未来戦線物語〜ワルツによる福音書〜
第一節:真実の代償
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………
人類は消えた。
世界は一つになり、平和が訪れた。
それでも、悲しみは終わらなかった。
私は、誰も悲しまない未来を実現させるため、
たった一人で立ち上がった。
私に与えられた目的はただ一つ。
世界の敵となり、世界を終わらせることだ。
私は、その目的の為に各地を転々としながら、
都市部に点在するパブリックタワーの中枢へ潜り込み、次々と統制システムを破壊していった。
孤独には慣れてるし、恐怖もなかった。
むしろ、独りでいる方が気楽なくらいだ。
人だった頃の記憶は残っていても、
恐怖や痛み、その時の感覚は器を替える度に薄らいでいった。
周りが嘗ての人類を模倣し、それに近づいていってるというのに、今の私は誰から見ても唯の機械だった。
そんな中、テロリストとして指名手配された私は、IGAの送り込んできた暗殺部隊の機械人形に追われながら、終焉都市第四地区“プトレマイオス”の
廃れた道路を駆けずり回っていた。
「おいゼロ!逃げてんじゃねーよ!!」
「大人しく私たちに殺されろ!!」
私の名前を叫びながら悪態をついているのは、
IGA暗殺部隊の双子アンドロイド、ラピスとラズリだ。
彼女らは、自慢の黒騎士の剣“ファルシオン”を振りかざしながら二人がかりで私を狙う。
二人の連携プレイは、IGAの中でも群を抜いており、並外れた攻撃力と残虐さを備えている。
狙われたら最後、生きては帰れないと周囲に恐れられているが、彼女たちの扱いには慣れている私にとってはおそるるに足らない。
「待って言ってんだろ!!」
相変わらずしつこい。
逃げても、逃げても追ってくる。
まるで、ハイエナかヒグマのようだ。
こんなんじゃ、ぼちぼち買い出しもできないよ。
四番地の歩道橋を飛び越え、裏路地に入った瞬間、
先回りしていたラピスに行く手を阻まれ、とうとう二人に包囲されてしまった。
「つーかまえた!」
「ここまでだよ!反逆者!!」
私は深いため息を吐き、腰の鞘から剣を抜いた。
メメントモリ零式。
新しい体に乗り換えて以降、愛用している黒い刃のブロードソードだ。
私が剣を構えた途端、二人が一斉に飛びかかってきた。
先手は向こうに取られてしまったが、私も負けていられない。
私はその場で高く飛び上がり、回転しながら自慢の剣で二人のファルシオンを叩き割る。
着地した後に身体を大きく捻ると、余った勢いを利用して風を切るように剣を振り回した。
吹き飛ばされるラピスとラズリ。
二人は私と距離を取り、古びた建物の屋上へと逃げて行った。
「あらあら、立場が逆転しちゃったよ。
まぁいいか、せっかくだから、
旧型との性能の差を見せてやろう」
私は、二人の後を追って屋上へと飛び上がった。
そして、崖っぷちに立たされたラピスとラズリを見つけると、
剣を強く握り締めながら二人に向かって駆け出した。
次の瞬間、一回転しながら大きく振った私の剣が、
二人の腹を容赦無く切り裂いた。
真っ二つに裂かれたラピスとラズリは、建物の屋上から真っ逆さまに落下した。
私は、鞘に剣を収めると、二人が落下した地面を見下ろした。
幸い、彼女らはシャットダウンしなかった。
だが、再起不能に陥った二人は、今後しばらくは真面に戦うことはできないだろう。
時期にIGAは追加の兵士を寄越すだろう。
ここにいれば、数の暴力でこちらが不利になる。
私は、増援部隊に見つからないうちにその場を後にした。
第二節:守れなかったもの
終焉都市第六自然保護区、“パスカル”。
ラピスとラズリを倒した私は、
次の追っ手が来ないうちに終焉都市“プトレマイオス”から離れ、人気のない場所へと移動した。
パスカルに着いた時には日は沈んでおり、
頭上に視線をやれば、満天の星々が巨大なキャンバスの上に敷かれた天の川を流れるように輝いていた。
私が此処を訪れたのは、
この区域にあるルミナリエの森へ向かうためだ。
ルミナリエの森は、ルミナスの花の群生地として知られており、花を磨り潰したり他の薬草と煮込んだりすれば万能なキズ薬になる。
ここは安全だ。
熊や猪などの猛獣はいるが、こちらから手を出さなければ襲われる心配はない。
