第12話〝こんなにも朝だ朝だ朝だ!〟
チュンチュンッ……、なんて鳥の鳴き声が聴こえてくる訳でもなく、ジジジジジ―とうるさい目覚まし時計がなるわけでもなく、毎朝元気に起こしに来てくれる可愛い妹がいるわけもなく、射し込む朝日の光によって目が覚める。
目覚まし時計を見ると鳴り出す5分前。つまり6時55分。
では起きたので目覚ましが鳴り出す前に止めておこう。
「ええと…、これとこれと、あとこれとこれ…、これは…」
今俺がしていることは、今日の学校の準備ではない。
目覚まし時計を止めているんです。
俺はこう見えて寝起きはよくない。
だから俺は目覚まし時計を30個セットしている。
…ちょっとモリました。20個です。
そこからランダムで10個の目覚まし時計にアラームを設定している。
そんなもんだから、いったいどれを止めればいいのか鳴っていないと分かり辛いもんなんです。
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ―――
とうとう目覚まし時計が朝7時を告げるアラームを鳴らしはじめてしまった。
「どれだどれだ?」
音のするほうに近づいてみるが、近くに置いてある目覚まし時計にはないようだ。それにしてもいくらなんでも音が遠すぎる気がする。
俺の持っている目覚まし時計ではないようだ。
「雛のやつか?」
それならうなずける。寝る前にきちんとセットしていることにあいつの性格から考えると感心してしまう。
でも雛が起きてくる様子はない。
まあ、寝かぶっているんだろう。あまり朝に強そうなタイプじゃないし、昨日はだいぶ遅くまで起きてたしな。
「ようすを見てみるか…」
俺はお客さん用の部屋から出ると、俺の部屋(今雛が寝ている部屋)に向かう。
「お~い…、寝てんのか?」
襖を開けると案の定雛は腹をだして寝ていた。
(お前は親父かっ!)
そう思いながらも、ほんの少しだけ可哀相なので今も鳴り続いている目覚まし時計を止めてあげようと部屋の中へ前進する。
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ―――
進んでいくにつれてだんだん音が大きくなっていくのが分かる。
おそらく机の上にある目覚まし時計が鳴っているのだろう。
すぐそばまで行ってみる…。
(あれ? 音が遠ざかる?)
音は目覚まし時計から発せられているものではなかったらしい。
(じゃあいったいどこから…)
音の鳴っているほうへ行く。
次第に近づいてくる。
そして、ここだ! というところには何もなかった。
……いや、あるといえばあるのだが…。
「スー、スーー…プピッ」
「ある」というか「いる」。ベッドで鼻をプピッとか鳴らしながら寝ている雛がいる。
たしかに音は雛から聴こえるが。
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ―――
音はたしかに…
腹から聴こえる…。
まさかな…。
耳をゆっくりと雛の腹へ近づける…。
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ―――
「マジかよ!!?」
完全に雛の腹から聴こえてくるピピピピという目覚まし時計の音。
人間の体から聴こえるはずのないそんな音が今、9才の女の子の〝腹〟から聴こえてくる!
「ふあぁぁぁ……」
俺が驚いていると、むくりと雛が起きた。
「おい! 腹からなんか聴こえてるぞ! ヒヨコでもまる飲みしたのか!?」
「ああ、これね。お腹すいてたら鳴るのよ」
「うそだろ!!?」
そんな怪現象が人間の腹で起こるものなのか!? たぶんさすがの弥生さんでも腹から異音はさすがに出せないと思う。
「とにかく! 普通の人は腹減っててもそんな音鳴んねーよ!」
「まあそうだろうねぇ。セットしてるから」
「どういうことだよ!!?」
「う~ん、小さい頃にセットしててそのままになってたのかな?」
「だからどういうことだよ!!? てか小さい頃って今だろ!」
「ああそっか。 じゃあ解除しとくね」
「見たい! 解除するところすげぇ見たい!」
なんだこの人間サプライズ! めっちゃ気になる!どうやって解除すんだろ?
