素直に俺の言い訳を聞き入れてくれた優しい女性は、俺のとなりで未だカッコいいと思っているであろうポーズをとり続けている雛に視線を注ぐ。
「俺を面倒ごとに撒きこんだ張本人」
「そーなんだー。…それだけ?」
「それだけ」
事実を端的に話した俺に再び首をかしげられる。
(ほんとにそれだけなんだもんなぁ…)
そっかそっか、とうなずきながら彼女は雛に近寄っていく。
「初めまして、ここの向かいのアパートに住んでいます『京羅 弥生』っていいます。こうやって時々、優ちゃんにご飯を作りに来たりしています。よろしくね!」
そう言って手に持っている野菜などの食材が見て取れるスーパーの袋を少し持ち上げる。
笑顔を絶やさず丁寧にあいさつをしている弥生さん。
対して雛はというと…まだポーズをとったまま口をアホみたいにあけて聞いている。
弥生さんは俺と同じ高校に通う1つ上の先輩で、高校3年生。
人あたりが良く、容姿端麗、成績優秀、少々天然?の三拍子? そろった皆の憧れの先輩である。
さっき弥生さんが言ったとおり、弥生さんは俺の家の向かいのアパートで一人暮らしをしている。よくは覚えてはいないが、いつのまにやら俺は弥生さんと仲良くなっていて、いまでは時々(週2,3くらい)ご飯を作りにまたは持って来てくれるまでにだ。(そのときはもちろん弥生さんも一緒に食べて帰る)
とにかく、とても優しく面倒見のいい先輩ということだ。
「言うなれば、優ちゃんの通い妻かな//」
なんか変なことが聞こえたがスルー。時々こういうことを言うお茶目な人なのだ。
「なっ、通い妻とな!」
雛がやっとポーズをやめて驚いたふうに言っている。
「そっ、通い妻//」
ちらりと弥生さんがこちらを見てくるが、目を閉じてスルー。
「結婚しているのか!?」
「結婚はまだかな// でもいずれは…」
「結婚してないのに妻なのか?」
「通い妻っていうのはそういうものなんだよ//」
「結婚はしていないのにか…」
話が長引きそうだから割り込んでいく。
「あの~、弥生さん?ご飯を作りにきてくれたんですよね?でしたらそろそろ…」
「そうだったそうだった!ごめんね急いで作るから待っててね!」
時刻は18時30分。俺と雛が家にたどり着いてから1時間も経っていた。
そして、いつもより早めの夕食となりそうだった。