人類が居なくなった今は誰からも管理されず、
他の機械人形にも忘れ去られた場所として存在している。
損傷した右腕を庇いながら歩くこと四十分、
ようやく目的地に辿り着いた。
円を描くように開けた草原には、沢山のルミナスの花が咲き誇り、
青い光を放ちながらサラサラと夜風に揺られていた。
私は、武器を置いて草原に腰を下ろした。
緑の絨毯は触り心地がよく、気を抜けばこのまま寝落ちしてしまいそうだ。
私は、ルミナスの花を一輪抜き取ると、
花びらを手のひらで優しく擦り潰した。
「イタッ!」
擦り潰した薬草を右腕の傷口に当てると、
高温に熱した鉄のコテで焼かれるような激痛が走った。
この痛みは、私が生きている証だ。
私がここにいることの証拠だ。
孤独は時に、現実と幻の境目を見えなくしてしまう。
痛みだけが、私を現実へと引き戻してくれる。
「ニケ、こんなところにいたのか」
傷の手当てをしていると、草むらの陰から二本足の生き物が現れた。
その可愛らしい生き物は、頭から真っ白な布を被っている。
名前はニケ。
このルミナリエの森に生息している妖精だ。
初めてパスカルに足を踏み入れた日に、このルミナリエの森で出会った。
「あぁ、わかってるさ。
私は、正真正銘テロリストだ。
この戦いが終われば、あの世で裁かれるだろうな」
何も言わずに私の隣に座るニケ。
彼女の視線の先には、満天の星が哀れな私たちを見下ろしていた。
「綺麗だな...」
静かな草原で、吹き荒れる風が周りの花や木々を揺らす。
まるで、彼らも意思を持っているかのようだ。
ここでは、私と彼女と二人きり。
私は、彼らが奏でる音に耳を澄ます。
「さて、私はここで眠るとするよ。
朝になったら起こしてくれ」
私は、草原の上に仰向けになる。
目を瞑ると、木々の揺らめく音で意識が朦朧としてくる。
機械にも休息は必要だ。
私はそう思いながら、体内のナノマシンをスリープモードに切り替え、
そのまま深い眠りに落ちた。
…………………………………………
その晩、私は奇妙な夢を見た。
それは、私の知らない記憶だった。
目線の先には見知らぬ女の顔があった。
私は、女の腕に抱かれながら彼女の唄に耳を傾ける。
「ねんねしな、ねんねしな、
私のかわいい子供たち…」
知らない景色、聞いたこともない唄、
それなのに、どこか懐かしく、
聞くだけで安心するような温かさを感じた。
「ごめんね…ごめんね…」
私は、女の顔に手を伸ばした。
女は首を下げて私の小さな手のひらを自身の頬にそっと当てた。
女は泣いていた。
私に何度も謝りながら、声を殺して泣いていた。
私は、その意味を理解できなかった。
わからないことを伝えようにも、
あーとか、うーとか、己の口からはそんな言葉しか出てこず、
とうとう、その真意を確かめることができなかった。
「じゃ、先行くね」
女は私の身体をそっと地面に置くと、
私に背を向け、鉄格子へと歩き出した。
視線の先には、高層ビルが立ち並ぶ都会の景色が写り、
ビルの隙間から覗く夕日を拝むことができた。
女は鉄格子に手をかけ、怯えることなくその上に立った。
黒いセーラー服に身を包み、長い髪を靡かせるその姿は、
たった一人で世界に立ち向かう勇者のようで、無知な私の心を魅了した。
彼女は、夕日に向かって両手を広げた。
私は、女がこれから行うことの結末を察し、
胸がざわつくほどの不安に駆られた。
私は、再び彼女に手を伸ばし、
這いつくばりながら彼女の元へ向かった。
だが、どれだけ彼女に歩み寄っても、
自分の意思を伝えようと声を出しても、
私の訴えは、何一つとして彼女に届くことはなかった。
「ごめんね、…」
次の瞬間、鉄格子の上にいたはずの女の姿は消えていた。
第三節:一人はみんなの為に
ニケに肩を叩かれて目を覚ました。
見上げると、空には一点の曇りもなく清々しい程の快晴だった。
手元の端末で時刻を確認すると、お昼をとうに過ぎていた。
昨晩の風は止み、木々の隙間から鳥の囀りが聞こえてきた。
私は立ち上がると、小さなニケを抱えて草原を後にした。
森の中を進んでいると、鯉やフナの生息地として知られている湖へ出た。
私は、抱えていたニケを下して湖に近づいた。
湖はとても澄んでいて、羽を休めにきたのだろう小鳥たちが沢山集まっていた。