朝なのに妙にテンションが高い俺。
「そんなに見ないで…、恥ずかしいから//」
赤くなって俯く雛。
「ほんとどうやって解除するんだああぁぁぁあああ!!」
こんな機会二度とないだろうに。すっげー見たかった!
「そんなことより、お腹すいた」
「…はい」
そんな冷静な対処に、俺まで冷静になってしまった。
ふたりで円形のちゃぶ台を囲む。
今日の朝は、誰かさんのせいで時間を余分に使ってしまったのでトースト一枚になってしまった。
朝に誰かと食事をするのは、ほんとに久方ぶりだ。トーストだけだけど。
「これだけぇ?」
目と眉は垂れ下がり、口をへの字に曲げた雛がめちゃくちゃ不服そうな顔で文句を言ってくる。
(こいつ気持ちがすぐ顔にでるやつだな)
「誰かさんの腹のせいでこうなったんだよ」
「ごめんね…、あたしの腹」
「俺じゃなくて自分の腹に謝んのかよ」
腹をさすりながら腹に謝っているシュールな光景。妊婦さんみたいだな。
「こんなトースト一枚で」
「…こんな?」
「ぜ、贅沢なトースト一枚もらえるだけでも光栄です!」
「うんうん、そうだろう!」
「はぁ…」
深い溜息をついているが気にしない。俺だって侘しいのは同じなんだからな。
「しょうがねーな。ほら、やるよ」
「えっ、いいの?」
「って、パンの耳だけ!? たんに優が耳嫌いなだけでしょ」
「別に嫌いじゃねーよ? ちゃんと朝飯用意できなかった俺も悪かったし。腹、減ってんだろ」
「あ、ありがと…//」
うれしそうに顔をほんのりと赤らめる雛。
「…こうして見ると朝の散歩で公園にいるおじさんからパンの耳をもらってる鳩みたいだな。ぷふぅっ!」
横目で見ると雛はプルプルと小刻みに震えている。
「ムキー! やっぱりね! 嫌いじゃないってんなら、こうやって人をからかって笑うためにしかくれないやつだよね! 優は!」
なんか猿みたいに怒ってるやつがいる。
その後、頭を押さえ込みながらうな垂れる、というオーバーリアクションをとる雛。
でもしっかりと俺が与えたトーストの耳を食べている。うな垂れた状態のままで。
「あっ、俺今日学校だから」
そうだった、きちんと伝えとかなくちゃな。
「家にいるならおとなしくしてろよ? 夕方には帰るから。」
「そっか…」
「昼ごはんはカップラーメンでも、冷凍食品でも何でも食べてていいから。あっ、でも火は使うなよ? 危ないからな」
「…つ」
「それとテレビも見過ぎないように! 見るときは十分離れて見ること。ポケモンショックとか昔は事件がいろいろあったからな…」
「…つい」
「誰か来てもドアは開けないように。この頃は小さな子を狙う犯罪者とか増えてきてるからな…。それと「ついてく!!」ダメ」
「はやっ!」
不穏なことを言いだそうとしていたから早口で矢継ぎ早に説明してたのに。
「なんでぇ?」
これまた不服そうに口を尖らせ頬をふくらませながら抗議してくる。
「なんででも」
「ブ~~」
「おっ、ブタがいる」
「ブーブー」
「うまいうまい」
顔真似までしてくる。今の9才はすごいな。いや雛ぐらいか。
「じゃあつれていって!」
「ダメー。おとなしく留守番してたら褒美をくれてやろうぞ」
「ホンマでっか?」
なんで関西弁やねん。
「それに、自宅警備員ができるとか言ってたよな?」
「うっ! そんなこと言ったかも…。うんわかった、留守番してる」
「よしっ」
立ち上がって頭を撫でてやると「うひひ」と声が聞こえてくる。どうやら撫でられてご機嫌らしい。
「んじゃ、行ってくる」
「ん。行ってらっしゃい。アナタ//」
「おうハニー」
ほんとつくづくノリがいいな。
ドアを閉めて鍵をかける。
学校に行くのを家にいる誰かにただ見送られるだけで、いつもより新鮮な清々しい気分になる気がした。
「うしっ、学校行くか!」