第16話〝こんなにも良い子は実在していたのか!〟
足取りは重かった。
忘れていたわけではない。いや、忘れようとしていたのかもしれない。
そう、俺は変態。ではなく、変態というレッテルをクラスで貼られているのだった。
「俺の積み上げてきた皆からの信頼が…」
まあ元々ないんだけどね。皆無ではないと思うが…。
と、とにかく! 今日の俺はいつにもまして不幸だ! クラスで変態というレッテルを貼られるは、後輩にズボンを下げられてパンツを露にされるは、思えば皆からの信頼が皆無に等しいと気付いてしまうは! ほんと散々だ。
それもこれも全部美耶のせいだ。美耶があんなことを言わなければこんなことにもならなかったんだ。
ここは一発ガツンと言ってやらないとな。幼馴染だからって容赦はしないぞ! ふはははは! 泣きながら俺に頭を垂れている姿が容易に想像できるは!
なんて思いながらも重い足取りは自教室へ向かっている。
教室に入ったら何て言おう。一生懸命弁明したら皆信じてくれるかな…。
考えは纏まらないまま、自教室の前に着いてしまった。
おそるおそる教室の扉を開けると…、皆が軽蔑の目で俺を見ている…。
なんてことになっているに違いない。だから正直開けたくないがそうもいかない…。
「…えーい、ままよ!!」
勢いよく扉をあけると、そこには俺の想像どおりの軽蔑の目が……、なかった。
クラスの連中は何事もなかったかのように残り少ないHR前の時間を友達同士で喋ったり、カードゲームをしたり、エロ本を読んだりと満喫していた。
とりあえずエロ本はあとで借りるとして、何で皆いつもどおりなんだ? 皆俺に興味がないのか!? 皆俺を見てくれ! 八坂優はここにいるぞ!
「どうしたの八坂君? こんなところで片膝をついて腕をひろげたりなんかして」
「気にしちゃダメよ、どうせコイツのことだから『何で皆俺に興味がないんだ! もっと俺を見てくれ、そして強く踏んでくれ~!』とかそんなこと思ってたんじゃない?」
「ほぼあたってるが…なんか若干違うぞ」
「えっ、うそ…八坂君。誰かに強く踏まれたいの…?」
「そこじゃねーよ!」
ほんとこの子は時々天然ボケをかましてくれるな。
「感謝しなさいよ! 蓬があんたの変態疑惑をといてくれたんだからね」
「何でお前が偉そうなんだよ…、ありがとな蓬」
「そんな、当然のことをしただけだよ。八坂君が本当は優しいってことを皆も知ってるからすぐに信じてくれたんだよ」
にこにこしながらそう言ってくれる。本当に優しいのはお前だよ『柳瀬 蓬』。
蓬は本当に良い子だ。人あたりが良くて裏表がなく、本当に誰にでも優しくできる超良い子だ。一家に一人蓬がいれば争いなんて起こらなくなるだろうと俺は信じている。
そんな皆の人気者の蓬は何より容姿もいいんだ。
髪はショートで真っ黒。身長は160cmあるかないかで、細身だからか制服がややダボダボだ。そこがまた可愛らしい。顔は可愛いと綺麗が混ざった感じの可愛い寄りで、なんといっても肌が白い。
そこら辺の女より断然可愛いと思う。男だけど。
〝男だけど〟
大事なことだから2回言った。
〝男だけど〟
3回言っちゃった。
そう、3回も言ったとおり蓬は男だ。確かめたことはないが、蓬本人が言っているのだから男なんだろう。制服も男子のを着ているのだから男だ。
それに蓬は女と間違えられると少し落ち込んでしまう。少しなのは何故かというと、あからさまに落ち込むと相手にも悪いからだと当の本人は言っている。うん、良い子だ。
まあ初対面の人に女と間違われるのはしょうがないと思う。俺も自己紹介するまでは女だと思っていたからな。それくらいの可愛さなんだ。
だから今でも本当に男なのか疑ってしまう時があるが、絶対に本人には聞かない。嫌われたくないからな。蓬に嫌われたらおそらく俺死ねる。
そんな蓬だからこそ、男子からも女子からも絶大な人気があるんだろう。
それなのになぜか蓬は俺と一緒にいることが多い。いや、一緒にいるというよりもくっついていると言うほうが正しいかもしれない。
俺は超絶嬉しいけども、なんで俺なんかと一緒にいてくれるのかは分からない。
今度聞いてみるか?
とにかく蓬と俺は一番の親友と言っても過言ではない!
自惚れなんかじゃないぞ!…たぶん。
「どうしたの八坂くん?」
はっ、また俺はフリーズしていたのか! っていうか心配そうにしゃがんで下から覗き込むような上目づかいは反則だろ蓬さん!
「だ、大丈夫だ今日も蓬は可愛いよ」
って何言ってんだ俺は!
「か、可愛いって…、ボクは男だから可愛いなんて言われてもうれしくないよ…」
「あっああ、そうだなごめん」
「そんな、謝ることでも…」
そう言って少し俯くが、頬のあたりがほんのり赤くなっているように見えるのは俺の目の錯覚か?
いやー、俯く蓬も可愛いなー。とか思ってしまう俺はおかしいのか?
「なに二人でイチャイチャしてるわけ?」
「別にイチャイチャなんてしてねーよ」
急に不機嫌そうに俺と蓬の間に入ってくる美耶。
なんだお前まだ居たのか。
「なんだお前まだ居たのかって顔してるわよ?」
「お前俺の心読めるようになったのか!」
「まだ居て悪かったですね~~~!!」
美耶の渾身の右ボディブローが決まるのを確認したと同時に倒れこむ俺。
足がガクガクして立ち上がれない。マジかよ!? 倒れたボクサーはこんな気持ちなんだろうな。
「だ、大丈夫八坂君!?」
「ここは俺に任せて先に行け…」
「それはまだ戦える戦士が言うセリフだよ…」
ナイスツッコミをありがとう蓬。
「はーい席着いてー、HR始めるよー」
扉を開けそう言いながら教卓へ向かう篠岡先生。通称プリティ篠T(俺称)。
プリティ篠Tの合図を聞いて、席を移動していた奴らは自分の席へと戻っていく。美耶と蓬もしかり。
「八坂も早く席に着けよー」
プリティ篠Tは俺がまだ席に着いていないのを確認するとそう言った。
「先生! 俺の席は先生のと・な・り」
「お前は星に帰れー」
…、よしっおとなしく席に着こう!
立ち上がれるようになったらね!