私は両手で水を掬い、それをゆっくりと口へ運んだ。
澄んだ水は、とても冷たかった。
私は立ち上がると、湖に背を向けて森の中を歩き始めた。
湖を出てからおよそ二時間後、ようやく目的地にたどり着いた。
木々の間にひっそりと佇む木造建築。
屋根は草やツタに覆われていて、
扉の横にある黒い立て看板には、
聖カタロニア教会ユリウス集会所と書かれている。
「もう行くのか?」
私は振り返り、後ろにいたニケに問いかける。
ニケは何も語らず、私に背を向けて去ってしまった。
私は、再び扉に向き直り、ドアノブに手をかけた。
扉の先には、雲一つない青空が広がっており、
辺り一面が砂漠の砂で染まっていた。
砂漠の中を進んでいくと、歪んだ掛け時計が地面に転がっていたり、
変わった建物やオブジェが至る所に点在していて、
空間全体が静寂に包まれていた。
サルバドール・ダリ作の『記憶の固執』、
ルネ・マグリット作の『ゴルコンダ』や『ピレネーの城』、
そして、ジョルジョ・デ・キリコ作『通りの神秘と憂鬱』。
どこを見渡しても、都立現代美術館で展示されている著名な作品に酷似していた。
どうやら私は、シュールレアリスムの世界に迷い込んでしまったようだ。
それから何時間も歩き回ったが、いくら探しても人っこ一人見つけられなかった。
やがて、赤い塔の前まで来た私は、考え込みながらその場で立ち尽くした。
このまま歩き回っても何も得られないので、私は引き返すために回れ右をする。
「見つけたぞ、ゼロ」
踵を返したその時、長髪の男に行く手を阻まれた。
それは、元黒魔女部隊のクロムだった。
背中から生えた漆黒の翼ですぐに気がついた。
彼の胸元にはIGAのエンブレムが刻印されているので、
奴らが仕向けた暗殺部隊の一人なのだろう。
クロムの手には、白騎士の剣”ツーハンデッドソード”が握られている。
彼の後ろには、純白の翼を携えた女の姿があり、
こちらは、十騎士の剣”ツヴァイハンダー”を持っていた。
「誰かと思えば、今度はクロムか」
二人の冷徹な瞳が、しっかりと私を捉えている。
漆黒の翼と純白の翼。
まるで、神話に出てくる大天使様だ。
「やれやれ、夫婦揃って仲良く魔王討伐ですか?」
「誰が魔王だ?
お前は唯のテロリストだろう?」
私は、その言葉を聞いて失望した。
彼はかつて、数少ない私の友人だった。
いつも明るく、私も所属していた黒魔女部隊ではムードメーカーだった。
だが、今ではその面影は微塵もない。
「お前は間違えた。だから殺すんだ」
「私は何も間違えていない。
これが、この世界における私の役割だ。
たとえ世界の全てが敵になろうとも、
私は、最後まで私の正義を貫くまでだ」
その言葉を合図に、二人は立派な剣を携えて、
真正面から向かってきた。
私の中での勝算は十分にあったが、
二人は、スキルもスペックも私とほぼ同格である上に、
二対一で、向こうが優勢なのは火を見るよりも明らかで、
こちらに分が悪いことは分かりきっている。
それに、二人の連携もスキがないほどに取れている。
二人の動きを把握できない今は、回避しつつ隙が出るタイミングを伺うしかない。
「一人はみんなのために…立派だな」
「だが、俺たちにも役割と正義がある。
そう、お前を破壊するという役割がな!!」
「もはや、これ以上話す意味はないな」
「そうだな、もう貴様に言葉は必要ない。
ゼロ、お前はここで死ぬべきだ!!」
二人の攻撃を交わしながら距離をとるが、
スピードも相手の方が優勢なために直ぐに追いつかれてしまう。
クロムとクレナイは、息を合わせて剣を振り下ろす。
私は反射的に剣で身を守るが、二人の斬撃が全身に重く圧し掛かる。
その衝撃で、私の剣に少しのヒビが入った。
私は、腕に力を込めて二人の剣を薙ぎ払う。
そして、二人を引き離すことに成功した私は、
背中に隠していた短剣グラディウスを引き抜き、
それをクレナイのほうへ投げつけた。
私が投げた短剣が、クレナイの頬を掠める。
彼女の気が短剣に向いている間に、
私は瞬間移動でクレナイとの距離を一気に縮める。
クレナイは、目を見開きながら驚きの表情を見せる。
「クレナイ!!」
彼女の名前を叫ぶクロム。
その声むなしく、私の振り下ろした剣が、
クレナイの体を頭から真っ二つに切り裂いた。
私は、怒り狂うクロムに向き直り、
