第13話〝こんなにも崩れ落ちる俺の心!?〟
家を出て、アパートの端にある階段を下りていく。一段一段下りるたびにコン、コンとアパートの階段特有の音が鳴る。
大家曰く、音を鳴らさずにこの階段を上り下りできるようになれば一人前らしい。備考でそんな奴はもはや人間ではないらしいけど。
俺はゆっくり行けば大丈夫だろうと一度試してはみたのだが、次はキイ、キイと甲高い音が鳴ってしまう。
そんな階段を下りきると、こんな言い方はいけないと思うが〝また居た〟
「おはよう優ちゃん♪」
「オハヨーゴザイマス弥生さん」
「一緒に行こぅ♪」
「はい」
別に嫌なわけではない。いやむしろ嬉しいとさえ思っている…はずだ。
俺と弥生さんは時々こうやって一緒に登校することがある。時々というよりしばしば? 今日のようにたまたま鉢合わせになった時か、弥生さんの気まぐれで俺を待っていてくれた時くらい。
(いや、今日も待っててくれてたのかな?)
とにかく、弥生さんと一緒に登校しているときは何のとりとめの無い話を交わしている。それでも一人で登校するよりかは格段と楽しい。
しかし、周りからの視線が痛い。
弥生さんは何の躊躇いもなく俺の腕に抱きついたり、どんな悪行でも許されるような、悪魔でもホッコリとした笑顔になりかねないような、マッ○の店員なんて遥かにしのぐような最高のスマイルを俺に魅せてくれる。
だから周りの奴ら(男女問わず)は俺を殺らんとばかりの睨みを向けてくる。ときには「なんであいつなんかが~」などと言って泣いているやつまでいる始末。
そのときに、改めて弥生さんは人気なんだなと実感させられる。
ほら、今もこっちを睨んでる奴がいる。
「どうしたの?」
小首を傾げて俺のほうを見てくる弥生さん。
くっ、かわいい。というか綺麗だ。首を傾げる動作一つでこんなにも破壊力があるとはっ! 男なら惚れてしまわないほうがおかしい(あっち方面の人じゃないかぎりは)。
「いえっ、別に何でもないです!」
でも、昨日のこともあってか少し警戒してしまう。
あんな大胆な弥生さんを見たのは初めてかもしれない。
「そういえば、昨日の夜は内鍵もしてたんだね」
唐突にそんなことをニッコリしながら言う弥生さん。
いや、確かに昨日の夜は内鍵もしていた。
一応雛という女の子がうちに住むことになったんだし、防犯の強化くらいはしておこうと思ったからだ(本命は弥生さん対策)。
「でも、なんでそんなことを知って…。あっ!」
そういえば昨日の夜中になんか聞こえてきてたような…。
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レム睡眠中だったのかガチャガチャッの後、ガチャリッという音が聞こえた…ような気がした。
「こんばんは~、それとお邪魔しまーす♪」
そんな小さな小さな声がかすかに聞こえたような気がした。
そしてすぐに、ガコンッと何かがぶつかる音がして
「あれ? あれあれ? 内鍵? これじゃ入れないよぅ…」
焦っているような声がまたかすかに聞こえたような気がした。
「鑢は持ってきてないし…、出直します…」
再びそんな声が聞こえ、ガチャガチャ、ガチャリッという音が聞こえたような気がした。
おそらくまだ夢の中なのだろうと、そのときは気にも留めなかった。
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「まさか! 弥生さん…?」
「ふふっ♪」
弥生さんはまたニッコリとして俺を置いて少し走る。
そして俺へ振り返り
「はやくしないと遅刻しちゃうぞ♪」
なんて言って手を差し出してくる。
可憐だ…。
でもやっぱり。
(怖えええええぇぇぇぇえええええ!!)
夜中に侵入なんて何考えてんの!? あっ、そういえば雛に今夜にでも行くって言ってたっけ。有言実行しただけか。それなら…。
よくねえよ!! ほんとに来ちゃったよ! これからはダメって言わないとなんでもしちゃうよあの人! 次は本当に鑢を持ってきかねないよ!!
「内鍵…、ダイヤモンドにしないと…」
(そんな金ねえぇよ!!)
弥生さんの大胆さは雛が来たことによって何故かレベルアップしてしまったのかもしれない。
これからもこんな調子が続くと思うと、はっきり言ってシンドイです。
「ほらっ、早くぅ!」
「はあぁ…」
俺は小走りで弥生さんのとなりまで行く。
それから二人で学校に向けて歩きだす。
学校に着くまでの間、弥生さんと今後の鍵のあり方について熱く語り合った。
「それじゃあ優ちゃん、またあとでね!」
「はい」
そう言って弥生さんと別れる。
俺は2年生で弥生さんは3年生。
2年の教室は3階で、3年の教室は4階である。
そのため俺と弥生さんは3階の階段前でお別れとなる。
(あとでっていつのことだろう?)
そんなことを考えながら自分のクラスに向かう。
2年8組に着いた。俺の在籍するクラスだ。
スライド式のドアを開けると、いつもの面子がそこにいる。
「おはよー」
「おう、おっはー」
「古いな!」
あいさつをしてきたクラスメイトにあいさつを返すとツッコミが返ってきた。
「そうか?」
「このごろ見てねーもん。てかまだあってるの?」
「さあ?」
「さあ、って…」
俺もこの頃見てない。だから知らない。君の名前も知らない。誰だよ!
そんなやり取りをしたあと、自分の席に着く。
「おはよ、優」
俺はすることもないので机に突っ伏して寝ようかと考えていたとき、左となりの席の奴がそれを邪魔してきた。
誰だ?
美耶だった。
「おう、おっはー」
「古いわね」
「そのツッコミは今さっきもらったから、違うのにしろ」
「え、え!? う~~んと…、慎吾ママか!!」
「山寺のほうだよ!!」
「あっそうだったの」
「眠いの?」
俺が眠そうな顔をしていたからだろうか、美耶がそんなことを訊いてくる。
「ああ、眠いよ」
「夜更かししてたんでしょ」
「ああ…、まあな」
「そんな夜遅くまでなにしてたのよ」
「…色々だよ」
言えない。
いきなり少女と同居することになったなんて言えない。どんな誤解を招くことやら。
「へ……」
「へ?」
「へ……変態!!」
「何で!!?」
美耶は顔を赤くして、いきなり大声で俺のことを変態呼ばわりしてきた。
「何でだよ!?」
「夜中に色々してたなんて…// この変態!!」
「いったい何を想像しちゃってんの!!?」
「ナニを想像してんのって!? ややや、やっぱヘンタ~~イ!!」
「おい! 何でそっち方面にばっかり結びつけんだよ!」
「お~そ~わ~れ~る~」
「おいいっ!!」
やばいって皆こっち見てるって。
女子はまるで汚物を見るかのような目で俺を見てるって!
「女の敵ーー!」
そんな声が聞こえた…。
「ご、誤解なんだ~~~~~~~!!」
居たたまれなくなった俺は全速力で教室から出て行った。