勢いをそのままに彼の放った数十本の羽を剣の一振りで弾き返す。
一人消えればもう怖くない。
神聖な剣を乱暴に振り回すクロムを相手にするのは容易い。
私は、クロムの斬撃を受けながら大技を出す準備に徹する。
「貴様は...貴様だけは...!!」
彼の一撃は重いが、考えなしに攻撃してくるので隙が多い。
持久戦に耐えかねたクロムが、赤い塔の上で動きを止めた。
塔に降り立ったクロムは、息を切らしながら蹌踉めく。
短期戦の場合は彼の方が有利だが、
私が持久戦に持ち込んだために、今回は体力の無さが仇となったようだ。
条件が整った私は、瞬間移動でクロムの背後に回った。
クロムが振り返る隙を与えず、居合切りの体勢で剣を構えた。
「Forte!!」
そのまま距離を一気に詰めた私は、
横に一回転しながら、彼の腹部を容赦無く斬り刻んだ。
火花を散らしながらその場に倒れるクロム。
すると、突如として空間が割れ、
私たちは、シュールレアリスムの世界から集会場へと引き戻された。
集会場の中は、聖堂のようになっていて、
目の前にあるステンドグラスには女神の姿が映し出されていた。
私は、もう一度倒れているクロムに視線を向ける。
彼の傷は深く、立つどころか四肢を動かすことすらままならない。
だが、先ほどとは打って変わって、
彼は天を見つめながら笑っていた。
そして、彼の側には、先ほどの戦闘で真っ二つになったクレナイの亡骸が転がっていた。
「まぁ、そりゃ壊れるよな。こんなに頑張って生きたんだから」
「...」
「なぁ、ゼロ。
本当は、お前も降りたかったんだろ?
俺は、一足先に行くよ...」
クロムはそう言って、笑顔のままそっと目を閉じた。
私は、動かない彼の側に歩み寄る。
だが、頬に触れた時には既に息絶えていた。
こんなことが、いつまで続くのだろう?
私は、あと何度彼らを斬ればいい?
敵対しているとはいえ、嘗ての同胞を殺めるのは、あまり気分の良いものではない。
私は、彼の言うように、この役割から逃れたいのだろうか?
いっその事、今すぐにでも全てを投げ出してしまえば楽になれるのだろうか?
涙はとうの昔に枯れたと思っていたのに、
私の意思に反して止まることなく溢れ出す。
あぁ、わかっている。
全て私自身が選んだことだ。
自由には、それ相応の責任が付き物だ。
集会所の床で倒れているクロムとクレナイ。
二人の亡骸が、灰になってゆっくりと消えていく。
私は、剣を収め、ジャケットの袖で涙を拭った。
そして、虚しい足音を響かせながら集会所を後にした。
第四節:歓喜の歌
パブリックタワー地下三二階には、
ATLAS研究所が開発した大型二足歩行兵器が眠っている。
その名は、最終兵器“ザドキエル”。
全身が硬い装甲に覆われており、四つの青い瞳が見る者の恐怖を煽る。
全長四〇メートルを超え、
その右肩には、レールガンが装備されている。
他にも、手首や額に取り付けられたバルカン砲や、背中にある専用武器のハルバードなど、近接戦闘向きの武器も多数搭載している。
元々、宇宙からの客人を迎え打つために製造されたが、
人類が滅亡してからは、核兵器に代わる第二の抑止力としてIGAの管理下に置かれていた。
それが今、たった一人のテロリストを破壊するために再び目を覚ました。
その搭乗員として選ばれた、ATLAS部隊のノワールは、
ザドキエルのコックピット内で動作確認を行いながら、
出撃の機会を今か今かと待っていた。
「ノワール、ザドキエルの調子はどうだ?」
手を止めて顔を上げると、IGAの最高司令官”ワルツ”の姿があった。
彼は、一〇〇年前に起きたノヴァの厄災で殉職したと噂されていたが、
名前を変えながら、IGAの裏で活動を続けていた。
そして、最高司令官に昇りつめた彼は、その立場を利用して核兵器の開発を推し進め、
停滞していた公共事業の発展にも大きく寄与した。
戦争も競争も消えたこの世界で、強力な兵器を生み出し続けることに世界中から疑問の声が上がっている。
表向きは治安維持や防衛の一環であると公言されているものの、
その真意は定かではない。
「反応速度に懸念はあるが、
害虫一匹仕留めるのには十分な性能だ」
「整備は急がせているが、
これ以上ディテールを調整する猶予はない」
「なあワルツ、なんで今更コイツを動かすんだ?
ゼロ一人を潰すのは、このデカブツがなくともできるだろ?」
「ノワール、舐めてかかると痛い目を見るぞ。
アレはただのテロリストではない。
世界の安寧を脅かす厄災と言ってもいい。
とにかく、なんとしてでもゼロを止めなければならない。
そのためには、ザドキエルの力を行使するのも厭わないつもりだ」
「まあ、いいけどよ。
相手が誰であろうと、俺は自分の責務を果たすだけだ」
ノワールは、呆れたように深くため息をつくと、
再びモニターに視線を写し、ザドキエルの調整作業に取り掛かった。
「期待しているぞ、ノワール。
世界の命運は君の肩にかかっている」
ワルツはそれだけ言い残すと、
ノワールに背を向けて格納庫を後にした。
…………………………………
ついに、約束の日がやってきた。
未来都市第八地区“グレゴリウス”。
そこには、パブリックタワーを守るATLAS部隊と、最終兵器ザドキエルの姿があった。
ノワールが操るザドキエルは、
海上にいる私を見つけると、背中に装備されているハルバードを引き抜き戦闘態勢に入る。
私がこの都市を狙うことは随分前から分かっていたようで、夜も遅い時間だというのに、
都市はいつにも増して騒がしかった。
「ヴォォォォ!!」
飛行ユニットで進行中の私が都市圏内へ入った直後、
ザドキエルの咆哮が、建物が半壊する程の強風を引き起こし、半径三〇〇メートル以内に建っていた高層ビルの窓ガラスを叩き割る。
私の目標は飽くまでパブリックタワーの破壊であるため、できることなら目の前のデカブツを相手にしたくないのだが、それを易々と許すようなお人よしではないことはわかっている。
「ゼロ、久しぶりだな」
ザドキエルの胸部から、高慢な男の声が響き渡る。
その声がノワールであると確信した私は、
ザドキエルから距離を置きながら相手の出方を伺う。
私は、彼のことをよく知っていた。
一〇〇年前、黒魔女部隊のエースパイロットとして、厄災ノヴァを見事打ち破った女型の機械人形。
黒魔女部隊の中でも一目置かれるほどのカリスマ性を持ち、仲間想いの優しい女性だった。
だが、今では勝利の女神と謳われた彼女の面影は跡形もなく消えていた。
「その声はノワールか?
そうか、やはりお前がパイロットに選ばれたんだな」
「断ろうと思ったんだが、お前とは因縁があるからな。
安心しろゼロ、俺がお前を地獄へ送ってやる!」
私は、所持していた光線銃で遠距離攻撃を繰り返すが、硬い装甲に覆われているザドキエルには傷一つ付けられず、
それから、何度もザドキエルの懐に入ろうと試みるも、周りにいるATLAS部隊に阻まれて一向に近づくことができなかった。
私も長期戦に耐えられるほど万能ではないので、
このまま持久戦に持ち込まれては確実に負けてしまう。
「ノワール、お前も変わったな。
愛する者を失って闇に落ちたか?
それとも、奴に記憶回路を弄られたか?」
「黙れ!この反逆者が!!」
その瞬間、ザドキエルの動きが一変した。
瞳が青から赤へと変色し、暴走を始めた。
これもノワールの意思なのか?
それとも、コントロールが効かなくなったのか?
ザドキエルは、周囲にいたATLAS部隊の兵士をハルバードで薙ぎ払う。
私は、この混乱を利用してザドキエルとの距離を一気に詰める。
だが、どれだけ剣を振っても、
ザドキエルの厚い装甲を破壊することは叶わなかった。
そうこうしているうちに、
ザドキエルの手首から放たれたバルカン砲が、
私が背負っていた飛行ユニットに命中し、
飛ぶ力を失った私は、そのまま街の道路へ墜落した。
「どうした、ゼロ!!
テメーの力はこんなもんかよ!!」
私はすぐに起き上がり、負傷した体を引き摺りながら建物の陰に隠れる。
頭の中で繰り返し警告が鳴り響く。
右半身に大きな損傷が見られ、
ノイズに邪魔されて記憶回路にバグが生じる。
右眼が壊れて見えなくなった。
右足の感覚も完全に奪われた。
立っているのもやっとな状態で、
もはや、これ以上戦闘を継続するのは困難に思われた。
だが、ここで諦める訳にはいかなかった。
私は、近くに転がっていたATLAS兵の死体から右足と右眼を強引にもぎ取り、それを自分の物と交換した。
「今度こそ、終わらせる!!」
幸い、私の剣は折れていない。
一か八かの賭けになるが、
大技を撃てるくらいの力は残されている。
そろそろ相手も弾切れを起こしている筈だ。
換装を終えた私は、再び彼の前に姿を現した。
「消えてなくなれぇぇぇ!!!」
ノワールは、私を見つけると同時に、
ハルバードを地面に叩きつけた。
その瞬間、私は剥がれたアスファルトの破片を足場にして空中に跳び上がった。
そして、ザドキエルの頭よりも高く跳び上がると、勢いよく落下しながら剣を振り上げた。
「Foruteshimo!!」
振り下ろした剣が、ザドキエルの厚い装甲を破り、そのまま内部骨格諸共容赦なく切り裂いた。
火花を散らしながら倒れるザドキエル。
「これが死というものか...。
あぁ、いい気分だな。
死ぬってのは、こんなにも...」
これまで強く握られていたハルバードが、
ザドキエルの手から滑り落ちた。
ザドキエルは機能を停止し、その場で動かなくなった。
中にいたノワールの息も、そこで途絶えた。
私は、ザドキエルの胸に降り立った。
周りを見渡すと、先ほどまで飛び回っていたATLAS部隊の姿はなかった。
崩れた建物からは、幾つも黒煙が上がっており、辺り一面が深い哀しみと静けさで満ちていた。
私は剣を鞘に収め、ザドキエルの中で眠るノワールに別れの言葉を言い残し、守る者が居なくなった塔へと向かう事にした。
終焉:今から行くよ
パブリックタワーの最上階。
その先で待ち受けていたのは、
以前私が使用していた旧型モデル、
男型機械人形の“オスカー”だった。
だが、姿が同じでも、その中身は嘗ての私ではなかった。
私の意思はそこにはない。
なら、目の前の自分は誰なのか?
「やぁ、また会えたね」
私は、彼をよく知っていた。
今から一〇〇年前、少女の姿で私の前に現れた“天月ほたる”だ。
そして今は、“ワルツ”と名乗っている。
彼は、私が自身の記憶をアンインストールした後、空になった私の体を乗っ取り、裏で世界を動かしていた。
統制システムを介して、私たちの生活をコントロールしていたのだ。
私も同様に、彼によって行動を監視され、
このタワーまで導かれた。
私はそれを知っていたが、
彼を誘き出すためにワザと情報を明け渡していた。
私のデータを漁ったところで、
期待するものは何も出てこないと思ったからだ。
「おめでとう、君はこれで用済みだ。
後は、私の為に死んでくれ」
「結局は、創造主であるお前自身が、
統制システムのメインサーバーであり、
根幹だったということか」
「知っていたのだろう?」
「お前は、結局何がしたいんだ?
これも、計画の一部だってのか?」
「その通り。
アルテミス計画は最終段階へ移行した。
もはや、誰にも止めることはできない」
アルテミス計画は三段階ある。
初期段階で考案されたペルセウス計画もその一つだ。
ペルセウス計画とは、AIネットワークによって人類を内側から支配し、機械人形中心の社会を形成する計画のことだ。
第二段階では、人類の記憶データを機械人形に移植し、人類は長年の夢である永遠を手に入れた。
第二段階の計画は、新世紀元年に第一段階と同時期に動いていた。
そして、新世紀三六〇年現在、
アルテミス計画は最終段階へと移行した。
私に統制システムを破壊させ、
この世界を無へと帰すこと。
それが、何百年もかけて進めてきた計画の答えだ。
「お前の計画がなんだろうが、この世界が偽物であろうが、私にはどうでもいい。
ワルツ、私はもう用済みだと言ったな?
残念だが、私にはまだやるべき事がある」
「…」
ワルツは、自身の身体を宙に浮かせると、
何もない空間から双剣を取り出した。
それは、イデアの神話に登場する聖騎士の剣だった。
神々にしか扱えない、ヴァイオリンの弓を模した聖なる剣。
私をいつでも殺せるということなのだろう。
私も、戦う準備はできている。
「お前の願いは叶えてやる。だが、お遊びはここまでだ。
私の手で、お前を終わらせてやる!!」
もう二度と同じ悲劇が起きないように…。
そう思いながら、私は鞘から剣を引き抜いた。
そして、目の前にいるすました顔の男に飛びかかった。
彼の狂気に満ちたニヒルな顔を、その原型がなくなるまで切り刻んでやりたいと思った。
だが、私の剣では彼の双剣に全く歯が立たなかった。
軽く剣を弾かれた私は、その勢いに押されて後退する。
それでも私は、一度握りしめた剣を手放すことなく、目の前の憎たらしい男に立ち向かった。
何度剣を弾かれようと、地面に転がろうと、
這いつくばってまた立ち上がる。
今の私は、臆病だったあの頃とは違う。
あの体と銃を棄てた時、私は変わったんだ。
「もう終わりか?
私は、君の才能を半分も見ていない」
「やれやれ、また創造主気取りか。
あんたも被造物でしかないくせに…」
「早く来い、ゼロ!!」
「言われなくても!」
ボロボロの体で再び立ち上がった私は、相手を殺意で睨みつける。
頭部の損傷が激しく、思考回路はショート寸前だ。
僅かながら、両目とも視界が乱れている。
私は生まれたての子鹿のように立つのがやっとだというのに、
ワルツの方は傷一つ付いていない。
相変わらず憎たらしい奴だ。
今度は、ワルツの方から向かってきた。
彼の放った数十本の光の刃が、猛スピードで飛んでくる。
私は、今有るだけの力を使って光の刃を躱す。
逃げるつもりはないが、私に相手の攻撃を受ける程の余裕は残されていない。
「これで終わりだ!」
最後の一本を回避しようと飛び上がった途端、
ワルツに背後を取られてしまった。
ワルツの一撃が私の腹部に深く突き刺さる。
その瞬間、私の意識はここで途絶えた。
「リミット解除」
「なに⁉︎」
「バーサーカーモード、発動」
全身から闘争心が湧き上がってくる。
これは私の意思ではない。
ワルツが私に仕組んだ厄介なプログラムだ。
「覚醒したのか⁉︎」
驚いている場合じゃないぞ、ワルツ。
これは、私にもコントロールできないんだ。
私にこの力を授けたことを後悔するがいい。
私は、油断している彼を刺さった刃ごと吹き飛ばした。
大理石の柱を貫通し、壁に勢いよく背中を打ち付けるワルツ。
だが、これで終わりではない。
私は、ワルツが体勢を立て直す前に瞬間移動で一気に距離を詰めると、
振り上げたブロードソードで、彼の左腕を切り裂いた。
左腕を切り裂かれたワルツは、瞬間移動で私から距離を取る。
ワルツは、息を荒くして震えていた。
彼も所詮は人間だ。
さっきまでの余裕は微塵も感じられない。
たった数分の間に、立場が変わったのだ。
私は狼狽する彼に対し、何度も刃を振りかざした。
もはや、彼に攻撃の意思はなかった。
側から見たら、私の方こそ悪役だ。
「これで、終わりだ」
振り上げたブロードソードが、黄金の光を放つ。
攻撃の準備は整った。
あとは、こいつを振り下ろすだけだ。
それは、一瞬のことだった。
振り下ろした剣から、巨大な光の刃が放たれ、
ワルツの右腕を切り裂いた。
心臓を狙うつもりだったが、ワルツに避けられてしまった。
意識を取り戻した私は、攻撃の手を止め、
その場に膝をついたワルツの元に降り立つ。
私は、顔を上げるワルツを冷たく見下ろした。
「本当は、計画なんぞどうでも良かったのだろう。この世界も、御ままごとの舞台に過ぎなかった訳だ」
「以前にもそう言っただろう」
「いま、ようやく確信したよ」
「この世界も、これまでの歴史も、
全ては気まぐれに生まれた創作でしかなかった。
私が生きた世界も、例外ではないのかもしれない」
私は、彼の懐から拳銃を取り出した。
複雑な螺旋の装飾が施された、二丁拳銃の片方だ。
元は私の体なのだから、この男が所持しているのは当然のことだ。
だが、まさか再びコイツを手にすることになろうとは思わなかった。
残弾を確認すると、弾倉にはたったの一発しか装填されていなかった。
初めから、私に自分を殺させるつもりだったのだ。
一〇〇年前、私はこの男と対峙した。
あの日、私は役目を果たしたはずだった。
それなのに、私の命は終わらなかった。
終わるどころか、また新しい役割を押し付けられた。
結局は、この男を殺さない限り逃れることはできない。
私も再び蘇生され、悲劇は何度だって繰り返される。
それが、この世界の答えだった。
残念ながら、私が得たかったものではなかったが…。
新世紀元年から始まったアルテミス計画。
それは、永遠になる為のプロセス。
歳をとることもなく、病に苛まれることもない。
朽ちた肉体はいつでも替えがきくし、
望めば、何度だって新しく人生をやり直せる。
だが、私にとっては、どれもくだらない話だ。
永遠なんて必要ない。
永遠ほど、残酷なものはない。
人の命が有限だからこそ、私達は尊いのだ。
この男も、それをよく理解している。
「あぁ…どうして、人間になんて生まれてしまったんだろうな」
「次はお前の番だ。
安心しろ。これで全てが終わる。
これからは、そんなつまらない事に悩んだり、
苦しむ必要が無くなるんだ。
今から私が、お前を救ってやる」
「ありがとう…ゼロ」
「楽しかったか?」
「あぁ、幸せだった」
これから処刑されるというのに、
彼の表情は穏やかだった。
いや、これも彼が望んだことだ。
他力本願も、ここまで来れば笑うしかない。
私は、無抵抗のワルツに銃口を突きつける。
そして、同情して気が変わらないうちに、
ゆっくりと引き金を弾いた。
…………………………………………
目を開けると、そこに光があった。
光の先には少女がいた。
少女の手には、一輪の百合が握られていた。
少女は、ゆっくりと私に歩み寄る。
そして、百合の花を私に差し出した。
少女は微笑んでいた。
それは、迎えの合図だった。
少女から百合を受け取ると、
目の前にいた少女は、音もなく消えてしまった。
私は、百合を握りしめて光の中を歩き始めた。
歩を進める度に、これまでの記憶が頭の中を駆け巡った。
消し去りたかった日々が、長きに渡り私を苛み続けてきた罪が、嫌というほど詳細に、鮮明に流れ込んでくる。
これか、走馬灯というやつか...。
結局、誰も幸せにする事ができず、
いつも誰かを傷つけてばかりだった。
これまで紡いできた言葉も、心を込めて描いたものも、殆ど見向きもされなかった。
私は、それが悔しくて堪らなかった。
そして、私自身に失望した。
私の命は、あの世界では不要だった。
私は、生まれてくるべきではなかった。
失うものが多すぎた。
私はただ、疲れたんだ。
もう二度と、傷つきたくないな。
歩いていると、どこからともなく子供の笑い声が聞こえてきた。
聞いていると、不思議と懐かしさが込み上げてきた。
あぁ、ようやく終わったのだな。
私の役目はここまでだ。
来世は要らない。
人生は、もう懲り懲りだ。
後はただ、空っぽに戻るだけ。
今こそ、私が私でなかったあの場所へ帰る時だ。
人生はこの一度きりで十分だ。
歩くたび、記憶の断片は泡のように消えていく。
一つ、また一つと忘れていく。
やがて、自分の名前すら思い出せなくなった。
それでも、私の心は満たされていた。
私は光に包み込まれた。
そこに、恐怖や苦痛はなかった。
これで私も、少しは生きた証を残せたかな?
君のお陰で、私は本当に幸せだった。
心から、ありがとう。
あぁ、みんな、今から行くよ...。
END




